1章-19 士気低迷
*
「全く見えも聞こえもしませんね。外の様子がまるでわからない」
「ライス、それは全員分かっている」
ベクターの返事に、ライスは恥ずかしげに黙りこんだ。
彼はディテクト(探知)の系統を得意とし、常に状況の報告をする立場にある。
探知の魔術を使って鋭い洞察の結果を口にする事もあるが、分かりきった事を繰り返す時もある。彼自身もそれを自覚しており、いつも恋人に呆れられているのを気にしている。酒の席で「魔術で彼女の髪型や服が変わったことに気づけたらいいんですが」と漏らしていた。
サフィリアと同じくフェルナンディの姓をもち、遠い親戚関係だという。最も、直接会うのは10年ぶりだといっていたが。
「一瞬だけ解除しますか? 墨を落とせると思いますが」
「それがサフィリアの狙いだ。一瞬でも解除すれば、剣の魔術をこちらに解き放たれる可能性がある」
「ではこのままで」
「ああ、しばらく時間を稼ごう」
ワグナス・グラムファーレはうなずいた。プロテクション(防護)の系統を得意とする一族の出身で、18歳とこの中では最も若い。雷撃の魔術に対して、ベクターが自分自身を盾とすると言った時、最も難色を示したのが彼だ。従順な態度も、反感の裏返しといえなくもない。
壁を強化するために、エンハンス(向上)を担当しているのは、バイロン・ランカート。ベクターと同じ28歳だが、ほんの数ヶ月前まで真っ黒だった髪が、今では真っ白になっている。メティオスマッシャー(隕石の強撃)で城砦を落とし、多くの人の命を奪った事を自分の責任だと痛感しているからだ。
「ワイバーンが興奮しています。まだ戦っているみたいですね」
ルパート・マードックが報告する。サモニング(召還)を得意とする一族の出身で、サフィリアに続くベクターの二人目の弟子だ。今年で20歳になったばかりだが、多様な才能を持ち、複数の系統の魔術を得意とする。地面に仕掛けた罠や、ワイバーンにしかけた矢弾も彼の手助けがなければ出来なかった。今は、ワイバーンの支配するためにエンハンス(向上)でベクターを補助してくれている。
「時間を稼げればそれで十分だ」
「何から何までお見通しなのですね」
ルパートは感嘆の声をあげてうなずいた。そうであればいいのだが。とベクターは思った。2人は気を失っており、不安材料は消えない。
イリュージョン(幻覚)の系統を担当していたのは、エリアス・ディスペリア。色白で細身で小柄。ひょっとして、彼自身が幻なのではないかと思うほど弱々しい。水蒸気爆発のために気を失ってしまったが、呼吸は安定していて命に別状はないようだ。
ブラスト(噴出)の系統を受け持つのは、フィーンドの姓を持つ誰かのはずであった。だが、ガイスがその地位を占めている。この巨体を浮かすには、何人かの魔術師が必要になる。総力戦に持ち込むときには、気絶した2人を置いたままで挑む事になるだろう。
「シーグが風の魔術をワイバーンに撃った後には、動けるものが総攻撃を加える。もしも、我々に向かって撃ったなら即座に防護壁を張りなおし、ワイバーンに始末を任せる。視線が通れば、ルパートが仕掛けた罠も使えるようになるからな」
「はい」
ベクターの指示にルパートは元気よく返答する。だが、他のものは無言でうなずいたり、「了解しました」と事務的に返答するだけだ。わずか16歳の少女を寄ってたかって攻め立てることに気が進まないのだ。そして、勝利しても確実に2人の少女を不幸にするのは確実である。
ベクターは墨に染まった防護壁を睨みつけた。
だが、戦う事をやめるわけにはいかなかった。どのような手段を用いても、勝たなければ意味がないのだから。
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