#67 王都奪還戦・開戦
クシェペルカ王国進軍の報を受けたジャロウデク王国軍は、旧王都デルヴァンクールへの篭城を選ぶことはせずに打って出た。飛空船と地上戦力を連携させるためには、十分な広さが必要だ。
彼らが戦場として選んだのはコデルリエ平原という、まさに幻晶騎士が戦うためにあるかのような遮るものなき平野であった。
斥候の報告によりジャロウデク王国軍の動きを察知したクシェペルカ王国軍は、やはり準備を整えてコデルリエ平野へと進路を取る。平原の両端に陣をすえ、両軍は相対した。ここに“旧王都奪還戦”の、火蓋が切られたのである。
初手、ジャロウデク王国は定石どおりに黒騎士に壁方陣形を組ませて前進した。重量機ゆえの巨体がそびえる壁と化し、平原を黒で占めてゆく。
押し寄せるジャロウデク軍に対し、クシェペルカ軍は塔の騎士を前面に押し出す構えを見せた。レスヴァント・ヴィードは法撃に特化した能力を持つ機体だ。近接格闘を主とする流れからは外れるが、その有用性ゆえに“法撃戦仕様機”と呼ばれ、独立した地位を築くに至っている。
重装甲・大出力ゆえに強力な格闘能力を持つ黒騎士だが、塔の騎士の遠距離法撃能力を前にしては不利が否めない。それゆえに、魔導兵装の射程距離に入る直前でジャロウデク軍は動きを止めた。塔の騎士はもとより動きが鈍く、すぐに距離をつめることはない。
地上でお決まりの睨み合いが始まりそうになっている時、上空では低い唸りが大気を震わせ広がっていた。
広がる青空に染みのように浮かぶ、黒塗りの巨大な船影――飛空船の一団が、起風装置の起こす風を受けた帆を大きく膨らませ、ぐんぐんと突き進んでいる。波立たぬ大気を掻き分け進む先にあるのは、クシェペルカ軍が築く塔の列だ。起風装置の出力を調整し、飛空船は敵軍の真上目指して進入してゆく。その頃には、地上でも監視の兵が異常を察知して大声をあげていた。
「飛空船だ! 敵飛空船を発見! 方位南南西、数は……十を越す!!」
戦場の喧騒にもかき消されない、鋭い笛の音があがった。それを聞いて、正面の敵を睨んでいたレスヴァント・ヴィード隊がにわかに慌しい動きを見せる。
「ヴィード隊“対空”構え! 飛空船を近寄らせるな!」
クシェペルカ軍が陣形を整えている間にも接近し続けていた飛空船は、魔導兵装の射程よりもやや離れたところを遊弋しながら横っ腹を敵軍に向けていた。船体に小窓が開き、木製の台が姿を見せる。直後、飛空船に搭載された“飛礫の雨”が勢いよく岩塊を吐き出し始めた。
すぐさまクシェペルカ軍の応射が始まる。塔の騎士が放つ濃密な法弾幕が、唸りを上げて飛来する岩塊を迎え撃つ。そこそこの大きさしかない岩塊を空中で正確に撃ち落すのは至難の業であるが、そこは数によって補われていた。空中で法弾とぶつかった岩塊が、次々に粉砕されてゆく。それでも何発かの岩塊は法弾の嵐をすり抜け、陣形の中に飛び込むと盛大に土煙を吹き上げた。
成果を確認した飛空船の観測兵の報告を聞きつつ、船長は矢継ぎ早に指示を飛ばしてゆく。
「魔導兵装の射程まで接近する! “アンキュローサ”に攻撃を準備させよ!」
「了解! 接近、高度落とします! 源素浮揚器、大気希釈を開始!!」
騎士像が風を巻き起こし、大きく膨らんだ帆に引っ張られた黒塗りの船体が、高度を下げながらクシェペルカ軍へと近づいてゆく。
これらの飛空船は、かの“フォンタニエ攻防戦”以降に改装が施されたものである。両舷にこれまではなかった出っ張りが追加されており、そこには幻晶騎士が並べられていた。
その幻晶騎士は、多数の魔導兵装を構えた刺々しい形状に周囲を覆う分厚い“ウォール・ローブ”という、塔の騎士に酷似した姿を有している。オラシオ率いるジャロウデク王国開発工房により生み出された法撃戦仕様幻晶騎士“アンキュローサ”だ。
