1部-28 挟撃作戦
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シーグとアイフェは屋根を伝いながら、アビシャル・ホルドの塔の裏側に移動していた。この周辺の屋根は特に平坦で、普通の道のように歩く事ができる。その一方で、屋根から飛び降りればすぐに通りに姿をくらませることも出来る。退路としてはこれ以上、理想的な場所はない。
作戦は、シーグとアイフェが2階の窓から奇襲、後にシンシアとリーザが侵入するというものだった。シーグは話し合った作戦の内容を思い返す。
魔術が使われると、近くにいる魔術師は眠っていても気がつく。
魔術士同士は互いに存在を感知できる。
だが、その感知能力は個人を特定するほどではなく、建物の中での人数把握が限界である。
つまり、奇襲は魔術師ではないシーグとアイフェになら可能だ。そして、塔の中から魔術師が2人出てきているので、シンシアとリーザの2人が侵入しても即座には気づかれない。
事を隠密に運び、塔の2階を沈黙させるのが第一の目標だ。その後に地下を制圧して、1階を叩く。
塔の木戸と屋根は、ベランダのような構造になっていた。住人が外に出て休憩するためか、折りたたまれた椅子が壁に立てられている。
窓はボンヤリと緑色に輝いていた。シンシアから、魔術の視点を与えられているので、魔術の光が見えているのだ。シーグにも迷いなく識別できる単色の緑。つまり、プロテクションの魔術しか仕掛けられていない。遠目には分からなかったが、近づいてみると色のひずみが明らかになった。
シーグは窓の近くに耳を寄せる。話し声が聞こえるが正確な人数が分からない。
「ねえねえ、シーグ。肩車ー」
困っていると、アイフェが服を引っ張ってきた。
「あのな、遊びじゃないんだぞ」
「私なら、部屋の会話が聞こえると思うの。だけど、届かないんだよ」
確かにそうかもしれないので、シーグはアイフェを抱えようと手を伸ばす。しかし、アイフェは仏頂面で後ろに逃げた。
「肩車じゃないとヤダ」
「……」
ここで押し問答はしたくないので、シーグはアイフェに背を向けて、膝を落とした。すると、アイフェはツツーと背筋に指を伝わせてきた。ゾッとしたシーグは体をくねらせて、アイフェを睨みつける。すると、少女は心配そうな表情を浮かべていた。
「ねえ、肩の怪我って大丈夫なの」
「まあ、剣を振ったり肩車するくらいなら全然平気だぞ」
「本当?」
疑いの眼差し。アイフェは怪我の程度まで分かっているようだ。本当に勘の鋭い少女である
「実は結構痛いけど、肩車くらいは大丈夫だ。その代わりにシンシアには内緒にしていてくれよ」
「これは『くちどめりょー』だね。つまり、私たちは『きょーはん』なんだ」
アイフェは人差し指と小指を立てて言う。なんだか違うような気もしたが、まあいいかと思った。アイフェは嬉々としてシーグの背中によじ登る。だが、窓自体が低かったので中腰の不安定な姿勢にならないと、アイフェは窓に聞き耳を立てられない。
「『あいつら、でていったきりかえってこねえな――。おれたちもそとにいきたいぜ――。あーあ、まどくらいあけさせてくれよ――』。3人とも、5歩向こうだね。集まって話をしているみたいだよ」
ものすごい聴覚だ、とシーグは感心した。
「よし、襲撃するぞ」
シャープネスを鞘走らせると、アイフェは背中から降りてナイフを構えた。シーグは神経を集中させて、緑色のひずみに剣を三閃する
カッと小さな音を立てて、木戸は6つに分裂する。シーグは窓枠を乗り越えて塔の中に進入した。驚きに声もなく硬直している3人の男たち。シーグは一挙に距離を詰めると、左手で片方のみぞおちに膝を食らわせ、体勢を立て直す勢いを殺さずにシャープネスの柄を首筋に叩きつけた。崩れる2人が大きな音を立てないように抱きとめてから床に落とす。
最後の1人は逃げ出そうとした所を、アイフェが膝の裏に蹴りを入れた。後ろ手に倒れた所を、首の後ろに短剣の柄を叩きつけて気絶させる。ほとんど物音を立てない見事な手際のよさだった。
「じゃ、私は戻るよ」
アイフェはシーグに声をかけると、窓から外に出て行った。シンシア達と協力して、一階から進入する手はずになっている。
落ち着いて周囲を見回してみると、かび臭く薄暗い部屋には魔方陣の放つわずかな光しかない。
