1章-21 ィヤァァァァァー!
「終わった……か」
安心すると、シーグは意識が遠ざかりそうになった。頭を振って気をはっきりとさせる。
「サフィリア。決着がついたぞ、こっちに来てくれ」
シーグはそう言いながらも油断なくベクターと白髪の青マントに剣を向けるのを忘れない。サフィリアは小走りでやって来たが、何もないところでつまずいて転びそうになる。シーグは片手を伸ばして、サフィリアを支えてやった。全身がばらばらになりそうに痛んで目の前が霞む。
「ごめんなさい。傷が痛むんじゃないの?」
「で、これからどうするんだ」
問いには答えず、シーグはサフィリアをせかした。いつまで、意識を保っていられるか自信がなかったからだ。
「とにかく、相手を無力化します。あなた、バイロン・ランカートね?」
サフィリアの問いに、白髪の青マントはうなずく。
「全員の魔術の品を集めて差し出しなさい。まだ目はよく見えませんが、魔術の気配を見逃しはしません。シーグ、杖を返して」
シーグが手に持った剣を渡すと、サフィリアの手の中で元通りの杖に戻った。バイロンは気絶している仲間から、青マントを順番にはずしている。
「シーグ。傷の具合はどうなの」
「俺のはふさがる切り傷だ。それよりも、ベクターの方が心配だぞ」
「何があったの?」
「最後は頭から落ちた。それに、指と腕が捻じ曲がっている」
サフィリアは息を飲み込んで、ベクターの方を見る。アイフェはベクタの喉元からナイフをどけて後ずさった。
「あ、あの……ごめん。サフィリア……」
アイフェは涙目になって、かわいそうなほど小さくなっている。とても、死神の化身のような働きをしたとは思えない。
「怒ってないのよ、アイフェ。よくやってくれたわ。でも、その人の治療をしたいの」
アイフェは、何度も何度もうなずいている。
「指の応急処置だけは急がないと、変に固まるからな。家の中に治療のための道具はあるのか?」
言っている間に、サフィリアはローブの裾から、手のひらの乗るほどの木箱を取り出した。木箱を杖で叩くと、全てが10倍ほどにふくらみ包帯や、薬がふんだんに出てきた。湯気の立ち上るお湯と、氷の浮いた冷水の入った桶まである。
「お願い、急いで。魔術師にとって指先は命と同じなの」
「分かった。じゃあ、そっちの青マント達を頼むぞ」
シーグはベクターの傍らに膝をついた。
「君の傷も……軽くは見えないぞ」
「うちの総大将の命令でね。急げってさ。指を戻すぞ。歯を食いしばれ」
布を丸めたものをくわえさせ、シーグは一本ずつベクターの指を戻していった。グキリ、グキリという鈍い感触は、他人のものであっても耐え難いものがある。続いて、抜けた腕の関節もはめてやる。ベクターは歯を食いしばって、悲鳴1つ立てなかった。
「鮮やかなくらいに綺麗に外れているな。指も腕も折れていない。これなら、元通りに直るな」
技をかけた当人を見ると、ベクターとサフィリアを見比べて妙にそわそわしている。何かさせた方が気がまぎれるかもしれない、とシーグは思った。
「包帯は巻けるか?」
アイフェは何度もうなずいた。
「じゃあ、手伝ってくれ」
「うん、分かったよ」
アイフェは飛び跳ねるような動きで、包帯と薬の入った箱を持ってきてシーグの横に座った。その様子は、とても死神を連想させた少女とは思えない。
アイフェは包帯を取り出すとベクターの指に当てて、鮮やかな手つきで治療を始める。
「うまいじゃないか」
「いい殺し方が出来るためには、いい生かし方も知っていなくちゃダメなんだよ」
「……『みんな』がそう言ってたのか」
「そうだよ」
アイフェは嬉々とした表情で言った。『みんな』と呼ばれる人たちは、アイフェにとってよほど大切な人たちだったようだ。年端もいかない少女に、輝くような表情をさせるのだから、きっと明るくて、温かみのある人たちなのだろう。
「ちなみにシーグの背中は血がダラダラだよ。蹴られた腕もブクブクに膨れるね。きっちり洗って治療しないと熱が出て、全身が腐って死んじゃうんだ。頼むから殺してくれって言いたくなる位に、苦み悶えることになるらしいんだよ」