アンキュローサがもつ四連装の背面武装が蠢き、先端が地上へと狙いを定めてゆく。飛空船が魔導兵装の間合いに侵入するやいなや、それらはいっせいに法弾を吐き出し始めた。飛空船団はクシェペルカ軍をゆるく包囲し、周囲を旋回するような軌道を描きながら法撃をくわえ続けている。その間も塔の騎士が果敢に応戦し、すぐに空中は乱れ飛ぶ法弾によって埋め尽くされていった。
数の上ではクシェペルカ軍の法撃が圧倒的であるが、飛空船が空中を動いているのに対して彼らは簡単に動くことができない。それは徐々に被弾の差となって現れはじめ、しばらくするころにはクシェペルカ軍の被害が目立ちだしてきた。
「ヴィード隊だけでは押さえきれんか! ええい、止むをえん、レーヴァンティアを……投槍兵隊をよこしてくれ!」
伝令が悲鳴のような要請を携えて走る。
それに応え、クシェペルカ王国の最新鋭量産機であるレーヴァンティア部隊が、前線へと駆け上がってきた。
彼らは対空防御用の大盾を構えると、その隙間から飛空船へと狙いを定める。その背中では、取り付けられた装備が起動を始めていた。本来ならば補助腕に支えられた背面武装があるはずのその場所には、代わりに槍を挟み込んだ“軌条腕”が備わっている。
それは、銀鳳商騎士団のツェンドリンブルが装備していた“垂直投射式連装投槍器”と同じ機構を単発にしたものだ。
双子が操るツェンドリンブルは単騎で十基を同時運用することができたが、それは騎操士の飛びぬけて高い能力があってこそである。クシェペルカの一般的な騎操士では、見込みのある者を選んでも一基を扱うのがせいぜいであった。
背面武装の代わりに、この単発式の投槍器“魔導飛槍”を取り付けた機体は、区別のために“投槍戦仕様機”と呼ばれる。
「投槍部隊、魔導飛槍構え! 一射、てぇーい!!」
中隊長の号令一下、投槍兵部隊がいっせいに魔導飛槍を投射する。投槍は朱の尾を曳きながら上昇し、加速しながらその切っ先を飛空船へと向けた。
「地上からの投槍確認!! 左舷アンキュローサ隊、“雷の網”にて迎撃せよ!」
飛空船の観測兵が、それまでに増して切迫した様子で伝声管へと怒鳴り声を上げる。空中での誘導が利き、飛空船を直接撃墜しうる魔導飛槍はそれだけ脅威なのである。
その防御は即応性を重視しているため、観測兵の悲鳴を聞いたアンキュローサは指示を待たずに行動を開始していた。それまでは四基の背面武装で地上への法撃を続けていたアンキュローサは、両腕に持つ二基の魔導兵装を持ち上げ、飛来する槍へと向ける。
その間にも魔導飛槍は加速と共に進路を修正し、やがて限界に達した銀線神経を切り離して慣性飛行へと移っていった。
直後に劈くような音が轟き、“雷の網”から放たれたのたうつ光が接近する魔導飛槍を打ち据える。一般的に用いられる爆炎系の魔法ではなく、雷撃系の魔法が使用されたのだ。
雷撃系魔法は威力こそ十分だが敵への誘導が難しく、射程が短くなりがちな欠点を持っている。そのため対幻晶騎士用の装備としては使い勝手が悪く、あまり普及していなかった。しかしこの場合は金属製の槍が飛び込んでくるのであって、誘導の必要はほとんどない。欠点を逆手に取り、魔導飛槍を効果的に迎撃する“近接防御火器”として、にわかに脚光を浴びていたのだ。
文字通りの雷速で空を駆けた法撃は多数の魔導飛槍を破砕したが、それも全てとはいかなかった。数を相手にしての誘導には、まだまだ難点がある。
迎撃を潜り抜けた魔導飛槍がまっすぐに船体の中央へ向けて飛んでいく。飛空船の残骸を調査したことにより、飛空船を落とすには船体の中央部にある動力炉――源素浮揚器を破壊することが有効であると、すでに知られていた。
“雷の網”のあとは、もはや槍を阻む術はない。船の心臓を護るために我が身を呈したアンキュローサが代わりに貫かれ、あるいは幸運にもなけなしの装甲板が槍を食い止めた。
装甲のえぐれる異音と振動をこらえながら、司令室では船長が怒鳴り声を張り上げる。
