#77 時代の狭間
その日、ジャロウデク王国の中枢たる王城において、国主代理カルリトス・エンデン・ジャロウデクは、激昂のあまり卒倒した。
彼に衝撃をもたらした原因、それは駆け込んできた伝令からの報せによる。たった一隻で旅団規模(一〇〇機)の幻晶騎士部隊に匹敵しうる戦力をもち、ジャロウデク王国を強力に守護していた“飛竜戦艦”撃墜の、報であった。
その喪失はクシェペルカ王国への侵略戦争に大敗し、建て直しに苦慮する彼らにとって致命傷にも等しい出来事であったのだ。
それからさして間をおかず、周辺国からジャロウデク王国への侵略が、再び活発化し始めた。
虚勢を張ることすら叶わない、守護竜喪失の報せは、それを為したクシェペルカ王国より西方諸国へと広められていたのだ。
竜の護りを恐れこれまで手を出しあぐねていた国々からすれば、それが喪われた以上足踏みを続ける必要はない。小競り合いから始まって、侵略が本格化するまでにさほどの時間は必要なかった。
ジャロウデク王国内を護る鉛骨騎士団は、あまりに不利な状況にありながらよく奮戦したといえよう。
しかしジャロウデク王国は大国ゆえ、四方から攻め入ってくる他国の全てに対応することはもとより不可能であった。戦線を維持するために彼らは後退を続け、大国は血肉ともいえる国土を貪られ続けてゆく。
この悪夢のような侵略は、明けて西方暦一二九一年を迎えるまで続いた。
その頃には攻め入った国々同士がお互いを敵視し始め、戦況は膠着状態へと陥り鈍化していった。戦乱が起こったのはごく短い間であったにもかかわらず、この時点でジャロウデク王国は実に領土の六割までを失うことになる。
この間にジャロウデク王国内では、戦の結末を見ぬままに国王バルドメロが崩御した。病床の身にあっては国の崩壊はあまりにも重くのしかかり、残された命を削る結果となったのである。
ここで、本来ならば王位継承権の第一位にあるカルリトスが後を継ぐはずであった。
しかし彼はその地位を追われることになる。いかに血統主義が幅を利かせる西方にあるとはいえ、国家存亡の危機を呼び寄せた失態は重すぎた。
表向きは責をとって王位継承権を放棄したという形であったが、実質は諸侯の手による放逐を受けたのである。
空位となった王座には、傍流にあたる公爵家より新たな王が迎え入れられた。これによりジャロウデク王家の力は著しく削がれることとなる。
権力構造の大幅な変更によって統制を失ったジャロウデク王国は、混沌とし始めた西方諸国にあって困難な船出を迎えることになった。
そうして国土をはじめとした多くのものを切り捨てることにより、かろうじて生き残ったジャロウデク王国。
その際に完全に止めを刺さんとする国もあったのだが、その侵攻を強力に食い止め続けついには押し返した、とある部隊があった。
「あーあ。結局、俺っちだけが生き残っちまったか。ほんじゃまぁみんなの分まで剣を振るうことに、すっかねぇ」
鉛骨騎士団内に急遽設立されたその部隊の先頭には、全身に“剣”を取り付けた奇矯な装備形式の幻晶騎士の姿があったという。彼らのわが身を省みぬ奮戦により、侵略を試みた国々の野望はあと一歩のところで失敗を余儀なくされたのであった。
ジャロウデク王国が崩壊した後も、戦の気配が残る西方諸国は不穏な空気に包まれていた。
最大の獲物を喰らいあった各国は、次はお互いに対して睨み合いへと入っていたが、ある時点より急速にその矛先を収めてゆく。
きっかけは、とある情報が各国へともたらされたことによる。
その情報とは、ジャロウデク王国がもつ最新鋭にして最高機密兵器である“飛空船”の、開発技術情報であった。
情報流出の直接の原因は、各国のジャロウデク王国への侵略によるものだと思われる。しかし周辺国へと流布した、その経緯については多くの謎が存在していた。
窮地にあるジャロウデク王国から技術者が流出したという者や、飛竜戦艦の活躍により各国が独自に研究を始めた成果であるという者もいた。果ては、技術仕様を記載した説明書が戦乱のどさくさに紛れて各国へと送りつけられた、などと証言する者までいた始末だ。
