晴天に願いを込め
初めましてぱくどらです。
投稿した日が七月七日――七夕ということでそれを意識しました。
帰り道。あいつは茫然とした表情で空を見上げていた。大きな目をぱちぱちさせて、真っ青な雲一つない空を睨んでいる。
「……おい聞いてんのか」
「え。……あ、ごめん。何の話だっけ?」
驚いたような顔を俺に向け、すぐさま笑みを作った。
「……もういい」
こんなことは今まで何度もあった。今更怒る気にもならない。大きくため息を漏らし、わざとあいつよりも前を歩く。それがせめてもの反抗だ。
「ちょっと! いきなり早く歩かないでよー」
案の定すぐに俺を追いかけてきた。これでもし、追いかけないことがあったら俺が動揺してしまうかもしれない。
ツンと前に向いていた視線を、スッと逸らしあいつの顔を覗き見る。
(……こりゃマジで聞いてなかったな)
何事もなかったのように、いつもの表情だった。長く伸ばした髪を揺らしながら、言ってもいないのに俺の隣を歩く。
艶やかな髪に整った顔立ち。贔屓目なしで美人だと思う。間違いなくクラス一のモテ女だろう。
そんな女がなぜ俺といるのか。
答えは簡単、幼馴染だから。小学生のときから一緒に帰るのが当たり前になっていた。当時はこいつも普通の女の子で、どこにでもいるような活発な子。俺も近所が近いということもあって、普通に一緒に帰っていた。
だが、中学に上がってから状況が変わる。
こいつが妙に男の視線を集め始めた。鈍感な本人は気付いていないだろうが、男の俺はガンガンと視線を感じた。その中には俺を妬むような、冷たい視線も含まれる。
最初は正直居心地がよかった。幼馴染とはいえ、男から視線を集める女に成長したこいつと一緒に帰れる。それだけで俺は優越感に浸れた。
が、段々と疑問を感じるようになった。
俺も何度か、こいつが男と二人でいる場面を見たことがある。こいつが誘っているわけではなさそうだが、いろんな男と二人でしゃべっている場面が多い。どれも楽しそうに会話を楽しんで、和気あいあいとした雰囲気だったと思う。
それを見て俺が止めるとか、そういうことは一切ない。誰と一緒にいようが、あいつはあいつ俺は俺。幼馴染は近いようで遠い存在なのかもしれない。
そんな光景を日々目にしているのに、こいつは一向に俺と帰ることをやめようとしない。
こんなに美人なんだ、彼氏の一人や二人いてもおかしくない。いや、実際にもういるのかもしれない。
ただ、惰性で続けていたせいでやめようにもやめられなくなったのかもしれない。
いや……きっとそうだろう。じゃなければ、一体何だというのか。
「……さっきの話」
きょとんとした顔を向けられた。
「もう、一緒に帰るのをやめようって言ったんだよ」
頭一つ小さいこいつ。今度こそ聞こえるようにはっきりと言ってやった。
聞こえたのだろう、目を逸らすことなく真っ直ぐ俺を見上げている。
「……え」
聞こえるか聞こえないか、小さな声を漏らした。と同時に、歩いていた足を止めその場に立ち尽くした。それには思わず俺も足を止める。
「なんで?」
さっきの笑顔が一点、今にも泣きそうな顔をしている。夕日に照らされる目は潤み、鞄を握りしめる手はだらりと下がっていた。
それでも真っ直ぐ俺を見る。何かを訴えかけるような目。大きな目もこの時ばかりは弱々しく見えた。
「ちょ……なんでそんな顔すんだよ」
「だって……一緒に帰らないって」
視線が地面に落ち、肩まで落としている姿は今まで見たことがない。ギョッとした俺だったが、ごまかすようにあえて大声を出した。
「馬鹿! 俺はお前のためを思っていってんだよ!」
すると一変、今度はこいつが俺を睨み上げた。
「馬鹿はそっちよ! 馬鹿に馬鹿って言われたくない!」
「なぁにぃ! ……あぁもういい! とにかく、今日で終わりだ!」
そう叫び俺はそいつを置いて、ズカズカと前を歩き進んでいく。
背中から声はしない。追いかけるような靴音もしない。
(これで終わったな)
後ろから何か感じるものがあったが、俺は絶対に振り向かなかった。振り向いたらまた戻ってしまいそうだった。
夕日に傾く影が伸びている。そんな影を引きつれて俺はあいつの元から離れて行った。
◇ ◇
最後が喧嘩別れなんて思いもよらなかった。
なんでいきなりあんなことを言ったのだろう。そう考えたところで答えなど見つからない。だけど、あいつは私のことなんて忘れたように普通にクラスにいる。
友達と笑ってしゃべってたり、真面目に授業を受けていた。
(もう本当に私のこと、嫌いになっちゃったのかな)
そう思いながら過ごしたその日は全然楽しくなかった。
一人で帰る道が本当に寂しい。
たくさんの男子から話しかけられる。友達からは、モテるね、なんて言われるけど正直なところどうでもよかった。
だって、本当に話しかけてほしい相手から全く相手にされない。知らんぷりで、私のことなんて見てない。だから、少しでも気を引いてほしくて、あえて男子を無視しなかった。
それでもあいつは振り向いてくれない。
けど、一つだけ。帰り道だけが幸せな時間。並んで一緒に帰れるし、話しかけてくれる。ちっちゃい時からずっと続いているせいかもしれないけど、それでも私は嬉しかった。
だからずっと続けばいいと思っていたのに……。
ぼーっと携帯のカレンダーを睨みつける。
あの日からだいぶ過ぎていた。一緒に帰っていたのが遠い昔に感じる。あの頃の私が羨ましい。
ふと……ある日に目が止まる。
七月七日――七夕の日。
(これだっ!)
