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Knight's & Magic  作者: 天酒之瓢
第1章 転生、そして学園生活編
10/224

#10 決闘の決着

 エルが調べ物をしようと図書館へ向かっていると、突然誰かに後ろから抱きしめられた。

 訝しげにエルが視線を上に向けると、果たしてそこにはエルの髪に頬擦りをするステファニアの至福の表情があった。

 

「ああ、このさらさら感、癖になりそう」

「(弟警戒しとったらまさかの姉からの襲撃かい)生徒会長、もう擬態すら止めましたね……」

「こんなにサラサラな髪の毛がいけないにょよう~。この小・悪・魔ちゃんめ♪」

 

 ステファニアはほお擦りをしたままエルの頬を指で突っつく。

 

「ひとまず正気に返ってください。そして離してください」

「あら、動揺もしないなんてお姉さん自信なくしちゃうわ」

「(やべぇこの変態、完全にキャラかわっとんがな)」

「そうそう、あまりのサラサラ感に本題を忘れるところだったわ」

「(諦めよう、こいつもうあかんわ……)」

 

 かなり投げやりになりつつあるエルだったが、次のステファニアの言葉で急速に冷静さを取り戻す。

 

「アディがね、バルトに呼び出されたみたいなのよ」

「! それは……」

 

 何かを言いかけてエルが言いよどんだ。

 確実にトラブルが起こっているが、最終的にはこれは身内の問題になる。

 エルには、どこまで首を突っ込んでいいものか判断がつかなかった。

 しかし、そんな迷いも次の一言で吹っ飛ぶ。

 

「……それにね、バルトのほうはかなり大勢だったのよね」

「あまり人様の身内をどうこう言いたくはないのですが。非常にろくでもない予感しかしませんね」

 

 エルの内心は言葉ほど冷静ではなかった。

 兄妹喧嘩・・・・ならまだしも、人数を揃えてとなると話は別だ。

 

「エル君にはアディを探しにいって欲しいの」

「……いいのですか? こう言っては何ですが、もしアディに危害が加えられた場合、貴女の弟御とはいえ容赦できそうにないですよ?」

 

 精神的には既に30台半ばも過ぎるエルだが、親友が大勢をもって害されてまで大人しくは出来そうにない。

 

「死なない程度にお願いね」

「割り切りますね」

「バルトが一人で動いているのならまだいいの。

 ……でも今回は違う。生徒会長として、姉としても見過ごせないわ」

 

 ステファニアは苦笑するような表情を浮かべている。

 二人の視線が交錯し、エルは即座に決断した。

 

「アディが連れて行かれた場所を、教えていただけますか?」

 

 

 

 学園内にある今は使用されていない一角に、アディとバルトサールの子分はいた。

 アディは今、両腕を後ろ手に縛られ、足も縛られた上で椅子に座らされている。

 バルトサールの電撃により意識を失ってから1時間ほど、彼女の意識は戻っていない。

 

「チッ、このガキが、やってくれるじゃねぇか!」

「おい、意識失ってるんだからあんまり余計なことすんな」

 

 アディの意識が無いにも拘らずこれだけの人数が居るのは、彼女が意識を取り戻して暴れた場合の備えだった。

 そして苛立ちを抑えきれない様子の男は、アディが包囲を突破しようとして肘鉄でのした男である。

 彼もつい先ほどまで気絶していた。

 

「なんだよ、気ぃ失ってる上に縛り上げてるんだぜ? そんなびびるこたねぇだろ」

「一発でのされたくせに偉そうに言う」

「ああくそ、油断したんだよ!」

 

 その男は気絶しているアディの髪を乱暴につかみ、上を向かせた。

 

「ガキだと思って手加減してりゃあ付け上がりやがって、一発思い知らせてやらねぇと気が済まねぇ!」

 

 周りの子分達は呆れる。

 彼がやられたのは手加減も何も、完全な油断を突かれて一撃で熨されただけだ。

 そしてもし殴りでもしてアディが意識を取り戻せば少々厄介なことになる。

 男を止めようと、別の子分が手を伸ばした瞬間。

 