ともあれ、その技術の伝播によって、各国において飛空船開発・建造競争が加熱することになる。
大西域戦争においてその有用性をまざまざと見せ付けたことにより、これを放置して争いにかまけることは不可能であった。
戦闘的技術の不均衡が、戦においてどれほど致命的なことであるか、各国はこの戦いにおいて十分に学んでいたからだ。
もちろん、彼らは通常の飛空船のみならず強力な戦闘能力をもつ飛竜戦艦について多くを知りたがった。
しかし飛竜を構成していた基幹技術についての大半が、中央開発工房の長であるオラシオ・コジャーソとともに姿を消していたのであった。
結局のところ彼らが知ることができたのは、源素浮揚器をはじめとした、飛空船についての基礎技術のみ。しかし、それだけでも西方諸国に大きな変革を呼ぶに十分なものであった。
地形にとらわれない移動を可能とする飛空船の普及は、人が持つ移動能力を極端に引き上げる結果へとつながる。
まもなく、彼らは導かれるかのようにセッテルンド大陸を飛び出し始める。
それは大西域戦争に続く第二幕とも言うべき、形を変えた争いの時代。
後の世に言うところ“大航空時代”の、幕開けであった。
セッテルンド大陸を中央で東西に分かつ、峻峰オービニエ山地。
その東側のふもとから平野部にかけて、フレメヴィーラ王国が広がっている。山裾と平野部のちょうど境目に、ライヒアラ学園街は存在していた。
その日、学園街の一角にある自宅でくつろいでいたセレスティナ・エチェバルリアは、ふと窓から見上げた空に奇妙なものを目撃した。
それは言うなれば“船”であった。まるで空に浮かぶ雲の海をかきわけるがごとく、“逆さまの船”が大きく帆を膨らませ宙を進んでいたのだ。
「あらあら。急いで準備をしないと」
しばし船を眺めていた彼女は、何かに気付くと小走りに駆け出していった。
その時、異常な船の姿を目撃したのは彼女だけではない。通りを歩く者、露店をだしている商人、さらにライヒアラ騎操士学園の生徒たちまでも、皆一様に唖然とした様子で空を眺めている。
未知の存在を前に騒然としだす彼らを尻目に、ライヒアラ騎操士学園の上空へと差し掛かった空飛ぶ船は速度を緩めると、甲板のようにも見える船の底を開いた。
黒々とのぞく穴から、勢いよく飛び出てくるものがいる。
四肢を備えた巨大な人型、言うまでもなく幻晶騎士だ。無謀極まりないことに、それは遥か高空にある船から、支える鎖の一本もなく落下してきたのである。
住民たちが息を呑む間も有らばこそ、その異形の幻晶騎士は全身の装甲から猛烈な爆炎を噴出した。激しい噴射の反動が重力に抗い、みるみるうちに落下速度を緩めてゆく。
やがてそれは、激しい土煙を噴き上げながらライヒアラ騎操士学園の訓練場へと降り立っていった。
騒然とする生徒たちを掻き分けて、教官たちが次々と飛び出してくる。その中に、戦闘技能教官であるマティアス・エチェバルリアの姿もあった。
幻晶騎士用の訓練場はかなりの広さがある。そのど真ん中へとごうごうと炎を噴きながら降下してくる幻晶騎士の姿をみるや、彼はなんともつかない吐息を漏らしていた。
その姿を見間違うことなどありえようか。セッテルンド大陸広しといえど、こんな非常識を平然とやってのける幻晶騎士はこの世にひとつしかない。加えて言えば、その騎操士は。
「何かと思えばやはりイカルガか……ああ。エルの奴、また何かとんでもないことをしでかし始めたのだな……」
呆れるのは後回しとばかり、彼は土煙やまぬ訓練場に着地したイカルガの元へと歩みだしていくのだった。
ライヒアラ学園街の上空に留まる飛空船の姿を指差し、住民たちは騒々しく何かを言い合っている。
この時は自宅にいた者や学園にいた者も含め、この街の住民のほぼ全員が外に出て、空に浮く巨大な船を興味深く眺めていたという。
通りを埋め尽くす住民の間をすり抜けて、小柄な人影が小走りに駆け抜けてゆく。
軽やかな銀糸のきらめきを目に留め、幾人かが振り返るがそれはすぐに雑踏に紛れ見えなくなった。彼はそのまま、街の一角へと向かう。
「まぁエル、おかえりなさい」
