死神レポーター
死後の世界というものは誰も目にした事がなく、誰も知らない世界である。天国だとか地獄だとか、死神だとか閻魔大王だとか、そんなのは人間が勝手に作ったものだ。実際には死んだ後には何も残らないし、何もない世界に行ってしまうだろう。しかし本当に何もないかすらわからない。死後の世界が何もないと証明するのは、まさに悪魔の証明である。
だからこそ、人々は様々な死後の世界を考えるのである。
たとえば、こんな世界だったらどうだろう。
―死後界プレス本部―
毎日何千、何万、何億……無数の死者が訪れる死後の世界、死後界に存在する、死者の魂のために届ける新聞や雑誌を製作する会社である。死後界では人間はもちろん、動物、植物、あらゆる生物の死者の魂がここに集まってくる。無数にある魂は日々増えていくものだが、増える一方で地上界に新しい生命が生まれればその分魂は減っていく。
こうして、地上界の生と死の循環路となるのが、この死後界である。
これら死後界の住人、すなわち魂たちに地上界の情報を伝えるのが、「死後界プレス」という会社の役割である。もっとも、「地上界」といっても地球上に限定されるが。
今日も従業員たちは、地上界の情報集めに右往左往している状態である。
「えっと、お姉ちゃんが働いている部署は……」
今日初めてこの会社に訪れたカルチェは、ここで働いているという姉の姿を探した。彼女の姉の手紙では、「立派なレポーターになったから来て欲しい」とのこと。ちょうどカルチェもここで働くことになったため、まずは姉の元へ、と思ったところである。
「こらぁぁぁ!また変な文章書きやがってぇ!」
「す、すみません、編集長!」
会議室から聞こえてきた甲高いこの声は間違いなく姉、アティカである。と、突然会議室の扉が開いたかと思うと、アティカがものすごいスピードで飛び出し、どこかに行ってしまった。
「お姉ちゃん、どうしたんでふか?」
その呼びかけに、時速100キロで走行中の車が急ブレーキを踏んだ感じの音を出しながら、アティカは止まった。「停止した」と表現したほうがよいだろうか。
「おお、わが妹よ、お前ならお姉ちゃんのこの芸術的な記事が理解できよう!」
そう言うと、いきなりカルチェの前に原稿の束を差し出した。
「えっと、なになに?」
軽く目を通した結果、あきれたタイトルの記事が並んでいて中身を読むのも面倒になった。
"死者は見た!幻命陽炎の執念!"
"ご案内! 秘密の花園への誘惑"
"激白! あの暴力団の幹部と有名芸能人の水川湖沼の関係が明らかに!"
"謎の光生命体、にゃささんの秘密に迫る!"
「……これはオカルト雑誌かなにかの記事でふか?」
「何を言ってるのよ、これぞ新聞の記事って感じでしょ!」
「幻命陽炎とか秘密の花園とか、どう考えてもオカルトでふ。それと水川湖沼の関係ってどれだけずぶ濡れな関係なんでふか」
ぺらぺらと記事をめくりながら、カルチェはため息をつき始めた。
「そ、そんなに私の空想力を否定しないで欲しいわ!」
「なるほど、最近よく聞く歩く捏造大辞典とはお姉ちゃんのことだったんでふね」
「あうぅ……」
どうやらアティカは取材がろくに出来ず、適当なことを記事にしているようだ。
「どうやらぼろがでたようでふね。どうせにゃささんっていうのも空想上の動物で……」
「ち、ちがうわよ! ヨーコナンっていう人から聞いた情報でね、体長約2メートル、自分たちの想像の世界に住んでて、当事者同士でしか見えなくて、それでたまに自分自身がなってしまうという……」
「文章が支離滅裂で意味不明でふ。そんなんだからまともな記事がかけないんでふ」
「むぐぅ……」
妹にダメ出しされっぱなしになり、アティカはがっくりとうなだれた。
「そうそう、私も今日からここでレポーターの仕事をすることになったんでふが、最初の仕事は誰かのレポートの様子を見てくるようにっていうことでふ。だからお姉ちゃんの次の仕事についていくことにするでふ」