「ぐぅっ、被害を報告しろ!」
「左舷、数発受けました! 船体被害は軽微ですが、アンキュローサが二機中破。防御力、落ちます!」
「“飛礫の雨”を準備しろ! あの槍投げ兵どもにお見舞いしてやれ、いったん離脱するぞ!!」
彼らは土産とばかりにさらに岩塊をばら撒くと、その間に距離を離してゆく。距離を離して旋回し、次は無事な右舷で戦闘に参加するのだ。
空中で激戦が繰り広げられる中、地上では黒騎士隊が前進を始めていた。
クシェペルカの塔の騎士は飛空船にも対応せねばならないため、反対に黒騎士へと加える圧力が減っている。好機とみた彼らは、その隙に間合いをつめていた。格闘を重視した旧来どおりの幻晶騎士――それは“近接戦仕様機”と呼ばれるようになった――は、近寄ることさえできれば法撃戦仕様機を圧倒する戦闘能力を発揮できる。
重装の機体にさらに大盾を持った、動く城壁とでも形容すべき装備の黒騎士が法弾を受け止めつつ前進を続ける。黒騎士の前進を見てとった飛空船は、その援護のためにクシェペルカ軍へと法撃を加え続け、その注意を散らしていた。
鈍足ゆえにかなりの時間を要したが、ついに黒騎士の最先端が塔の騎士へと喰らいつく。盾を構え、武器に持ち替えるのももどかしいとばかりにそのまま体当たりを仕掛け、居並ぶ塔の騎士を破砕してゆく。この距離まで近寄られては、塔の騎士など動きの鈍い的にすぎない。クシェペルカ軍の前線が、徐々に綻びをみせ始めた。
「いかん、ヴィード隊はさがれ!」
そのまま掻き回されてはなるものかと、軌条腕を収納したレーヴァンティア隊が前進を始めた。
魔導飛槍は強力な武装だが、十分な威力を発揮するためにはいくらかの加速を必要とするため近距離戦は苦手としている。重装甲の黒騎士を相手にするならなおさらだ。レーヴァンティア隊は剣を抜くと黒騎士めがけて斬りかかり、黒騎士はそれを重棍で受け止める。すぐに、前線は混戦へともつれ込んでいった。
戦闘の開始からおよそ数時間もたつ頃には、彼らの戦いは乱戦の様相を呈していた。ティラントーとレーヴァンティアが格闘を繰り広げ、ヴィードは敵の多くを押し留めるために法撃を続ける。その隙を伺うように上空には飛空船が泳ぎ回り、牽制のための法弾や投槍が宙を駆ける。
鋼と鋼がぶつかる音、法弾の爆発音、様々な音が平原に鳴り響き、それは軍勢の最後方に位置するクシェペルカ軍の本陣まで届いていた。
本陣の中央には、警護のために残る近衛軍に囲まれた国王騎“カルトガ・オル・クシェール二世”の姿がある。
「やはり、戦いは……多くの犠牲を出さずには、いられないのですね」
「耐えて、エリー。彼らはこの国を、貴女を守ろうとして戦っている。それを見届けるためにこそ、ここにいるのでしょう?」
女王エレオノーラは、国王騎のなかで強く手を握り締め、周囲の音に耳を澄ましている。
直接戦場の様子は見えなくとも、届く音だけでその様子を生々しく思い起こすことができる。彼女は初めて、自身にこの戦いを勝利に導くだけの能力がないことを悔やんでいた。両手を握り締めて何かに耐えていた彼女は、ふと顔を上げる。
「そ、そうです。ここにいる近衛の兵を彼らの助けに回しては……」
「落ち着きなさい、ここの護りを薄くするのは絶対に駄目。万が一、貴女を狙うものが出てくればどうするの? 貴女が倒れれば、またこの国は支えを失ってしまう……王なき国がどのようなことになるか、これまで十分に見てきたでしょう」
諭され、エレオノーラは沈み込んでいた。イザドラは、必要なことだったとはいえ二世が二人乗りであり、自身が操縦の担当であることを幸運だと思っていた。もし二世を操縦しているのがエレオノーラならば、おそらく動揺してむやみに動いてしまい、その制止には中々骨が折れただろうからだ。
そうして、潰しあいの様相を呈してきた戦況に焦れる彼女たちを他所に、密かに事態は大きく動き出していた。
