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1章-7 2つの1番
    *

 青マント達がそろって杖を掲げた。すると、水面に大きな波がたって元の池に戻ってしまったので、シーグとサフィリアは顔を上げた。
「気づかれたな」
 円形の池を横目で見ながら、シーグはつぶやく。
「正確に言うなら。彼らは最初から気づいていたわ。警戒の必要も感じていたけど、ガイスが邪魔していたの」
 言いながら、サフィリアは池にひたしていた杖の先端を引き上げる。
「なんで、わざわざそんな事を」
「魔術を使うのもタダじゃないからよ。彼らが懐から出していた品物を見たでしょう?」
「羽とか、石とか、ビンとか。まるで、子どもの宝箱みたいだな」
 シーグの答えに、サフィリアは大きなため息をついた。
「グリフォンの尾羽、噴火口の赤銅、万年雪の純水。材料も貴重だけど、魔術師が加工すれば価値が跳ね上がるの。値段を聞いたら並みの宝石なんて石ころに見えるようになるわ」
「最初に俺が見たときは、焼けた魚みたいな板を持っていたぞ。あれは何なんだ?」
「たぶん、火竜の鱗ね。火の魔術を使うには最高級の触媒よ。1枚でも小さなお城程度なら建つわ」
「……歩く宝物庫ってとこだな」
「どちらかというと兵器庫よ。火竜の鱗を使いこなせれば、見習い魔術師でも家ごと吹き飛ばす事ができるから」
 サフィリアは、レンガ造りの自分の家を振り返った。
「奴らなら家ひとつじゃすまないな。ガイスのメティオスマッシャー(隕石の強撃)といえば、大きな城砦をたった7人で破壊したって噂だ」
「悪名の間違いよ。彼らの陥落させた城砦を見たことがある?」
「一度だけな。城壁は砕け散っているし、何もかもが丸焦げになっていた。ドラゴンに襲われたのか、本当に隕石が落ちたんじゃないのかってみんな話していたぞ」
「その上彼らが戦った後は土が乾いた血の色みたいになって、草木が一本も生えなくなるの」
 サフィリアは、忌々しそうに口元をゆがめると言葉を続けた。
「城砦を復旧させようと大工を派遣したら、一人残らず血を吐いて死んでしまったわ。今じゃあ、呪われた場所だといわれて誰も近寄らない。彼らは異常なのよ」
 最後は悲痛な声となり、言い終えると唇をかみ締めた。
「セブン何とかっていう陣形の事か? それとも、金にあかせて魔術を使っている事か?」
「両方ともよ。平気で禁忌に手を出すことも、魔術を金で片付けるところも。ついでにいうなら、悪趣味な赤マントも、財産家なのにケチな所も、全く人の話を聞かない所も、食事の時にボロボロとこぼすのも何もかも全部! 尋常じゃないわ」
 サフィリアの語気は強くなり、話がどんどんずれていく。
「ともかく、俺は殺す予定のようだ。だが、あんたとアイフェは大丈夫みたいだぞ。話し合いの余地があるんじゃないのか?」
「生き残ったほうがもっと悲惨ね」
「なんでだ? とって食われるわけじゃないだろう」
「私はガイスに結婚を申し込まれているの。アレと結婚するよりも怪物の胃袋の方がマシよ」
 サフィリアは鼻で笑って吐き捨てた。
「……いくらなんでも言いすぎじゃないのか」
 女性にそこまで拒否されることが気の毒に思えて、シーグは思わず口を挟む。
「一番腹が立つのは、結婚を申し込んでおいて、私の顔も知らなかった事よ」
 土地や財産が係わる婚姻では別に珍しくないな。と、淡白に考えながらもシーグは黙って聞いていた。
「でも、一番許せないのは、アイフェを私と勘違いして舌なめずりしていた事だわ」
 一番が2つもあるんだなぁ。と、シーグは思ったがやはり口には出さなかった。
「それで、私がサフィリアだって名乗ったらがっかりしていたわ。どういうことか分かる?」
「特殊な好みの持ち主なんだな」
「ただの変質者よ、あの□×……」
 サフィリアは言葉の途中で口を閉ざしてしまった。
「続きを言っても、俺は別に気にしないぞ」
「なんでもありません!」
 大声で言った後にシーグを睨みつける。
「ガイスの妻になった人はみんな死ぬのよ」
「どういう事だ?」
「病気とか、事故とか、理由は色々よ。みんな2ヶ月くらいで死ぬの。びっくりするくらい正確にね」
「だが、偶然に不幸が続いただけかもしれないぞ」
「みんな10代も半ばの女の子ばかりだったわ。ガイスは結婚相手の死後1月以内に、必ず再婚している。そして、私が10人目になる予定なの」
 サフィリアは更に勢いづいて、ガイスであるかのようにシーグを睨みつけた。
「いや、よくわかった。戦いが避けられないなら、どう戦うかが問題だな」
