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Enders war 作者:急式行子
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15 セカンド・エンド(7)

 国王イントッシュと、王太子オフルマズドのふたりの弟の、合わせて三人から抽出した魔力を“稀代の魔法使い”と称されるオフルマズドがもちいて魔法を行使したことにより、岩トカゲこと地属性のドラゴン、ペドラを取り込みながら、王城はふたたび築城された。王都を破壊し尽くしたペドラはくしくも今日より王都にそびえる加工済みドラゴンとなってしまったが、ペドラを王城として加工するほかに最善の道はなかったとオフルマズドは死後まで考えている。
 だが、本当にそうだったのだろうか。
 事実、岩トカゲの脅威は消え、新たな王城に、王都の生存者を保護したことで、王都はいちおうの安定を得たかのように思われる。だが、オフルマズドの目となり事態を見てきたエルストから言わせてもらうと、オフルマズドが国王と弟たちを死に追いやったことが、岩トカゲによる王都破壊よりも強烈な惨事として映った。むろんこれはエルストの主観になるのだが、つまりオフルマズドの行動がはたして最善だったのか、エルストは新しい王城の最上階、空中庭園にいながら延々と考えあぐねている。ここにいるのはエルストとオフルマズドだけだ。
 現在のエルストが抱いてしかたない、オフルマズドへの疑問の大部分は、たとえどんな理由があったにせよ、たとえそれが実父に我が子を殺されかけたことへの強い怒りの衝動であったとしても、息子が父を殺していいはずがないのではないか、というものである。とはいえ、肉体を共有しているオフルマズドに問いかける勇気は、まだない。それに、なぜ殺してはいけないと思うのか、という問いが、逆に投げかけられそうだからである。エルストはそれがこわかった。命を奪ってはいけないという倫理観を相手に言い聞かせ、やがて納得させうるだけの理由を、エルストはまだ、見つけていない。これはオフルマズドへの第二の疑問、弟たちの魔力を奪うかたちになったことが最善だったのか、というものにも共通している悩みだ。同時に、殺人を経験した自分自身が答えるべき問いでもあるのだが。
「岩トカゲの心配はなくなったわけだけれど」
 オフルマズドの声が頭に鳴り響く。岩トカゲの停止から二日、この日は朝を迎えている。まだ草木も何も植えていない、石垣だけの空中庭園からは岩トカゲ、ペドラの胸部から上を仰ぎ見ることができる。王城はペドラの腹部から作られているのだ。先日の鋭い咆哮がウソのように、岩トカゲは、今はしんと静まり返っている。大地が揺れることもない。白いハトの群れがぱたぱたと水色の空を横切っていく。

「肝心なものを忘れてはいないかい、エルスト?」
「はあ、肝心なもの、ですか」
 イオンに連れられて避難していたアエラとエイブラハムは今、王都に戻り、真新しい寝室で休んでいるはずだ。オフルマズドの家族と呼べる家族はこの妻子だけとなってしまっている。国王や弟たちの遺体はすでに火葬している。
 騎士団はひとまず王城を拠点としているものの、王城にイオンの部屋などなく、イオンは、ふたたびエルストの知らぬ場所へ飛び去ってしまった。王都に残っているドラゴンの加工職人は今やチ・ビただひとりである。赤子のウォーベックマンともども王城に住まわせているが、彼らもいつしか、オフルマズドの前からは消えていくのだろう。
「もしかして、テレーマ王子のことですか?」
 エルストがたずねると、オフルマズドは、うん、そうだと頷いた。
「このころのぼくは戦々恐々としていたよ。テレーマ王子がまたいつ攻めてくるかわからないし、もしもまたドラゴンと一緒に攻めてきたなら太刀打ちできないだろうと、なかば諦めてもいた」
「でしょうね……この際、テレーマ王子が首謀者ってことでしょうし、テレーマ王子がもう何もしてこないとは思えません」
「だろう? 岩トカゲを加工したことで彼の計画を狂わせられたにせよ、これで終わりってことにはなりそうにないよね」
 エルストとオフルマズドがテレーマと過ごした時間はほんのわずかだったというのに、テレーマについて、ふたりは親友にでもなった気でいた。あの彼は諦めないだろうと、テレーマの性格をよく知ったふうでいるのだ。だが、テレーマが次に仕掛けてくるとして、いったい何を企んでくるのか、エルストには見当がつかない。おそらくは、そうなるならば、ただごとではないだろうという、おぼろげな推測ができるくらいである。
「オフルマズド様はご存じなのですよね? 今後の、テレーマ王子の動きを」
「当然さ。何度も何度も何度も、繰り返してきたよ」
「でも、僕に教えてはくれないのですよね」
「当然さ」
 オフルマズドは笑った。

