上手に笑えなくて
目の前が真っ暗になった
気づいた時には真っ白な部屋で仰向けに寝かされていた。起き上がって辺りを見回すと小さな花瓶に水仙が活けてあった。窓の外に見える景色は暗い。夜なのだろう。俺の隣で母さんがポロポロと泣いて化粧が崩れている。
なんだか右側だけがやけによく見えた。
しばらくして医者がやってきた。その人は初老ぐらいの髪に少し白が混じっているおじさんで俺はその人に頭から包帯を外された。
おじさんは俺の顔より少し左側に手をやった。そしてライトみたいな物を取り出してそこでチカチカと点滅させたようだ。灯りが灯ったのが見えたからじゃなくて、おじさんの指の動きでそれがわかった。
「ダメです やはり左顔面の神経が丸ごと切れています」
おじさんは俺と母さんにそう言うと「次の患者がいるから……」と、逃げるように去っていった。
母さんが俺の胸に顔を押し付けて、泣いた。俺は何のことかよくわからなくてポカンとしていた。
しばらくして少し落ち着いた母さんに連れられてトイレに入りそこにあった鏡を見て、俺は愕然とした。
「誰だよ、これ……」
そこに映っている顔は、俺なのに俺じゃなかった。顔の左側だけが不自然に垂れ下がっていた。
左目の瞼が自力で開かない。左頬の筋肉が動かない。左側だけ口が開かない。
俺の顔の左、左、左側がない。指先で触れても、つねっても何の刺激もない。
「返せ……」
鏡の中の、左側の動いている俺に向かって俺は拳を突き立てた。
バリン、という鈍い音がして鏡が割れる。
そこには左側だけが動く無数の俺が映った。
「返せよォォっ!」
隣で母さんが泣き崩れた。
俺も、泣いた。それでも左目からは涙すら流れなかった。
母さんに話を聴くと俺は交通事故にあったらしい。割れた窓ガラスが首や頬に突き刺さり、一時は生死も危なかったらしい。
それに比べたら俺はまだマシだった。そう思うことにして、折り合いをつけた。
運転手の人は、亡くなったそうだ。遺族もいないらしい。
怒りを向ける矛先さえ奪われて俺はただひたすらな虚無感を感じた。
入院しているあいだはただひたすらに退屈だった。右目しか見えないと何度か転びそうになったがそれも次第に慣れた。
彼女と、ときたま見舞いに来る友人が唯一の退屈凌ぎだった。だけどそんなとき決まって俺は“左側”を隠した。見られるのが恐かった。
でも小さな棚に積み重ねられた友人の持ち寄った漫画本がただ嬉しかった。
退院の日。
暑い夏の日だった。俺が入院しているあいだに世間は夏休みに入っていたらしい。
「大丈夫?」
と、母さんに訊かれた。
「うん」
と、俺は嘘をついた。
久々の外の世界はとても澄んでいる。道行く人々はどいつもこいつもふてくされた顔をしてるのに、どいつもこいつもその顔は輝いて見えた。
退院してしばらくして携帯に着信が入った。俺の親友からだった。
退院祝いをやってくれるらしい。どうしても恐くて左側に大きなガーゼを貼り付けたまま行った。
クラスの友達が何人かと彼女とその友達が何人か居た。
ジュースとお菓子で乾杯して他愛のない話やゲームに明け暮れた。そのうち酒が入った。
酔った親友が俺を見て言った。
「そのガーゼ なんでつけてんのぉ?」
背筋に電流が走った。たったいままでのほろ酔いの気分はどこかに失せてしまった。
「とろうぜぇ それぇ」
怯えた。だけど酔った他の友人達も親友に同調する。
集団とは恐い。初めて痛感した。
俺は、ガーゼを、取った。
ペリッ、っと糊の剥がれる音がして震える手と裏腹に簡単にそれは外れた。
取らざるを得なかった。俺がいま親友と、この友人達を失えばきっと生きていけない。
どうしてそんなバカなことをしたんだろう?、いまになって俺は思う。
親友は俺を指さして、顔を歪めた。
「なんだよそれ、気持ちワリィ」
ナンダヨソレ、キモチワリィ
ナンダヨソレ、キモチワリィ
ナンダヨソレ、キモチワリィ
頭の中でぐるぐるとその言葉が回った。
くすくす、続けて死角になっている左側から笑い声が聴こえてきた。
気が付いたら駆け出していた。
「ねぇっ!」
彼女が俺を追って飛び出してきた。それだけが唯一の救いだった。
立ち止まった俺の側に彼女が歩み寄る。
俺は彼女を抱き締めた。
「うぅ……ぁぅ……うあぁっ……」
見苦しい嗚咽と大粒の涙を彼女はただ受け止めてくれた。
しばらくして親友は俺に謝ってくれた。いいよ、悪気があってやったことじゃないだろう? そう言って、俺は親友を許した。
許した、つもりになっていた。
夏休みが終わって学校が始まる。俺はやっぱりガーゼを外せなかった。担任に事情を話せば無理に取るようには言わなかった。
他の先生にも伝えてくれるらしい。
ある日、俺は職員用のトイレで顔を洗っていた。ガーゼをつけっぱなしにしていると被れてしまうから、たまにこうしている。
その日はたまたま人が入ってきて、そいつがたまたま俺の顔を見てトイレから出ていって、俺のことを広めた。
ただそれだけのこと。だけどガーゼの中身が知れただけで他人の好奇と不慣れな同情が少しずつ俺の心を削る。学校に行くのが億劫になって行く。
俺の支えはいつしか彼女だけになっていた。
そして、その日が来た。
「別れよう」 と彼女は言った。
あなたのことで噂されるのが耐えられない。と
俺は遂に支えを失った。
何がいけなかったんだろう?、考えてみたけど答えは出なかった。
その後の数日間は学校を休んで家で過ごした。
独りは辛かった。
理解されたい。だけど理解してくれると思っていた人は俺の元を去っていく。
絶望。俺はカッターナイフを手に取ると自分の手首に押し当てた。
ぷちっ
薄い皮膚の細胞が切れて壊れる。そのまま横に走らせるとそれは赤い筋を引いた。
朝の日にそれを当てて照らす。
痛い、けどそれよりもキレイだと思った。
どうして俺が痛いんだろう?
