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Knight's & Magic  作者: 天酒之瓢
第3章 実機製作編
32/224

#32 小さな前進と大きな到達

 軋むような駆動音と、甲高い吸気機構の音を響かせながら鋼鉄の巨人がその身を起こす。

 巨人の全高は10mに及び、周囲にいる人間の5倍以上の巨躯を誇っている。

 金属地そのままの色をした無骨な鎧が陽光を反射して鈍く煌めく。動くたびに鎧同士がぶつかる硬い音が鳴り、騒々しさが更に増してゆく。

 立ち上がった巨人は軽く身を動かして調子を確認すると、足元の人間に対して頷きを返した。

 周囲から人が離れたのを確認すると、巨人は一拍の間気合を入れてから与えられた試験項目に従い動作を開始する。

 

 巨人の両腕に張り巡らされた結晶質の筋肉が魔力マナと反応し、収縮を開始する。

 そのまま全身を緊張させると、両腕を力強く上げ、肘を突き出すように曲げる。腕、その付け根、胸を張り背に力をいれ、両脚は力強く大地を踏みしめるポーズ――ダブルバイセップス・フロント。

 そこから軽く足を前に出し、腕を下げ腹の前で拳を合わせる。やや前かがみ気味の姿勢で全力を込めて腕の筋肉、そして胸の筋肉を振り絞る、最も力強さを表すポーズ――モスト・マスキュラー。

 鋼鉄の巨人は力強くも流れるように、見事にポーズを決めていた。

 

「…………あれは一体全体、何をトチ狂って……いや、何の試験なんだ?」

「ん? 説明によると、普段使いづらい部位の結晶筋肉クリスタルティシューを動かす試験らしいよ」

「誰だよそんな項目作ったのは」

 

 某銀髪の少年が設定した試験に従いひたすらにポーズを決めまくる幻晶騎士シルエットナイトを見ながら、呆れたようにぼやいているのはエドガーであり、それに答えているのはヘルヴィだ。

 

「ああいや、真面目な試験項目ならいいんだが……いいのか? いいか……」

「そう? それより、2号機の試験は順調なの?」

「ああ、さっき交替してきたが順調に消化している」

 

 エドガーの視線の先では2号機と呼ばれた、先ほどの機体と同型の機体が、また別な試験を行っている。

 彼は2号機担当の騎操士ナイトランナーの一人であり、つい先ほど交代したところだった。

 ここ数日は天候のいい日が続いているため気温も上がる一方であり、長時間稼働した幻晶騎士の操縦席は蒸し風呂状態になってしまう。

 一応吸気機構と連動した空調設備はあるのだが、周囲の気温も高くてはまるで焼け石に水だった。

 そのためある程度で休憩を挟まないと、動かす人間がもたない。二人とも汗を拭いながら、水分を摂って休息しているところである。

 

 訓練場にはその2機だけではなく、見渡せば様々な動作をしている機体がいた。

 そのどれもが設定された動作を行い機体の確認をしているのであり、つまりは動作試験の最中である。

 この状況は、過日のテレスターレとアールカンバーの模擬戦に端を発する。

 試作機テレスターレの稼働時間の激減と言う欠陥により幕を閉じた、かの模擬戦。

 欠陥があること自体は問題ではない――見つかれば、修正すればいい――が、あまりに劇的に発覚したことにより、他にも致命的欠陥の存在を危惧され始めたのである。

 その結果、微に入り細を穿つ恐ろしく膨大な数に及ぶ動作試験が予定された。

 

 動作試験の追加には誰もが賛成したが、さすがにその莫大な項目をテレスターレ1機でこなせるはずもなく、急遽同一仕様機を増産して対応することになった。

 おかげで整備班は模擬戦後も全力稼働を続けており、そろそろ一部生徒に過労死の危険が心配されている。

 新型機は都合5機生産され、機体の完成後は騎操士達による地道な試験の消化が続けられており、今もその真っ最中と言うわけである。

 今のところ新たな大きな欠陥は見つかっていないが、地道に改良を続けられた新型機は着実にその完成度を高めていた。

 

 訓練場を吹き抜ける、熱気をはらんだ風にうんざりしながらエドガーとヘルヴィは雑談に興じていた。

 最近の二人の会話はどうしても新型機についての内容に偏りがちだ。

 彼らは休息をとりつつ、操縦感覚の調整についてとりとめもない議論を交わしていたが、途中エドガーがふとしたことに気付いた。

 

