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1章-4 かくれんぼ
      *

 アイフェはすぐに泣き止んで、鼻歌を歌いながらシーグを案内している。
 シーグはアイフェの背後を5歩離れてついていく。それ以上近寄るのが怖かったからだ。びしょぬれのシャツと、染みだらけの皮鎧を身に着け、いつでも剣が抜けるように柄に手をかけている。はた目には怪しげな人間以外の何者でもない事を自覚していた。だが、恐怖感の方が先立つ。気配を感じさせず近寄る存在の恐ろしさを、シーグは久しぶりに思い出していたのである。
「ねえ、もっと近くに来てよ」
「いや、大丈夫だ」
 シーグが短く答えると、アイフェは前を向いて再び歩き出した。が、少しするとアイフェはまた振り返った。
「手をつながないと、迷子になるよ」
「平気だ。森の中は歩きなれている」
 無愛想に答えると、アイフェはブスッとした表情になって大股に歩き出した。シーグが追いかけると、どんどん速くなってそのうち駆け足になった。
「あ、待て」
「やーだよ」
 楽しそうな声と共に、アイフェは茂みの中に飛び込んで見えなくなった。シーグもあわてて茂みに飛び込むが、アイフェはすでにシーグを10歩以上引き離している。大きな木の向こう側に逃げたアイフェを追いかけると、何処にいるのかわからなくなった。周囲を見回すと、来た道を引き返したアイフェがこっちを見ている。そしてシーグに向かって舌を出すと再び茂みの中に飛び込んだ。
 足元を調べたが歩いた痕跡も分からない。耳を済ませても、気配を探っても鳥の鳴き声が聞こえるばかり。殺意を抱かないアイフェは完全に森の中に隠れてしまった。
「分かった。手をつなぐから出てきてくれ」
 シーグが降参すると、アイフェは気配もなく背中に飛びついてきた。驚きのあまり力いっぱい振り払ったが、アイフェは後方に一回転して着地すると、更に勢いよく走り寄ってくる。シーグは体だけ完全に逃げながら、右手だけを差し出した。すると、アイフェは腕にしがみついてくる。
「捕まえた」
「ちょっと待て!」
 シーグはあわてて、アイフェの手を振りほどいた。手首と指の関節を逆に決められそうになったからだ。
「手をつないでいるだけだよ?」
 アイフェは不思議そうに小首をかしげる。
「みんながそう言っていたのか」
「うん、逃げないように捕まえるにはこうすればいいって」
「あのな、これは手をつなぐっていわないんだ」
 シーグが否定すると、アイフェは涙目になった。どうやら、アイフェにとって『みんな』とは特別な存在のようだ。
「……いや、それでいい」
「手をつながないと、迷子にするよ」
 アイフェは一変して、今度はケラケラと笑っている。
「する、だって?」
「うん、そうだよ。飢え死にしたくなかったら、手をつなぐか追いつくしかないんだよ」
 楽しそうな笑みが、シーグは恐ろしくて仕方がなかった。怪物の巣穴に飛び込んだときよりも、10人からの刺客に囲まれたときよりも。
 シーグは手に力をこめて、関節を取られないようにした。だが、隙を見せればアイフェに何をされるか分からない。だから、なるべく腰――つまり剣とベルトのナイフ――を遠ざけながら歩いた。まるで、大人が無理やり引っ張り、子どもが嫌がって後ろに体重をかける。それをちょうど逆にしたような奇妙な格好になった。
 その後も、アイフェが足元に抱きついたり、背中に飛び乗ろうとしたりするたびにシーグは身構えた。たぶん、引き倒すか首を絞めるかするつもりだったのだろう。仕方がないので、シーグはアイフェの両手足の動きを完全に封じる妙な抱き方をしながら、駆け足で森の中を進んだ。
 はた目には子どもを誘拐しているようだが、アイフェは声を上げて無邪気に喜んでいた。
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