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2章-54 冴えたやり方
        *

 シーグとリーザは塔の中から空を飛んでゆく絨毯を見ていた。絨毯の上には、人の形に膨らんだ二着のバスローブが乗っかっている。もちろん、リーザが魔術で形作ったものだ。
「手加減なしだな……」
 シーグは矢ぶすまとなってゆく絨毯を見ながら、あっけに取られていた。どうやら、彼らはアイシャに逆らうものを生かしておくつもりはないらしい。決闘に行けなかった10名のうち、一体何人が彼らの手にかかったのだろう。とんでもない親衛隊もあったものだ。
「さあさ、見ている場合じゃないわ。もう、逃げなくちゃ」
 リーザは床に手をかけて、あちこちを押している。
「何をしているんだ?」
「ここら辺に抜け道を作っておいたの。あれぇー、何処だったかな?」
 リーザは這い回りながら、両手で床を押している。
「抜け道って事は、空洞になっているのか?」
「そうね」
「だったら叩いたらいい。他よりも音が違うはずだから」
「シー坊ってば、偉い!」
 リーザは感動の声を上げながら、床を手のひらでぺんぺんと触っている。シーグは呆れながら拳の裏で床を叩いていく。すると、確かに他とは違い、コンコンと軽い音が鳴る場所があった。そこを押し込むと、床が持ち上がって下へ続く穴が現れた。滑車に巻かれたロープまでがついている。
「ここから一階まで直接降りられるわ。みんなが絨毯を追いかけているうちに、裏口から脱出よ」
「すごいな」
 シーグは思わず嘆息した。まずは、塔の螺旋階段で侵攻を食い止める。塔に視線を集中させて、絨毯で脱出すると見せかける。その一方で、自分達はそこから生じた死角から逃走するというわけだ。
 その時、階下から誰かがガラス球に足を取られて転ぶ音や、悲鳴が聞こえて来た。「たいまつだ!」「カンテラだ!」と怒鳴りあっている声がその後に続く。それを聞いて、リーザはいそいそと革靴やマントや帽子を身につけた。
「リー姉。先に行ってくれ」
「もう、時間が無いわね。私を抱きかかえて降りてよ」
「……大丈夫かな?」
「さっき、私を運んでくれたじゃない。それとも重いから嫌ってわけ?」
「俺の腕力じゃなくて、この滑車がどの程度もつか心配なんだ」
「うーん。ぬいぐるみでなら試したんだけどなー」
「……今度から人間で試してくれ」
 シーグはため息混じりにつぶやく。窓の外を見ると、今度は皮袋が空を飛んで絨毯を狙っている。弓矢よりも有効な様子で、絨毯が不安定に揺れている。実際に乗っていたらすでに転落していただろう。
「即席のブラックジャックを作ったのか。ずいぶんと手際がいいな」
「ここは職人区画だもの。必要なものは何でもそろうのよ」
「他には何が飛んでくるやら」
「あの方向だと、車輪とか樽の廃材だと思うよ。途中に宿屋とか馬車の店があったでしょ?」
 どういうことだ? シーグは不思議に思ったがロープを腕に巻きつけて体を固定する。
「よし、大丈夫だ。だたし、ゆっくりだぞ」
 飛びつこうとしていたリーザは、不満げな様子でシーグの体に手を回す。滑車がカタカタと音を立てて、シーグとリーザはゆっくりと降りてゆく。すると、頭上の板がひとりでに閉じた。
 真っ暗の闇の中を、滑車の機械的な音だけが木霊している。パンと手を叩く音がして、青白い魔術の光をが灯る。リーザはそれを帽子のリボンに引っ掛けた。片側には石壁、もう片方には黒いカーテンが懸かっている。
「……さっきの話だが、なんでそんな事が分かるんだ?」
「うん。職人区画のみんなに伝えておいたの。今日は空飛ぶ絨毯を打ち落とそうとする人達が来るってね」
「どういうことなんだ?」
「職人にとって、インボルグは棚卸しの季節だもの。いらない物がわんさと出てくるわ。それが売り物になったら素敵だと思わない?」
「この騒ぎも商売の種にしたのか……」
 職人の図太さにシーグは脱帽の思いだった。
「そうだ、グレイルさんと婆さんは大丈夫なのか?」
「平気よ。分かれてすぐに、通りの人たちに『そろそろ戦闘開始』って連絡しに行ってくれたから」
「つまり、こうなる事を何もかもお見通しだったわけか」
「うん」
 リーザは楽しそうな声で答えた。思いのほか大きな声で、壁に反響する。
「音が奴らに聞こえないかな?」
「一階は黒いカーテンで覆っていたでしょ? 劇場で使うくらいの分厚い幕を何重にも使っているもの。大声で歌ったって外には漏れないわ。どう? 完璧でしょ」
「言う事なしだな。確かに――」
 その時、頭上でバキンと鈍い音がしてシーグは体勢を大きく崩した。
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