待ち構えていたかのように家の前に立っていたティナが、エルを見つけてふわりと表情をほころばせた。つられたようにエルも微笑み、ティナのもとへと向かう。
「はい母様、ただいま帰りました。あれをご覧ください。お土産に珍しい船をもらってきましたよ」
言いつつエルが指し示す先には、ライヒアラ上空に浮かぶ異形の船の姿があった。未曾有の存在を前にして取り乱すでもなく、ティナはごく自然にくいと首を傾げ。
「まぁ、やっぱりあの船はエルがもらってきたものだったのね。あんな大きな船が空を飛ぶなんて、西方はすごいところなのねぇ」
感心しているようだが、その微妙にずれた解釈をエルはあえて訂正しない。
「はい、特別な船ですよ。母様もいちど乗ってみませんか? 上空から見るフレメヴィーラ王国の景色は、とても綺麗ですから」
「私も? 水の上を進む船にもほとんど乗ったことがないのだけれど。せっかくエルが誘ってくれたのだものね、それじゃあ空に浮かぶ船にお邪魔させてもらうわ」
「はい! それに、他にもお土産話がいっぱいあって……」
事実上の最高機密兵器を私用でぶん回すことを決め、楽しげに話しながら母息子は家へとはいってゆく。
西方暦一二九一年早々。一連のジャロウデク王国の結末を見届けた後、銀鳳商騎士団はクシェペルカを発ちフレメヴィーラ王国へと帰還したのであった。
後日、ライヒアラ学園街と似たような騒ぎがここ、王都カンカネンでも沸き起こっていた。
悠然と王都の上空を横切った飛空船は、そのまま近郊にある近衛騎士団のための訓練場へと降り立ってゆく。
風を受ける帆をたたみ、ゆっくりと降下してくる飛空船の姿を見て危うく近衛騎士団が臨戦態勢をとるも、それに先んじて船より現れたものを見て動きを止めた。
ジャラジャラという鎖の音を連れ、クレーンで地面へと下ろされた一機の幻晶騎士。金色の輝きを周囲へと放つ金獅子が堂々と降りたつや、周囲からは呆れとも脱力ともつかない呻きが漏れ出でたのであった。
「ははは! 久方ぶりだなカンカネンも! 今戻ったぞ!!」
場所は変わって王城シュレベール城の中央にある、謁見の間。
銀鳳騎士団帰還の報を受けた国王リオタムスは、満面の笑みで現れたエムリスの姿を見るなり隠し切れない溜息を漏らしていた。
「……まったく、まったくこの馬鹿者が。国許に戻ってきておきながら、まず私の元へ来ずに頭の上を通り過ぎてゆく王子があるものか!」
「おっと、すまん親父。ちょっと、銀の長を家まで運んでいってな!」
「ちょっとがどうと言った話ではない。あの“空飛ぶ船”が通り過ぎたあと、王都がどれだけ騒がしくなったと思っている」
「ははは! 驚いただろう! あれはなかなか面白いぞ、親父!」
話のかみ合わなさにリオタムスは思わず頭を抱えそうになって、その場にいる諸侯の手前耐え切ったのであった。
「アレは一体何ものなのか、気になるところではあるが、それは後でゆっくりと聞かせてもらうとしよう。それで……勝ったのだな?」
姿勢を戻した彼の問いかけに、エムリスは笑みを深くし、腕を振り上げて応える。
「ああ、もちろんだ! 一時、クシェペルカ王国は倒れてしまったが無事再興した。叔母上、イサドラ、エレオノーラだって無事だったとも!」
「そうか。……ああ、無事であってくれたのだな」
その時ばかりはリオタムスも国王としての顔ではなく、家族を案じる者の顔をのぞかせていた。友邦としてのクシェペルカ王国の状況とは別に、かの国へと嫁いでいった妹のことも案じていたからだ。
それもすぐに顔を引き締め、王としての威厳を戻す。その視線はエムリスから背後へ、城の外にあるであろう奇妙な船へと向けられている。
「……しかし空飛ぶ船とは。なんと奇矯なものに乗って帰ってきたことだ。あれを作り出したのは、やはりエルネスティであるのか?」
戦が勝利と知れれば、次に気になるのは飛空船の存在であった。
これまで、この世界には実用段階の航空機が存在しなかった。ただ奇妙なだけであるものか、その存在はまさに世界を揺るがす代物なのである。
そしてそんなものを生み出す人物について、リオタムスはかの銀鳳騎士団を率いる少年騎士団長にしか、心当たりをもてないでいた。