床一面に巨大な『△』の模様があり、周囲に意味不明な模様と文字が規則正しく並べられていた。この魔方陣と、地下の魔方陣を同時に破壊して1階に侵入しなくてはならない。
*
「お――」
驚いた声と共に、銀色の髪がキラリと輝いて、屋根の上に引っ込んだ。
「アイフェ、かくれんぼをしてる場合じゃないわ」
リーザが小声で呼ぶと、アイフェはしぶしぶといった様子で屋根から頭を出した。
「はやく降りてきなさい!」
シンシアが押し殺した声で言う。きつく言われたアイフェは、機嫌を悪くした様子で降りてくる。
「遊びじゃないのよ。ふざけないで!」
「だけど、シーグはさっき肩車をしてくれたもん」
腰に手を当てて怒るシンシアに、怯みながらも反論するアイフェ。
「全くあの人は、どこまで緊張感がないんだか!」
「ほらほら、2人とも喧嘩しないで」
「喧嘩じゃありません。アイフェの事を注意しているだけなんです!」
「私は悪くないもん」
大きく息を吸い込んだシンシアに、唇を尖らせて逃げ腰になるアイフェ。
シーグもサフィリアもいない状態で、2人の喧嘩を止められる自信はリーザにはない。ジェイナス校長でさえ、最初は見ているしか出来なかったのだ。お互いに怪我をするような事はしないが、一度こじれると後が長いのである。
険悪になった2人に挟まれたリーザは、とりあえず落ち着け、と自分に言い聞かせた。こういう場合、シーグもサフィリアも目的を持たせて、騒ぎを収めていたはずだ。
「と、とにかく。今は急がないとダメよ」
「ですけど、リー姉様!」
食い下がるシンシアは目の色が赤みがかってきている。機嫌が悪くなってきている証拠だ。
「このままじゃ、塔の中にいるシーグが困っちゃうわ」
シーグの名前を聞くと、シンシアは口を閉ざした。アイフェも表情を改める。そして、2人の間に走った緊張感は氷が解けるように消えてなくなる。出会って数日しか立っていないのに、2人の中ではシーグの存在は相当に大きくなっているようだ。
やっぱり自分に先生は務まらないんだろうな、とリーザは思った。そもそも、サフィリアがいない状態で学校は続けられるのだろうか。
そう考えた時、リーザは心臓をつかまれたような不安を感じた。
この戦いに勝てば、ルパート・マードックが陰謀を働いていたと暴く事になる。そうすると、同族であるジェイナスの立場も変わってくるはずだ。フェルナンディと他の6家の軋轢が強すぎるからこそ、中立的立場の強いマードックからジェイナスが責任者に選ばれていた。その均衡が大きく揺らごうとしている。
学校の中に自分と子ども達だけが取り残される。そんな光景を想像して、リーザは足元が崩れ去るような気がした。
「リー姉様?」
シンシアに問われて、リーザは気を取り直した。アイフェはすでに塔の入り口にいた。物陰に隠れながら、入り口を確認している。リーザも持ったままのカラシニコフ爆弾を握りなおし、アイフェのほうへと歩いていった。
地下への入り口は薄暗い。階段が終わっても奥に続いているようだ。
「ここからじゃ、よく見えませんわね」
アイフェと並びながら、シンシアが階段を覗き込む。
「だけど、風が流れてくるよ」
「つまり、あの2人は入り口を締めずに出てきたという事ですわね」
「ありゃ?」
アイフェが耳を澄ませたので、リーザは動きを止めた。邪魔にならないように息も止める。
「足音は1人だけだ。ウロウロと歩き回っているね。ちょっと倒してくる」
忘れ物を取りに行くような気軽さで、アイフェは階段を下りようとする。シンシアは慌ててアイフェをとどめる。
「魔術の罠があるかもしれません。私も一緒に行きます。リー姉様は後ろからついて来てくださいね」
「う、うん。分かったわ」
階段を下りようとした所で、意を決したようにシンシアは振り返る。
「この状況ではその爆弾は使いにくいと思います。閉鎖された場所では私たちも巻き添えを受けてしまうし、奥に踏み込めなくなるからです」
「あ……」
言われてから始めて、リーザは気づいた。そういえば、自分の塔にいるときにも、火攻めをすると危険だとシーグに言われた。カラシニコフ爆弾が有効なのは、広い場所で風上を押さえている時だ。
しかし、他に役に立ちそうな道具も持っていないし、魔術も使えない。
「私、ひょっとして邪魔なのかしら?」
「ち、違います」
よほど情けない口調だったせいか、シンシアは勢いよく否定してくれた。
「魔方陣を調べてもらったり、魔術の道具を調べてもらったりしてもらわなくては」