「これから僕が気をつけておかなければならないこととか、ありますか? なんというか、覚悟、とか、心構え、とか。そのくらいなら、教えてくださってもいいんじゃないですか」
「そんなに怖気づいているのはエルストくらいなものだな。今までぼくの体の中に来た子どもたちは、どんなことに気をつけておけばいいんだ、なんて、誰も言わなかったよ」
「誰も言わなかったら、僕が言っちゃいけないんですか!」
 不安感を串で突かれたエルストはとうとう声を荒げるしかなかった。
「おお、いいね、その調子だよ。その意気でこそ王族の人間だ」
「ふざけないでください、こんな時に!」
「ふざけてなんていないよ。むしろ本気に近い。自分の意志をまっすぐにしてこそ、これから起こる事態にも難なく立ち向かえるというものだよ。だからぼくは、ふざけてなんていない」
「もういいです……数日間、こんなふうに話したりしているけれど、僕にはあなたの本心がわからない」
 エルストは、今なら言える気がした。
「父親や弟の命を奪っておきながら、平然としているあなたの本心がわからない!」
「心を乱してなくちゃいけないのかい?」
 そらきた、と言わんばかりにオフルマズドの言葉はエルストの神経を逆撫でにする。
「じゃ、君だったらどうしたっていうんだよ、あの時?」
「それは……」
「答えてみろよ。エルスト、君の判断力を見る、いい機会だ。さあ、君ならどうした?」
「僕ならどうしたとか、そういうことの問答をしたいわけじゃないんです! どうしてそう、何かにつけて僕を試したがるんですか。僕はただあなたが、家族の命を奪っても、平気なふうでいるから……ううん……」
 エルストの語尾はしぼんでいく。
「それとも、あなたが“ふつうの感覚”なんですか? こんなことを疑問に思っている僕がおかしいだけですか?」
「さあ」
 オフルマズドにしては珍しくぶっきらぼうに答える。
「人間に“ふつうの感覚”がわかるわけがないだろ。でも、長いあいだ手にしてきたぼくのものさしで比べても、やっぱりぼくがおかしいんだろうね……だけど、しかたなかったんだ」
 サンゴルドではエルストが避けた言葉を、オフルマズドは自ら言った。
「それよりおかしかったんだ、あの緊急事態のほうが。これだけは言えるけれど、“ふつう”じゃなかったのは、先日の出来事のほうさ」

 オフルマズドと、それからエルストの眼下には、荒れ果てた、かつては王都の街並みだった積み石の川が一望できる。じつに粗っぽい光景だ。
「よくわかりません……目の前の出来事のほうがおかしかったら、自分もおかしくなっていいんですか?」
「そうは言ってない」
 向かい風がオフルマズドの金髪をさらい、エルストはくすぐったさを感じる。
「僕は“それで良かったのか”ってハッキリさせたいだけです!」
「そんなの、君がひとりで決めろよ! 前にもここで言ったよね、君が決めるべきなんだって!」
 神経を逆撫でにされたのは、なにもエルストだけではなかったようだ。オフルマズドは吠えるように言う。
「ねえ、さっきから、君はぼく自身にぼくの行動の良し悪しを決めさせることに固執しているようだけど、ぼくがとった行動が良いか悪いかなんて、ぼくの体から出て行ったあとにベルとアギとでも議論するんだね。ひとりで決められず、誰かを交えて判断したいのならさ。自分の時代で誰とでも話し合える君と違って、ぼくが会えるのはぼくが死んだあとに生まれてくるぼくの子孫だけなんだ!」
「その子孫の意識をどうとかこうとかすることが、僕にはとうていできない夢のような世界の話なのに……」
 そう言いながら、エルストは、オフルマズドとは一生わかり合えないのではないか、と、そんな恐れをいだいた。少なくともこの時点では、エルストはオフルマズドの本意、本心を理解したがっているのだが、どうにも難航している。
「あなたが会えるのはあなたの子孫だけ? 何をおっしゃるんだ。あなたは魔法が使えたからこうやって自分の子孫と話をできている! ああ、きっと、あなたや魔法が使える“ふつうの人間”からしてみれば、あなたのとった行動が正解だったんでしょうし、死んだ人が自分の子孫と会話したってなんら不思議じゃないんでしょうね」