「……風の音が、聞こえる。強いな、実に強い……」
最初にそれに気づいたのは、二世の近くに佇んでいた金獅子、その騎操士であるエムリスであった。戦闘音に満ちたこの場所にあって、聞き取ることも困難な些細な前触れ。戦闘における鋭敏な直感でそれを察知した彼は、金獅子を背後へと振り向かせる。
だんだんと、ごうごうという渦巻くような風の音が強まっていく。すでに近衛軍も、近寄る脅威に気付いてざわめきだしていた。これが一体何の前触れか、わからぬ者はもはやいない。
「ふん、思ったとおりだ。こそこそと後ろを狙うことしか知らないのだな、貴様らは。近衛軍よ、女王の護りを固めろ!」
金獅子からの怒鳴り声じみた指示を受け、近衛軍が素早く陣形を組みなおす。
「リース兄! 私たちは……!」
「約束どおりだ、俺たちに任せろ。お前たちはどっしりと構えていればいい」
その間にも、風音の主はクシェペルカ軍の本陣めがけて接近していた。空を行く黒船、飛空船。しかし現れた船の全貌を目にして、クシェペルカ軍の兵士は一様に絶句する。
「これは……なんと、巨大な……」
そこにあったものは、ジャロウデク軍がこれまでに使用した船に比べて倍近い巨体を誇る船だったからだ。船首に大きくジャロウデク王国旗を描いたこの船の名は“ストールセイガー”、ジャロウデク軍の旗艦である。
ジャロウデク軍がこの開けた平野を決戦の地として選んだのは、決して偶然ではない。飛空船を有し上空から戦場を把握することのできる彼らは、クシェペルカ軍の伏兵を牽制したうえで、自分たちは航空戦力による強引な回り込みを仕掛けることを目論んでいたのだ。ストールセイガーはわずか二隻の護衛船を供にして、戦場を大きく迂回してここまでやってきた。
「あの巨大船がやつらの奥の手か? ともあれ、まずは挨拶だ。アーキッド、アデルトルート!」
「あいよぅ、若旦那」
エムリスの言葉に応じ、二機のツェンドリンブルが垂直投射式連装投槍器を起動する。当代最強の地対空兵器が、巨大船へとその切っ先を向けた。
「いっぱいくるかと思ってたら、なんだかおっきいのがきたわね!」
「なんだっていーさ、やることは変わんねーしよ。狙うはただひとつ、ぶっちぬいちまえ!!」
そのまま、全ての魔導飛槍がいっせいに射出される。上昇しながら周囲に広がるように散らばった鉄の槍は、すぐにストールセイガーめがけて加速しつつ収束していった。あわせて二十本の投槍が、船の横っ腹めがけて殺到する。
それが突き刺さる直前に、ストールセイガーに積まれたアンキュローサから“雷の網”による迎撃が放たれた。晴天に雷鳴が鳴り響き、魔導飛槍の何本かは撃ち落とされたが、迎撃を潜り抜けた投槍はそのまま巨体へと突き刺さってゆく。巨体であるだけに、回避など不可能だ。
「どうだよ、ドンピシャだ!」
「うーん? でも妙ね、キッド。墜ちていないわよ!?」
ストールセイガーはあちこちに魔導飛槍が突き立ち、大きな被害を負っているように見える。しかしこれは装甲によって槍が受け止められており、実際には致命的な損傷ではないということを意味していた。ストールセイガーは巨体に見合った重装甲を有しており、従来の船に比べて桁外れに高い耐久性を備えている。
「少々肝を冷やしたが……さすがコジャーソ卿が入念に手を入れた船だけはある。あの忌々しい槍にも耐えるとはな。さて、あれは再び使用するまでに幾らかの時を要すると聞く。ならば、今が好機だ」
ストールセイガーの司令室で、クリストバルは船長席にふんぞり返って不敵な笑みを浮かべていた。総大将が率先して敵本陣への奇襲に出かけるなど無謀もいいところだが、戦意に滾る戦闘狂にとっては無意味な理屈だ。さらに言えば、奇襲にはジャロウデク軍で最強の航空戦力である旗艦ストールセイガーを投入する必要があったという理由もある。彼には、旗艦を他の者に任せる気などさらさらない。
