ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
2章-14 英知の都
       *

 魔術都市郡メティスの名を知らぬものはない。
 大陸で最も豊かで強大。偉大な王と公正な法によって統べられた最大の国家。メティスをして、第二のリンディスと呼ぶものも多い。
 国土は温暖で安定した気候に恵まれ、鉱山では金属から宝石に至るまで発掘される。緩やかな海岸線は港を構えるに理想的だ。当然のように様々な産業が興り、交易の要所となっている。
 王国の中央を東西に流れる大河アクアランスは常に豊かな水をたたえている。水の道を中心として栄える大小さまざまな都市を経て、大陸中に道は広がってゆく。
 すべての道はメティスから始まり、メティスに帰る。陸路も海路も、そして魔術の道でさえ例外ではない。
 絶海の孤島、砂漠の果て、密林の中心。辺境の山頂にある天空の水盤。世界中に点在する魔術師の封土は、メティスが統べているからだ。
 これほど広大な国家は歴史上他にないが、古来よりこれほど外敵に悩まされてきた土地もない。メティスと呼ばれる前は、カラナウス(血まみれ)というのがこの地の呼び名だった。豊かさを求めて野心的な王たちが何百年にわたって、血で血を洗うような争いを繰り広げた歴史があるからだ。その理由は守るに難く、攻めるに易い地形にあった。
 国土の大半は平地であり東西に長細い。東には怪物がうろつく魔境地帯、西には海賊のひしめく海。南北では野心的な王が侵略の機会をうかがっている。四方の脅威に対するため、メティスは勇猛な騎士と聡明な魔術師を組織して防衛に当たっている。もしも、この地に戦いが起こりアクアランスの清流が血に染まるとき、街道に沿って戦乱が大陸中に広がるのが常なのだ。
 魔術都市郡メティスは世界の要。剣と魔術を武器とし、英知の壁に守られ、王の法によって統べられている。

       *

 暗転した視界が元に戻ると、シーグ達は石造りの建物の中にいた。足元の床には、さっき見上げていた空が広がっている。サフィリアがもう一度床を叩くと、足元の空は消えて変わりにピカピカに磨かれた鏡になった。鏡は五歩四方の巨大なもので、傷ひとつ無い。今は逆さまになった3人と丸い天井を映し出していた。
「銀じゃないな。金でもないみたいだが……」
 シーグが足元を見ながらつぶやいた。
「金と銀の合金、エレクトラム(琥珀金)よ。鏡の材料としては理想的だけど、すごく傷がつきやすいの。ゆっくり足を動かしてね」
「俺の場合は、靴を脱いだ方がよさそうだ」
 シーグの革靴は山歩きのために、底に鋭い溝が彫っているからだ。屈みこんで靴を脱いでいると、鏡に写ったローブの裾からサフィリアの白い太ももがチラリと見えてしまった。
 素早く目をそらしたつもりだったが、サフィリアがローブを裾を押さえて素早く後ずさる。気まずい空気が流れてシーグは動けなくなった。
「……最っ低」
 サフィリアはポツリとつぶやくと早足で歩き始めた。
「急ぐと、鏡に傷がつくよ」
 アイフェの言葉に答えず、サフィリアに無言のまま先を出口に向かって急ぐ。シーグは慌てて鏡の上から下りて靴に足を突っ込むと、サフィリアを追いかける。アイフェも小走りでついてきた。
「何がどうなったの?」
「いや、まぁ……」
 説明できずに口を濁していると、アイフェが涙目になってゆく。
「違う、違う。アイフェは悪くない。俺が悪いだけだから、泣くな」
「何が悪いの?」
「とにかく、俺が悪い」
 そう断言して、シーグはサフィリアの横に並んだ。
「わざとじゃないんだ」
「悪意が無いなら何をしても構わないのですね。とっさに謝罪の言葉も出ないみたいですから」
 サフィリアの嫌味にも、シーグはめげずに言葉を続けた。
「許してくれ。いや、許さなくてもいいから、アイフェの前では普通に接してくれないか。不安になって泣きそうなんだ」
 サフィリアは突然立ち止まる。
「謝るのは私に悪いと思っているから? アイフェと気まずいのが嫌なのかしら?」
「両方だ」
 正直に答えるとサフィリアは指で軽く額を押さえてから深呼吸をした。シーグはゴクリと生唾を飲み込んだ。
「分かったわ、もう許してあげます」
 もっとも軽く唇をかみ締めていたので、全く怒りが収まったわけではなさそうだ。
「何が悪かったの?」
 アイフェが首をかしげて、シーグとサフィリアを見比べる。
「もう終わった事よ」
 アイフェの頭を撫でてやりながら、サフィリアは優しく言った。
「私だって、アイフェが叱られた事をいちいちみんなに言いふらしたりしないでしょ。むしろ、そんな事をされたら嫌じゃない?」
「うん」
「シーグは謝ってくれたし、私も許してあげたの。だからこの話はおしまい」
「うーん」
 アイフェは不満げに唸っていたが、手を叩いて顔を上げた。
「じゃあ、サフィリアもシーグも仲良しなんだね」
 複雑な表情を浮かべたのもお構いなしに、アイフェはサフィリアの手を握った。そして、反対側の手を目一杯伸ばしてシーグの手も握った。
 サフィリアは苦笑いしている。さっきまでの刺々しさがなくなっていた。
 それでも、後でもう一回謝っておこう。と、シーグは思ったのであった。
神速果断のシャープネス 〜外伝〜 へのリンク
イリーガル・ブレイド 〜血色の報復者〜 へのリンク
長編小説ランキングに投票
ネット小説の人気投票HPです。投票していただけると励みになります。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。