アイフェは楽しい計画を話すように説明した。怪我人の前で言う事じゃないな、とシーグは思った。ベクターも顔をゆがめている。
こういう会話を明るく出来るとは、『みんな』とは尋常ではない人々だったに違いない。
「だからね、拷問の時にはわざと――」
「アイフェ、そこの薬ビンを取ってくれ」
とてもつもなく生々しい方向に話が進みそうだったので、シーグは話をそらした。
「君の師匠はイービルスレイヤー(魔を制するもの)だな?」
突然ベクターに問われて、シーグは一瞬手を止めた。だが、すぐに無言で治療を再開する。
「彼の戦法は常に一撃必殺。剣や杖の一振り、たった一つの言葉でさえ戦況を覆す。君の戦い方は正にその通りだった」
敗北したというのに、ベクターの声はうれしそうだった。
「単なる嫌がらせ好きの変人だ」
「……それは、師に対する口の聞き方ではないな」
「師匠とさえ呼ばせてくれないんだ。その程度で何かを習ったと思われては困る、貴様に師匠などと呼ばれると虫唾が走るわ! だってさ。先生と言えば、何から何まで手取り足取り教えてくれると思っておるのか、たわけ! と言われる」
「……厳しい人なんだな」
「変人だよ」
控えめに言ったベクターに、シーグは即答した。
「敵にすれば恐ろしく、味方にすれば頼もしいが、近しい者には最も脅威となる男か」
ベクターは苦笑いしている。
「歩く毒舌、そびえ立つハタ迷惑とも言われていたっけな。よし、これで終わりだ」
ベクターの肘を固定し終わると、アイフェも指に包帯を巻くのを終えていた。立ち上がると、ふっと気が遠くなる。本当に血を流しすぎたようだ。早く終わらせて、ぐっすりと眠りたい。
魔術師の武装解除というのは、さぞかしすさまじいに違いないとシーグは思った。とんでもないものが山積みになっていることを想像しつつ振り返ると、人数分の青マントが積み重なっているだけだった。白髪の青マントがガイスの巨体から赤マントをはずすのにてこずっている。
「こっちは、もうすぐ終わるわ」
「……思ったより、簡単なんだな」
「何を考えていたわけ?」
「いや、まあ……」
ポケットから火の玉や光線や怪物が飛び出すという陳腐なものを想像していたので、何だか恥ずかしくなった。血の気が足りなくなって、頭がハッキリしないせいだと思いたい。
「わぁー、大変!」
アイフェが気の抜けたような声を出した。
「どうしたの?」
「ねぇねぇ、サフィリア。オヘソ丸出しで、下着がずれてるよ?」
サフィリアのローブはさっきよりもピッチリと体に張り付いている。腹部に縦長のくぼみがあって、胸元の下着のラインが、真横ではなく斜めになっていた。
「シーグ、そんなにジロジロ見たらダメだよ。女の子の裸を見たら男の子は何があっても責任を取らないと駄目なんだからね!」
アイフェが軽く頬を膨らませて、いつになく強い口調で言う。サフィリアは顔を真っ赤にして、胸元を両手で隠した。
「俺は見てない。ちょっ、待――」
「いーけないんだ。いけないんだー」
アイフェ両手を挙げて声高にはやし立てる。サフィリアは涙まで浮かべたので、シーグはうろたえた。
「お、落ち着け。裸なわけじゃない。ローブ越しに肌とかヘソとか下着が透けている程度だ。それに隠れるべきところはしっかり隠れて……」
「キ、キ、キ――」
サフィリアは声にならない声を上げながら耳まで真っ赤になり、ぶるぶると肩を震わせた。シーグは余計な事を言ったのだと気づいたが、もう遅い。
「ィヤァァァァァー!」
けたたましい悲鳴が耳を貫き、背筋を切り裂くような戦慄。脅威が来ると分かっていたのにシーグは体が動かなかった。かくして、サフィリアの放った平手うちが絶好の角度で頬に直撃する。シーグは目の前が真っ暗になった。自分が地面にドサリと倒れる音をずいぶん遠くに聞こえてくる。
(まだまだじゃのぉー。フォーフォッフォッフォ)
腹立たしい師匠の笑い声を聞きながら、完全に気を失った。
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