2章-4 張り詰めた朝
*
微かに聞こえてくる小鳥の声。窓の外から差し込む明るい太陽の光にシーグは目を開けた。
朝日が入り込む東側に窓があるのかと思ったがそうではない。窓の外が真っ白に輝いている。湖にうっすらとかかった朝霧に日の光が乱反射しているからだ。積雪の朝はやたらと明るいものだが、その眩しさとは比べ物にならない。
どうやら、天空の水盤では寝坊はさせてもらえないらしい。シーグはベッドの上で起き上がると、アイフェが引っ付いてきた。一晩中、力いっぱいシャツを握り締めていたのでシャツの首もとが腹がみえるほどに垂れていた。そして、ヨレヨレになったシャツは涙やらヨダレやらでベトベトになっている。そこにアイフェが頭をこすり付けて眠っていたので、銀色の髪は跳ね放題で三倍ほどに膨れ上がっている。
「すごい寝癖だぞ」
「うー、そんなに食べられたら首までなくなるよ」
「は?」
「頭は生えてこないんだよぉ」
不思議に思って、アイフェの表情を覗き込むと幸せそうに顔を緩めている。どんな夢か分からないが悪夢ではないようだ。
シーグは大きなあくびをした。アイフェが休みなく寝返りを打ったり、寝言を言ったりしていたせいでシーグはほとんど眠れなかったのだ。
「そろそろ、起きてくれ」
シーグはアイフェを揺さぶった。
「いやん、だめだよぉ」
ねぼけながら妙に色っぽい声で返事をして、更に頭をこすり付けてくる。
「そんなにかじったらヤなの」
「いい加減、俺を寝かせてくれよ」
半分まぶたを閉じながらぼやくと、何かやわらかいものが落ちる音がした。顔を上げると、扉の外にサフィリアが立っていた。
「おはようございます」
サフィリアはスッと目を細めると頭を下げて、ゆったりとした声と動作で挨拶をする。
「あー……よぉ」
シーグは片手を挙げて、弱々しい挨拶をした。しかし、サフィリアは目を合わせようともせず、足元に落ちた服を拾っている。
嵐の前の空、割れる寸前の薄氷、引き絞られた弓。そういったものをシーグは連想した。
「一晩で服がずいぶんと伸びたようですけど、服のサイズは同じでいいですか?」
「そう……ですね」
シーグは顔をこわばらせながら、妙な返事をした。そして、眠っているアイフェを起こすために頭を小突いた。
「おい、あんたの考えているような事はだな」
「……」
サフィリアは無言でベッドの端に服を置いた。
「何も起こってないんだぞ。だから、そんな態度はやめてくれ」
「…………」
そして、テキパキとした仕草でカーテンをまとめて窓に手をかける。
「………………あの、聞いてますか?」
サフィリアは窓をピシャンと音を立てて開くと、無表情で振り返った。
「ええ、とてもよく聞こえています。敢えて私の考えている事を言わせていただければ、やましく思う心がないのなら、堂々としているべきですね。狼狽は余計な誤解を生みますから」
明快な返事と共に朝の冷たい風が空気に吹き込んできて、シーグは氷室の中に閉じ込められた気分になった。
「あー。サフィリアだー。おはよー」
冷たい風にアイフェは目を覚ました。しかし、頭の中はまだ夢の途中のようだ。
「アイフェ、こんなところでどうしたの?」
「えへへ、食べられちゃったの」
「あら、そうなの」
ヘラヘラとアイフェは笑っている。しかし、微動だにせず真っ直ぐに見つめてくるサフィリアの態度に表情が徐々にこわばってゆく。そして、最後には泣きそうな表情でシーグを見上げた。
「アイフェ」
「はい!」
呼ばれると同時に背筋を伸ばすと、シーグの膝の上で飛び上がって正座した。シーグは痛みに体勢が崩れる。
「その格好のままは良くないわ。着替えましょう」
「はい! です!」
今度は手を挙げて返事をする。シーグは横っ面をはたかれて、アイフェと一緒にベッドの下に落ちた。
「アイフェは部屋に戻りなさい。シーグは着替えたら、外で待っていてください。怪我の治療をしましょう」
サフィリアは冷徹な態度を崩さず、礼儀作法の見本のような歩き方で部屋を出て、音もなく扉を閉じると去っていった。
「あれは怒っているんだよな?」
ベッドから這い上がりながらシーグは聞いた。すると、アイフェはブンブンと勢いよく首を横に振った。
「無茶苦茶、怒っているんだよぉー」
アイフェは涙声で叫ぶと、シーグの背中を踏み台にしてベッドを飛び越えた。そして、バタンと扉を開けると全力疾走で廊下を走っていく。シーグは全身を貫く痛みのためにベッドからずり落ち、しばらく動けなくなった。
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