 突然、教室の後ろから人が入ってきた。

 ほとんど人が出入りしない場所だと高をくくっていた子分達は、突然の侵入者への対処が遅れた。

 驚きつつ振り向いたとき、彼らが目にしたのは銀色の弾丸が剣を抜き走り出す姿だった。

 

 侵入者……エルは迷いなくウィンチェスターを抜刀し疾走する。

 同時に風の中級魔法である風衝弾エアロダムドを3点バーストで左右に同時発射。

 放たれた風の弾丸が奥にいた二人に直撃し吹っ飛んでいくのを確認もせず、エルは身体強化でさらに加速し、今しもアディに殴りかかろうとしていた男に斬りかかった。

 男は慌てながらも迎撃しようとしたが、強化状態で走るエルのほうが圧倒的に速い。

 エルはその状況でも冷静だった。

 直接斬りはせず、疾走中に刀身に真空衝撃ソニックブームの魔法を展開、衝撃波で男をブチ飛ばした。

 

 瞬きするほどの間に3人の仲間が仲良く切り揉みしながら吹っ飛んでいくのを見て、残る1人は驚愕に動きを止めた。

 それは侵入者が明らかに幼かったからであり、それが突然暴風のような勢いで全員を吹き飛ばしたからだが、残念なことにそんな隙を見逃してくれる相手ではなかった。

 とっさに構えた杖が一瞬で両断され、もう一刀が横合いから襲い来る、それが彼が記憶している最後の光景だった。

 

 

 暴風の勢いで子分4人を瞬殺したエルは、彼らが気を失っているのを確認してアディに駆け寄る。

 彼女を拘束する縄を切り、様子を確認すると怪我もなく呼吸も落ち着いており、気を失っているだけのようだ。

 アディの無事を確認したエルは一息ついた後、転がっていた子分たちを縛り上げにかかった。

 全員の手脚を縛って拘束すると、エルはアディを横抱きに抱え上げる。

 悲しいかな、アディの方が身長が高いため大幅にはみだし気味だがなんとかバランスをとる。

 

 此処に来るまでに聞きつけた騒ぎの様子で向こうで何が起こっているのか、凡そのところは把握していた。

 エルには向こうの様子は窺い知れないが、キッドが何もせずにやられるとは思っていない。

 

「間に合ってくださいよ……」

 

 エルは一刻も早くキッドの下に向かうべく、騒ぎの中心向けて走り出した。

 

 

 

 ライヒアラ騎操士学園の校舎の間にある中庭、通称“決闘広場”では、2人の生徒の戦いが未だに続いていた。

 戦いは既に1時間の長きに渡り、ほとんど一方的な内容にも関わらず未だに決着の気配は無い。

 

 バルトサールは此処に至り、漸く違和感を覚え始めた。

 キッドの剣術の腕前は其処まで高くは無い。

 この戦いの間にキッドに剣が直撃した回数は数え切れないほどに上る。

 木剣とは言え、普通は動けなくなるほどのダメージになって然るべきだ。

 それが、確かに動きは鈍ってきているものの其処までのダメージを感じられない。

 人質を気にしてか積極的な攻めは行ってこないが、それにしてもその瞳には強い光が宿り、何かを狙っていることは明白だった。

 

「(なんだこのタフさは? 何故まだ倒れないんだこいつは!

 まさか、アディが自力で脱出してくるまで粘るつもりか?

 確かにアディもかなりの動きを見せた、有り得ない話じゃない)」

 

 バルトサールが再びにやりとほくそ笑む。

 キッドは、例えアディが目を覚ましても縛り上げられている上に監視がついていることを知らない。

 余計な希望も潰してやるとばかりにキッドに話しかけた。

 

「……なにを時間稼ぎをしている?」

「……!」

あれがくる(・・・・・)のを期待しているのかね? だったらそれは無駄だとしか言いようが無いね?

