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星の王子さま-ma petite fille-
作:あいぽ



第4章 孤独な夜に


「やっぱり来てくれたんだ…」


まるで、自分を待ってたかのように微笑みかける『星の王子さま』の持ち主に聡史は絶句してしまう。

君は一体何者で、ナゼあの時南青山医科大にいたのか、ナゼ自分を呼ぶかのように本を落としたのか、そしてナゼこんな所にいるのか……、その少女に聞きたいことは山ほどある。しかし、聡史は立ち止まったまま、心に浮かんだ言葉を口に出すことができなかった。
触れれば今にも壊れてしまいそうなほど、どこか儚げで神秘的なその笑顔に、言葉が全て呑み込まれてゆくような感覚だった。



「ノヨリサトシ、元南青山医科大学、胸部心臓外科、医師。若干35歳にして、その卓越したオペ技術により、天才外科医だと称せられる……、ちなみに、独身。」


その少女は、座っていた像の前からひょこっと立ち上がり、まるで昔から聡史を知っているかのような口調で滑らかに話し始め、戸惑う聡史に一歩づつ近づいてくる。

「…な、ナゼ僕のことを…」


「ははっ!! ナニそんなお化けでも見るような顔してるの、先生。今朝、始業式で校長先生がそうやって先生の事、紹介してたじゃん。」


その少女は、首を横にかしげて、聡史を覗き込むようにして、今度は無邪気な笑顔を聡史に向ける。


……からかわれている。
明らかに自分は、この年端もいかない、見ず知らずの少女にからかわれている。
自分は、なんでこんな少女のために、ここまでして本を届けようと思ったのだろう。

聡史の心に自己嫌悪の念が一気に押し寄せてくる。


所詮は、子供。
きっと、何かの気まぐれか、イタズラ心で、本を落として、誰かをからかおうとしたのだろう。そして、自分は、その少女のイタズラにまんまとはまった情けないオジサンと、少女は笑っているのだろう。

聡史は、むっとした表情で横を向き、少女から目線をそらした。
そして、さっさとこの場を立ち去ろうと、鞄から本を取り出そうとした時だった。


「……ねぇ、先生。母さんと一緒に夢を見るってどんな気分なんだろう。」


少女は、唐突に聡史に問いかけてきた。
さっきまで聡史をからかっていた無邪気な笑顔は消え、どこか寂しげで囁くように聡史に訴えかけてきたのだ。


しかし、全く質問の意味も、意図も分からない聡史は、はんば呆れながら、「…それ、ちゃんと返したから。」と少女の手に『星の王子さま』を強引に渡し、くるりと背を向け立ち去ろうと歩き出した。


「…ねぇ、答えてよ!! 母さんと一緒に夢を見るってどんな気分なの!!」


歩き出す聡史の背に、今度は大声で少女が問いかけてくる。
CCレモンホールの前の大きな道路を行き交う人が驚き、振り返られた聡史は、少し恥ずかしくなり、少女の元へ駆け寄る。

「…なぁ、もういいだろ。僕は、その本を届けに君の元まで来てしまった。君のイタズラは成功だ。もう、僕と君はこれで関係ないんだ。」


聡史は、諭すようにその少女に説明して、早くこの場を立ち去ろうとする。

もともと、他人と関わりあうのが苦手な聡史は、特に人間関係において面倒な事は巻き込まれれそうになると、絶対避けて通って生きてきたのだ。


「…ねぇ、答えてよ、先生……」


しかし、迷惑そうな表情で立ちすくむ聡史にお構いなしで、その少女は聡史に話し始めた。


「今日、ここでコンサートやってたアーティストなんだけどね、3歳の頃から『歌手になる』って夢を母さんと二人で追いかけてきたの。母さんは、娘を歌手にするためには、上京させたり私立の学校へ行かせたりと、お金が必要なんで、必死に働いて、働いて…ボロボロになるまで働き続けた。そして、それに応えるように、娘も歌手になるために、路上で1000回のライブをやろうと決意して、東京の路上でライブをやり続けた。雨の日も…風の日も…誰も立ち止まらなくても…。どんなに、辛くても、二人は『夢』という絆で繋がっていたから、頑張ることができた。」


「…………」


「……彼女が歌手になるために、頑張ってきた事って、きっと私たちでは想像出来ないくらい頑張ってきたんだと思う。だから、彼女の歌を聴くと、どんな絶望の中にいても、彼女のように強く生きようよ思う。」


