2章-10 三世帯大家族兎林檎
アイフェは扉を蹴破らんばかりの勢いだったが、急停止して両手でノブを持って静かに開ける。その後シーグを引きずってドタバタと家の中に入ると、振り返って両手で音もなく扉を閉じた。アイフェの歪な律儀さにシーグは吹き出しそうになった。
「食堂はこっちだよ」
アイフェの案内で奥へ奥へと引っ張られながら、シーグは違和感を覚えた。
「廊下の幅も長さが変わっていないか?」
「変えたんだよ」
「変えた?」
「昨日の夕食は部屋まで運んだけど、今朝はシーグも食堂に来るんでしょ。大きさを変えないと狭いじゃない?」
「はあ」
シーグは頭をかいた。しかし、ここは怒りで嵐と雷と巻き起こる魔術師の封土だ。魔術に関わって、いちいち考え込むのは無駄だと気持ちを切り替える。
食堂では、サフィリアが金属製のポットから陶器のティーカップに紅茶を注いでいるところだった。木で作られた椅子と机、真っ白なテーブルクロス。パンの入ったカゴやいくつかの皿には、ナプキンがかけられている。絨毯は複雑な模様で足が沈みそうなほど柔らかい。どれもが素人目にも高価なものだと分かる。
「さあ、もう出来ているわ。手を洗ったら、運ぶのを手伝って」
サフィリアが食堂の奥を示した。アイフェが小走りに入って、窪んだ洗い場の上にあるレバーを倒すと壁から水が出てきた。シーグも真似をして、壁から出てくる水で手を洗う。
「これも魔術なのか?」
「そうよ、便利でしょ」
黒い金属板の上では卵焼きがジュージューと音を立て、パンがキツネ色に焼けている。後は食材や皿を並べるための場所と、食器をしまう棚と水場くらいで、両手をいっぱいに伸ばした位の広さしかない。
「ずいぶんと狭い台所だ」
そうつぶやいて、シーグは部屋の中に煤の匂いが全くしないことに気づいた。横ではアイフェが、コテ返しを使って卵焼きを器用に金属板から皿に盛り付けてゆく。
「カマドがないんだな」
「だから、場所がいらないの。灰や煙が飛んでこないから、食堂と近くにできるしね」
サフィリアは、うれしそうに説明する。そして、ポットを置くと中に水を注ぎ込んで指先で軽く突いた。それだけで見る間にポットの水が沸騰し、蒸気を放ち始める。
「それってひょっとして」
「昨日、あなたの剣を溶かした魔術よ。金属を加熱させるんだけど、威力を抑えればこういう使い方もできるの」
「カマドが無いのに、なんで屋根に煙突がついているんだ」
「…………」
サフィリアはピタリと動きを止めて無言になった。聞かれたくなかった事のようだ。
「あーー、とにかく便利なのはいいな。さすが魔術師の台所だ」
シーグは適当なことをいいながら、アイフェから皿を受け取った。受け取った食器を入念に調べていると、アイフェが首をかしげた。
「どうしたの?」
「いや、食器には足が生えていないんだな」
シーグにつぶやきに、サフィリアがクスリと小さく笑った。
「詩人はよくそういう話をしているわね。コップに羽を生やすことだってできるけど、足の歩行や翼の飛翔は不安定なの。中身をこぼさずに移動させるのは難しいわ。実際に、エンチャント(付与)の試験の項目にもあるくらいだもの。それに、この距離なら手で運んだ方が早いでしょ?」
「確かに」
一通り運び終えると、アイフェが小走りにやってきて椅子に飛び乗った。
「アイフェ、行儀が悪いわよ」
「はぁーい」
いい加減な返事にサフィリアは不満そうだった。アイフェはひときわ大きな皿にかけられたナプキンを取った。
「これがウサギリンゴだよ」
「すごいな」
シーグは思わず嘆息した。皿に上に並んでいたのは、大小さまざまなウサギだった。耳の形のでっぱりがあって、小さな手足がついていている。目の部分には小さなくぼみがあり、良く見れば小さな口や髭まで表現されていた。
つまんでよく見ると、小指の爪の先に乗りそうな1番小さなウサギにまで細工が徹底されている。一つずつ異なる形で動きが表現されているし、削りカスになったリンゴは茂みに見えるよう盛られている。そのため、皿の上はウサギが飛び跳ねる草原のようだ。
「へへへ、すごいでしょー」
アイフェは椅子の上で半立ちになって、得意げに胸をそらした。
「ちょっと、これって違うわよ……」
一方、サフィリアは皿を見ながら困惑した表情を浮かべている。
「何が? どう見てもウサギじゃないか」
「言ったでしょ。皮を耳に見立てるだけなの。足も口もつけなくていいの」
「なんでそれがウサギなんだ。むしろモグラに近くないか?」
「そうだよ。こうした方がずっとウサギらしいんだよ」
サフィリアはしばらくの間、額に指を当ててうつむいていた。
「どうしたの?」
「頭でも痛いのか」
「アイフェ、食べ物をおもちゃにしてはダメよ」
サフィリアは冷たさを感じるほどの声で注意した。
「だけど――」
「それによく見て、あんまり時間をかけたからもう赤く変色してきているわ」
「じゃあ、今度から塩水に浸して――」
「アイフェ、私は食べ物で遊んではダメといったの」
サフィリアはピシャリと言い切って反論を封じた。
「もう二度としないで。いいわね?」
「うーー」
アイフェは不満げにうめき声を上げている。
「早く食事にしましょう。今度は紅茶や卵まで冷えてしまうわ」
サフィリアがそう言って、重々しい空気の中で朝食が始まった。シーグは気まずくて仕方が無かったが、アイフェは10数える間もなく、シーグに話しかけてきた。
「ねえ、シーグは朝食はいつも何を食べているの」
「……食べない事の方が多いかな」
「えーー。どうして?」
「こんなに簡単に食事を作れないんだ。水をくんでこなくちゃならないし、火を興さなきゃいけないからな」
「おなかが減らない?」
「慣れたからな。それに昼にたくさん食べるようにしているし」
「へえ。じゃあね、じゃあね」
何を言っても感心するアイフェ。サフィリアは一言もしゃべらず黙々と食事を続けていた。
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