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背を這う蟲
作:yoshina



四、恍惚の手紙


 また来た。


 彼女はため息を一つついた。
 学校から帰宅し郵便受けを覗くと、夕刊と共に入っている白い手紙。
 父は帰宅してもそのまま素通りするので郵便受けを見るのは専ら彼女の役目だ。
 何が書いてあるのかわかっていても、半ば義務的な感じで裏を返して宛名を見る。


 「毛利蘭様」。


 自分宛に届いたそれは開けなくてもどんな内容かは大体予想はつく。
 週に一度同じ手紙が届くのだから。
 毎週毎週、真っ白な封筒が郵便受けに入っていた。
 困らないといえば嘘になる。
 父に言えば警察を伝って手紙の郵送を止めることは出来るだろうが、
その気にはならなかった。
 ただ定期的に届くその手紙を読んだ。


 差出人は父がかつて依頼を受け解決した殺人事件の加害者だった。
 実際はコナンの姿をした幼馴染が裏で真実へと導いたことは
2年前にわかっている。
 しかし表向きは自分の父が解決した事件だ。
 手錠がかけられるところまで、彼女はコナンと共に眺めていたのを
今でもはっきりと覚えている。


 まだ彼は公判中だが殺害した人数を考慮すれば、死刑が下される可能性が非常に高い。


 自室に入るとその封を切った。
 ぱらりと一枚しか無い便箋を開く。
 悪いのはあちらの方とはいえ、逮捕された原因を作った彼女の父のことには
一切触れられていない。
 手紙には淡々と拘置所での生活が綴られているだけだ。
 最近寒くなってきましたなど、小窓から見える空が雲ばかりでつまらないなど。
 馴れ馴れしい文体ではないが棘のある感じでもなかった。
 そして丁寧語でもない。
 敬語だった。
 年下である彼女に対してその男はなぜか敬語で手紙を書いていた。
 彼と特別接点があったとはお世辞にも言えないだろう。
 しかしパトカーに乗せられる時ほんの少しだけつながりができた。
 彼が素直に連行されていると、ポケットからペンが一本落ちたのだ。
 それを偶然側にいた彼女が拾って渡した。


 ただ、それだけのこと。


 しかし渡す瞬間目が合った彼の表情は驚いているようで。
 自然に拾ってくれた彼女に対して何を思ったのかはわからない。
 この手紙を読む限り関心を持ったことは確かなようだが。

 毎週郵便受けから取り出し、封を切る。
 そして読む。

 この行為が彼をどんな気持ちにさせるのかは皆目検討がつかないが、
いずれ死ぬ人間の手紙を読むことは彼女に一つの疑問を抱かせた。




 なぜこの手紙を自分だけのものにしているのだろう、と。




 原因となった事件を解決した幼馴染にもまだ言ってないし、
父にも言うつもりは無い。
 誰にも言わないまま彼女はひたすら男の手紙を読み続けるのだ。


 意味の無い行為に蘭自身首をかしげると、手紙と共に入っていた夕刊が目に止まる。
 帰宅してから居間にはまだ行ってなかったため自室にそのまま
持ってきていたそれを、手紙と引き換えに何気なく手に取った。
 そこにはつい最近幼馴染が解決した妊婦殺害事件の続報が載っている。
 余談だがあの事件の数日後、彼はそれとなく自分に大学卒業後の
進路について聞いてきた。
 来年はもう20歳である。
 ここまで一緒にいれば流石に「結婚」という2文字も浮かび上がるが、
それについて彼が言及してくるのは初めてで。
 彼の問いに対して心が高鳴ったのと同時に、突然の変化を不思議に思ったのも事実だ。
 いつかわかるだろうと思い、彼女は気付かない振りをし続けているが。


 次に新聞を見る目はそのまま左下の割かし大きくスペースの取られた見出しへと移る。


 「2年前の大阪連続殺人事件の元刑事・坂田死刑囚の刑が執行」


 蘭にも覚えがある事件の終末であった。
 間接的に関係する事件が2つも同じ夕刊の一面に載るという
一般人にはありえない偶然に少しだけ苦笑する。
 そういえばこの死刑囚に大阪の友人2人が会いに行ったというのを聞いたことがある。
 死刑囚に面会した彼らと、死刑判決が下る男の手紙を読む自分。
 状況はよく似ているようでその中身は全然違うように思えた。


 大阪の友人や自分の幼馴染は好きでそのような状況になったわけではない。
 簡単に言えば、巻き込まれたとでも言うべきか。
 知り合いの元刑事が殺人犯だったり、偶然遭った事件の被害者が妊婦だったり。
 それはあまりにも哀しい災難なのだ。

 しかし自分は違う。
 止めようと思えば止められるはずの手紙を自らの意思で読み続けていた。
 拘置所から送られるそれを誰にも言わずずっと独り占めしている。


 夕刊を机に置き、再び白い便箋を手に取る。




 死刑判決の下る男の手紙を手中にして蘭は
自分の気持ちがよくわからなかった。













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