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その6 奇跡の目撃者

 気づけば俺は、自分の部屋のベッドに横たわっていた。

 礼拝堂の奥の、屋根裏部屋とも言えるその小部屋は、ベッドと机を置くのが精一杯の広さだ。

 そんな場所に、有り得ないほどの人が押し寄せていた。

 枕元に可憐な顔を近寄せているのが、自称許嫁のペルル。ブルーの瞳は涙で潤み、湖面のように煌めいている。

 ペルルの背後には、神父様と村長と、この教会に転がり込んできたいかつい近衛騎士、そして俺が助けた魔法学校の試験官三名がずらりと。

 いったい何事かと慌てて身体を起こすと、全員がワッと歓声をあげた。

「ジロー! 生き返って良かった!」

「……え、俺死んでたのか?」

 という素朴な疑問は、抱きついてきたペルルの号泣に掻き消されてしまう。俺はさらりとした銀髪を頬に感じ、細い腕にミシミシと肋骨を締め上げられながら、大人たちを見渡した。

 最も付き合いの長い神父様が、俺の知りたいことを的確に解説してくれる。

「ジロー、君はあの『凶雲』の日から七日間もずっと眠り続けていたんだよ。本当にこのまま目を覚まさないかと思って心配したんだ」

「あ、そーなんすか……ってことは、魔法学校の先生方は、ずっとこの村に?」

「ああ、どうしても“命の恩人”であるジローに礼を言いたいからと」

 チラリと流された神父様の視線で、俺は直感した。きっとこんな疑問をぶつけられるんだろう、と。

『無能者の君が、どうやって銀色狼を撃退したんだ?』

 ここは先回りして言ってしまおう。

 ――俺は何もしていない。ペルルを追って南の森までたどり着いたものの、恐ろしい魔獣の銀色狼を目撃し、あっさり気を失ってしまった。だからこうして助かったのは、女神の“奇跡”のおかげに違いない……。

 と、皆を安心させる嘘を告げようとしたのに。

 先に口を開いたのは、俺が最初に助けた一番年配のおっさんだった。

 丸々と肥えた小柄な体躯に、黒いポンチョを羽織っている。鼻の下のチョビ髭がなかなか愛嬌のある……たぶん立派な魔法使い。ぷにっとしたその身体からは、ペルルに迫るほどの魔力を感じる。

 そんなおっさんが、乙女のように恥じらいながら問いかけてきた。

「ジロー君、貴殿はどうやって、アレを飼い慣らしたのかね?」

「え、えっと、飼い慣らすとは……」

「銀色狼だよ! 私はあの時、死んだフリをしながらこの目でしかと見ていたんだ。銀色狼と向かい合った君が、あの鋭い爪で攻撃されることもなく平然と対峙している姿を!」

「う……マジすか」

「とうの昔に絶滅したと思われていた伝説の魔獣が、この辺境の地に生き延びていたというだけでも世界を揺るがす大事件な上に、その銀色狼を思うままに“使役”する少年がいるとは……この村に『女神の愛し子』がいるという噂は真実だった、いや噂以上に真実は素晴らしい!」

「その通り、さすが私のジローだわッ!」

 あたかも吟遊詩人のように謳いあげる髭のおっさんと、勢い任せに合いの手を入れるペルル。

 ……なんか、この展開ヤバいかも。

 ひとまず肋骨をへし折りそうなペルルを引き離し、おっさんたちにしっかり向き合う。

 できるなら全てを誤魔化したい……という俺の望みはあっさり絶たれた。

 そこにあったのは、まるでペルルが俺を見るような眼差し。憧憬というか、親愛というか、とにかく暑苦しいことこの上ない熱視線。

 ダラダラと冷や汗をかく俺に対し、髭のおっさんは夢見るように語り続ける。

「……確かにペルル君も噂通りの強さだった。銀色狼に手傷を負わせるなど、ここにいる教員の誰もが不可能なことだ。だがそんなペルル君でさえ、一瞬の隙をつかれ銀色狼の放った光の矢に身体を貫かれ……私は大地に倒れ伏しながら、己の無力さに涙した。凶雲という警告を無視し、前途ある若者を巻き添えにしてしまったと、女神に懺悔した。しかしその時、颯爽と現れた一人の少年がいた――濡烏色の艶やかな髪に精悍な面立ち、鍛え上げたしなやかな身体を持つ、まさに勇者と呼ぶに相応しい少年が、視線一つで銀色狼を制したのだ! 彼は傷ついた姫君を抱き寄せ、そっと地面に横たえた後、熱い口づけを落とし」