そのうえで、“フォンタニエ攻略戦”において散々に煮え湯を飲まされた魔導飛槍に耐えたことは、彼らに大きな自信を与える結果となっていた。
「ほほう? ようく見てみれば、あの派手な機体はもしや国王騎か。一度は俺に壊されたというのにご苦労なことだ。しかし国王騎ということは、まさか新女王め、戦場まで出てきたということか? 存外肝が据わっているではないか」
地上の様子を眺めていたクリストバルは、そのうち一点に目を止めて嘲るように口の端を吊り上げる。
「その意気は買ってやるが、己の分を弁えぬ行動は命取りにしかならんぞ。ドロテオ、ケルヒルト、出番だ! 我らの覇道を邪魔立てするならば、小娘とて容赦は要らん。殺せ!!」
「御意!」
「仰せのままに。こっちも盛大にやらせてもらいましょうか」
総大将の檄を受け、ジャロウデク王国の最精鋭たる二つの戦力が動き出す。
大気を震わせ、ストールセイガーの巨体が大地へと接近していった。その間もアンキュローサが地上へと法撃を加え続け、クシェペルカ軍を牽制している。
噴きあがる爆炎に守られるようにして下部ハッチが開き、けたたましい音と共に搭載されていた幻晶騎士が次々に投下されていった。通常の飛空船の倍に及ぶ巨体を有するストールセイガー。その最大の特徴は、対地攻撃力の要であるアンキュローサを多数搭載しながら、さらに十分な輸送能力までもを備えていることにある。
重装甲と火力で敵陣へと強攻を仕掛け、さらに搭載した戦力を展開する――空における“強襲揚陸船”ともいうべき性質を、この船は有しているのだ。
クシェペルカ軍の後背を突くのに多くの時間がかかったのは、巨体と重装甲に加えて戦力まで満載しているがゆえである。その重量に対して、起風装置と帆のみで進むやり方はいかにも非力に過ぎた。
ストールセイガーの陰に隠れるようにして、残りの二隻も戦力を投下し始めていた。この二隻は改修の終わった対地攻撃型ではなく従来どおりの輸送型だ。対地攻撃能力をストールセイガーに依存することで、この場への投入戦力を増やす目的で選ばれたのである。
地響きを上げて、黒騎士が大地に降り立つ。その中の一機に乗るドロテオは、傍らの養子へと声をかけた。
「グスターボ、お前は部下たちを率いて前に出ろ。やつらを蹴散らし、押しつぶすのだ」
「あいよぉ、養父ぃ! で、そっちはどうすんのさ?」
戦意もあらわに、グスターボの乗るソードマンが剣を抜き放っている。その姿を頼もしく思いながら、ドロテオはまっすぐにクシェペルカ軍の中央を指さした。
「ここは確実に女王の首をもらわねばならん。わしは直接そちらを狙うつもりだ」
「おう。んじゃあ俺っちが道をこじ開けてやるよ! 武運を祈ってるぜぇ!」
言うや否や、ソードマンが走り出す。ドロテオ旗下の黒騎士たちが、後に続き駆け出していった。
必殺と思われた垂直投射式連装投槍器の一斉射に耐えきったストールセイガーの姿は、クシェペルカ軍に少なくない動揺を与えていた。迫りくる黒塗りの巨大船が、彼らへと大きな重圧を投げかけてくる。
「チッ。双子でも落としきれんとは、ずいぶんと硬い船を用意したものだな。……怯むな! 近衛軍は女王の護りを優先しろ!」
その中でも金の獅子はなんの動揺も見せずに吼え、大剣を抜き放っている。
地上へと降り立った黒騎士たちは既に彼らの目前まで迫っている。猛烈な土煙と地響きを撒き散らしながら、黒鉄の騎士が破壊を運ぶ。何者であっても破砕を免れないであろう黒い津波を前にして、果敢にも立ちはだかった者がいた。
陽光を反射する鮮烈な朱の鎧を身に纏い、両の手には無骨な双剣を構えた、ディートリヒの駆るグゥエラリンデだ。
「おっと、ここから先へ通すわけにはいかない。ここは我らに任せてくれたまえ! エドガー、後詰は任せるよ」
「おら、ディータイチョにばっか見せ場取られてんじゃねーぞ!」
「突撃だー! ぶっ壊しちまえー!!」