「そういえば、最近エルネスティを見ないな」

「あ、そういえば。あの子なら張り付いて試験の様子を見てそうなのに、どうしたのかしら?」

「……またろくでもない事をしでかし始めたんじゃないだろうな」

 

 

 

「そんなことないですよ? 僕もこれで中々に忙しいのです」

「ほう。そう言う割には最近はうちに入り浸りじゃないか」

 

 エルネスティの台詞にバトソンが呆れたように応じる。

 彼らがいるのはテンドーニ家所有の個人工房だ。幻晶騎士用ではないそれは、騎操士学科の工房に比べると遥かに狭く、雑然としている。

 

「それはそれ、これはこれです。どんなに忙しくとも、友人と遊ぶ時間があってもいいでしょう?」

「前から疑問に思ってたんだが、遊ぶと言うより作業してるよな? 俺ら」

「それもそれ、これもこれです」

 

 彼らの目の前には1体の幻晶甲冑シルエットギアが鎮座している。

 今は両膝をついて装甲の前面部分を四方に展開した状態で静止している。周囲には何かしらの作業に使ったと思しき工具や材料が散乱していた。

 

 その幻晶甲冑は最初に親方達が作った時よりも、幾分姿が変わっている。

 何よりも目立つ差異は、鈍い金属色そのままであったはずが今は全身が蒼く塗装されていることだ。

 そして乗り込む部分が身長が小さい人間に合わせて調整されている。有り体に言ってエル用に調整された機体である。

 

「いやしかし、遊び半分とは言え随分いじっちまったな」

 

 会話しつつも作業を続けるバトソンの手際は明らかに手馴れた職人のそれだ。これだけでもこの二人がどれだけ幻晶甲冑を弄り回してきたか、わかると言うものである。

 

「もう既に、先輩達よりもバトさんのほうが詳しそうですね」

「それもぞっとしないな」

 

 ずっと作業を続けるバトソンに対して、それを眺めるエルは投げ出した手足をぶらぶらと振り見事に退屈を表現していた。

 場合によってはエルも作業に参加するが、今はバトソンが仕上げに入っているためエルにはやることが無い。

 

「……そんなに暇なら、そっちに新作・・があるから、見とけ」

「新しいのを作ったんですね。是非拝見させていただきます!」

 

 視界の端にちらつくエルの動きにややうんざりしてきたのか、バトソンは追い払うように工房の一角を指差す。

 彼が指した先にあるのは“1/60スケール幻晶騎士の銅像”である。

 フレメヴィーラ王国の制式採用幻晶騎士であるカルダトアの形状を緻密に模したそれが、量産されて工房の端に並べてられていた。

 ずらりと並んだその光景は、まるで本当に騎士団がそこに在るかのようだ。

 

「うーん、やはり素晴らしいですね! 良い、凄く良いです!」

 

 エルは全高16cm程度の銅像の周囲をぐるぐると回り眺め回している。

 撫でたり、這い蹲って見上げたり、手に持って回して眺めたりと中々忙しい様子だ。

 

「さすがはドワーフ、匠の技。あの大きさでこの精度は素晴らしいの一言に尽きます」

「それはなぁ……親父が異様に乗り気になってな。ツテを辿って、実際にカルダトアを模写しながら作ったらしい」

 

 バトソンはテンションの高めなエルに嘆息を挟みながらも、やや機嫌を上向きに応える。やはり彼の父親の仕事に対する賛辞は嬉しいようだった。

 その銅像は大きさ以外は本物と寸分違わぬレベルの出来だ。どこの世界にも凝り性と言うものはいるらしい。

 

「まぁ、お陰様で銅像はなかなかの売れ行きだ」

「そのお礼として、こうしてタダで改造してもらってるのですから、いい事です」

 

 エルがついに模型を拝み始めた頃に、バトソンの作業が終了する。

 彼は手ぬぐいで額の汗を拭うと、一つ満足感に満ちた頷きを残してエルを呼んだ。

 

「とりあえず幻晶甲冑への取り付け、終わったぞ」

「幻晶甲冑。そのままですといま一つ風情がありませんね。そろそろちゃんとした銘をつけますか。

 ……そう、“ジュゲムジュゲムゴコウノスリキレカイジャリスイギョノスイギョウマツ”とか」

「長いわ! もっとわかりやすいのにしろ」

「では略して“モートルビート”と」

「おい、略する前と一文字もあってないぞ!!」

 