「――ちょっと待った! なんか違うし!」

 おっさんの中でものっそい美化されてる! ドラマチックに脚色されてる!

 という心の声は、「きゃあ、恥ずかしいッ!」というペルルの歓声で封じられた。

 きっとこの二人、俺が寝込んでいる間に今の話を死ぬほど繰り返してきたんだろう。それを聞かされまくった神父様と村長がげんなりしている。

「いやいや、照れない照れない。私はしかとこの目で見たのですぞ」

「や、それはその……ちょっと顔を近づけただけだ! 呼吸を確認しようとして」

「ただ残念なことに、二人の熱い口づけの途中で意識が途切れてしまいましてな……気づけば五体満足ですやすや眠っていたという体たらく。ちなみにこの傷を治してくれたのもジロー殿で?」

「違います、俺は無能者だし!」

「ではやはり、あの銀色狼を操って治癒魔法をかけさせたということか! さすがは勇者殿!」

「はぁッ?」

 マズい、このままじゃドツボだ。口を開く度に俺は勇者ポジションに追いやられてしまう。

「違うんです、あの時は……そう、奇跡が起こったんです! 女神様の!」

「そうよ、勇者ジローは、私への愛のパワーで奇跡を起こしたのよ!」

 と、余計な補足をしやがったペルルが、またもや俺の胸に飛びついてきた。病み上がりな俺はそのままベッドへ押し倒される。

 大人たちは、それぞれに頷いたり、興奮したり、うーんと唸ってこめかみを抑えたり。

 意外とずっしり重たいペルルの身体に押し潰されつつも、俺は頭をフル回転させて。

「えーと、一つお願いしたいことが」

「なんでしょう、勇者殿?」

「勇者って言うのやめてください。いや、そうじゃなくて……今回の件は他言無用でお願いします。もしあの森に銀色狼が住んでるなんて知られたら、村の人たちも安心できないでしょうし。もちろん銀色狼の方も、人間に存在を知られたくないはずです。実際『凶雲』がなければ森の奥で静かに暮らしてたわけですから」

「ええ、分かっておりますとも。この件はここにいる者しか知りません。いや、他の誰に言ったところで、ほら話と笑われてしまうだけでしょうな」

「ええその通りです、学部長殿。よもやこの世に勇者が現れ、伝説の通りに銀色狼を撃退したなどとは……」

「ああ、素晴らしい。私は歴史の生き証人となったのだ……!」

 またもや大風呂敷を広げたおっさんら三人が感極まって涙ぐむ。

 その脇では村長が「念のため村の柵を補強しよう」と言って、しっかり頷いてくれた。この場に常識人が一人でも居るってことが本気でありがたい。

 っていうか、魔法学校の先生らに常識が足りないっていうのはいかがなものか。一応あの学校って、貴族の子弟やら国中のエリートが集まる名門校のはずじゃ……。

 ペルルに抱きつかれ、一週間分の汗が染みついた髪をくんかくんかされながら、俺がチラリと冷たい視線を送ってやると。

「実は、私の方からも一つお願いしたいことが……」

 髭のおっさんが顔を赤らめてもじもじし始めた。

 何やら嫌な予感がする。ローブを羽織っていないというのに、ヒシヒシとそれを感じる。

 俺が話も聞かずに「嫌です」と断ろうとしたとき。

「勇者殿……いや、ジロー君! 貴殿のような逸材を、神殿ごときに奪われるわけにはいきません。今すぐ我らと共に王都へいらしてください――我がリュミエール魔法騎士学校の特待生として!」

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