「…………」


「だけどね、……彼女は幸せだったのかもしれない。だって、母さんと一緒に夢を追いかけることが出来たんだから。母さんにいつも愛されてたんだから……。」


一瞬、少女の黒々とした清らかな瞳から、涙が頬を伝ったのが聡史には見えた。


「君のお母さんは……」


聡史は、寂しげな表情を浮かべる少女に、思わず問いかける。


「……死んじゃった、去年。『愛』も『夢』も何も残してくれず、ただ私だけを残して死んじゃったんだ……。」


少女は、唇をかみ締めながら遠くの空に目をやる。
それはまるで、今にもこぼれてきそうな大粒の涙を、瞳から落とさぬよう必死に堪えているようにも見えた。


「……ねぇ、先生、なんで私は生まれてきたのかな?」

「この大きな世界で、一人ぽっちになるために生まれてきたんだったたら、生まれてこなきゃよかったのに。」


少女は、母の死を悲しんでいると言うより、まるで自分を生んだ母親を憎んでいるように唇をかみ締めていた。


「……私ね、望まれて生まれてきた訳じゃないんだ。母さんがね、20歳の頃、男の人と駆け落ちして生まれてきた子供みたい。私が生まれてすぐ、その男の人は母さんの元を去っていった。残された母さんは、家を飛び出したてまえ、実家には帰ることが出来ず、ボロアパートで必死に私を育てた。でも、それって、私を愛してたからじゃなく、きっと私を生んでしまった責任感からのようなものよ。」


「……母親が娘を愛していないだなんて、まさかそんな事…」


「…あるんだ。だって、母さんが私を育てたのは、親戚連中への体裁だけだもん。男と駆け落ちしたあげく、子供だけ生まされて、男に逃げられた情けない女っていうレッテルを破りたかっただけよ。だから、貧乏なのに、無理して、私に必死に塾通いさせて、私立の中学校に行かせたり……表参道女子高を受験させたのも、ここが全国で一番偏差値が高かったからだけよ!! でも皮肉なもんよね、娘を立派にエリート高校に進学させて、これで胸を張って実家に帰れると思ったら、その矢先に過労で死んじゃったんだから。」


少女は、皮肉っぽく笑った。
その表情は、自分が生まれてきたことへ対しての憎しみと寂しさが入り混じっているようだった。

聡史は、何も言えなかった。
我が子を愛さない母親なんて、この世に存在するのだろうか…?
親戚への体裁のためだけに、我が子を育てた…?
そんな馬鹿な話が、あるわけない。


しかし、もしそうだとしたら、それは大学病院の教授や医師連中、そして今朝、体育教師が話していた学校の校長や教師たちと同じじゃないか。
いつから、社会はこんな風になってしまったのか。
もし、ただ人の目や体裁だけを気にすることが、この社会というシステムの中で生きてゆくために必要な事なのだとしたら、最終的に、そこには一体なにが残るというのだろうか?

そこには、ただ『孤独』というものが生み出されるだけなのかもしれない。

人はただ、『孤独』を背負いながら、社会という名のルールに従い生きてゆく。


「……ねぇ、先生。これ知ってる?」

ふいに、少女は持っていたバックから1冊の手帳を聡史に見せる。

「……これは!?」

その数十ページにわたる手帳の中身はほとんど真っ白で、1ページ目にその少女が1人だけで写っているプリクラが1枚だけ貼ってあった。

「プリクラノート。クラスの女の子たちはね、友達とどこか出掛ける度に、プリクラを撮ってそこに貼っていくの。そのノートにプリクラがいっぱい貼ってる子ほど、友達が多くて人気ものってバロメーター。だから、みんな競い合ってプリクラ撮って貼っていくの。」


「…………」


「……ははは、ちょっ、先生。そんな哀れむような目で見ないでよ。別に私、気にしてなんかないから。別にプリクラたくさん貼ってたって、そんなの見せかけの友達じゃん。知ってる、先生? 女の子の世界ってね、結構激しいんだよ。嫉妬とか、ねたみとか裏切りって。」


「…………」


「……どうせ、見せかけの友達なんていらないよ。見せかけだけの母親に私は育てられたんだから。……だからね、私、友達になろって声かけられた時、絶対試すんだ。その子が、デートとか大事な予定入ってるの知ってて、無理やりその日に遊びに行こうって誘うの。そしたらね、みんなどうすると思う?」


「……ど、どうするって言われても。」


「みんなね、見えすいた嘘や言い訳ばっか。デートならデートって言えばいいじゃんね。だから、私、そんな子とはもう口聞かないの。だって、見せかけだけの友達なんて必要ないじゃん。結局みんな、自分が独りだって思われたくないから、見せかけでもいいから友達を増やしたいだけなんだから。」


聡史は、空を仰ぎながら大きなため息をついた。
教室という小さな社会の中でも、人の目や体裁というものがあるのか…!?