「うん、分かったわ。後からついていくから、気をつけてね。無理しちゃダメだぞ」
リーザは意識して明るく微笑んだ。シンシアはアイフェと並んで階段を下りてゆく。
一番下まで降りたアイフェとシンシアは、小声で話し合いながら奥に向かってゆく。そして、シンシアが扉の向こうを覗き込み小さくうなずく。すると、アイフェが地下の部屋に飛び出して行った。
瞬く間に片がついたらしく、部屋の中からアイフェが手招きをしている。シンシアとリーザは塔の地下に侵入した。緑ローブの男が1人、床の上でのびていた。
塔の中は20歩ほどの広さがある円形の空間だった。シンシアの指摘どおりにプロテクションを示す、『△』の文様が刻まれていた。純粋な緑色の光を放っている事から、罠の存在がないのを確信して手を触れる。
すると、塔の中にある魔力の流れがリーザには手に取るようにわかった。2階と地下はプロテクション、1階がサモニングの魔方陣だ。
「うん。全部シンシアの言ったとおりよ」
「リー姉様、魔方陣に触れている魔術師の人数は分かりますか?」
「2階に3人、1階に9人、地下は私たちを合わせて3人だけど?」
それがどうしたのだろうか。すでに魔方陣の形は知っているはずなのに。
「誰も1階から移動していない。つまり、私達の襲撃には全く気づいていないという事ですわ」
「……さすがシンシアちゃん。フィーちゃんがこの事を聞いたら、きっと喜ぶわよ」
誉めてあげると、シンシアは照れくさそうに頬を染めた。そうしているうちに、1階に続く階段を調べに行ったアイフェが戻ってきた。
「2階には下りる階段があったけど、地下からは1階に上がる階段しかなかったんだ」
独特の言い回しにリーザは混乱した。一体、どういう意味なのか分からない。
「なるほど。という事は、このまま攻めればシーグさんと挟撃になりますわね」
「うん。それに風が流れてるって事は、戦いが始まればシーグにもバッチリ聞こえるって事だよ」
アイフェとシンシアはお互いにうなずいて階段に向かって歩いてゆく。何を言われているかわからないまま、リーザは2人の後をついていった。だが、階段を昇ればすぐに理解する事ができた。階段は、1階に続くところで行き止まりになっていたのだ。
つまり、1階を通らないと2階には行けない構造になっている。だから、シーグが駆け下りてくれば前後からの挟み撃ちとなる。
(本当に私って、向いていないみたいね)
鑑定は魔術の力の流れを調べる事と同様に、形や組み合わせのほうが重要になる。自分が触れて気づいた事よりも、はるかに多くの事をシンシアは事前に知っていた。
プルーフ・アゲインスト(積層の鑑定士)などという大層な称号をつけられているが、魔術の品は全部サフィリアやベクター卿の協力で作ったものばかりだ。自分の部屋を城砦化する事や、湖での戦いだって実際にはサフィリアがほとんど考えたものばかりだった。
自分ひとりでは何も分からないし、何も作れない。魔術師としての修行も中途半端だし、平常心を保つ事だってずっと年下の子どもにも敵わない。
このままでは手伝いが出来るどころか、足手まといになるばかりだ。
「リー姉様?」
我に返ると、シンシアが心配そうに顔を覗き込んでいる。
「え、あ、どうしたの」
「大丈夫ですか。なんだか、辛そうですわ」
「あー、ちょっとボーっとしちゃってた? なれない魔術を使ったかしらね」
「今から、私とアイフェは1階に行きます。リー姉様が魔方陣を破壊したタイミングで飛び込みます。お願いできますか?」
「うん、分かったわ。気をつけてね」
「大丈夫です。すぐにシーグさんが来てくれますから」
「だね!」
シンシアとアイフェは足音を忍ばせつつ、上に向かう階段を昇ってゆく。みんなが遠ざかってゆく事が、リーザ自身の立場を暗示している様に思えた。
リーザは首を横に振って、後ろ向きになっていく思考にフタを閉めた。
魔方陣の構造は単純だ。油をまいてちょっとした火をつける程度で破壊できる。リーザは懐からガラス瓶を取り出すと、魔方陣の上にまいた。そして、手の平を叩いて火をつける。魔方陣の文様が黒くただれてゆき、魔術の力の流れが失われたのが分かった。
それは、塔のいる魔術士全員が知る事となるだろう。
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