 エルストの啖呵は続く。
「これをちなみに言いますけど、魔法使いだなんて永遠に誰にも呼ばれることのない僕だったとしたら、岩トカゲに潰されて死んでいましたよ、おとなしく! 誰かに分け与えてやる魔力すらないから。それが僕にできる唯一で“最善の”方法だったでしょうね!」
「魔法以外にやれることを見つけろよ! 君こそ、それで良いのかよ!」
 オフルマズドは地団駄を踏んだ。カツカツとブーツが鳴っている。おまけに両腕も風を切っている。
「良かったらこんなに根暗じゃないや!」
 エルストはわめいた。
「はあ、ああ、もう、エルストがこんなに根性無しだとは思わなかったよ!」
「オフルマズド様だって、こんな卑怯だなんて思いませんでしたよ!」
「卑怯!? 卑怯って言ったか、今!」
 エルストの文句が予想外だったのか、オフルマズドは気勢があらぬ方向に向いてしまい、素っ頓狂な声を出してしまった。
「だって、ドラゴンの加工は人間の悲惨きわまりない所業だとか言いながら、結局、自分はチ・ビに岩トカゲを加工させたじゃないですか! それだけでなく家族の魔力を奪って……あなたはエイブラハム様を殺そうとしたイントッシュ陛下に向かって、“許されない”とおっしゃいましたよね? あなたは人殺しも、ドラゴンの加工も、許さないんですよね?」
「そうだよ……ぼくはぼくが許さない、悲惨きわまりない所業を自らおこなったんだよ」
「オフルマズド様は、それで満足なさってるんですかって、お聞きしたいだけです」
「君はさ……たとえばぼくが弟たちを殺さずにイオンを加工したとしても、ぼくに同じことを訊いただろうね……」
 めっきり冷静になったオフルマズドの様子は、不満を痛切に感じていることからくる落ち着きであった。
「あの時、ドラゴンを加工することが、どんな選択肢よりも優れていると思ったエルストと、ぼくはほぼ変わらない選択をした。違うのは、エルストには、家族の命をどうするかが決められていなかったってことだけ。どんなにエルストが家族を殺すことをためらう人間だったとしても、ぼくは絶対に父と弟たちを殺すことを選ぶし、選びぬいたことが、ぼくの人生だ。ぼくの人生はもう終わっているんだよ」

 エルストはもういちど地団駄を踏みたかったが、オフルマズドは一変してじっとしているため、かなわなかった。エルストがどんなに足を動かそうとしても、オフルマズドがそうしない限り、エルストは現在歩けないのだ。
 エルストがそうしたかった理由として、オフルマズドが言ったとおり、エルスト自身が“ドラゴンを加工することが、どんな選択肢よりも優れていると思った”からというものがある。そう、エルストは自らの「イオンを加工してみてはどうか」との言葉を忘れたわけではない。自分の発言、提案をいわば棚に上げ、オフルマズドに、それで良かったのかと問うような、みにくい不条理さを露呈してしまったのだ。自分の発言への良し悪しの区別もままならないのに、同じことを先ずオフルマズドに問いただすことは、やや罪に思われ始めた。あるいは、オフルマズドの判別によって、自分の良し悪しも決定されるかのような錯覚に陥っている。エルストはようやく気づき始めたのだ。
「ぼくはこの結果に満足しないといけない」
 向かい風が背中を押し始めた。
「テレーマ王子の猛攻は終わらない。せいぜい気を失わないように覚悟しておけばいい、根性無しで、卑怯者のエルスト坊や」
「あなたはぜんぜん、優しくなんかない」
 この時オフルマズドが漏らした笑みがなんの意味を孕んでいたのか、エルストにはわかりかねたままであった。
「オフルマズド陛下」
 城内からガードナーがあらわれ、オフルマズドをそう呼んだ。
「テレーマ王子からの……親書です……」
 この先もまだまだ波瀾は長引きそうである。オフルマズドはガードナーから封書を受け取った。
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