 まぁ私も飽きてきた。そろそろ決着をつけようじゃないか。なぁ?」

 

 アディの髪飾りを殊更見せ付けるようにしながら木剣を構えなおす。

 キッドの顔がこわばる。

 彼も見かけほど無事ではない。

 ダメージは確実に蓄積しているし、この上全力で攻撃を受ければ切り抜けられるかは微妙なところだった。

 しかも、先ほどからバルトサールの視線はその狙いを雄弁に語っている。

 

「(避けるな)」

 

 本当に決着をつけるつもりなのだろう、次の攻撃は恐らく渾身の一撃になる。

 今の状態のキッドには、避けずにいて無事に済むとは思えなかった。

 

 バルトサールが気合と共に間合いを詰めようとするのと、その影が飛んでくるのはほぼ同じタイミングだった。

 決闘を見守る野次馬達の頭上をまとめて飛び越し、その最前列に突如として現れる。

 かなりの大ジャンプ、しかも女性を横抱きにしているにも拘らず、着地は何か柔らかいものを踏んだように音もなくスムーズだった。

 野次馬達が驚いて自分達を飛び越した小柄な影を見る。

 それがアディを抱えたエルであると確認した瞬間、野次馬の中のクラスメイト達はこの決闘に決着のときが来たことを悟った。

 

 

 

 それを横目に確認したバルトサールの表情が驚愕に歪んだ。

 アディは縛り上げた上に見張りまでつけていたはずだ。

 それを突破してきた? 彼の子分達は一体何をしていたのか?

 それよりアディを抱える銀髪の子供は一体誰か?

 バルトサールには状況が全く理解できなかった。

 

 

 移動している間に目を覚ましたアディが立ち上がり、バルトサールを一睨みした後、キッドに向き直る。

 握りこぶしから親指だけを立て、そのまま首を横に掻っ切る仕草をする。

 それを見たキッドの全身から力が抜け、笑い出しそうになる。

 キッドはアディの後ろに居るエルを見て話しかけた。

 

「遅せぇよ」

「すいません。教室がやたら多いのがいけないのですよ」

「なんだよそりゃあ。まぁいいけどよ」

 

 笑いながら、キッドが木剣を構えなおす。

 バルトサールは今にも叫びだしたい気分だったが、こと此処に至っては事態が最悪の方向へ向かっていることを悟らざるをえない。

 だが、とバルトサールは思い直す。

 確かにキッドを押え付けていたアディという切り札がなくなった。

 だからと言ってこれまでキッドに与えたダメージがなくなるわけではない。

 今ならまだ速攻で勝負を決められるはずだ。

 バルトサールは再び渾身の力を込め、キッドに斬りかかった。

 

 果たしてキッドの動きはそれまで散々に打ち据えられていた人間のそれとは思えないほどだった。

 弾かれたような勢いで踏み出し、軽く剣を払うとそのままショルダータックルの要領でバルトサールを弾き飛ばす。

 バルトサールが吹っ飛び、一旦間合いが開いた。

 

 キッドの魔力容量はエルには敵わないものの、それでも相当な量を誇る。

 これまでの戦いでかなり消耗していたが、それでも暫くの間全力で動いても問題ない程度は温存されている。

 

「(今までの借り、まとめて熨斗つけて返してやらぁ!)」

 

 キッドがエル直伝の身体強化フィジカルブーストを全開で発動した。

 足元の石畳を踏み割りそうな勢いでキッドが加速する。

 慌てて起き上がろうとするバルトサールが迎撃の構えを取る前に、キッドの木剣がバルトサールの腹に叩き込まれる。

 

 ぐげっ、という声と共にバルトサールの肺から空気が吐き出され、その体が宙に浮いている間に次の攻撃が放たれる。

 凄まじい勢いで連撃が叩き込まれ、バルトサールの体が滞空したまま不自然な体勢で回転しようとしているところに、さらにキッドの回し蹴りが叩き込まれた。

 今度こそバルトサールの体はもつれる様に切り揉みしながら宙を舞い、数mは空を飛んでからべしゃっと地面に落ちた。

 

 一息の間に全力を振り絞ったキッドが大きく息を継いだとき、やっと審判が我に返った。

 慌ててバルトサールに駆け寄るが、彼は襤褸雑巾ぼろぞうきんのような姿のまま白目を剥き、泡を噴いて気絶していた。

 そのまま審判によりキッドの勝利が宣言される。

 

 

 それまでの戦いが嘘のようなあっけない幕切れに野次馬もついていけなかった。

 最後にキッドが見せた動きは、明らかにバルトサールなど歯牙にもかけないだけの力があった。

 ならば途中までのあの体たらくはなんだ?