そう思ったが早いか、すぐさま宛先をあいつにしてメール作成。
『七夕の日にお祭りあるから一緒に行こうよ! お願い!! お願いします!!!』
なんて簡単な文。とにかく、一緒に行きたいってことを強調させるだけしてみたんだけど……伝わったかな。
送ったばかりなのに携帯に集中。握りしめて早く返事が来るように念じる。
(早くこーい)
と、手の中でバイブした。すぐさま携帯を開いた。
『わかったよ。一緒に行く』
短い文だけど嬉しかった。声を抑えるのがつらいほどで、ひとまずベッドの上で飛び跳ねた。
先のことなのに胸のドキドキが治まらない。一緒にまた歩ける、二人で話ができると考えるだけで嬉しかった。私は悶えながら布団に潜り込んだ。
◇ ◇
(あいつの考えてることがわからん)
と思いつつも、俺は待ち合わせ時間よりも前に着いていた。
そりゃ嬉しい。けど、なんで俺を誘うのかが理解できない。
(あ、もしかして俺だけじゃないのか。……そうだな、それだな)
一人解決して、一人頷いていた。が、何かすっきりとしない答えに自然とため息が漏れていた。
「お待たせっ! 早いねー」
聞きなれた声に顔をそちらに向ける。
と、そこに立っていたのは浴衣姿をあいつだった。
紺色の浴衣には、薄ピンクの小さな花がたくさん描かれている。帯は真っ赤なものでキュッとしまった腹部のせいか、普段見慣れない胸が出ている。
下駄のカランという音を鳴らしながら、あいつが近づいてきた。
「もーせっかくお祭りなんだから、浴衣で来ればよかったのに」
「え、あぁ……めんどくさいから別にいい」
「らしい答えだねぇ。……ねねっ。どう? 私の浴衣姿」
そう言って俺の目の前で一回転して見せた。
よく見たら、いつもは結ばない髪を後ろでまとめていた。自然と視線がうなじへ行く。
「……い、いいと思うけど」
「ほんと? ありがとう!」
ふふっと本当に嬉しそうに笑う。久しぶりに見たこいつの顔に、なんだか心がほっとした。見ているこっちまでが笑いそうになる笑顔。こんな奴と今まで一緒に帰れていたのが嘘みたいだ。
そりゃクラスが一緒だけど、どこか近寄りがたい。今目の前で見るこの笑顔が、昔から知っている本当のこいつの顔なんだ。
「じゃあ行こうかー」
そう言って腕を俺の腕に絡めてきた。
「ちょ、ちょっと待った! 他の奴らは?」
慌てる俺に対し、こいつはキョトンとした顔になった。
「何言ってるの? 二人だけだよ?」
ふふっとまた無邪気な顔を向けられた。そいつは固まる俺に構うことなく、腕を引っ張っていく。
(……ま、マジでこいつ何考えてんだ!)
だけど嫌な気持ちなんて起こるはずもなく、逆に腕に当たる胸の感触に頬が緩む。
(やべぇ、今日俺、おかしくなりそうだ……)
そんな俺を知る由もなく、あいつはどんどんと俺を引っぱりまわし楽しそうにはしゃぐ。
やれ景品が当たっただの、金魚すくいをしようだの、りんごあめを食べようだの……まるで子供だった。が俺も俺で、その嬉しそうな笑顔に負け素直に従っていた。
「楽しいねっ」
祭りということもあってか、歩行者天国になった道路には人がごった返していた。すぐ隣を人が行き交い、香水や菓子や野菜などが焼ける匂いが混じり合う。
普段こんな場所に来ない俺にとって、この中を歩くだけでも酔いそうだった。だから、あいつの声がよく聞こえなかった。
視線を落とし物を踏まないよう歩いていた俺だったが、急にあいつが止まった。
「……楽しくないの?」
その声に顔をあげれば、また悲しそうな顔をしていた。
「やっぱり……私とじゃ楽しくない?」
語尾が騒がしさ負け、消えるようになくなる。さっきのはしゃぎようはどこへやら、一変今にも泣きそうな表情となっている。
この変貌ぶりに思わずため息が出た。
「……またそれか」
「な、何よ! こんな顔しちゃ悪いっていうの?」
「あぁ悪いね。そんな顔、見たくもな……」
ハッとし、すぐさま口を閉ざす。人ごみにイライラしたせいで、ポロッと出てしまった言葉。
(やべ……)
恐る恐る視線を上げる。その先に見えたのは――眉間に皺を寄せ潤んだ目。
涙を堪えるように唇を噛み締めているが、すぐにでも泣きそうな顔だった。
「も、もういい!」
そう叫び俺の手を振り払った。そしてそのまま人ごみの中を走り去っていく。
「ま、待て!」
すぐに手を掴もうとするも、人が邪魔をし失敗した。しかし去っていく頭だけはしっかりと目で追い、すぐさま人の間を縫って追いかける。
◇ ◇
