#30 次なる雛形・後
騒々しい足音をたてながら2機の幻晶甲冑が走ってゆく。
それを操っているのはキッドとアディの双子である。
それなりの魔力を消費するものの、直接制御に準じた制御方法で動作するこの幻晶甲冑は、やろうと思えば生身よりも遥かに速度が出せる。
前を行くキッド機の肩に乗っているエルの紫がかった銀色の髪が、前方からの風にもてあそばれるままに暴れている。
全高2.5mもの騎士が子供を肩に乗せ爆走するという光景に、幻晶甲冑の事など知らない一般の生徒達が目を剥いているのを気にせず、2機は軽快に訓練場へと駆け抜けていた。
訓練場に近づくほどに、整備班に所属していると思しき生徒が増えていく。
その横では、未改造の幻晶騎士が補修部品や機材の運搬を行っていた。
「(実は幻晶甲冑急がなくても、騎操士もやる事いっぱいだったりせん?)」
今までのような小規模の改造ではなく1から新たな機体を作るという作業は、結果的に整備班、騎操士の別なく作業に借り出される状態を生んでいた。
それは試作機の構成が予想以上に従来のものからかけ離れてきたため、既存の機体を基にした訓練を進めるより新たな機体を完成させることを急いだためである。
現在、騎操士学科はその全力を挙げて試作機を稼動させるために活動している状態だ。
ちょうど(?)幻晶甲冑の開発に躓いているエルは一先ずそれ以上は考えないことにした。
エル達が訓練場へと辿り着くと、石畳の敷地の中央に、外装を装備していない幻晶騎士の姿が見えてきた。
歩行試験までを終えた試作機である。
「歩いただけで爆発、なんてことにならなくてよかったですね」
「心配するところ根本的すぎんだろそれ……本当に大丈夫なんだろうな?
やばくなったら逃げれるようにこいつに乗ったままにしておくか」
幻晶甲冑の騒々しい足音と共に聞こえてきた、鈴を鳴らすような声に親方が振り向いた。
「おう坊主、来たか。んじゃおっぱじめるとするか」
「よろしくお願いします」
先ほどまでは綱型結晶筋肉を使用した歩行試験が行われていた。
この部分は親方を筆頭に鍛冶師達が試行錯誤し、組み上げた部分である。
そしてこの後行われる背面武装の動作試験に関しては、基礎理論だけでなく設計までエルが担当した部分になる。
そのため、ここからはエルに確認を頼みながら作業を行う事になっていた。
「見た感じ問題なさそうだが……こいつの完成度はどれくらいだ?」
「組み上げ前の時点では、連動、照準共に思い通り動作しましたよ。
後は照準精度の問題と配置による最適化でしょうか」
「照準……精度ってなぁ、なんだ?」
「ああ、えっと。……照準機能を用いて、どれくらい正確に的を狙えるか……かな?」
「ほぉう、そいつぁ大事だな。とにもかくにもまずは動かしてからの話だがよ」
幻晶甲冑から降りたエルが少し焦ったように答えながら親方の横へ並ぶ。
双子は結局幻晶甲冑に乗ったまま見学しているが、さりげなくその巨大さが後ろの邪魔になっていたりする。
「おうし! それじゃあ魔導兵装の取り付けから始めんぞ!!」
親方の合図を受け、魔導兵装を持った学生機が試作機に近づく。
試作機の背中には、それまでの幻晶騎士には見られなかった機構が増設されている。
無骨な、鉄骨と橋げたを組み合わせたかのような機構が、人間ならば肩甲骨に相当する部分に左右2つ。
どうも二つ折りにしてあるらしいそれの先端部には、まるでペンチのような形状をした簡易的な手がついている。
全く洗練されてはいないものの、それは地球における産業用ロボットアームを想像させ、そして機能的にもそれに近しい存在である――背面武装の主たる機構、補助腕。
動作試験は魔導兵装の取り付けから始まっていた。
魔導兵装自体は、既存のものをそのまま使用している。
補助腕側に様々な魔導兵装を扱うための“手”が用意されているため、どのような魔導兵装でも使えると言うのが本機能の売り(?)の一つである。
試作機の後ろに立った学生機が、その手に持った魔導兵装を補助腕に持たせている。
補助腕の手は形状こそ簡易であるが、複雑な取り回しは求められていないが故に魔導兵装の保持だけならばそれで十分な効果を持っている。
左右2本、手によって保持された魔導兵装が真上を向いて固定された。
「うん、補助腕の動作は問題なさそうですね」
今のところ魔導兵装を持ち変えるためには他の機体の協力が必要になるが、補助腕側の機能に問題は見られなかった。
背面より伝わってくる軽い振動を感じ、ヘルヴィは幻像投影機の表示を確認していた。
「ん、魔導兵装設置完了。続いて展開機能の試験、いくわよ」
彼女は試作機の騎操士を担当しているが、それ以前に開発中の背面武装の動作確認にも参加していた。
操作方法や機能については、以前よりレクチャーを受け十分に理解している。
「魔導兵装を展開、照準器表示」
彼女は操縦桿横に増設されたレバーを引く。
命令を受けた魔導演算機が補助腕に内蔵された筋肉へと指令を送る。
軽い振動と共に背中の補助腕が展開し、魔導兵装を持ち上げていった。
砲身が90度回転して水平に移行し、試作機の両肩の上に浮いた状態で正面を向いて固定される。