 じゃれる様に雑談を続けながらもエルは機体の周囲を回り、取り付けの様子を軽く確認してゆく。

 一通り見て回ると手慣れた様子で幻晶甲冑に乗り込んだ。金属が噛み合う音と空気が抜ける音が続き、開いていた装甲が閉じられ固定される。

 

 エルはゆっくりと目を閉じる。

 彼はこの世界の生物に独特の器官、魔術演算領域マギウス・サーキットにて、望む現象を発現すべく魔法術式スクリプトの構築を始める。

 構築するのは身体強化フィジカルブーストに似た高度な強化魔法、発現対象は彼の身を纏う蒼い鎧だ。

 彼は己の体が広がったようなイメージを思い起こし、そしてそれに魔法を適用する。

 

 流れる魔力と魔法術式に従い、各部に仕込まれた綱型結晶筋肉ストランド・クリスタルティシューが収縮を始める。

 膝立ちの格好で停止していた蒼い幻晶甲冑が一瞬ぶるりと震え、一拍の間をおいて立ち上がった。

 動くための魔力、そして動かすための制御。

 そのどちらも操縦者であるエル本人により賄われるそれは、つまりは魔法能力を直接物理的な力へと変換する機械だ。

 

 彼は幻晶甲冑の巨大な拳を開閉させて軽く動きの調子を確認していた。

 その動きは滑らかで、まるで中に生身の腕が入っているかのようだが、幻晶甲冑の腕は背骨であるメインフレームへと接続されており、そもそも内部に生身の腕は収納されていない。

 金属と結晶の塊でしかない幻晶甲冑が滑らかに動き出す。すでに見慣れているはずの光景だが、それでもバトソンは感心した様に笑っていた。

 

「何度見ても面白いな……で、モートルビートでいいのか? そうか。

 幻晶甲冑、便利そうに思うんだがもっと作らないのか? できれば俺も使えるようなやつを」

 

 モートルビートは幻晶甲冑の例に漏れず、全高は2.5m近い。

 ドワーフ族であるバトソンはその半分を超す程度の身長であり、最初は上を向いて話そうとしていたものの、すぐに諦めていた。

 工房から移動しながらエルは説明を始める。

 

「ご存知の通り、製造自体はそう難しくはないのですけどね。

 動作系統をちゃんと仕上げないと僕達以外の人には使えない物なので、増やす意味がないのですよね」

 

 幻晶甲冑は最終的に5機製造されたが、この人力制御の“初期型”はそのあまりの扱いにくさから現在はお蔵入り状態になっている。

 改良しようにも、親方を始め整備班の鍛冶師達は新型機の製造、改良に総力を注いでおり、とても幻晶甲冑にまで手が回らない状態だった。

 そのため彼らが手一杯になっている間、エルはこうしてバトソンと共に幻晶甲冑をいじり倒しているのだった。

 

魔導演算機マギウスエンジンを小さくする、なぁ。まったくさっぱりだな」

 

 二人とも最大の問題点である、操縦の難易度をさげるための魔導演算機に関する知識を持たない。

 彼らが行った改造は主に幻晶甲冑の筐体の調整、改造に終始しており、やはり量産化の目処はついていなかった。

 

「まぁそれはおいおい。まずは新装備の完成披露と参りましょう」

 

 

 

 エルはモートルビートに乗ったまま工房から出ると、射撃用の的として用意された丸太ではなく、工房の外壁のところへと来ていた。

 周囲の住宅よりも一段と高くそびえる外壁を前に、彼はモートルビートの腕を天に向けて差し伸ばす。

 

「ワイヤーアンカー、射出!」

 

 掛け声と共に、伸ばした腕の手首の装甲内から軽い噴射音を伴ってやじり状の物体が飛び出した。

 鏃の後端にはワイヤーがつけられており、勢いよく飛翔する先端部に引っ張られてしゅるしゅると腕から引き出されている。

 

 重力に逆らっているにも関わらず、鏃は勢いを弱めずにそのまま工房の屋根の上まで飛翔すると、突如鋭く方向を変えた。

 そのまま屋根に突き刺さったところで鏃の内部に仕込まれた機構が作動し、鏃はまるでいかりのような形状へと展開する。

 鏃が突き刺さったことを確認したエルはワイヤーを引っ張り、先端が十分に固定されていることを手ごたえから確認する。

 

「よっと」

 