涙が止まらない。しゃっくりが止まらなくて、拭いても拭いても涙が溢れる。
大通りから出て、一人ベンチ座った。それから何も考えられず、ただ泣いている。
(ひどい、ひどいよ……)
ただ一緒に楽しみたかったのに。頑張って浴衣も準備したのに。
(私一人がのぼせてたなんて……)
ずっと目を背けていた。けど、実際に真正面から言われると結構堪える。
切り裂かれた心の傷を癒すように、涙が流れていく。だから我慢しようなんて思わなかった。泣いてあいつを忘れることができるなら、いくらでも泣きたい。
「……馬鹿。泣くな」
そんな声がして顔を上げた。
「……ひっどい顔だな」
あいつだった。走ってきたのか肩で息をしてる。
私はすぐに顔を俯かせた。返事もしなかった。けど、あいつは黙ったまま私の隣に腰かけた。
「……悪かったよ。別にお前を傷つけようと言ったわけじゃない」
そう言い終えても荒い息が聞こえた。必死に呼吸を整えてるようだった。
(私を探してくれたのかな)
そう思うと自然としゃっくりが止んだ。涙を拭い、隣に座るあいつに顔を向ける。
「じゃあ、どういう意味で言ったの?」
すると、私に向いていた顔がプイッと逸れた。なんだか難しい顔をして視線が彷徨ってる。
「……言えないんだ」
そんな態度に腹が立った。あいつを睨みつけ、じっと様子を伺う。
それでもなかなか言葉を発しようとしない。カチンときて勢いよくベンチから立ち上がった。
「何よ! はっきり言えばいいじゃない!」
帰ろうと思い背を向けた。すると。
「じゃあはっきり言ってやるよ! 座れよ!」
売り言葉に買い言葉。
振り向くと、あいつも怒ったように真剣な顔だった。
(……何言われるんだろう。……やっぱり怖い)
今まで見たことのない眼差しに背を向け、そのまま走り去ろうとした。けど、それを察知したのかいきなり手を掴まれた。
私の手をギュッと握りしめて離さない。振り払うこともできず、ただその場に立ち尽くした。
「……いいから座れ」
穏やかな声。恐る恐る振り返ると、やっぱり真剣な眼差しだった。
もう逃げられないと悟って、私は大人しくベンチに腰かけた。
「お前の顔が嫌なんじゃない。お前の暗い顔を見たくないから、あんな風に言ったんだよ」
「……え?」
余りのいきなりの発言にまぬけな声が出てしまった。顔を向けると、やっぱりそっぽを向いたままだった。あいつはそのまま言葉を続ける。
「俺はお前には笑っててほしいんだよ。その方が見慣れてるし、なんだか安心するんだ。今日だってめちゃくちゃ楽しそうで、見てるこっちも楽しかったよ」
頭が真っ白になりそう。
どこから誰かが言っているんじゃないかと思ってしまう。けど、間違いなく近くには私たち二人しかない。
薄暗い中横顔をじっと眺めれば、あいつの顔がほんのり赤いことに気付いた。
「……もう俺、お前とずっと幼馴染は嫌なんだよ。一緒に帰ることだって、幼馴染だから付き合っているようで嫌だった」
「あ……」
そこまで考えられなかった。そんなことを考えていたなんて。
(でも……私と幼馴染が嫌って……)
また暗い気分になりそう。けど、あいつはまだ言葉をやめない。俯きそうになる顔を堪え、ぎゅっと握りこぶしを作って耐える。
「俺は……その次に行きたいんだ……。だから……その……」
「だから……?」
胸がドキドキする。
すると、あいつの顔が私に向いた。真っ直ぐ見る瞳。金縛りにあったみたいに、身体全体が固くなる。体中が熱い。あいつは私の目から逸らすことなく、そのまま口を開いた。
「好きなんだ。付き合ってほしい」
夢じゃないか、って思った。さっきまで騒がしかった祭りが遠くに聞こえる。
今目の前にあいつが赤い顔している。
ずっとずっと、想像してた。ずっとずっと、こうなりたいって思ってた。ずっと溜めていた想いが、涙になり溢れだす。
「え。ちょ、泣くな!」
そっと肩を抱いてくれる。この何気ない優しさもずっと好きだった。
「……私も」
そっと顔上げ、自然と笑った。
「私も大好き」
勢いそのまま抱きついた。匂いが、鼓動が、全てが好き。ずっと好きだった人。
固まっていたけど、あいつもぎこちなく腕を回してくれた。……本当に幸せな七夕。
これから始まる、新しい二人の関係。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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