「……だからね、先生も試したんだ。…私。」



………!!!



少女の話を聞き、思わず色んな事を考え込んでしまっていた聡史の耳に、自分を呼ぶ少女の声が聞こえた。
彼女は、今まで見せていた無邪気な笑顔でも、寂しそうな表情でもなく、どちらかと言うと、少し照れくさそうにうつむきながら聡史に言った。


「あの日…南青山の病院の受付でね、すごく落ち込んだ顔して立っていた先生を見つけたの。……あの時の先生、何もかもに見捨てられて、一人ぽっちになったて顔してた。だからね、1人ぽっちの辛さ分かる人なら、もしかして私の気持ちも分かってくれるかなって、わざとぶつかって本を落とした。あの時は、どこの誰かも分からない人にね。……もしこれで。私を見つけて、私の元に来てくれたら、もしかして運命なのかな…なんてロマンチックな事考えたりして、少し楽しかったなぁ。」


「……で、まんまと僕は君の元に来た訳だ。」


「まさか、私が本を落とした相手が、大学病院の先生で、しかも私の学校の校医としてやってくるなんて、すっごいビックリしたんだよ。……でね、運命の再会に感動した私は始業式が終わったあと、わざと医務室の窓から私が見えるように、窓のそばの近くを通って校門まで歩いたの。……先生が私に気づいて、必死に私を追いかけてくれている姿を見たときはホント嬉しかった。」


少女は、まるで宝物でも見つけた無邪気な子供用に、黒い目を輝かせて必死になって聡史に話した。


聡史は、自分に対して『運命の人』だと、無邪気に笑う少女を見て思った。

社会というシステムの中で、自分は反骨精神を持つほど若くはないし、別に取り立ててそれを否定する訳ではない。ただ、人の欲望であったり、見栄や体裁、そんな煩わしいものから開放されたかったんで、人とは深く関わり合わず、自ら『孤独』を選んで生きてきた。
しかしこの少女は、母親から愛されなかった事により、教室というその小さな社会の中で、クラスメイトに『愛』を求めれば求めるほど、もしかしたら『孤独』になっていったのかもしれない。
きっと、自分がこの少女を追いかけたのは、あの時病院で一瞬目が合った時、この少女の意図的なものであるとしても、彼女から溢れでる孤独感が、どこか鏡に写った自分を見たような気がしたからなのかも知れない。


……ただ、自分はこの彼女の孤独を救ってやることは出来ないし、ましてや20歳も年下の彼女を愛してやることもできない。

ただ……

こうやって、不思議なめぐり合わせで出逢った彼女に出来ること…


聡史は、自分の鞄に手を突っ込み、何かを探すように中を覗き込んだ。


「なにやってんの、先生?」


「ん!?……いいから。ちょっと待ってて。」


「……もう、なに、なに? 気になる?」


「よし!! 出来た!!」


聡史は、自分の鞄の中から、何か取り出したかと思うと、その少女にさっき見せてもらった手帳を開いて、彼女に返した。

とたん、その少女は照れくさそうに微笑んだ。


「……もぅ、なにコレ!? 先生ださいっ。」


「白黒で…証明写真だけどさ、今日校長先生に提出する履歴書用に撮って余った写真だ。」


「……しかも折れ曲がってるし、なんかシワくちゃのおじいさんみたいだよ。」



聡史が手帳に貼り付けた、少し折れ曲がった白黒の証明写真を見て、嬉しそうにぷっと笑う少女につられて、気がつけば、聡史も思わず照れくさくなって笑ってしまった。


「ねぇ、先生。サトシって先生の名前、漢字でどんな風に書くの?」


「耳を書いて横に公、その下に心。シは…歴史の史だ。」


すると、少女はいきなり聡史から少し離れて、大きな声で嬉しそうに聡史に言った。


「私と一緒の漢字だ!! 史華フミカ!! 私…1年A組岡本史華!! 歴史の史に、華って書くの。」


まるで生まれてきたばかりの赤ん坊が、大きな声で産声をあげるように、史華の声は、その日の冬の夜空に響き渡った。






―――例えば二人の出逢いが
必然であっても
ましてや運命だとしても
あの夜の僕たちは
まるで小さな磁石が
ひきつけ合うかのように
心の中の互いの『孤独』が
僕らをひきつけ合ったのかもしれないね













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