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「あーびっくりした……。いきなり爆発だもんなあ」とのんびりした口調。「でもなあ。こんな危ないことする子はお仕置きだよ、わかる? 」

 そう言って俺たちを睨みつける。触手がグニュグニュと床を這い回る。

 俺は少女の庇うように立ち、睨みつけるのがやっとだ。

 頭の中ではどうやってここから逃げ出すかを必死で考えていた。

 あの触手は高速で動く。俺の走るスピードでは、追尾からまず逃れられない。しかもこの少女を護りながらそれをやんなきゃならないから、結果、不可能となる。では俺が盾になって庇いながらではどうか? しかし、生身の人間の体ではあの触手を防ぐ事など不可能であることは実証済み。むろん、俺が戦ったところで勝機はゼロ。


 結論。


 俺が玉砕覚悟で奴に突っ込み、注意を惹く。その隙に少女は教室から逃走する。それしかないだろう。

「俺が……」

 俺がその作戦を彼女に伝えようとするのを遮り、少女は俺の前へと立った。

「わたしがあいつを引きつけるから、……お前はその間に逃げなさい」


「馬鹿言ってるんじゃない。女の子を残して俺だけ逃げられるわけないじゃないか」


「お前……、ふう、本当に呆れるほどの馬鹿でしょう。お前がどうがんばったところで勝てる見込みなんか無いでしょ。そもそも、いるだけで足手まといなだけだし、結局、二人とも死ぬことになるわ」

 と、至極まともな事を言う。

 しかし、どうも疲労が相当なレベルに達しているんだろう、……かなり苦しそにしている。立っているのも本当は辛いんじゃないのか。


 ―――まったく、ガキのくせに生意気だな。俺は思う。


「おちびちゃんを残して俺だけ逃げるなんてできるわけないだろ? 嬲り殺されるぜ。……一日に二人も、二人もなんだ。これ以上、俺の目の前で人を死なせない、絶対にね」


「その意気込みだけは素晴らしいけれども、結果を伴わせる能力が無ければ只の戯れ言でしかないわよ。……そもそも、わたしがこの世界に逃れてきた事がすべての原因。そのせいで一人の少年と一人の少女がすでに死んでしまった。さらにお前まで死なせてしまったら、さすがに辛いわ。自分のことは自分で片をつけなきゃいけない。それは上に立つ者として当然の事」


「今の君の状態で、勝つ見込みなんてあるのか」


「それはやってみないとわからないわ。安心しなさい。勝つ見込みがない戦いは、やらない主義だから。心配することはないわ。お前はわたしがあいつに攻撃を始めたらすぐに外へ逃げなさい。それくらいの時間は稼いであげるから」


「そんなのできるわけない。できるわけ無いじゃないか」

 とはいうものの、俺にだって解決法があるわけではなかった。


 俺の話を無視して彼女は背を向ける。

「3つ数えたら、始めるわよ」

 その声は震えている。


「わかった……」

 俺はそう答えるしかなかった。結局、俺は何もできない。俺は目の前の少女の名前すら知ることもなく、この場を逃げなければならないのか。


 少女はカウントダウンを始める。

「3……2……1」

 刹那、空を切り裂く音がして視界を何かが横切ったと思うと、少女が吹き飛ばされていた。すぐ横を飛んで行ったと思うと、激しく壁に叩き付けられていた。

 微かに呻き声を上げ、吐血する。そして少女はずるずると床に倒れ込む。


「大丈夫か!! 」

 俺は叫びながら少女に駆け寄ろうとするが、遮るように足首に激痛が走った。見ると奴の触手の一本が俺の足にしっかりと巻き付いていた。触手は足に深く食い込み、血が滲んでくる。

 ズルズルと音がし、如月が触手の足を這わせてこちらに近づいていた。


「安心してよ、月人君。このガキはそう簡単には死なないよ。……じっくりと楽しませてもらう予定だから、そこで見ていて。君はその後で殺してあげるから」

 自らの体を地面へと下ろす。二本足で立ち、触手は体を中心に扇形に開いた形になる。

股間に生えたものは、くるくるとその回転速度を上げている。

 このまま同じことを繰り返させられるのか。

 少女は意識を取り戻し、なんとか体を起こす。絶体絶命の状態でありながら、恐怖などまるで見せず、高貴な瞳で奴を見つめ返している。

 そんな彼女を見て益々興奮の度合いを強める如月。


 やられる。きっとやられる。寧々の様に。

 少女は蹂躙され嬲りものにされ、そして殺されるんだ。

 俺はただ見ているだけ。寧々が殺された時もただ見ているだけだった。今度も同じだ。俺は何もできず、ただ無力さを感じるだけ……。

 力が欲しい。

 奴を倒せるだけの力が。

 彼女を護るだけの力が。

 いや、せめて彼女をここから逃がす力だけでもいい。せっかく俺を生き返らせてくれた少女を護りたい。

 俺は祈った。……祈ったところでこの絶望的な力の差を埋めることなどできないだろう。それでも祈ることしかできない空しさ。

 ああ、絶望というのはこういうことなのか。これまで生きてきて、何度も何度も後悔を繰り返してきたと思う。でも、後悔は次があるから後悔できるんだよ。なんであの時こうできなかったんだろうと思うのは、今があるから。そして未来が当たり前のように存在しているからだ。挽回のチャンスがあるから人は悔やむことができる。

 でも、次が無い今の俺の状況のことを絶望というんだろう。

 深い深い闇。

 はい上がることのできない闇。やり直しができない現実。


 頭の中で怒りと悲しみが螺旋状に捏ねくり回されている。その想いはうねりとなり波動となり、俺の体を突き抜けてそして体外へと抜けていく。残されるものは何もない。何もない希望。


 不意に感じる。


 何も無いはずの左眼の奥が痒い……。如月流星にえぐり取られた、左眼のあった場所のさらに奥が痒くてそして痛みさえ感じる。

 痒みは痛みと混在し、俺の左眼の奥の方、それはまるで脳の中から何かが這い出てこようとする得体の知れない感覚。そのは頭の真ん中から次第に外側へと動いて来る。

 眼窩に何かを感じる。

 瞼は閉じられたまま。血が固まり瘡蓋になっているはず。そこが猛烈に痒くなってきた。我慢しきれずにごしごしとこする。

 俺は指越しに感じる。……眼球の存在を。失われ、如月流星の眼にはめ込まれたはずの眼球を。


 来る……。


 何かを感じた。そして明確にそれを感じる。

 それは沸き立ち荒れ狂う膨大で圧倒的な力であり、だがしかし、それを遙かに上回る禁忌と恐怖を伴う「モノ」だと感じた。

 理由は解らない。……それは知っているというより、覚えているという感覚なんだ。

 左瞼を開けば、それは解放されるという予感があり、その予感は間違いのない事だともどういうことも知っている。

 だけど、それをやっていいのか? どういうわけか俺は怖れている。具体的じゃない怖れ。なんだそれ。でも……深い深い谷底をのぞき込むような恐怖感。それが今の俺にある。その下に何があるかはわからないけど、何か良くないことが起こる予感。本能的な怖れ。


 禁忌。


 俺は頭を振った。

 そして決心した。

 俺は少女を護り、寧々の敵を討つと。そのための代償なら何でも払ってやる。


 覚悟を決め、閉じた左眼の瞼を開けようとする。まだ瘡蓋が張り付いていて、きちんと開くことができない。俺は両手で無理矢理瘡蓋を剥がす。ヒリヒリと痛むが構っていられない。

 

 そしてパンドラの箱は開かれた。

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