「まあ、さすがわが妹。お姉ちゃんの仕事っぷりをしっかりと見たいというわけね♪」
「というより、お姉ちゃんが仕事をサボらないように監視するためでふ」
「……」
とりあえず次のレポート先を聞くため、今まで書いた記事をほっぽらかして再度編集長の元へ向かった。
「おや新人君かい?名前は?」
「カルチェと言うのでふ。いつもお姉ちゃんがお世話になっていますでふ」
「なるほど、そこの妄想レポーターとは違って礼儀は出来ているみたいだな」
編集長はアティカの方を向いて言った。
「……私、そんなに礼儀ができていませんか?」
「まあそれはともかく。……えっと、次のレポート先は……まだ決まってないようだな」
「な……だ、だって毎日死者は数万数億と発生しているじゃないですか! だから1人くらいは……」
「人間がそんなに毎日死んでいたら人間はとっくに滅びてるよ。昆虫全部だとわかんないけどね。じゃあ昆虫のレポートでもしてくるかい?」
「あうぅ、それは……」
死者界には人間だけでなく、昆虫たちの魂もやってくる。当然昆虫の魂にもレポートできるが、そんな人間レポーターあまりいない。もちろん他の動物へインタビューすることもあるが、それはそれで大きな出来事がない限りはあまりやらないことだ。大抵は種族ごとで雑誌発行を行っているので、多種族へ関与することはあまりない。
「……お、新しい情報が入ってきたぞ。今日の午後4時、事故で死ぬことになっている人間がいるらしい。その人間のインタビューでもしてきなさい。場所はこの地図に書いてあるとおり……」
編集長はアティカに地図を渡し、場所を指し示した。
「あ、それと新人君……カルチェ君といったかな。君はこの新聞記事を読んで記事の書き方を勉強すること。それと、アティカ君のそばでレポートの方法を見ていること」
編集長はカルチェに死後界の新聞、"死後界プレス"を渡した。
「わかりましたでふ。勉強をかねてしっかりと姉の監視をするでふ」
「……かわいくない妹めがぁぁ!」
かくして次の仕事も決まり、アティカとカルチェは現場へ直行することになった。
死後界から地上界を見るためには、会議室にある特殊なスクリーンを用いる。
そこに見たい場所を入力すれば、その場所の様子が見れるのだ。
「えっと、日本地区の東京都OD18-F2T0B地区っと……なんでこんなややこしい番号なの」
「なるほど、これで地上界の人間の死に様が見れるというわけでふか。レポーターというのは非常に趣味が悪い仕事でふね」
「妹よ、そう言っているが今日からお前もその趣味が悪い仕事をするわけだが……」
などとやりとりをしているうちに、地上界の様子が現れた。少し田舎であるようだが、交通量の多い道路の交差点の様子が映し出されていた。
「なるほど、これだけ車が通っていたら事故の一つや二つは起こるわけでふね」
制限速度40キロの道路を、明らかにそれよりもスピードを出して走っている車が多い。通学路であるのか、子供たちが歩く姿がよく見られる。
「そういえば、事故で死ぬ人間って、どんな人間か知ってるでふか?」
「いや、私もしらないのよ。大体、あの編集長、誰かが死ぬことはわかるくせにその人間の特徴を教えてくれないのよ」
「そりゃまだ死んでないからでふ。そもそも誰かが死ぬのがわかっている時点でこの新聞社でなく予言会社でふ」
「この前なんか人間じゃなくて宇宙人だったのよ。それで久々にまともにインタビューして記事書いたら、『誰が宇宙人なんか信じるかぁ!』とか言われて没にされちゃったのよ。まったく、こっちはいい迷惑だわ」
「その話を聞いて捏造だと思わない人間のほうが不思議でふ」
あちこち目を光らせるが、とても事故は起こりそうに無い。
と、思った瞬間、リュックを背負ったやや太めの男がふらふらと道路へ向かっているのが見えた。
「あ、あの男の人ではないでふか?きっと飛び出して事故に遭うんでふ」