 続いてモートルビートの腕の内部で何かが回転し、噛み合う歯車の音が響き始める。

 ワイヤーの基部には巻き上げ機構が仕掛けられており、発動したそれが長く伸びたワイヤーを腕の中へと収納してゆく。

 先端部を固定した状態でワイヤーを収納すればどうなるか。当然、モートルビートはワイヤーに引っ張られることになる。

 そのまま工房の壁へと走り寄ったモートルビートは直前で飛び上がり、ワイヤーに引かれるままに上昇し始める。

 何度か壁を蹴って飛び上がる間に見る見るうちに屋根へと上り詰め、そのまま最後を一気に踏み切ると空中で身を捻って回転。

 着地の瞬間に大気衝撃吸収エアサスペンションの魔法を発動、足元に圧縮空気の塊を作り出し、それをクッションとして屋根へと軟着陸する。

 足元を確認しながらモートルビートがゆっくりと身を起こす。

 彼は会心の笑顔を浮かべると周りを見渡す。周囲の建物より頭一つ高い工房の屋根の上からの景色は中々のものだった。

 

 エルは刺さったままの鏃へ向けて、魔法術式と魔力を送る。

 鏃へとつながるワイヤーの中には銀線神経シルバーナーヴが寄り合わせられており、それによって鏃の内部に仕込まれた結晶筋肉へと術式が伝達される仕組みになっている。

 展開していた錨を収納し、元の鏃の形となったところで屋根から引き抜かれて、腕の中へ収納されていった。

 この鏃を飛ばす推進力も内蔵された結晶筋肉を触媒として、断続的に圧縮大気推進エアロスラストの魔法を使用する事で得ている。噴射方向を制御することで、ある程度は飛翔方向を変えることも可能だ。

 

 この機構――ワイヤーアンカーは以前模型と共にバトソンへ製作を依頼していたものである。

 元々は某怪盗の真似がしたくて考えたお遊び装備であり、当然個人での使用を想定していたのだが、後に幻晶甲冑の製作に伴いそちらに装備すべく仕様を変更したものだった。

 

 工房の庭では全高2.5mもの巨大な鎧の騎士が高速で屋根の上へ移動する、その一部始終を見届けたバトソンが唸っていた。

 鎧を着て建物の屋根に上るなど、例え身体強化を使用出来たとしてもかなりの無茶だ。それをこなす巨大な鎧の存在に、彼は苦笑いが止まらなかった。

 

「(もしこれが量産できたらえらいことになりそうだな。エルネスティはその辺考えてるのかね)」

 

 呆れ半分、心配半分に見上げれば、当の本人は屋根の上でがしゃがしゃと腕を降っている。

 それに応えながら、バトソンは先ほどの心配を少し脇においておくのだった。

 

 

 

 ライヒアラ騎操士学園の周囲には学生向に日用品を売る店や、軽食を提供する店などが存在する。

 経済的に余裕があるとは言いがたい学生達であるが、それでも人数が多いため、学園の付近には彼らの生活にあわせた店が多くなる。

 そして学園が放課後を迎える頃になると、周りの通りにはいくらかの出店がたつ。大抵は菓子や軽食を提供する店だ。

 この時間帯はあちこちで、勉強から開放された学生達が蜜に吸い寄せられる蝶のように出店に寄り、軽食をつまむ光景が見られる。

 

 そんな出店の一つに、パンケーキにジャムを挟んだ菓子を売る店がある。

 店主はその日もいつものようにパンケーキを焼いており、そこに女子生徒と思しき注文の声が入った。

 

「おっちゃん、パンケーキ二つ、ジャムはマンダリーナのお願いね!」

「あいよー。ちょいと待ちな、もうすぐ焼きあが…………」

 

 愛想よく振り向きながら答えた店主の声が、尻切れトンボに小さくなってゆく。

 何故なら、店の前にいたのは学生と言うかむしろ巨大な全身鎧の騎士だったからだ。

 当然幻晶騎士ほどは大きくないが、それでも天幕を越える大きさのその騎士は、屈むようにして店先を覗き込んでいる。

 呆気に取られる店主と目線を交わしながら騎士が首を捻る。しばらく何とも言えない空気が流れていたが、その後ろから同じような体躯の騎士がもう一人現れ、先にいた騎士をたしなめた。

 

「おいおいアディ、乗り込んだまま声かける奴があるかよ」

「ん? あ、そっか! ごめんなさい、びっくりさせっちゃったのね」

 

 重装の騎士から年若いと思しき女子生徒の声が聞こえてくるという怪奇現象に、未だ店主は動揺から帰って来れていなかったが、突如鎧が開き中から本当に女子生徒が出てくるのを見て完全にぶっとんだ。

 

