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外伝 死の道を行く-3 狂騒開始
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 『死の道』を奥へと進みながら、シーグは警戒を怠らない。
 ゴブリンの住処を突き進むことは危険だ。なぜなら、数を増やすほどにゴブリンは凶暴になる。そして、そのゴブリンを倒して――同士討ちも含めて――も脅威は去らない。魔境地帯において満ち満ちる血の匂いは、別の強大な怪物を呼び寄せる事になるからだ。
 たとえば、こんな話がある。ゴブリン討伐を目的とする騎士隊が魔境深くまで踏み込んだのだ。
 万全の陣備えを行い、最強の騎馬隊を投入し、大規模な攻城兵器まで持ち込んだ討伐隊は見事に全滅した。ゴブリンから始まった戦いはオーガを呼び寄せ、次に巨大な蝙蝠や狼の群れとなった。昼夜問わずに行われた死闘の最後には、飛来したドラゴンがすべてを焼き尽くす事で終わりを告げる。
 人が群れをなして魔境に踏み入るとき、怪物たちも結集するのだ。
 ゴブリンはその前兆に過ぎない。そのために魔境の番人という別名までついている。少数で人里に迷い出てきたゴブリンと、魔境の中心で群れるゴブリンを同じに考えてはいけないのだ。
 それを知った上でシーグはゴブリンの住処を突き進まざるを得なかった。
 周囲は相変わらず薄暗いままだが、空を見上げると太陽らしき黄色い光が、鉛色の雲と瘴気と枯れた木々の間から見える。
 先ほどまで行く手に見えていたガレフは、今では右手に臨む位置になっていた。街道はガレフに向かって直進しているのではなく、大きく迂回している。いずれ森の中を突き進まなくてはならなくなるだろう。
 だが、森の中はゴブリンの巣窟となっているはずである。今も、ぞろぞろと集まってきたゴブリン達が再びシーグを包囲しようとしていた。数は、見えるだけも軽く20体。大柄の戦士程度には手ごわいと認識されているようである。
 その時、シーグは脳裏に引っかかるものがあって、足を止めた。
 ガレフは、一枚岩が空に向かって突き立っている。しかも、もろい砂岩ではなく強固な岩肌であることが遠目にも分かる。周囲を見回してみると、森のあちこちに巨大な岩があった。よくよく調べてみると、それは地面の下から張り出しているのだ。
 岩はちょっとした家くらいの大きさがある。周囲の土を蹴ってみると、土は固い。そうとう早い段階で岩に行き当たるようである。
 周囲を見渡してみれば、ガレフが近づくほどに木々の丈は低くなってきている。怪物の性質、特にゴブリンが好む場所を考えてみると、森の中が危険だと勝手に決め付けるのは、早合点ではなかったか……。
 その時、耳を塞ぎたくなるような絶叫が森の中に響いた。グゥオーという、空気を揺るがすような大音声。
 オーガだ。
 それを聞いて、ゴブリン達は一瞬だけ怯えるようだったが、すぐに活気付いてきた。
 オーガは人間に似た怪物であるが倍は巨大である。全身筋肉質で猫背であるために、ずんぐりむっくりとして見える。見た目の通りに怪力で、何でもかんでも食べる。強靭な肉体と鈍い痛覚が脅威であり、胸をめった突きにしても動きは衰えない。首を落とすまで、痛みなど感じないように動き回るのだ。
 動きはノロマといっても差し支えはないが、尽きる事のない体力を持っている。
 馬を相手に競争すると最初は当然引き離す事ができるが、昼夜問わずに走り続けていずれは追いついてしまうのだ。
 そして、オーガとゴブリンの組み合わせは最悪である。
 ゴブリンは犬以上に鼻が利き、オーガに馬が逃げた方向を伝える。そして、腹が減るとオーガは同行者のゴブリンを食ってでも追跡を続けるのだ。翼でも生えていない限り、逃げ延びる事ができるはずがない。
 戦闘においては互いに感化しあって、戦意を高揚させる。猪のように一直線に敵に向かうオーガを見て、ゴブリンは自分まで無敵になったように勘違いする。オーガのほうでも、周囲で歓声を上げるゴブリンに影響されて我を忘れるのだ。指がなくなろうとも、腕が落ちようとも。関係なしに息が絶えるまで戦い続ける。それはもはや狂気や狂騒というべきだ。
「逃げるか」
 騎士ならば絶対にしない判断を、シーグは真っ先に選んだ。まともに戦って勝てる敵ではなく、勝った所で成果もないからだ。
 再び響くオーガの叫び声は、さっきよりも近くなっている。20体のゴブリンたちは、それが合図でもあるかのように一斉にシーグに向かって殺到した。
 手に手に木切れや、石斧を持っている。武器がないものは石を握り締めて投げつけてきた。狙いは大半が外れていたので、シーグが避けるには問題ない。真っ先にシーグに駆け寄ったゴブリンの後頭部を陥没させるだけに留まった。
 何体かは殺到する仲間たちに押しつぶされて倒れる。しかし、もはや仲間同士で争う様子もなく一丸となってシーグに襲い掛かってくる。
 恐るべき突撃を、シーグは手近にあった岩に駆け上る事で回避した。勢いあまったゴブリン達は、岩に正面衝突して動かなくなる。
 シーグは岩を当然乗り越えて反対側に逃げたはずだ。そう考えて、岩の下で待ち受けるゴブリンたち。しかし、シーグはいつまでたっても降りてこない。不思議に思ったゴブリンは、鼻をひくつかせた。そして、匂いを追ってはるか遠くを逃げて行くシーグを見つけたのだ。
