―少女が恋を知った時、運命の歯車は終焉へと廻り出す
高く伸びる歌声に男は静かに耳を傾けていた。
「はい、良く出来ました」
男の一言で少女は軽く息を吐いた。そんな彼女を見て、男はクスリて笑う。
「何?」
怒った様な口調で言いながらも、少女の顔は微笑んでいた。男も微笑み返しながら、少女を静かに見つめる。
「上手くなったね、リディア」
誉められた事が嬉しかったのか、少女は頬を赤らめ俯いた。その少女を膝に座らせ、男はその体勢のまま鍵盤を叩いた。
「何の曲?」
「デタラメだよ」
男の答えに少女は笑った。そして、自分もデタラメに歌い始める。
二人は暫くの間、そうしていた。二人だけの甘い一時。けれどそれは、歌うのを止めた少女によって儚く終わる。
「どうした?」
訝る男の膝を降り、少女は窓辺に立つ。空には夕闇が迫りつつあった。
「ねぇ、私の事好き?」
男に背を向けたまま、少女が問いかける。それは、囁く様なか細い声。男は立ち上がりながら微笑んだ。
「当たり前だ。君以外、考えられない」
その答えに少女は振り返った。その動きに合わせ、少女の白いドレスが踊り、長い髪がサラリと揺れる。 彼に哀しげな視線を投げ掛けた少女は、傍にある机に置いたモノを手にした。
それは、護身用にと男が少女に渡したもの。小さな花の細工をあしらった、小振りのナイフだった。
「貴方は私の傍に居てくれる?」
「あぁ」
「何処へも行かない?」
今にも泣き出しそうな少女の声。男は微笑んだまま頷いた。
「あぁ。何処へも行かないよ…」
刹那、男は少女が泣いているのを見た。
―君が望むなら…
男は少女に向かって両手を広げる。
―迷わずおいで、私の大切な姫君…
一拍おいて、少女が駆け出す。男は微笑んだまま、少女を抱き止めた。
生暖かい紅いものが少女の白い服を染め上げていく。
―嗚呼、綺麗だ…
自分を抱き抱える少女の蒼い瞳が濡れている。男は少女の白い頬を伝う雫を拭い笑った。
―君を愛しているよ…
声に出したつもりだったが、言葉になったかは分からない。どうか愛しいその少女に伝わる様にと願いながら、男は意識を手放した。
息絶えた男を掻き抱き、少女は微笑んだ。少女の耳に、誰かが階段を上がってくる足音が届く。
「ディアナ、先生?今日は外食に…」
ノックの音と共に入って来た女は、部屋の中央で抱き合う二人を見て凍り付く。その様子に、少女は笑みを深めた。
「お母様、先生は私のもの…誰にも渡さないわ」
そう言った少女の笑みが沈みゆく夕陽に照らされ、異様な影を創り出していた。
―もう誰にも渡さない。私だけの愛しい男。例えその瞳がもう私を映さなくても。その唇が私の名を呼ばなくとも。ずっと一緒よ…
悲鳴を上げて逃げていく女を見送りながら、少女は勝ち誇った笑みを浮かべる。次に警官を伴った女がやって来た時、少女の部屋には男の頭部のない遺体が床に転がっているだけだった。
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