「おお…………」
予想以上に滑らかな動きを見せる補助腕の様子に、整備班の生徒達の間から低いどよめきが漏れた。
この機構自体は組み上げ前にも何回か動かしてみたことはあるが、実際に機体上で動いているのを見ると、感慨もひとしおである。
操縦席ではホロモニターの表示に変化が起きていた。
それまでは外部の光景を映すだけだったそれの上に今は照準用のマーカーが表示されている。
目盛と円形を組み合わせた極めて簡単な表示だが、それまでは何もなかったことを思えば格段の進歩だと言える。
「照準あわせ……発射」
ヘルヴィは照準器内に標的を捉える。外から試作機を良く観察すれば、その頭部の動きと砲身の方向が連動していることに気付けたであろう。
彼女は照準内に標的が入っていることを確認し、操縦桿のトリガーを押し込んだ。
指令を受けた魔導兵装から法弾が発射される。今搭載されているのは標準的な炎弾を飛ばすタイプだ。
赤く輝く魔法の弾丸が砲身から飛翔し、そのまま吸い込まれるように標的に命中した。
演習用の武装のため威力は低く、標的はその形を残しているものの、着弾による焦げ跡があるのが見て取れる。
全てに完璧を期した上での試験では無かったにもかかわらず、命中まで至った望外の成果に歓声があがっていた。
「あらら、当たってしまいましたね」
「いーことなんじゃないの? それって」
「勿論問題になるわけではありませんけど、もっと調整が必要かな、と思っていましたので」
彼らの前ではなおも数発、法弾が発射されていたが、最終的には命中率は6割程度だった。
撃ち終えた後、そのまま試作機は魔導兵装を収納する。
展開の手順と逆に補助腕が折りたたまれ、魔導兵装が垂直の向きに背中へと仕舞われていった。
今回の試験の主眼は展開、収納機能の確認であり、後はとりあえず撃てれば良い程度だったため、結果として十分以上の成果と言える。
「ほぉう……こいつが、背面武装か……。これは予想以上にすげぇ代物かもな」
目の前の結果に、親方すら髭を撫でつつ唸っていた。
動作試験としてはほぼ完璧な結果を残した試作機に、それを見守る生徒達は感極まったように喜び合う。
綱型結晶筋肉、背面武装、火器管制システム……新たに開発された機能のほぼ全てに対し、完成が見えてきたのだ。
目指したものが形になる、技術者として最も喜びを感じる瞬間であった。
「……どうして皆こんなに感動してるのよ?」
生粋の騎操士ではなく、そして鍛冶師でもない双子には周囲の感動の意味が今一理解できていなかった。
盛り上がる生徒達の間で微妙に浮いてしまっている。
頭上から聞こえてきたアディの疑問に、苦笑しながらエルが答えていた。
「幻晶騎士の形が変わり、機能が変わり……その第一歩目を踏み出したからですよ。
これから、新しい道を切り開くことが出来る。それを自らの手で、実現できたのですから……」
幻晶甲冑の大きな腕を器用に組み合わせ、腕組みのポーズをとったアディは暫く悩んだ後、納得したように顔を上げる。
「うーん、良くわかんないけど成功したからおめでとうって事ね!」
「間違いではありませんけど、アディ……」
整備科の生徒達が努力と苦労が報われた喜びに包まれている頃。
それとは別種の視点から、試作機を見つめる人物がいた。
「……あの機能、どう思う? ディー」
エドガーとディートリヒ……他にも、騎操士達は様々な感想を抱きながらその結果を眺めていた。
「ふん、そうだな……まずは遠距離では苦戦しそうだな。
こちらはどうしても片手を魔導兵装の操作に割く必要があるが、あちらは盾にでも身を隠しながら撃てる。
何より、そこで両手持ちの大盾あたりを構えてね」
「ああ、しかも危険を冒さず2本を同時に使える。今までは、持ち替える隙をカバーするために片手1本が常識だったからな。
単純に火力は倍だ。撃ち合いなど考えたくはないな」
「いいね、安全に相手を撃ち倒せる。素晴らしい機能じゃないか」
「お前な……確かに魔獣を相手にするなら心強いが、俺たち自身があれを相手にすることもあるかも知れないんだぞ」
少し呆れたようなエドガーの言葉に、ディートリヒが反論しようとしたところで、横から別の声が割り込んできた。
「そうよ。まずはあたしがあんたらを熨してあげようか?」
二人が振り向くと、そこにはいつの間にか試作機の騎操士であるヘルヴィが立っていた。
彼らが話し込んでいる間に試験は終了していたようだ。
「あり得ないとは言わないが、あの機体はまだ未完成だろう」
「今はね。でも今日の試験で大体の部分は確認できたから、後は完成までは早いらしいわ」
既に筐体の基本は完成しているため、実際に完成は目前である。
「だったら、まずはやるべき事があると思わない?」
「何をだ?」
強気な笑みを浮かべるヘルヴィが、その眼差しを細くする。
「陸皇亀との戦いすら無事に乗り切った、学科最強の騎士とどこまで戦えるか、試すのよ」
エドガーが僅かに目を見張る。ここにいる彼も、彼女も、ある意味ディートリヒもベヘモス戦の生き残りである。
「まぁ、確かにどこかで模擬戦の必要は出てくるだろうが……俺か?