どうして心からは血が出ないんだろう?
どうしてガーゼを取ってしまったんだろう?
次々に疑問が涌く、そして怒りが沸く。
俺はカッターナイフの代わりに包丁を手に取った。自分の腕に突き立てるためではなく、殺意を持って。
親友を殺そう。
俺は家を出た。母さんは気を使ってか俺を止めない。台所の包丁一本無くなっていることにも気づかないらしい。
登校途中の親友が居た。親友は俺に手を振っている。俺は手を振り返して親友に近づき、刺した。
「§@*&#%£」
訳のわからない奇声を上げて何度か刺した。刃が肉を貫く感触で得られたのは恍惚だった。 そのまま包丁を放り出して呆けていた。
救急車が来た。警察も来た。
警察官の人が何か叫んでいたが上の空で聴いていたがよく覚えていない。ただなんとなく時間が過ぎて、そのうち俺は精神病院に連れて来られた。
「あー新しい人ね、よろしく」
俺の担当の女医さんはてきとーそうな口振りで言った。
ここ精神病院ですよね?、と訊くと
「そーだけど、デパートにでも見えた?」
その人は悪戯っぽく微笑んだ。子供っぽい笑みだった。
ここは居心地がよかった。ガーゼを外していても誰も俺の顔を見て身を固めることはしなかった。自分が生きることに、精一杯なように見えた。
俺と先生は他愛のない話をした。俺が彼女とするはずだった話。途中まで見たドラマの話、読み掛けの漫画の話、音楽の話。
隙間が埋まって行くのを俺はたしかに感じた。
「先生、あいつは生きてますか?」
「んっと、君が刺した子? 生きてるよ、障害とかも残らずバッチリ回復って」
「よかった…… 会え、ますか? 謝りたいです」
先生は困った顔をした。
なぜそんな顔をしたのか俺にはわからなかった。
「先生、あいつに会いたいです」
「先生、あいつに謝りたいです」
俺は何度も言った。
そして、俺と親友はもう一度会うことが出来た。先生があいつを連れて来てくれた。心配そうに先生とあいつの母親がそれを見守っていた。
「ごめん……」
俺が言うと、あいつは笑った。
「ふざけるなよ」と、声を発しながら。
「俺がなんでお前に会いにきたかわかるか?! お前が憎いからだよ 俺の手を穴だらけにしやがって 俺が何したってんだ!」
傷痕しか残っていない腕を親友は大袈裟に振るった。
俺の頬に拳が突き刺さった。
口の中が切れて鉄の味がした。先生が慌てて割って入ってきた。
「あなたも見てないでっ!」と先生があいつの親に言っていた。
あいつの親は無表情のまま言った。
「うちの子にあんなことしたんだから、あれぐらい当然でしょう」
その日、あの親友が帰ってから泣いた。
先生はいつまでも俺の側に居てくれた。あの日の彼女のようにみっともなく泣く俺を抱き締めてくれた。左胸に先生の鼓動が重なる。
もし俺にとってどうしようもなく都合のいい神様がいるとすればそれは多分先生のことだ。
だけど、俺はそれを愛しいと思ってしまった。それは本当は触れては行けない物だった。
気持ちは溢れて、止めどなくなってしまった。
「先生……」
「ん なんだい? 生徒」
「先生をください」
本気だった。先生がいれば何もいらなかった。
「にゃはは 冗談はやめなされ、生徒さんよ」
だけどそれはあっさりと受け流されて、終わってしまった。
朝、起きると先生は居なかった。
どこを探しても居なかった。
先生の代わりに男の先生がきた。
先生は別に俺の気持ちをはぐらかした訳ではなかったんだ。ただ、俺が本気なのがわかってしまったから……
そして先生にとっては先生は医者で、俺は患者でしかなかったから。
だから、先生は行ってしまった。
神様の明確な裏切り。
……死のう
屋上に上がる。フェンスの上側には有刺鉄線が巻いてあるがこれから死ぬというのに傷の1つや2つ増えたところで何も変わらない。
フェンスの向こう側に降りて、俺は街を見下ろした。
先生、あなたはいまどこにいますか?
先生、あなたは僕が嫌いでしたか?
先生、どうかあなたは僕が死んだことに胸を痛めないでください。
フッ、と身体が重力に従って落ちる寸前で、俺は誰かに腕を掴まれていた。
先生──、一瞬そう思ったけど違った。
現実はもっと残酷だった。
「死んだんだよ!」
俺の腕を掴んでいる先生の後任の医者が叫んだ。
「え……?」
「彼女は昨日自宅へ帰る途中に事故で死んだんだ 君には刺激が強すぎると思って言わなかっただけなんだ!」
手紙を預かってる、と彼は言った。
その手紙には、
半端な知識で書いてるので精神病院の屋上で飛び降り自殺なんかできねぇだろ とかのツッコミはナシの報告で
いや、まじお願いしますm(_ _)m
BLADEばっかり書いてて息抜きに書こうかなぁと思ったらやたら気合い入ってしまった…… テスト死んだなこりゃ←高3
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