2章-34 七家の二人
*
メティスの王城フォルナージュは、リーガル・バックラーの湖岸に建っている。横に広く、数え切れない尖塔を空に向けた壮麗な城は、翼を一杯に広げて飛び立つ前の白鳥の群れに例えられる。
あるいは、水上の炎とも。
メティスに住むものなら誰でも知っている。夕日が西の空に差し掛かれば、王城は燃えるような紅さに染まる。そして、世界が黄昏に包まれる時に、王城は闇の空に向かって燃え上がる白い炎のように輝くのだ。
フォルナージュの正門に城門は存在しない。跳ね橋を下ろせば、広い入り口が訪問者を迎える。槍を構えた騎士と、杖を携えた魔術師が常に目を光らせてはいるが、城壁は低く湖岸に近い事から侵入は容易に思える。
しかし、不貞を働こうと王城に向かう者は実行の前に発覚し、瞬く間に捕らわれるのだという。悪意を持つものを、決して近寄らせぬ清浄の封土。それも、王城フォルナージュが人の噂に上るときに触れられる事柄だ。
魔術都市郡の中枢を担う建物にふさわしく、王城フォルナージュには神秘的で驚異的な話は数え切れないほど存在するのである。
*
「ベクター卿」
声をかけられてベクターは振り向いた。彼はアクリアエ・スリスの広場を、王城に向かっている途中であった。
「ワグナス卿か。どうした」
「いやあ、なんだか大変な事になってますねえ」
ワグナスは額に手を当てて、周囲を見回した。アクリアエ・スリスには早くも人が押しかけ、次々と椅子や机やテントが持ち込まれていた。
「人事だな。実の兄の決闘だというのに」
「さすがに耳が早い」
ワグナス・グラムファーレは大げさに驚いて、両手を挙げて見せた。
「すでに噂は飛び交っている。決闘の原因となった広場に、看板が作られているほどだ。王都ではすでに知らないものはないだろう」
「俺が言っているのは、行動の早さですよ。すでに着替えて、謁見の手はずも整えているんですから」
ワグナスは無遠慮にベクターの全身を眺め回した。
上下黒のベストとズボン。襟元から薄紫のダブレットが見えていて、白いマントを羽織っている。灰色などは力を持たないものが身につけるが、宮廷において完全な黒は王に謁見するものや側近だけが許される。王の権力に服従し、自ら力を振るわない事を誓約した証が漆黒であるからだ。
つまり、ワグナスは服装からベクターの用事を推測したのである。そして、それは外れてはいなかった。
「何か、急ぎの用事なのか?」
「いえいえ。昨日の戦いの処分と、今後の身の振り方の報告にあがりました。メティオスマッシャーに所属した元部下としてね」
ワグナスはふざけた仕草で敬礼しながら、にこやかに続ける。
「メティオスマッシャーの解散、フィーリアの剥奪と続いて、晴れて自由の身となりましたよ」
これにはベクターの方が驚き、表情を変えて歩みを止めてしまった。
「それは事実上、一族からの追放ということではないのか?」
「そうともいいますかね」
「罰としては重過ぎる。責任者である私でさえ、有名無実の名誉職をいくつか奪われただけ。実質的な刑罰はないに等しい状況だ」
「まあ、それは『彼女さん』の取り成しの結果、という気がしますが」
ワグナスの軽い口調に、ベクターは憮然とした表情で黙り込んでしまった。
「俺の一族は守る事ばかりに必死になっているんです。何しろ魔術師でもない奴に、セブンパワーインテグレーション(七力統合陣)の防護結界を破られたんですからね。グラムファーレは一度でも失敗すれば、一族から放り出そうって考えが定着しているんですよ」
驚きをもたらした当の本人は人事のように飄々としている。むしろ、ベクターの取り乱す様子を見て楽しそうだ。
「私がうまく取り計らおう。君は自分の役割を十分にこなした。まとめ役である私に責任がある」
「気にしないでください。そもそも一番悪いのはガイスなんですから」
「しかし、それでは……」
ベクターが不満そうにしていると。ワグナスは肩をすくめた。
「俺の方は自由の身になってせいせいしているんです。実はフィーリアを探しに行こうと思っているんですよ」
「それはいい知らせだな。見つかりそうか?」
「ええ。未分化な情報で、信憑性も薄いのですがね、十分に賭ける価値はあると思っています」
「……そんなあいまいな状況で動くとは、卿らしくないと思うが」
「情報を得た場所が何よりも気になっていましてね」
「何処だ?」
「天空の水盤です」
ベクターが驚きの表情を浮かべたのを、ワグナスは満足そうに見守る。
「昨日、俺はあそこで昼寝したんです。その時にね、夢を見たんですよ。フィーリアの場所をね」
ベクターは厳しい表情で首を横に振った。
「ただの一度で、しかも夢。それも、儀式を伴わない昼寝。不明確以前の問題だと思うが」
「そうでしょうか。この四年間で天空の水盤に深く関わった魔術師が、桁外れな確率で立て続けにフィーリアを見つけているんですからね」
「事例としては少なすぎる」
「俺には、数の多い少ないよりも密度と質のほうが気になるんです」
ワグナスはチラチラとベクターの表情を伺いながら続けた。
「チェイン・ライトニング(連結する雷撃)のシンシア・フェルナンディに、プルーフ・アゲンスト(積層の鑑定士)のリーザ・オーメント、スペル・エンハンサー(魔術の増幅者)のセーラ・クラウディア。参った事に、どれもグラムファーレの一族が誇る結界陣を簡単に突破する能力ばかりなんですよね」
ワグナスは全く困った様子も無く、それどころか愉快そうに言った。
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