 話を戻すとサフィリアの表情がピクリと動く。前かがみになって大きく口を開いたが、何を思ったか突然背筋をピンと伸ばして無表情になった。
「いきなりどうした?」
「あなたが戦う理由なんてありません。どうか、逃げてください」
 言葉遣いまでよそよそしい。
「だけど、俺が厄介ごとを起こさなければ、あいつらはおとなくしていたはずだ」
「どのみち私は、ガイスと結婚するつもりはありません。ただの時間稼ぎに過ぎなかったのですから」
「その時間を奪ったのも俺だ」
「例え、時間があっても私には何も出来ませんした。ですから、何も気にせず立ち去ってください」
「それで、また3日間山道を行けっていうのか? 残酷だな」
「魔術で送れば、近くにある町まで一瞬で到着します。客人を迎えておきながら、何のお構いも出来ないままお返しするのは恐縮ですが、ここは危険です。どうかお引取りを」
 礼節を鎧のようにまとって、サフィリアは一息にまくし立てた。シーグは頭をかきながら、言葉が途切れるまで黙り込んでいた。
「あんた。人を突っぱねるときに、いつもそんな態度になるのか。分かりやすいな」
「余計なお世話です!」
「俺はあんたの力になりに来たんだ」
 慇懃な態度を崩して、何かを言いかけたサフィリアを制し、更にシーグは言葉を続ける。
「なので、戦いになるなら、なおさら逃げるわけにはいかない。それに、アイフェのことはどうするつもりだ?」
 怒りだすかと思ったら、サフィリアは表情を曇らせた。感情的だが頭は良く回るんだな、とシーグは思った。
「……逃がすつもりです」
「で、その後は? 今、あの子を一人で世の中に放り出せば、殺しの達人になるだろう。それ以外の生き方を知らないからな。あんたはそれでいいのか?」
「いいわけないでしょ!」
「だったらあんたが生き延びて、あの子のそばにいてやれ」
 サフィリアは唇を引き結んで何も言い返さなくなった。シーグは更に髪の毛をかき回しながら続ける。
「それに、あんたに死なれると、こっちとしても都合が悪い」
「どういうこと?」
「見者としての力を借りたいからさ。だから、俺は何があってもあんたを守る。用事も無いのに、わざわざこんな遠くまで来るはずないだろ」
「歩いて来なければ、一瞬で着きます。瞬間転移の魔術を使えばいいのですから」
「俺は魔術師じゃないんだぞ」
 サフィリアはポカンとした表情でシーグを見た。
「ひょっとして知らなかったの?」
「何が」
「呼び出す側だけが転移の魔術を使えればいいの。そもそも、転移の魔術で人間じゃない物も運ぶ事があるのよ」
「……あ、言われてみれば」
「…………」
 サフィリアは呆れた表情でシーグを睨んでいる。
「ねえ、いつになったら始まるの?」
 突然の声に、シーグとサフィリアは息を呑み、飛び上がらんばかりに驚いた。両者が目線をわずかにずらすだけで見える場所に、アイフェが近寄ってきていたのだ。先ほどまでの貫頭衣と違って、首元や肩口にレースのついたピンク色のシャツを着ている。ズボンにも繊細な花の柄の刺繍がされており、簡素だがかわいらしい服装だった。肩まで伸びる髪は、赤いリボンで縛って後ろに一まとめにしている。
「いつからそこにいたの?」
「シーグがサフィリアのことを何があっても守るって言った所だよ。その後、2人で見詰め合っていたんだ」
 誤解を招きそうな言葉に、サフィリアは肩を落とした。
「アイフェ、あれは睨み合っていたって言うのよ」
「俺は睨んでなかったぞ」
「もう着替え終わったのね?」
 サフィリアはシーグに背を向けて、体ごとアイフェに向き直った。口調まで変わっている。
「うん。濡れた服は洗濯物のかごに入れておいたよ。後で洗って干すからね」
「わかったわ。でも、こっそり近寄っちゃだめって言ってるでしょ」
「普通に歩いていたよ。それに、ドアを開けるときは静かにしないとだめなんだよ」
「いい習慣だと俺は思うけどな」
 シーグが相槌をうってもサフィリアは無視を続けている。
「ねえ、サフィリア。シーグが何か言っているよ。人の話には返事をしなくちゃいけないんでしょ?」
「あの人の事は、気にしなくていいの」
「えー、そんなの嫌だな」
 シーグの方に走り出そうとしたアイフェをサフィリアは優しく、しかし素早く引き止めた。
「いい、アイフェ。世の中にはいつでも例外ってものがあるの。ガイスみたいに危険な人とか、ガイスみたいに特殊な趣味を持っている人とか、ガイス以上のうっかりさんとか、ね」
 子どもに語りかける優しい言葉遣いの中に、特大のとげが混じっている事をシーグは感じていた。
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