 シーグは大岩の上から木に飛び移り、そのまま枝から枝を渡って逃げた。そして、遠く離れた場所に着地したのである。
 後ろを振り返ったシーグは、押し合い圧し合いしながら走ってくるゴブリンを見て肩をすくめた。戦う以前の問題であり、仲間同士でぶつかり合っているのだ。お互いに足をもつれさせたり、捕まりあったりして次々と脱落してゆく。実際に追いついてきているのは、先頭にいる5体だけだ。
 生まれ変わる事があっても、絶対にゴブリンだけは嫌だと思った。もっとも、怪物の暮らしを実際に見てみて、憧れを抱いた事など一度もないが。
 行く手にも次々とゴブリンは現れる。少なく見ても50体以上。シーグは数えるのも面倒になってきた。だいたい、オーガの咆哮で気持ちが高ぶっているゴブリンたちだ。完全武装の英雄達が待ち構えていても関係ないに違いない。
 背後から轟音がして、木々をへし折りながらオーガが街道に飛び出してきた。頭がやたらと大きく、髪と髭は伸び放題。大きな口に肉食獣のような鋭い歯。全身筋肉質で盛り上がった肩の筋肉は首を隠すほどだ。
 腰は曲がっており丸く腹が突き出ていて、裸同然の格好に申し訳程度の腰布をつけている。肌が岩壁のように見えるのは、垢や土が層になって固まっているからだ。その上にカビやコケが生えていて、羽虫がたかっていた。
 足元にはその衝撃で吹き飛ばされたゴブリンが痙攣している。こんな酷い目にあっていながら、どうして一緒に戦おうなどと言う気持ちが生まれるのか検討もつかない。
 怒涛の勢いで石畳を砕きながらオーガは近づいてくる。荒れた道をものともしないオーガ。シーグは街道沿いに進む事をあきらめて、森の中に飛び込んだ。
 木の上から武器を振り下ろしながら飛び掛ってくるゴブリン。しかし、シーグは走る速度を落とさず走り抜けるだけでよかった。目測を誤ったゴブリンは、シーグの後方で地面に叩きつけられ、後からやってきた仲間に踏みつけられた。
 森の中は思った以上に走りやすかった。石畳が剥がれて、乱れに乱れた街道よりもむしろ走りやすいくらいだ。シーグは生い茂る茂みの中から目ざとく獣道を見つけ出すと、背後に迫るゴブリンから更に逃げた。
 一枚岩の山や丘が聳え立つ場所は、地面に広く岩盤が横たわっている証拠なのだ。それが、年を経るごとにゆっくりと隆起してゆくのだという。ガレフもまた、そんな風にして出来上がったのだ。
 いつだったか、魔術師の女の子が誇らしげに話してくれた。聞きもしないのに勝手にまくし立てられて、覚えるつもりもなく聞き流していたつもりなのに鮮明に覚えている。
 誰からも期待されていた彼女を、狂気の縁に追い落としたのが自分だからか。
 後悔に捕らわれている暇はない。獣道の先に5体のゴブリンが待ち構えていた。しかし、冷静に観察するとキョロキョロと周囲を見回している。オーガの咆哮に気分を高揚させても、孤立してしまっては臆病に戻ってしまうようだ。
 剣を片手にまっしぐらに走ってくる人間は、番犬をはるかに超える脅威であるらしい。ゴブリン達は目をつぶって、石斧を振り下ろす。シーグはそのゴブリンの肩を踏み台にして飛び越すと更に先を急いだ。
 背後に鳴り響く轟音。何かが木っ端微塵に砕ける音と、メリメリと木が折れる嫌な音が続く。背後を振り返ると、オーガが森の中に入ってきていた。
 茂みを踏みつけ、枝葉を散らし、時には木をへし折って一目散に追いかけてくる。オーガが文字通りに切り開いた道を、ゴブリンたちの群れが続く。考えてやっているとは思えないが、抜群の連携だ。
 困った事に、人間にとって歩きやすい道はオーガやゴブリンにとっても同様だったのである。
 空気を震わせる怒号と、地面を揺らす足音と共にオーガは、目を真っ赤にして迫ってくる。
 詩人たちが子ども達の恐怖を煽るにはもってこいのシーンだ。それだというのに、まるで人事のように冷静になってゆく。いつ何を仕掛けてくるか知れない陰湿な師匠に比べれば、魔境の怪物の単純さには安心感さえ感じる。
 しかし、このまま逃げ続けても、追いつかれてしまうだけだ。身軽で素早いといわれた事はあるが、馬よりも速く走れるわけではない。
 オーガの場合、ゴブリンと違って木の上が安全とはならない。岩を投げてくるか、木そのものを倒してしまうだろう。オーガの怪力と、ゴブリンの圧倒的なまでの数。それらを前にして小手先の剣術などものの役に立たない。
 オーガが一歩踏み出す事に木々は折れ、岩は砕けて飛び散っている。それらは当然のことながら、後方にいるゴブリンにたびたび直撃するのだ。30を超えるゴブリンがすでにオーガの巻き添えを受けて倒れているだろう。そして、道行に広がる血の匂いは新たな怪物を呼び寄せるのだ。
 つまり、戦っても逃げても絶望的。万事休す。これがシャトランジ(王取り将棋)なら、すでに勝負ありというところだ。
 人事のように考えていると、森の向こうから鼻を突くような腐臭が漂ってきた。その時、シーグは脳裏に閃く事があった。
神速果断のシャープネス 〜外伝〜 へのリンク
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