それとヘルヴィ……お前もあの戦いを生き残ったじゃないか」
「何とか、ね。でもあたしが生き残ったのは偶然。あの子が偶然間に合ったから、なのよ」
「だから、悔いているのか?」
「何をよ? それについては感謝してもし足りないわ。
むしろそれで……あの子の作った、この機体に興味が湧いたの」
彼らの視線が、運び出されてゆく試作機へと向けられる。
「出来上がる前から関わってるから、よくわかるわ。
この子の性能があれば、あたしでもあんたを倒せる」
「……それは恐ろしいな」
少しも恐ろしそうではなく、むしろ困ったかのような態度のエドガーにヘルヴィは小さく息をついた。
「だから、これが完成したら……あたしでもあのデカブツと、最後まで戦えるかもしれないわ」
「……それが理由なのか?」
「ま、単純に幻晶騎士が強いのは、良い事よね」
一瞬でにやりとした表情に戻ったヘルヴィに、エドガーが肩透かしを食らったようにずっこける。
「首を洗って待ってなさい。まずはあんたからコテンパンにしたげるわ」
ひらひらと手を振りながら歩き去るヘルヴィを、エドガーが小さく溜息をつきながら見送っていた。
実用上最も困難だった綱型結晶筋肉を使用しての動作と、背面武装が完成したことにより、その後の作業は極めて順調に進んだ。
外装を装着しての動作実験、背面武装も動きながらの射撃をこなすなどその完成度を高めてゆく。
そして歩行試験より2週間ほど後、ついに試作機は正式な名称を付与された。
技術試験用試作機体第一号機“テレスターレ”――それが、かつて試作機と呼ばれた次なる世代の雛形の名である。
工房内部の暗がりから、ゆっくりとテレスターレがその姿を現す。
外見はそれまでの学生機と大差ない。以降も様々な調整を行い改装を施すことを前提としているが故に、それはむしろ他に比べ地味であるとさえ言えた。
唯一その背中に装着された2本の魔導兵装が、既存の機体との差異を声高に主張している。
テレスターレはそのまま訓練場へと歩を進める。
それに乗る騎操士は、それまでの試験騎操士であったヘルヴィがそのまま担当している。
現時点では新型の操縦に最も習熟しているのは間違いなく彼女である。
操縦方法の改善、筋肉配置の見直し、そして彼女自身の慣れを合わせ、テレスターレの動きは最初のそれとは比べ物にならないほど滑らかなものになっていた。
だがそれでもまだ調整が足りない部分があり、幾分微妙な動きが混じっている。
テレスターレが訓練場の門をくぐるとそこには1機の幻晶騎士が待ち構えていた。
アールカンバー――テレスターレより更に飾り気に乏しい外見、オーソドックスな剣と盾の装備。しかし現在の騎操士学科最強と目される、エドガー・C・ブランシュが操る機体。
「ようし、ヘルヴィも準備できたようだな。
ではこれより、新型の動作試験の仕上げとして、アールカンバーとの模擬戦を行う!!」
審判役の生徒の口上に合わせ、詰め掛けた騎操士学科の生徒達が歓声を上げる。
革新的な機構を搭載した新型機と、既存機体の最強格との模擬戦――否が応にも観客の期待も高まろうと言うものだ。
幻像投影機に映るアールカンバーの姿を睨みながら、ヘルヴィの口元には自然と笑みが浮かんできた。
訓練場での宣戦布告どおりに彼女はテレスターレを駆り、アールカンバーに相対する。
技量では確実にエドガーに劣る彼女が、どこまで戦えるかを確認するのだ。
彼女の見たところ、まだ試作の域を出ないとは言え、様々な面で既存機を遥かに上回るテレスターレの性能を以ってすれば十分に勝機はある。
「この子はまだまだ未完成だけど……舐めない方がいいわ」
「勿論手を抜く気など毛頭ないさ。むしろ期待している……新型の実力をこの手で確認できるのだからな!」
双方が剣を抜き、構える。
「ようし、準備はいいな? それではこれより戦闘を開始する!!
模擬戦闘の規定に則り、双方、礼! 構え!
……始めぇっ!!」
審判の合図を皮切りに、2体の鋼の巨人が雄叫びと共に走り出した。