グゥエラリンデに続いて、銀鳳商騎士団第二中隊のカラングゥールが次々に走り出してゆく。第二中隊には血の気が多く攻撃に特化した考えの者が集まっているだけあって、黒色の津波を前にしてむしろ高揚している様ですらあった。それぞれが自慢の武器を構え、雄たけびと共に走る。
「やれやれ、まぁそうなるだろうとは思っていた。第一中隊、防衛戦用意。第二中隊の討ちもらしを、一機たりとも後ろへ通すな」
「応!」
エドガーのアルディラッドカンバーが、可動式追加装甲をざわめかせながら近衛軍をかばうように前に出る。第一中隊は中隊長の影響を受けて、特に守勢において力を発揮する。その真髄は、効果的な位置取りにこそあった。炎のように戦意に燃える第二中隊とは対称的に、彼らの動きは凪いだ水面のように静かだ。そこには盾を持った者や、隊長機と同じく可動式追加装甲を備えた者までいる。まるで白亜の城壁のごとく、彼らはクシェペルカを守る盾となって立ちはだかった。
「おうおうおう、さっそくのお出ましだなぁ! 俺っちの前に出てくるなんてずいぶんと自信満々な奴らだ! こいつは楽しみだぜぇ!!」
ソードマンに率いられたティラントー部隊は、彼らの進軍を阻む敵を見て口元の笑みを深くしていた。妨害者の存在に喜ぶあたり、彼らもたいがい戦闘狂の気がある。
そこで、立ちはだかる敵の姿を観察していたグスターボは、すぐに中央にいる機体を見て首をひねった。
「お? あいつ……あの紅いなぁ、“双剣の”じゃねぇか! ヘッ、いいねぇここで決着ってかぁ!? あの紅いのは俺っちが相手すんぜぇ! みなは他のヤツを叩けぇ!」
言うなり、ソードマンはティラントーに歩速を合わせることをやめ、突出して加速する。瞬く間に、同じく陣形の先端にいたグゥエラリンデとの距離が一気に縮まってゆく。
「そぉらよぉ!!」
意外なことに、初手は剣しか積んでいないはずのソードマンから放たれた。ソードマンの全身に、これでもかと取り付けられた大小さまざまな剣。そこから短剣を手に取ると、目にも留まらぬ早業で投擲する。幻晶騎士にとっては短剣でも、その実体は巨大な金属の塊だ。
空気を切り裂く重い唸りをつれて、それは正確にグゥエラリンデへと刃を向けた。
グゥエラリンデは、走りながらほんの僅かに動く。短剣の進路上に剣を構えたのだ。下手に大振りをすると体勢を崩し、その後に備えることができない。最小限の動きで攻撃のみ阻む。直後、目論見どおりに短剣は剣の腹に当たり、甲高い音をたてて弾かれた。そうして剣を構えていたごく一瞬、その間にソードマンはグゥエラリンデへと肉薄する。
「ハッハァーッ!! 双剣のォ!! こぉんなところであえるなんてぇ俺っち感激だぁ! さぁこないだの続きといこうぜぇぇ!!」
「ここでお前か連剣のォ! 私にとっては、まったく嬉しくはないね!!」
互いの走る勢いを載せた必殺の斬撃が真正面から衝突する。二機とも当たったとみるや剣を傾け勢いをずらし、その衝撃を逃して被害を最小限とした。
そのまま剣を組み合ながら、輪舞でも踊るかのように互いの位置を入れ替える。回転の勢いは次の攻撃へと注がれ、初撃に劣らぬ勢いの斬撃が再び放たれた。互いの剣を弾き、二手、三手と目まぐるしく位置を入れ替えながら攻撃を繰り返す。交わされる高密度の斬りあいに、二機の周囲には容易には近寄ることのできない空間が出来上がった。
激しい剣の嵐が巻き起こる横手で、遅れてやってきた黒騎士たちと第二中隊が交戦状態に突入する。黒騎士が装甲任せの突撃を繰り出し、それをかわしたカラングゥールが鎚を振りかぶって反撃を繰り出した。すぐに、両軍はもつれ合うように混戦へと移る。
「……ドロテオの部隊が派手にやらかしてるみたいだねぇ。あんな馬鹿正直に相手することはないさ。あたしらの狙いは、あくまで女王だけなんだからね」