それは周囲の諸侯たちも似たようなものであったが、そこで意外なことにエムリスは首を横に振る。
「いや! それがな、アレを最初に作り出したのはクシェペルカへと攻め入ってきたジャロウデク王国なんだ。なにせ見たこともない、空を飛ぶ船を敵に回すことになって、俺たちも苦戦を強いられた……」
周囲の者たちは、第二王子から飛び出たとは思えない、その静かな口調に息を呑んだ。
そこからは、巨大な船を空に仰ぐ緊張感が伝わってくるようだ。騎士を率いたことがある者の中には、自らが戦う場面を想像している者もいる。
その場の者たちがそれぞれの反応を見せる中、エムリスの次の一言が一息に場の緊張を葬り去った。
「だが、銀の長がこれをいたく気に入ってな! 撃ち墜とすついでに一隻ぶんどってきたのだ!」
我がことのように胸を張るエムリスとは対照的に、リオタムスは脱力して玉座に肘をついていた。それは周囲の諸侯も似たり寄ったりで、それが見咎められることがなかったのだけが幸いである。
「……さすがというべきか、悩むところだがまぁ、細かいことは良い。して、当の銀鳳騎士団はどうしているのだ」
「ああ! 船をぶんどったはいいが、なにせ勢い余って残りはほとんどぶっ壊してしまったからな! 一隻では乗せられるものが限られている。だから俺たちだけが先んじて戻ってきたのだ!」
エムリスがからからと笑っている間、国王は頭を抱えていた。が、それも僅かなこと。
「まぁよい。しかし見るだに便利そうな代物であるというのに、一隻しかないのは困りものだな。製法は誰も知らぬのか?」
「そのあたりは抜かりないとも! 銀鳳騎士団が存分に調べあげていたからな。クシェペルカにも製法は伝えてあるし、じきに西方諸国中に広まって建造が始まるだろう」
銀鳳騎士団は事実上、世界中の技術の最先端を狂走する集団である。これ以上に最適な存在を、この場に居る誰も知りえなかった。
そこでエムリスが手を叩けば、小姓が紙の束を抱え恭しく運んでくる。そこに描かれた飛空船の秘儀について目を通したリオタムスは、なんともつかぬ唸りを漏らした。
「……なるほど、ならば我が国も乗り遅れるわけにはいかんな。さてどうあれ、友邦の勝利は喜ばしきことだ。この奇妙な船の事実も含め、大きく知らしめねばなるまい。銀鳳騎士団の本隊が帰還次第、式典を催すこととする」
そうして締めくくると、彼は謁見の間を後にしていった。
諸侯たちは今知りえた最新の状況について対応すべく、各自あわただしく動き始める。唯一エムリスだけが、久しぶりに自室でのんびりしようなどと気の抜けたことを考えていたのだった。
内城へとつながる通路にて、静かに歩くリオタムスが僅かなしぐさを見せた。と、すぐに音もなく人影が現れ、彼の背後で膝をつく。
「ただちに、オルヴァーとガイスカをここに呼べ。空飛ぶ船について、と言えば奴らも飛んでくることだろう」
彼がちらりと視線を送れば、すでに人影はその場にはない。
それを気にすることなく、彼は更なる激動の予感に身を浸していたのであった。
シュレベール城へと国王に呼び出された二人が現れたのは、その翌々日のことであった。
二人は兵士の案内で、大仰な謁見の間ではなく奥まった場所にある質素な会議用の部屋へと通される。
やがて国王が現れたとき、彼らは対照的な様子でいた。
年若く見える国機研所長オルヴァー・ブロムダールは常と変わらぬ涼やかな様子で、ガイスカ・ヨーハンソン工房長は十分に重ねた齢をその身に刻みながら、しかし年甲斐もなく興奮を隠せぬようだ。
リオタムスは予想通りの光景に苦笑を浮かべながら、前置き抜きに用件を切り出した。
「さて、今回二人を呼び出したのは他でもない。王都を騒がした空飛ぶ船……正確には飛空船というそうだが。アレについて、技術者としてのお前たちに頼むことがある。なかなか、興味深いものであろう?」
問いかけというよりは確認の音を帯びた言葉に、二人ともが頷き返す。
エルとエムリスが飛空船とともに凱旋してよりわずか二日。船はカンカネン郊外に停泊したままであり、さしもの二人も噂以上のことは知りえていなかった。
だからこそ慌てて呼び出しに応じたといった感じもある。