「な……ま、待て、あんな一般人が死んでもまともな話は聞けん!どうせ萌え萌えフィギュアの自慢でもされるんだ!」
「さすがは編集長、ああいう人間ばかりお姉ちゃんの相手にさせてるなんて、さすがに立派な人ではまともなインタビューができないとよくわかっているでふ」
「待て貴様、微妙に難解な文章にて私にさりげない悪口を言わなかったか?」
そうこうしているうちにその男はふらふらと道路の方へ向かっていく。もちろん車はびゅんびゅん走っている。事故に遭うのは必死だ。
「ま、まってぇ!あなたはこんなところで死ぬような人間じゃないわ!ちょ、まだ車走ってるじゃない!早く止まりなさい!あぁ、道路に出ちゃダメ! 止まりなさい!止まれ!お願い止まって!止まってくれたら私の巨乳をプレゼントするから!」
「お姉ちゃん、そんなお願いは地上界に届くはずないでふ。そもそもお姉ちゃんは貧乳でふ」
毒舌を吐きながらカルチェは地上界の様子を見ていたが、ふらふらしていた男は突然立ち止まり、右方向から恐ろしいスピードで車がやってくるのに驚き、あわてて歩道に戻った。
「ふぅ、やっぱり美人の願いは通じるものね」
「どこがでふか。単にたまたまあの男の人が我に帰っただけでふ」
「いいえ、これは天の神である私が彼に与えた啓示であり……」
アティカが言いかけた瞬間、雷音かと思うほどのブレーキ音が聞こえた。
あわてて画面を見ると、そこにあったのは道路の横で倒れておびえている少女、道路に対して垂直方向に向いている、フロントガラスが砕けたトラック、そして、血まみれで横たわっている、見た目60代後半といった男性の姿だった。
恐らく道路に飛び出した少女を助けようと、男性が飛び込んだところをトラックにはねられたのだろう。
「……完全に死んだわね。これだけ頭蓋骨を砕かれたら私だって死んじゃうわよ。」
「あの……そちらさんはこの様子をみてなんとも思わないのでふか?」
「記者はそんな感情を持たないものよ。さて、仕事仕事。あの人のインタビュー行くわよ!」
「え、インタビューって……お姉ちゃん!」
突如走り出したアティカに驚き、あわててカルチェもついていった。
死を迎えた魂は、何処からともなくふらふらと死後界にやってくる。その魂をレポートするレポーター達は、広い死後界の中対象の魂を捜さなければならない。
……とはいっても、スクリーンで死者を確認していれば、後は別のモニターで追跡が可能である。
「……全部の魂にGPSでもついているんでふか?」などとカルチェが問うが、アティカは颯爽|<<さっそう>>と原稿用紙を持ってレポート対象の元へ駆けつける。
「あ、いたわよ、あのおじいさんね」
何処に行くあてもなくふらふらと歩く、というか浮遊している老人。まさに、事故に遭った男性だ。
「こんにちは、死神レポーターです。今日はあなたの死に様についてインタビューしに着ました」
「『しにざま』というのはどうかと思うのでふが」
さっき自分が同じ言葉を用いていたことも忘れてカルチェは姉につぶやいた。そんなやり取りを見て男性はきょとんとしていたが、すぐに頷いて応じることを示した。
「では、まず何故少女を助けようと突然飛び出したのですか?」
ブレーキ音で気が付いたのかと思ったが、案外アティカは画面をずっと見ていたようである。
「……気が付いたら、といった方が正しいのか……」
男性は徐々に語り始めた。
「わしにも孫がいたのじゃが、交通事故で亡くなってしまったんじゃ。だから、同じくらいの年頃の子が飛び出していくのを見て、体が勝手に反応したんじゃろうなぁ……」
うつむきながら、物寂しそうに話す。詳しい話を聞くと、孫を失ってからというもの、生きがいを無くし、何をするにも上の空な生活が続いていたのだそうだ。そんなときに、飛び出す子どもを見て黙ってみていられなかったらしい。
「……だからって、そんな無茶なことはいけないでふ」
「まあ、わしも先は長くないからのう。少しでも将来がある子どもにこの命を分けることが出来たのなら、わしは幸せじゃ」
