1章-9 魔術講義
サフィリアは、少し考え込んでから口を開いた。
「ガイスたちは私達の様子が全く分からないの」
「こっちも同じだろ?」
「違うわね、こっちはディテクション(探知)の魔術を使えるもの」
「だけど、それを防護されているんだろうが」
「使えない事と、防がれる事は違うの」
わけが分からなくなって、シーグは髪の毛をグシャリとかき混ぜた。
「逆に考えてみて。魔術で探知できない場所にガイスたちがいるってこと。彼らの使った探知防護は例えるなら、強大な城壁を作ったり、大きな袋をかぶって歩いているようなものね。何をしているかはわからないけど、何処にいるかを見つけるのは簡単なの」
「じゃあ、あんたがこっそり近づいて、風の魔術で奴らを奇襲するっていうのはどうだ?」
「それは出来ないの。魔術師は特別な感覚があるから。魔術師が近づいて来た時、近くで魔術が使われた時には眠っていても気づくわ」
「殺気みたいなものか」
サフィリアはうなずく。
「だから、魔術師が魔術師を不意打ちするのは不可能なの。出来るとしたら、あなたやアイフェのように魔術師じゃない人間だけよ」
「意外と制約があるんだな。で、警戒しなくていい何とかと何とかの魔術っていうのは?」
「覚えるつもりも無いなら、説明しないわ」
「じゃあ、気になる4つの魔術っていうのは何だ?」
サフィリアの嫌味交じりの言葉をシーグは軽く受け流す。
「正確には魔術じゃなくて、その系統なんだけど――」
シーグは眠たそうにまぶたを閉じて、寝たふりをした。サフィリアは大げさなため息をついた。
「簡単に説明するとね、ブラスト(噴出)は対象に向かってエネルギーをぶつける魔術よ」
「つまり、ガイスが放った的外れの火の玉。あんたが正確に打ち込んだ、殺気丸出しの風や水だな」
「何がいいたいことでもあるの?」
「気のせいだ」
「……プロテクション(防護)は魔術や物理的な攻撃から護る時に使うの」
「飛び散った岩の欠片がガイス達の目前で、はじかれたな。それに、さっきの探知防護がそれか?」
「ええ、そしてエンハンス(向上)は魔術の対象になった者の能力を上げることができるわ」
「じゃあ、ガイスが投げる火の玉の威力がどんどん上がっていたのは」
「後ろにいる青マントがエンハンス(向上)で援護していたのね。そもそも、セブン・パワー・インテグレーションは、エンハンス(向上)の効果を極限にまで高める陣形なの。分かった?」
「言葉の意味はよく分からないが、とにかくすごい威力になるわけか」
サフィリアはしぶしぶといった様子でうなずいた。
「最後のひとつがエンチャント(付与)。何かに魔力を加えて変化を起こすことよ。分かる?」
「分からん」
「……青マントが魔術を使ったのにガイスが空に浮いたでしょ。あんな風に人や物に魔術を付与するの」
「他にはどんな事ができるんだ?」
「定義が広すぎて特定できないわね。応用しだいで何だってできる。魔力を帯びた品物を作るときにも使うし、物に魔力を与えたり、小さくしたりできるわ」
「紙が湯気を立てる肉に変わったりしたのはひょっとして、それか」
「温度や状態まで保存できるのは、相当強力なエンチャンター(付与魔術師)よ。応用を順番に言えば、それだけで半日は過ぎるわ」
「じゃあ、戦いに限定すると、どんな使い方があるんだ?」
「そうね、弓から放たれた矢を魔術で固めて仕込んでおくの。すると、矢の威力も方向も保存されていて、解除の呪文ひとつだけで飛んでいくってわけ」
「まるで手品師だな」
「手品だって立派な魔術の技巧なのよ」
「とにかく予想できる範囲だと、ガイスたちはとてつもない威力の魔術を飛ばす上に、無茶苦茶固い壁で囲まれている」
「だけど、何もかもお見通しだったり、私たちが現実を見失うような事、得体の知れない何かを遠くから呼び出したりする事はないわね」
ディテクション(探知)と、イリュージョン(幻覚)と、サモニング(召喚)の事だけど、とサフィリアは小声で続ける。もちろん、シーグは耳を貸さず、腕を組んで黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
「勝てるのか、そんな奴に」
「ちょっと待ちなさいよ! 勝ち目があるって言い出したのはあなたじゃない」
シーグはうるさそうに耳を手でふさいだ。
「いや、正直そこまで強烈だとは知らなかった。何でもありで、冗談じゃないくらいに手ごわいじゃないか」
「敵の強さに感心しないで! そんな暇があったら勝つ方法を考えなさいよ」
「俺は戦士だ。魔術の事を考えるのは仕事じゃない」
「ひょっとしてあなた。男だったら家事はしなくていい。とか思っている人?」
「むぅ……」
黙りこんだシーグを見て、サフィリアは軽蔑の視線を送った。だが、すぐにまじめな表情に戻る。
「魔術は何でも好きなようにできるわけじゃないわ。同時にいくつもの事はできないの。終了したあとには隙ができるしね」