 野次馬の視線がキッドに駆け寄る少女に移る。

 彼らも馬鹿ではない。彼女がこの場に来た瞬間、キッドが何かを吹っ切るような動きを見せたのだ。

 事情など言わずもがな、というところである。

 襤褸雑巾状態のバルトサールに向かう視線が冷ややかなものになっていく。

 騎士学科の生徒にとって決闘は力による問題解決の手段ではあるが、それでも勝者に与えられる名誉は神聖なものである。

 それをこのような手段で得ようとすることは、騎士というあり方に対する裏切りも同然であった。

 

 慌てた様子の子分達に回収され、保健室へ運び込まれるバルトサールに対する周囲の態度はどこまでも冷ややかだった。

 この出来事が噂となり広まるまでにさほどの時間は必要ないだろう。

 

 

 

 さすがにダメージが重く、座り込んだキッドにアディが寄り添っていた。

 

「キッド、大丈夫なの?」

「なんともねぇ、とはさすがに言えねぇな。随分痛めつけられちまったぜ」

「うわ、服破れてるじゃない! ……あんな豚の攻撃、避けちゃえばよかったのに」

「あんなもんちらつかされたんじゃ早々自由にゃ動けねぇよ」

「……! ごめんなさい、私の……油断のせいで」

 

 キッドは落ち込むアディの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら笑った。

 

「気にすんな、悪ぃのはあの馬鹿だし。エルもありがとな、ちとやばかったぜ」

「間に合って何よりです。それより」

 

 ちゃっかりバルトサールから髪飾りを回収したエルがそれをアディに返しながら聞く。

 

「相当に打ち込まれたようですが、その割りにダメージはなさそうに見えますね」

「ああ、あいつこっちが避けづらいからって技もへったくれもなく打ち込んできたからよ」

 

 苦笑しながらキッドが答える。

 

「当たる場所に合わせて身体強化フィジカルブースト外装硬化ハードスキンを一瞬だけ使って、ダメージ抑えてやってな」

「なるほど……しかし危険な芸当をやってのけますね」

「他に何も考えずに済んだからできた芸当だな……あとあの馬鹿にも救われた。

 もっと全力で急所狙われたら保たなかっただろうな」

「結局、あの人の敗因は全く詰めが甘かったことですか」

 

 エルが頷いている間にも、決着を見届けた野次馬がぞろぞろと解散してゆく。

 

「では、ひとまず後のことはこちらで片付けておきますので、アディはキッドを連れて保健室へ行ってもらえますか」

「わかったわ。キッド、立てる?」

「大丈夫だ。傷はほとんど打ち身だしな、歩くのにゃ問題ねぇよ」

 

 野次馬が立ち去り、キッドとアディも保健室へ向かうのを見送ったエルはややあって振り向く。

 そこには、一人ぽつんとステファニアがいた。

 

「良かったのですか? 弟御へのダメージは、色々な面で軽くはないですよ?」

「……そうね、でもバルトはそれだけのことをしてしまったもの」

 

 ステファニアはむしろ清々しいという表情で首を振った。

 

「あの子は……本当、こういうところばかりお母様に似るんだから……。

 そろそろしっぺ返しがあってもいい時だったの」

「(やっぱ遺伝なんやこれ)苦労されてるのですね……」

 

 エルはキッドとアディの実家の事情を思うとなんとも言えない気分になったが、頭を振って気持ちを切り替える。

 

「後始末はお願いしても?」

「ええ。家のほうとも、話さないといけないから」

 

 エルは一礼してその場を離れた。

 

 結局この決闘騒ぎにより、彼らの能力を疑うものはほとんど居なくなった。

 そして、耳ざとい者の間ではキッド達とセラーティ家の関係が囁かれるようになるのだった。


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