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2章-11 生活指導
      *

 ぺらぺらと喋り続けたにも関わらず、アイフェは一番早く食事を終えた。手早く自分の食器を重ね合わせると、洗い場まで小走りに持っていった。勢いがついていたので、カチャンと食器が音を立てる。
「こら、アイフェ。もっとゆっくり運んで。食器が割れるでしょ」
「はぁーい」
 適当な返事をして、アイフェは走り去ろうとした。
「待ちなさい」
 鋭いサフィリアの声に、アイフェは文字通りに動きを止めた。
「ナイフを忘れているわよ。綺麗に洗っておいたわ。荷物の中に入れておきなさい」
「うん」
 アイフェはナイフを持って、駆け足で食堂から出て行った。
「もう。しょうがない子ね」
 サフィリアは苦笑いを浮かべた。そして沸かしたお湯で自分とシーグのカップに新しい紅茶を注ぐ。
「ずいぶんと少食なのね」
「む」
 シーグはうなる様に返事をした。口の中に入れたものを噛んでいたからだ。サフィリアは紅茶の入ったティーカップを口に運んだ。朝食を半分も食べ終わっていないのはシーグだけだ。
「朝の変わりに昼に食べているからな」
 口の中の物を飲み込んで、シーグは返事をした。
「ダメよ。朝食はキチンと取らないと。一日の基本なんだから。だから、そんなに痩せているのよ」
「そんなの俺の勝手だろ」
 痛いところをつかれて、シーグは不機嫌に答えた。
「医師としての意見よ。伸び盛りの成長期は終わっているみたいだけど、剣を使うには体が細すぎるわ。特に関節を保護できるほどの筋肉がついていないもの。今だって背中の傷よりも、蹴られた腕や、剣を持っていた利き腕のほうが痛んでいるはずよ」
「……まぁな」
「元々骨格が細すぎるし、血の巡りも良くないみたいよ。体温も低過ぎるわ。食事だけはキッチリとらないと、成長しきる前に体が壊れてしまうわ」
「わかったよ」
 シーグはすでに腹が一杯になっていたが、サフィリアがずっと見張っているので残せそうにもない。
「今日はアイフェに何を言っても無駄ね。あなたがいるのがうれしくて仕方が無いみたい」
「文字通り雷が落ちたのにな。俺なら逃げ出して、帰って来ないぞ」
「……そんなに酷かった?」
 サフィリアは、肩を落として問いかけてくる。軽い悪態に真面目な返事をされて、シーグは慌てた。
「いや、そのなんだ、まあ、アイフェのためにやっているんだ。間違った事じゃないと思うぞ」
「私だって好きでやっているわけじゃないの。それに、最初からあんな叱り方をしなかったわ。あの子が、何でもかんでも聞いてくるようになってからなの」
「ふむ」
「今日はあなたがいるから、機嫌がいいけど。あんな叱り方をしたときは、半日は気まずいままなの。次の日まで持ち越したときもあったからね」
「2人きりっていうのが悪いのかもな」
「そうかしら?」
「一旦気まずくなったら、ずっとそのままになるだろう。3人より多ければ、そんな事にはならない」
「そうね、停戦のときも中立国や第三国のとりなしが必要だものね」
 個人の問題を国家問題で比較するのはちょっと違うんじゃないか、と思いながらシーグは相当赤くなったリンゴをほお張った。
「そういえば、さっき入ってくるまでずいぶん時間があったわね。あなたもアイフェに質問攻めにされていたんでしょ?」
「……ああ、アイフェに言い聞かせるのが大変なのは良く分かったよ」
 シーグの困った顔を見て、サフィリアは小さく笑った。
「1つ答えると、5つは質問が来るのよ。無理やり黙らせる以外に、いい方法が思いつかないの。私がもっとしっかりしていたら違う方法があるのかしら?」
「さぁ、俺には分からん」
「さっきのリンゴの件だって、本当は怒鳴るような事じゃないわね」
「と、言うと?」
 シーグはパンを口に運びながら先を促した。
「むしろ、あの子の才能を見つけて喜ぶべきだったかもしれない。宮廷の調理師でもなければ、短時間でここまで仕上げられないわ」
「じゃあなんで注意したんだ」
「ここは宮廷じゃないし、戦いで使ったナイフを料理に使う戦場でもないの。アイフェのやる事はいつでも行過ぎているか、見当違いだと思わない?」
「まあ確かに」
「あの子は何をやらせても器用にこなすの。いつでも教えた以上に、自分なりの工夫を加えてね。間違いなく天才よ。いつか本格的な技術を身につけるために誰かの弟子に出さないといけないわ。そのときアイフェが今のままで、ましてや暗殺者の常識で行動したらどうなると思う?」
「……考えたくもないな」
「世の中では余計な事をすれば、何もしないときよりも悪くなる事が多いわ。能力をひけらかすのもいい目で見られない。だから、アイフェには社会の常識を知って、自分を抑えられるようになって欲しいの。あの子が本当に自分でやりたい事を見つけたときのために。ね」
 サフィリアは、机に肘をついてため息混じりの声を出した。
「だったら、理屈よりも実践だな。それも、ヘマをしたときに痛い目を見なければ体で覚えない。今のままでいいんじゃないのか」
「そう、だと……いいんだけど」
「いっそ、魔術を習わせてみたらどうだ。あんた自身相当な使い手なんだしさ。師弟が一緒に暮らすのは珍しくないんだろ」
「…………」
 サフィリアはティーカップを持ち上げたままで、動きを止めた。 
「才能が無いのか?」
「そんなはずはないわ。十分すぎるくらいにあるはずよ。でも……」
 サフィリアは表情を曇らせて、ティーカップの重さに負けたように手を下ろした。また余計な事を言ってしまったのか、とシーグは心配になった。
「シーグー、サフィリアー。そろそろ出発の時間だよー」
「分かったわ。先に外で待っていて」
 アイフェに返事をしてから、サフィリアは立ち上がった。空になった食器を重ねて洗い場へ持ってゆく。
「あなたも早く食べてね」
「うぅー……」
 残り数口になったパンとリンゴを前にシーグは表情を曇らせた。
「明日の朝はもっと食べやすいものを準備するわ。生クリームとか、スープはどう?」
「嫌いじゃないな。すると、今晩も泊めてくれるのか?」
 何気ない質問には、返事の代わりに食器がガチャガチャとやかましい音を立てた。洗い場を見ると、サフィリアが洗い場で倒れこむように突っ伏している。それでも皿が一枚も割れていないのはたいしたものだ。
「おい、どうしたんだ」
「へ、平気よ。ちょっと足を滑らせただけ」
「サフィリア、すごい音がしたよ。どうしたの?」
 アイフェが食堂に飛び込んできて、心配そうにサフィリアの顔をのぞきこむ。
「あれー、お顔が真っ赤っ赤ー。熱でもあるの?」
「な、なんでもないわ。シーグ、あなたがいていいのは、怪我が治るまでよ。キッチリ最後まで患者の面倒を見るのが、医師の責任なの。治療も最後まで見ないと、包帯をはずして台無しにしてしまいそうだし、食事も放っておくといい加減にするんでしょ。だから、目の届く場所にいてもらうの。それだけよ!」
 怒りながら早口にまくしたてるサフィリアを、シーグとアイフェは不思議そうに見ていた。
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