「は、はぁっ! もちろんで御座います。あのような船が空を飛ぶなど、いったいどのような仕組みでありましょうか。興味まったく尽きぬところで……」
以前の教訓から抑え気味にしているのではあるが、それでもガイスカは所々で慌しい身振り手振りを隠しきれていない。
隣のオルヴァーは落ち着いた様子であるように見えて時折、被り物の下で何かが動いているのを国王は見逃していなかった。
彼には先王のように必要以上にもったいぶる趣向はない。傍らに置いていた紙の束を、彼らのほうへとずいと押しやる。
「それを“純エーテル作用論”と呼んでいたか。かの船を空に浮かべる秘術であると。そこに、銀鳳騎士団が持ち帰った飛空船の技術詳細が書かれている」
わずかに息を呑み、オルヴァーは緊張の面持ちで紙の束を受け取った。
「エーテルにこのような振る舞いがあろうとは。飛空船……空を進む船。これは、恐るべき存在で御座いますね」
魔力転換炉を生み出し魔道の精髄に通じる一族――エルフの一人、衛使として純エーテル理論の存在には複雑な思いがあるのだろう。彼は普段とは違い、食い入るように資料に目を通し始めた。
「まったくエムリスめ。あやつらが堂々と飛空船に乗って帰ってきたものだから、その姿を目撃した民の間では様々な憶測が飛び交う始末だ」
リオタムスは若干の疲れを含む声音で首を振る。
彼の言葉通りに、王都は未知なる船を前に沸きかえっており、さらにそこから様々な尾ひれをつけた噂が続々と垂れ流されている状態である。
早々に何らかの統制を取らねば、どんな話が広まるか知れたものではなかった。
「既にクシェペルカ王国の関わる戦において、その価値を十分に見せ付けている以上、これは間違いなく今後の世の動きを決定付けるものとなるだろう。エムリスめの言うところによると、西方諸国では飛空船の技術をめぐっての動きが活発化しているとのことであるしな」
ガイスカの顔色が、興奮を通り過ぎて青くなり始めていた。
彼も段々と、その技術的進歩に留まらない影響の大きさについて、把握し始めたのである。
「あの戦争を経て、我らの足場も磐石ではないと知れた。何事にも備えねばならない。これより国立機操開発研究工房は、その総力をもって飛空船の研究、開発に従事せよ」
「……御意!」
国王の言葉に、二人の返答が唱和する。
こうして飛空船の建造技術を受け取り、彼らは国立機操開発研究工房の本拠地デュフォールへと戻ってゆく。まもなく、彼らは意欲的に活動を開始することになる。
二人が戻った後、内城へと引き上げたリオタムスは深く息をついていた。
「しても銀鳳騎士団が我が国に新たな幻晶騎士をもたらして僅か数年。あれすら驚天動地の一大事であったというのに、彼らが関わると何もかもが唐突で慌しくやってくるな」
それは嘆きか、歓喜か。先王や息子ほどに感情の起伏を表に出さないリオタムスから読み取ることは難しいのであった。
それからの国機研の活動は、傍目から見ても鬼気迫るものがあった。
彼らはまさにその技術と自尊心を限界まで振り絞り、この最新技術を会得したのである。
幸いにも、基礎技術そのものは銀鳳騎士団によって詳細にまとめられており、彼らにとっては容易く模倣できるものであった。
そもそも源素浮揚器を除けば既存の船舶由来の技術で構成されているのである。その源素浮揚器も原理そのものは難しくはない。
それから短期間のうちに、一般に輸送船と呼ばれることになる輸送向けの飛空船が登場し、フレメヴィーラ王国にもたらされたのであった。
こうして大陸の東西を問わず、大航空時代へと向かいつつあった。
そして、西方諸国が大西域戦争により混乱しているのをよそに、フレメヴィーラ王国は着実に最新鋭幻晶騎士の配備を進めてきた。
幻晶騎士の戦闘能力の底上げにより、国内における魔獣被害は減少傾向にある。それは彼らの国力増強へと直結しているのだ。
そうした飛躍の時期の只中に飛び込んできた、“空飛ぶ船”という未知なる技術。
誰もが、夢を見る。この新たな機運を得て熱気もりあがるさなかにおいて、フレメヴィーラ王国内ではとある計画が持ち上がる。
――飛空船を用いての“ボキューズ大森海”への、調査飛行である。