そういうと、男性はとぼとぼと当てもなく歩き始めた。それをアティカたちは止められなかった。
「……インタビューへのご協力、ありがとうございます」
このニュースは人間の魂の間で大きな話題となった。
余命幾ばくも無い老人が、未来ある子どもを救った悲しい事故。この出来事に、大きな感銘を受けたものも多かった。
「よっしゃ、これで社長に昇格よ!」
「たまたま良質な記事が一本かけたぐらいで社長になれたら、運がいい人は皆社長でふ」
「何を言う、きっと編集長もさぞご機嫌で私を誉めてくださるに違いない、そして私は大金持ちに……妹よ、欲しいものを何でも言うが良い!」
「だからたまたまいい記事が一本かけたくらいでそんな大金がもらえるはずがないでふ」
とカルチェが言っているそばから編集長がやってきた。
「ほら見なさい、今から私に多大なる褒美を下さる親方がやってきましたぞ」
しかし編集長の顔はあまり良い顔ではない。
「そこにいたか、アティカ君、捜したよ」
「あ、編集長、こんにちは」
「今回は実に良く書けた記事だった。しかし……」
"しかし"という言葉に姉妹は目を合わせた。
「しかし、今回の君のインタビュー対象ではないのだよ、あのご老人」
「……は?」
「いや、あのご老人は本来昨日事故で亡くなる予定ではなかった人物なのだ。本来の対象は彼だよ」
そういって編集長が見せた写真には見覚えがあった。あの事故に遭う寸前で車を回避したオタクそうな男である。
「何かの不都合で事故に遭わなかったらしいが、ついさっき事故で亡くなった。ということで東京AK88R-MEME地区をチェックしてインタビューしてこい!」
「……いや、その前に昨日の記事のお褒めの言葉を……」
「さっさと行ってこい!」
「ひぃぃ!わ、わかりました!」
慌ててアティカは現場へ向かった。
「いやぁ、あの時は死ぬかと思ったよ。天の女神様が『あなたは死ぬような人間ではない』とおっしゃり、我に返りましたね。その瞬間目の前を車がものすごいスピードで駆け抜けていったので、危なかったわけですよ」
魂までリュックを背負った、いかにもオタクな人物のインタビューを、アティカは行っている。
「はぁ……」
アティカに既にやる気は見られない。
「もともと二次元しか信用してなかったんだけど、やはり三次元にも女神様はいるものだね、いやぁ、女神様もえ~」
「よかったでふ。お姉ちゃんの声は届いたみたいでふ」
「う、うるさいわねぇ」
「あ、そういえば巨乳をどうとか言ってなかったでふか?」
「え、いや、あれは口からでまかせで……」
「な、巨乳ですと!?女神様は巨乳まで見せてくれるのですか!まああなたは違いそうですけど」
「まあ、お姉ちゃんは巨乳じゃないから女神にはなれないでふね。それはそうと車が欲しいので今度買っておいてくださいでふ」
「うがぁぁぁ!こいつら調子に乗せておけばぁぁぁ!」
そんなこんなでこの男のインタビューは夕方まで続いたが、まともな記事になるはずも無く、編集長からこっぴどく怒られた。
「……ところでお姉ちゃん、私たちはどうやってここに来たのでふか?」
はじめまして、フィーカスというものです。別に妖しいものではありません。
何故か大学の卒業論文に載せようとした作品なのです。一応、「美人姉妹の不思議職業」というシリーズでいろいろ考えようかなぁ、と思っていたうちの1つ。今のところもう1作品書きあがっていて、これは2作品目。
主人公のアティカとカルチェという2人の姉妹が、いろんな変わった職業を体験する……というものです。
他のものも考えているのですが、まだ文章化までは至っていないのです。
ちょっと展開が駆け足過ぎる感じがして、未熟な部分満載なのです。
ちなみに「アティカ」は「記事」を意味するarticleから、「カルチェ」はパリの地名の「カルチェラタン」から。
感想とかいただければありがたいです( ・_・)ノ