「その理屈は体術と似ているな。だけど、奴らは7人で、7つの事が同時に出来るんだろ。7対3で奇襲も無理。戦う以前の問題だ」
「違うわ。そこがセブ……、陣形の弱点なの。7人分の力を統合しているから、全力なら1つの魔術しか使えないわ。2つ同時がぎりぎりね。3つ以上は魔術同士の相互干渉が強くなるから、ガイスには使えないはずよ。理由を説明してもどうせ右から左でしょ?」
「まあな……じゃあ、敵はあくまで1人。使える魔術は2つなんだな」
「威力は7人前以上だけど、ガイスが率いてるから安定性は半人前以下ね。自分をもてあましている駄々っ子が相手だって思っていいわ。なら、とるべき戦法は――」
サフィリアは口元に手をやって考え込んだ。焦点の合わない視線を中空に飛ばし、小声でブツブツと何かをつぶやいている。
シーグは考えの邪魔にならないように寝転がった。ふと、正座したまま固まったアイフェと目が合う。アイフェは、サフィリアの言うとおりにじっと動いていなかった。まばたきどころか、息もしていない。顔が真っ赤になっている。
「おい、アイフェが大変だぞ」
サフィリアは驚きに肩を震わせて考えを中断した。
「ア、アイフェ。ごめんなさい」
彫像のように微動だにしないアイフェにあわてて駆け寄る。
「体の力を抜いて、息をして。自由にしていいのよ」
「いいの?」
サフィリアの言い聞かせるような声にアイフェは目だけを動かして聞いた。サフィリアが大きくうなずいた。
「ぷはーー」
アイフェはまばたきしながら、深呼吸して呼吸を整えている。サフィリアが心配そうに背中をさすっている。呼吸が整うと、アイフェは一挙動で跳ね上がるとシーグに向かって飛び掛ってきた。シーグはあわてて、ナイフがある腰のベルトを守る。だが、それがまずかった。
「ぐえ!」
下腹部の際どい場所にアイフェの頭突きを受けて、シーグはカエルのつぶれたような声を出した。
身動き取れないシーグが訴えると、アイフェはお構いなしに、満面の笑顔で腹の上に馬乗りになった。
「……離れてくれ」
「やーだ。自由にしていいってサフィリアが言ったんだもん」
「頼む、やめさせてくれ」
サフィリアに懇願すると、怖い目つきで睨まれただけだった。
「際どい場所をぶつけたが、あんたが考えているのとは少し違うぞ」
説明口調で念を押すと、サフィリアはわずかに顔を赤らめた。
「何も思っていません!」
「ねえねえ、ガイスの特殊な趣味って何? どうして、シーグも同じなの? 際どい場所って何処?」
興味深々の問いにサフィリアは更に顔を紅潮させた。
「それは説明するのが難しいが、つまりだな……」
シーグは痛みをこらえながらゆっくりつぶやく。
「あなたはいちいち口を挟まないでください!」
サフィリアに怒鳴られて、シーグはおどけるように肩をすくめた。アイフェは驚きに目を見開いている。
「と、まあこんな風に怒るから、この話はやめた方がいい」
「分かったよ。だから、もうサフィリアを怒らせちゃ嫌だよ」
「そうだな。気をつけるよ」
まじめぶって言うアイフェに、シーグは笑いをかみ殺しながら謝った。
「じゃあ、作戦を説明するわよ!」
ほほを軽く叩きながら、サフィリアは叩きつけるようにいった。。
「戦うのは、3人でなんだよな?」
シーグが念を押すと、アイフェが輝くような笑顔を見せた。サフィリアは複雑な表情を浮かべながらうなずく。シーグはナイフを投げて渡してやった。アイフェは空中でナイフを受け止めて、夢見るような表情でナイフを胸に抱きしめる。
「ねえ、誰を殺せばいい?」
「誰も殺さなくていいのよ」
アイフェの問いにサフィリアはさとすように答える。アイフェは納得のいかない様子で、ぶっすりとしている。
「甘い考えは命取りだ。敵は殺せるときに殺しておかないと、最後にはこっちがやられるぞ」
シーグの言葉にアイフェは大きくうなずく。サフィリアは自虐的な笑みを浮かべた。
「ガイス一人を殺したぐらいでは納まらないわ。私が置かれている状況はそれくらいひどいって事よ」
「向かうところ敵だらけってわけか」
「……それでも、私の味方をしてくれる?」
「当然だ。で、どんな戦法でいくんだ」
シーグの迷いの無い声にサフィリアは複雑な表情を浮かべている。
「まずは、彼らの付けているマントを破壊するの」
「ガイスの赤マントに、他の6人の青マントか?」
「そうよ、あれが魔方陣の役割を果たしているの。杖の長さより近くに距離を詰めると自動的に陣形が発動するわけね。赤マントが破壊できれば一番なんだけど、青マントを4枚でも十分効果があるわ」
「金貨の模様が魔方陣なのか?」
「いいえ、あれはたんなるガイスの悪趣味よ」
『悪趣味』に力をこめてサフィリアは言った。
「布の折り方、糸の縫い方に意味があるの。そうね、マントを切り裂くか、小さな穴を開けるだけでも無効化できるわ。そのためには――」
サフィリアは唇に人差し指を当て、小声で作戦を話し始めた。
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