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その1 村人Aの生活

「よう、無能者!」

 午前中の鍛錬を終え、いつも通り村長の家へやってきた俺に、不愉快な罵声が浴びせられた。俺は羽織っていた黒いローブのフードを外し、視線を斜め上に持ち上げる。

 声の主は、村長の一人息子であるシモン。

 金持ちだけに良いものを食っているせいか、俺と同い年の十五歳にも拘わらず、やたらと図体がデカい。木造二階建ての屋根にも軽々と登り、優雅に日向ぼっこをしている。その脇では、取り巻きたちが今にも転げ落ちそうな傾斜の上で震えていた。

「朝っぱらから剣の修行に、午後はみっちりお勉強か、無能者は大変だなぁ」

 毎度ワンパターンな嫌味だった。俺は一切反応せずクールに切り返す。

「そんなとこで油売ってていいのか? そろそろ授業が始まるぞ」

「バァカ、サボるに決まってんだろ。こんな村で読み書きが出来て何になるっていうんだよ。それより度胸を鍛えた方がよっぽど役に立つ――なあ、そうだろお前ら?」

 取り巻きの少年たちが一様に頷くのを見やり、満足げに目を細めるシモン。俺が小声で「アホか」と呟くのにも気づかない。

 どうしてコイツは、毎度同じ轍を踏むんだろう?

 こうして俺に突っかかれば、何が起こるかなんて分かりきってるのに……。

「だいたいオレらはなぁ、お前みたいな『無能者』とは違うんだよ。お前がいくら身体を鍛えたところで絶対追いつけない“力”がある。お前は野良仕事もまともにできねぇし、ましてや魔獣と戦う冒険者になんてなれねぇからな。せいぜい一生懸命お勉強して、役人にでもなってせこせこ生きていくしか」

 という流暢な台詞が、ピタリと止まった。

 たぶん、俺の背後から近づいてくる、猛獣のごとき気配をようやく察して。

「……私のジローをよくもバカにしてくれたわね……ぬっ殺す!」

 風のように現れた白いワンピース姿の美少女が、屋根の上に向かって杖を突きつけた。深紅の魔石がはめ込まれた杖の先から、太陽のごとき煌めきが放たれ、それはみるみるうちに一匹の大鷲へと姿を変え……。

「うわあぁぁぁ!」

 屋根の上の少年たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。羽ばたき一回で天高く舞い上がった大鷲が鋭いクチバシでそれを追いかける。

 よそ者が見たなら腰を抜かすだろうこの光景も、うちの村では日常茶飯事。

「そのくらいで許してやれよ、ペルル」

「なぜ?」

 トン、と杖の先を土の上に乗せ、ペルルが小首を傾げた。

 光の精霊がまとわりついているのか、風も無いのにサラリと揺れる絹糸のような銀髪。キラキラ輝くブルーの瞳は、本物の宝石よりも美しい。小さな鼻と小さな赤い唇は、幼さと愛らしさを同時に醸し出し、ふっくらした白い頬は怒りのため微かに紅潮している。

 あれから十五年が経ち、ペルルは誰もが認めるパーフェクトな美少女に成長した。

 しかし、すでに“三十路”の俺からすると、まだまだ乳くさいガキンチョだ。

 すっかりへそを曲げたペルルを宥めるべく、俺はその華奢な肩をぽんと叩いた。

「シモンは確かにアホだけど、一応この村の跡取りなわけだし、万が一怪我でもしたらお世話になってる村長さんが悲しむし」

「いっそアイツがこの世からいなくなればいいのよ。そうすれば、村長は賢くて優しいジローを養子に迎えるでしょ? 私は村長になったジローのお嫁さんになるの。それで子どもを七人産んで、親子九人でジローが発案した『やきゅう』を広めるべく世界を旅する家族チームになるのよ!」

「なんか話ズレてるし。つーか世界回ってたら村長の仕事できねーし」

「そんなのシモンあたりにやらせればいいでしょ。とにかく私はジローと一緒にいられればいいの!」

 発言に矛盾があることにも気づかず、ビシッと言い放つペルル。腰に手をあて、平坦な胸をグッと張ってみせる。

 ペルルが俺に寄せる好意はどこまでも純粋無垢で、まるで母親を求める雛鳥のようだ。俺の胸は罪悪感でチクンと痛む。

 ……こんなことになるなんて、“あの時”は思わなかった。

「それで、返事はどうなの、ジロー? 私を村長夫人にしてくれる?」

 キラキラとした、期待に満ちた眼差しでこっちを見上げるペルル。俺は宝石のごときその瞳から目を逸らした。

「まあ、そのプランは却下だな」

「なぜ?」

「俺は来年この村を出るからだ。村長の嫁になりたいなら、シモンと結婚した方がいい」

 と、軽く言ってみたところ。

「……ううっ……ひっぐ……」

 ペルルが泣いた。

 ブルーの瞳から大粒の涙をポロポロ零し、ワンピースの胸元をしっとりと濡らしていく。俺はもう何度目か分からないため息を吐いた。

「ったく、なんで泣くんだよ……」

「ジローは、私が、嫌いなの……? 私は、ジローを愛してる。ジローのためなら、命だって賭けられるわ」

「そういう過激なこと言うの止めろって言っただろ」

「だって、ジローが、あの頭空っぽなアホ男の嫁になれなんて言うから……」

「いや、それは言葉のアヤというヤツで」

「だったら、私をお嫁さんにする?」

「つーか、俺たちまだ十五歳だぞ。そういうことは、十八歳おとなになってから考えればいいことで」

「あと三年も待てない。今すぐ結婚して。私がこの力で、ジローを一生守ってあげる」

 俺の胸にすがりついてきたペルルが、もう何度目か分からないプロポーズの言葉を告げた。聞き慣れた台詞とはいえ、やはりドキッとしてしまう。

 眩い太陽に照らされたペルルの姿は神々しいまでに美しく愛らしく、まさしく絵画に描かれる女神のよう。シモンを含め、村の少年たちは皆密かにペルルを狙っていて、だからこそ俺に突っかかってくるのだ。

 でも、そんな嫉妬をされるのはお門違いだと思う。

 ペルルは俺を異性として好きなわけじゃない。ペルルの中に流れる“魔力”が、本来の持ち主である俺を求めているだけ。

 ……なんてことは誰にも言えない。

 村一番の識者である村長にも、育ての親である神父様にも、もちろんペルル本人にも。

 もし口に出したら、きっと頭がおかしくなったと思われてしまう。

 この世界において『魔力の譲渡』は有り得ない。傷ついた相手に癒やしの魔力を注ぎ込むことはできても、魔力そのものを譲るなんてことは。

 ましてや、生まれたての赤ん坊がそんなことをするなんて……。

「ひとまず泣き止め、ペルル。授業が始まるぞ」

 遠慮なく全力でしがみついてくるペルルの身体をずりずりと引きずりながら、俺は村長宅へ向かった。

 俺が教師となり、村の子どもたちに読み書きを教える“寺子屋”へ。

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