「な、な、なんじゃそりゃあ!!」

「あ、おっちゃん、ケーキ焦げてるわよ!」

「え? あ? なああー!?」

 

 我に返った店主は慌ててパンケーキを引き上げてゆくが、何枚かは既に残念なことになってしまっている。

 

「あー、ごめんなさい、驚かしちゃったからねー。私達のは、その焦げたのでいいから」

「え? いやまぁ、驚いたっつっても焦がしたのは俺のミスだ。客がそんなの気にするない」

 

 無事なパンケーキに注文にあったジャムを挟み、渡しながら銅貨を受け取る。

 女子生徒はお礼を言うと再び鎧に乗り込み、もう一人の騎士とパンケーキを食べながら歩き去っていった。

 

「……最近の学園じゃあ、えらい鎧使ってんだなぁー……」

 

 後には銅貨をしまいもせず握り締めた店主が、驚愕覚めやらぬ様子でその後姿を見送っていた。

 

 

 

「うーん、おいしー。やっぱマンダリーナのジャムがいいわよねー」

「俺はプミラのジャムのほうが好きだけどな」

 

 パンケーキを食べ終えたところでアーキッド、アデルトルートの二人は本格的に幻晶甲冑を走らせていた。

 大通りを馬車並みの速度で爆走する巨大な鎧に周囲の住民達は一瞬驚くが、すぐに気にしなくなった。

 この二人が幻晶甲冑で走るのも最近よく見る光景であり、彼らもすでに慣れっこになりつつある。

 

 実は単純に街中の目的地に移動するだけならば、わざわざ幻晶甲冑を持ち出す必要はない。

 彼らの能力を以ってすれば、馬よりも高速で移動するくらいわけはないし、大げさな装置を使うよりもむしろ気楽であろう。

 ご存知の通り幻晶甲冑を動かすと言うことは、高難易度の魔法術式を使用し続け、相当量の魔力を消耗すると言うことである。

 魔法に関する能力は基本的に使って伸ばすしかない。そしてより効率的な上昇を望むのであれば、相応の高い負荷をかけることが望ましい。

 つまり幻晶甲冑を使うのは訓練的な意味合いが大きい。

 彼らはかつて身体強化の魔法を使いながらジョギングをした時のように、日々の生活の中で徐々にその能力に磨きをかけていた。

 

 

 その調子で大通りをひた走ると、彼らの進む先に他の建物よりもやや大きい建物――テンドーニ家所有の工房が見えてくる。

 同時に何故かその屋根の上には蒼い鎧が立って居るのが見えるが、鎧の主のことを考えればまた何か面白いことを始めたのだろうと予想はつく。

 キッドはにやりとした笑みを浮かべると、直接工房の裏手の庭へと向かった。

 

「おーっすバトソン、今日は何やってんだ?」

「エルくーん、どうやってそこまで上ったのー?」

 

 二人は既に勝手知ったるとばかりに遠慮なくがしゃがしゃと庭へと入ってゆく。

 場所の主たるバトソンも特に気にした様子もなく、むしろ二人のタイミングの良い登場に指を打ち鳴らした。

 

「おう、ちょうどいいところに来たな。重い荷物がある、運ぶの手伝え」

「うわいきなり? 人使い荒いわねー」

 

 バトソンの指示に従い、二人は荷物を取るべく工房へと向かう。

 その間にエルは屋根から飛び降りていた。さすがにこの高さからそのまま飛び降りてはモートルビートが無事では済まない。

 途中に圧縮大気推進を逆噴射させることで勢いを減衰させ、さらに大気衝撃吸収の魔法を使用しての着地だ。

 盛大な土ぼこりを巻き上げながらモートルビートが着地したあたりで、キッドとアディが工房から荷物を引っ張りながら出てきた。

 

 二人はそれぞれに違うものを持っており、キッドが持つのは細長い四角柱の形をした道具だった。

 本体の大部分は木製で、ところどころに金属を使って補強が施されている。先端部には弓のように左右に突き出た部分があり、その根元には歯車を有するいくつかの機構が設置されていた。

 キッドは自分が持ってきたそれを眺める。形状から見るに、それの正体は一目瞭然だ。

 

クロスボウか……? っつーか、でかいな。攻城兵器じゃねぇのか、これ?」

「ええ、概ね間違いではありません。

 攻城用大型弩砲バリスタを多少小型化したと表するべきものですからね」

 

 エルが説明した通り、その弩は幻晶甲冑に持たせても尚わかるほど巨大だ。

 当然重量的にもかなりのもので、幻晶甲冑がなければ据え置き式で使うことになるだろう。

 

