「ねえ、もし、あたしが女子高生じゃないっていったらどうする?」
あたしが首を傾げると、おじさんはくわえていたポテトをぽろりと落とした。そうして、おどおどとあたりを見まわしながら、身体を小さく縮こまらせる。
新宿のマックで、他人のこと気にしてる人なんていないのに。なんだかおかしくって、あたしは笑った。
きっとこの人だって、会社ではそれなりに偉かったりとかしちゃって、もし偉くなかったとしても後輩のひとりやふたりはいて。貧相でくたびれた感じだけど、ムリに胸張っていばりちらしちゃったりしてるんだろうな。
「そんなわけないじゃないか。だってキミ、セーラー服着てるし……」
「コスプレだもん」
おじさんは目を白黒させて、Lサイズのコーラを飲み干す。
「あたし、もう二十歳なの」
「な、はたっ……」
驚きで声も出ない、というやつらしい。それがおかしくて、あたしはまた笑った。
まあ、驚くのも無理ないかな、とは思う。
だってあっちは、女子高生に声をかけたつもりだったんだろうし、三万でどうって言われてあたしはいいよって言ったんだし。
これで中身が女子高生じゃないなんて、きっと、誰も思わない。
「ごめんね。騙しちゃって」
「いや、かまわないよ」
鞄から取り出したハンカチで顔中をくまなく拭いながら、おじさんは笑う。さすがに、女子高生じゃないならいりません、なんて言えないんだろうなと思うと、ちょっとだけ申しわけなかった。
「お詫びに、このあとホテルまでつきあってあげる。追加料金とかナシで。だから話聞いてくれる?」
おじさんはしばらく視線をさまよわせたあと、かすかに、うなずく。
「昨日、彼氏と別れたの」
言いながら、爽健美茶でくちびるを湿らせた。なんだか、やけにカサカサ乾く気がする。制服を当たり前のように毎日着ていた頃には、そんなことなかったのに。
「高校の頃からつきあってたんだけどさ、多分、あたしが同い年の女の子じゃなかったら、あいつ、あたしを好きになったりしなかったんだろうな、って思ったら、冷めちゃった」
「え? どういうことかな?」
笑わないで、おじさんは身を乗り出してくる。あたしはなんとなく、ホッとした。
「つまりね、あたしが男だったりとか、すごく年上だったりとかしたら、つきあってなかったんだな、ってこと」
おじさんは低くうなって、腕を組む。首を傾げても、べたべたした整髪料でかためてある髪の毛は落ちかかってこなかった。
「なんとなく……わからないでもないような気はするけど、それとこれと一体どういうかかわりがあるのか、皆目、見当もつかないな」
「女の子には価値はないけど、女子高生には価値があるでしょう?」
あたしが訊ねると、おじさんはうなずく。
普通の女の子だったら多分誰も買わないけど、女子高生だったら、おじさんたちは買うのだ。
顔が可愛いとかそういうのじゃなくって……ブランドものが、どんなに趣味が悪くたって、似合わなくたってもてはやされるのと同じに、女子高生っていうだけで、商品価値が出てくる。
「でも、女子高生の価値って、つまり、セーラー服を着た若い女の子ってところにあるんじゃないかと思うの」
「だから、セーラー服?」
「そうよ。少しの価値もないなんて、寂しすぎるじゃない」
言って、あたしは立ち上がった。
「そういう……ものかな?」
「そうよ。だって、おじさん、あたしが女子高生じゃないって知ってたら――もしも、あたしがこの制服を着てなかったら、あたしのこと、買ってくれた?」
「……どうだろう。でも」
おじさんはためらうように言葉を切った。そして、しばらくしてから続けた。
「それ以外にも、価値ってあるんじゃないのかな……?」
「……じゃ、そろそろ行こ。終電までに帰りたいの」
あたしは、おじさんの言葉を聞かなかったことにした。
そんな言葉は、なんの救いにもならないんだもの。
伸ばしたあたしの手を、おじさんが握る。
おじさんの手は、少し干からびかけた、筋ばった手だった。
――あたしはいつまで、セーラー服を着ていられるだろう。
ふとそんなことが浮かんだ。
あたしは身を震わせて、なにごともなかったかのように、それを隠して微笑んだ。 |