ドロテオ旗下の部隊が戦闘している場所からしばし離れた場所に、もうひとつ黒色の集団がある。黒騎士とは異なる、細身の体躯をもった幻晶騎士“ヴィッテンドーラ”。ケルヒルトに率いられた、銅牙騎士団の生き残りだ。
彼女の指示に従い、軽装の集団は疾風のごとき速度で駆ける。黒騎士の戦闘による圧力、騒音、土煙が彼らを隠す役割を果たし、見晴らしの良い平野部であるにもかかわらず、その存在は影のごとく密やかであった。
彼女たちの狙いである女王は近衛部隊の護衛に囲まれている。目標だけを倒すことは困難であり、いかに間者としての心得を有する銅牙騎士団とて、いくらかの戦闘は避け得ない。もはや手駒に余裕はないが“いくらかの捨て駒は仕方ないか”と、ケルヒルトは密かに考えていた。
そうして戦場の喧騒をくぐるようにして進んでいた銅牙騎士団の目前に、突如として白亜の城壁が現れる。
「ずいぶんとこそこそ動いていたようだが、すんなりと通れるとでも思ったのか」
銀鳳騎士団第一中隊だ。先頭に立つ純白の幻晶騎士アルディラッドカンバーを見て、ケルヒルトは盛大に顔をしかめていた。
「チッ。忌々しいねぇ、どこまでもどこまでも、挙句こんなところまででしゃばってさ! あんたらのせいでさ、せっかく立て直した銅牙騎士団がまた“おじゃん”だ! この報い、今ここで受け取ってもらうよォ!」
「…………その声、聞き覚えが、あるぞ」
操縦桿を握る、エドガーの手に力が篭められる。それは銀線神経を通して伝わり、ざわりと両肩の可動式追加装甲が揺れた。
「貴様は……! あの時の、“賊”か!!」
「はーん? あーら薄情じゃあないかねぇ。お互い腹を抉りあった仲だってのに、今更気付いたのかい? 学生騎士がよぉ!!」
絶叫と共に、ケルヒルトの駆る幻晶騎士が身を低くして駆け出した。彼女の乗機は、ヴィッテンドーラにある伸縮突腕爪を装備しておらず、より細身の形状をしている。銅牙騎士団長専用機“ヴェイロキノス”、それがこの機体の名だ。
「アールの借りは、このアルディラッドで返させてもらう!」
エドガーの反応は素早かった。アルディラッドカンバーの可動式追加装甲がはためき、内蔵された魔導兵装が法弾を放つ。噴き上がる爆炎を横っ飛びにかわし、ヴェイロキノスは再び走る速度を上げた。
騎士団長を先頭に、銅牙騎士団のヴィッテンドーラが、それぞれに凄まじい素早さをもって第一中隊に突破を仕掛ける。させじと、第一中隊のカルディトーレが剣を抜いた。
戦力を投下しきった後、ストールセイガーと二隻の飛空船は、地上の支援に徹していた。アンキュローサが地上へと法撃を続け、“飛礫の雨”が岩塊を飛ばす。クシェペルカ軍からも応射が来るが、ストールセイガーの重装甲は容易には破壊できない。
アンキュローサの搭載数の関係で、ストールセイガーの対地火力は他の飛空船のそれを凌駕している。猛烈な炎を生み出しながら、黒塗りの巨体はゆっくりと前進を続けていた。
「ドロテオたちが女王の首級をあげるまで法撃を続けよ! やつらに休む暇を与えるな!!」
その威容は、もはや阻むことなど不可能であるかのように思えた。たとえ黒騎士たちを押しとどめることができても、ストールセイガーがクシェペルカ軍の本陣を焼くだろう。
「いやぁ、大きいですねぇ! わかりますわかります、巨大兵器は浪漫なのですよねぇ! 嫌いではないですよ、こういうのは」
しかし、そんなものまったく気にせず、はしゃいだ声を上げる者がいた。
「まったく、飛空船のほとんどは前線で飛んでいるのですから。また無駄足かとがっかりしていたのですけど」
どこまでも暢気な呟きとともに、異形の鬼神は六腕を広げ、その両肩より甲高い吸気音を放ち始める。
「これくらいの巨大船なら、そう簡単には壊れませんよね? きっと!」
朱の炎を噴き出しながら、その身が空へと舞い上がる。それに続くようにして、まるで船体を抱きしめようとでもするかのように、執月之手が放たれた。