「あー、なるほど。幻晶甲冑を台座の代わりにする気なのか」

「それもありますが……アディ? 弾倉マガジンは持ってきていますね? ではそれを取り付けてください」

 

 アディが持ってきた荷台には箱型の弾倉が何個も用意されていた。

 横幅は人が両腕で抱える程度であり、そこそこ大きい。幻晶甲冑の手で持ってもはみ出している。

 

「簡単に説明しますと、これは弓の弦の部分と、その巻上げ機構に綱型結晶筋肉を使用した携行用大型弩砲です。

 結晶筋肉の収縮を操作するだけで自動的にボルトを撃つところまで動作するようにしてあります」

「なるほどねぇ。それで、この弾倉ってのは?」

「中には矢が並べてあって、弓の巻上げに連動して一発ずつ矢を装填する仕組みになっています。

 これ以上は、口で説明するより実際に動かしたほうが早いでしょうね」

 

 エルの説明に従い、キッドは弩砲の中ほどよりやや前にある部分へ弾倉をはめ込む。

 それに連動して固定レバーが跳ね上がり、内部の機構が噛み合う音がした。

 弾倉が設置されたことを確認して、キッドは弩砲へと魔法術式と魔力を送り始める。綱型結晶筋肉が限界まで伸縮し、弓のしなる音と筋肉を引き絞る、独特の音が聞こえてきた。

 同時にクランク機構により連動して動く歯車の駆動音が聞こえて来る。本体を覆う機構の外装に邪魔されて外からは見えづらいが、弾倉から取り出された矢が本体に刻まれたレールへと設置される。

 

 発射方法は少し独特だ。

 結晶筋肉それ自体を弦としているため、通常のクロスボウにあるトリガーに該当する機構が存在しない。

 代わりに弦と、巻き上げ機構にある結晶筋肉の伸縮を操作することで矢を発射するのだ。

 

 キッドは力を蓄え限界までたわんだ結晶筋肉に、その開放を命じた。

 豪快な飛翔音と曳きながら高速で矢が飛び出す。比較的近い距離で撃った事もあり、それは狙い違わず標的である丸太へと突き刺さった。

 一般にクロスボウで使用される矢は弓のそれに比べ短く、太い形状をした物が多い。それが小なりとは言えバリスタともなれば、矢というよりももはや矢羽を付けた短い槍に近い代物になる。

 綱型結晶筋肉の力を限界まで引き絞り、更に弓のしなり、筋肉自体の収縮までを加えて撃ち放たれた矢は本物の攻城兵器バリスタには及ばないものの、それでも十分な威力を発揮した。

 つまり結果として、矢は標的である丸太を半ば破砕しながら貫通した。

 

「…………」

「もう少し頑丈な標的を用意すべきでしたか」

「……いや、つうか、これ街中でぶっ放していいもんじゃねぇだろ」

「試射用に後ろに分厚い土壁用意してるから、大丈夫だ。それこそ戦術級魔法オーバード・スペルでも撃ち込まない限り」

 

 矢を撃ったポーズのまま固まるキッドを他所にエルとバトソンがのんびりと話し合っていた。

 弾倉を抱えたアディは興味深々な様子で丸太を貫く矢を眺め回していた。

 

「ああ、それと先ほど言った通り結晶筋肉を使って素早く巻き上げができますので、ある程度は連射が効きますよ」

「ぶっ! 本気かよ!!」

「多少慣れにもよりますが、最高で5秒に一発と言ったところですか。

 弾倉には一つにつき10発矢が入っていますので、大体1分で撃ちきる計算ですね」

 

 キッドは恐る恐ると言った雰囲気で弩を構えなおすと、息を吐いて気を静めてから連射を行った。

 駆動音と矢が風を切る音がリズミカルに続き、次々に標的に矢が突き立つ。

 それは5発を数えたところでついに丸太が折れ砕け、残りの矢は直接土壁に突き立っていた。

 

「連射できる手持ち攻城兵器かぁ、凶悪だねー」

「ですがあくまで持ち運べると言うだけで重量もあるし、取り回しは悪いですしね。

 かなり無理矢理な代物なので精度も低い。連射はむしろ数で精度を補っている部分もあります」

 

 今後の課題ですね、と丸太を見ながらエルが呟く。彼らも当分は暇をせずにすむようだ。

 

 

 

 

 ラッセ・カイヴァントが騎操士学科の工房を訪れたのは、新型機の動作試験が一通り完了を迎えようとしていたころだった。

 彼は工房の門をくぐるなり親方ダーヴィドへと詰め寄り、完成した板状結晶筋肉の出来栄えについて暴風のような勢いで語り始めたところで拳で鎮圧されていた。

 のびたラッセを放置して工房には板状の結晶筋肉が運び込まれてゆく。

 

 膨大な動作試験による確認の結果、幸いにも新型機には稼働時間以外の大きな欠陥は見つからなかった。

 板状結晶筋肉は、新型機の欠陥を埋める最後のピースということになる。ついに目前まで迫った完成へと至るべく、鍛冶師達は幻晶騎士の魔力貯蓄量マナ・プールの増加改造を開始したのだった。

 

 当初彼らが想定していた方法は板状結晶筋肉を装甲の裏側の空いた空間に設置する、と言うものだった。

 しかし実際に検討を始めたところで、思ったよりも余裕が少ないことが判明する。当然のことながら、装甲内部の余裕とは駆動用の結晶筋肉の干渉を避けるために在り、簡単に埋めてよいものではなかった。

 そこで彼らは一旦全ての外装を外し、板状結晶筋肉による層をつくった上で更にその全体を外装で覆う、複層式の外装を構築する方法を取った。

 駆動用の筋肉に干渉しないように板状結晶筋肉を配置するためだ。

 全体的にボリュームアップした筐体は十分な魔力貯蓄量の増大を示し、稼働時間の延長という観点ではかなりの成果があった。

 

 しかし現実は甘くなかった。

 結晶筋肉の層が追加され、全体的に一回り大きくなったテレスターレを前に彼らは唸る。

 

「着膨れて、格好悪い……ッ!!」

 

 彼らの美的感覚は少し横においても、全体を複層式とする方法は問題点も多かった。

 まず全体的な重量の増加が激しすぎるため、綱型結晶筋肉による出力の増大を踏まえても機動性に相当な悪影響が出ていた。

 更に厚みの増した装甲は動きを阻害し、肝心の格闘戦能力の低下も無視できない範囲になる。

 結晶筋肉の層を一応装甲として考えて防御力が上昇したことを鑑みても、デメリットが多すぎると判断されこの方法は却下される。

 

 

 ここでの問題点は主に激しい重量の増加である。

 彼らは次に、複層式とする部分を限定すればそれを抑えられると考えた。格闘戦能力への影響も考慮して、関節部に干渉しない装甲を限定的に複層式にする方法が取られた。

 この方法により重量の増加は問題ない範囲に抑えられたものの、肝心の魔力貯蓄量の増加という点に対しては十分とは言えなかった。

 ただしこの複層式の装甲を使用する方法自体は継続して採用されることになり、後日“蓄魔力式装甲キャパシティブレーム”と名付けられる事になる。

 

「内側に結晶筋肉を増やすのはこれが限界だな……」

「これ以上は重くなる上に、鎧が干渉しちまいやすからねぇ」

 

 残る方法は、板状結晶筋肉を外付けにする方法である。

 どこまでもつきまとう重量的な問題を少しでも回避するため、外付け部分については装甲すらつけられず、鋼線でまとめられた上に布製の覆いがつけられるという構成になった。もはやかろうじて剥き出しではないというレベルだ。

 設置場所は実際に人間が荷物として持てる場所を参考として背中、もしくは腰周りが選ばれた。

 そのうち最も荷物を設置するのに適した場所は背中であろう。彼らもそう考え、十分な量の板状結晶筋肉をテレスターレに背負わせた。

 

 しかしこの方法も別種の問題を生じる結果となる。

 背面武装バックウェポンを撤去してまで板状結晶筋肉を設置したが、背中に大重量が集中した結果、どうしても重心が背中側に偏ってしまうため格闘性能に無視できない悪影響が発生したのだ。

 背面武装の装備により遠距離攻撃能力も増したとは言え、幻晶騎士の本分は格闘戦である。騎操士達に扱いづらさを訴えられては仕方が無い。

 もしこの上背面武装を併用するとなれば、今以上に重心が偏ることは必至である。彼らは渋々別の方法を模索していった。

 

「どうにも上手くねぇな」

「情けない、情けないなダーヴィド。私がわざわざ板状結晶筋肉を用意してやったと言うのに、このザマか」

 

 親方は、殴られないようにわざわざ離れたところから囃し立てるラッセを一睨みしたが、すぐにそれが何の解決にもならないと気付いて溜め息に切り替えた。

 最終的に背中に設置するのは背面武装と干渉せず、重量的にも負担にならないサイズまで抑えられた。

 その分腰周りにもポーチのように小さくまとめられた結晶筋肉が配置された。腰に剣を挿す場合には適宜配置は調整される。

 蓄魔力式装甲と小分けにされた板状結晶筋肉を外付けする方法を併用し、ある程度は魔力貯蓄量が増加し欠点の改善が見られたが、未だに稼働時間に若干の問題が残る状態である。

 

 結局、鍛冶師達はついに現時点での完全な解決を諦めることになる。

 根本的なところで、現行の結晶筋肉では十分な魔力貯蓄量を確保するために必要な量が莫大なものになってしまい、それを保持しきれないのだ。

 この解決方法は錬金術師達が魔力貯蓄量に特化した新たな結晶筋肉を完成させるのを待つしかない、という意見で一致を見ることになった。

 

 

 

 工房の前では、改装を終えたテレスターレ・シリーズが駐機姿勢をとり、ずらりと並んでいる。

 試験用に製造したものも含め、その数5機。その全てが蓄魔力式装甲の採用により初期よりもがっしりとした姿をしている。

 背中と腰周りにまるで荷物にしか見えない追加の結晶筋肉をつけたその姿は、機械的な方向での改装が行われたというのに、むしろより一層人間くささが増したような印象を漂わせていた。

 

 どうにも急造感が拭えないその姿だが、鍛冶師達はそこで思考を切り替えた。

 テレスターレ・シリーズは問題点はあれど、それでも大きすぎる欠点をカバーする程度には改善されており、現時点で望める最大の完成度には達している。

 ここにある5機は、漸く到達した新型機の完成形とも言うべきものだ。

 現時点で既に従来の幻晶騎士を上回る能力を秘めたそれは、まさに幻晶騎士の新たな世代の雛形である。

 

 通過点ではあるが、一つの到達点に着いたという実感が徐々に湧いてきた親方の顔に、じわりと笑みが浮かんでゆく。

 それは周囲の整備班、騎操士の生徒達も同様だ。テレスターレ・シリーズを見る彼らの様子は様々だった。

 達成感に浸る者、ようやく作業から開放されることに安堵する者、早くも改良案を思考し始める者。

 ただ誰もが等しく、その表情は一つの難関を乗り越えた、自負と誇りに輝いていた。

 

 親方は似たような表情を浮かべる生徒達を振り返り、にやり、と更に笑みを深くする。

 

「ようし野郎ども、良く頑張った! むしろ鍛冶師は頑張りすぎたってもんよ!!

 まだまだ問題は残っちゃいるが、まずはこいつの完成を祝してやろうじゃあねぇか!!

 

 さぁて、こんだけでかい仕事が終わったんだ、後はやるこたぁ決まってんだろ、なぁ!?」

 

 その場にいる全員が腕を振り上げ、気勢を上げて親方の言葉に応じる。

 号令一下、その日は騎操士学科の総力を上げて、工房を舞台に夜を徹しての宴会が開催されることになる。

 

 

 

 とっぷりと日が暮れ、色濃い闇に包まれる頃には宴会は魔境を迎えていた、とだけ述べておく。

 ちなみにフレメヴィーラ王国では飲酒が可能なのは成人(15歳)してからである。当然エル達は参加しておらず、この宴会は騎操士学科一同によるものだ。

 

 物理的な意味で何人か空を飛ぶ、お祭り騒ぎの只中より離れる人影があった。

 喧騒に紛れて目立たぬように移動を始めた彼は、そのまま宴会場という名の魔界と化した工房を出て寮にある自室へと戻る。

 日が沈み、静まり返った寮の一室にランプの明かりが灯る。

 自室に戻った彼は飲酒により多少浮つき気味の頭を振り、水を飲んで酔いを薄める。

 彼と同室の生徒は、今も工房で飲んだくれていることだろう。彼は安心して机の中から紙の束を取り出した。

 そこには幻晶騎士に関する技術――それも綱型結晶筋肉の使用以降の、新型機に関する事柄がまとめられている。

 彼はそこに蓄魔力式装甲、そして完成したテレスターレに関する内容を追加する。

 それは詳細と言えるほどの内容ではなかったが、それでも新型機に関するあらましを知ることが出来る程度には情報が記載されている。

 彼は酔いが遠ざかるのを感じながら、書き込んだ内容に満足すると再び机の中へと紙の束を仕舞った。

 


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