ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
1章-17 ガミガミ婆さん
     *

 前後左右にわらわらと動く自分自身を見て、シーグはゲッソリとしていた。
「これはたまらないな」
 背格好も装備も完全に同じで、つまり背中の怪我が生々しく見える。
 その上、鏡とは違ってそれぞれが異なる動きをしているのだ。サフィリアの幻影が見事に働いていて、それがベクターに対する切り札になっている事は分かっている。それでも、気味悪くて仕方がない。
 自分そっくりの人間を見たら、死ぬという逸話を聞いたことがある。それが真実なら自分は何十回命を失っても足りないだろう。
 シーグは余計な考えを振り払って、サフィリアの作戦を頭の中で思い返した。

     *

「自分の全身を一度確認して、もちろん背中もよ」
 サフィリアは手鏡を取り出して、シーグに押し付けた。
「背中?」
「私が最後に見たのは、あなたが皮鎧を付けていて、背中を怪我していない姿なのよ。幻影は全く同じに作らないと、すぐにばれるでしょ」
「俺が確認して、意味があるのか」
 聞きながら、シーグは鏡で自分の背中を確認する。傷は骨には届いていないが、出血がズボンも赤く染めている。あまり長い時間は戦えないだろう。
「探知の魔術があるわ。それで、あなたの思考を読み取るの」
「頭の中をのぞくのか?」
 シーグと同様に、サフィリアも表情をゆがめる。
「本当はやりたくないわ。私の考えている事も、あなたに筒抜けになるからお互い様。でもこの場合しょうがないわ。それとも、知られるとまずい事をいつも考えているわけ?」
「別に……」
 シーグは頭をかいた。調子を取り戻したのはいいけど、とたんに口が悪くなるのは勘弁してほしい。
「今も私の悪口を考えていたでしょ」
 違う、と喉まで出かかったのをシーグは飲み込んだ。真っ向から否定するのは、認めるのと同じ事だからだ。
「準備はいい?」
「心の準備だけは出来たぞ」
 サフィリアは杖の先で、シーグの肩口に触れる。すると、唇をかみ締めて痛々しい表情を浮かべた。
(酷い出血じゃない)
 サフィリアの声が直接頭に響いてきた。
(だから、エグイとかグロイとか気色悪いとか言うなよ。余計に痛くなるからな)
(言ってません)
(口は開いてないもんな)
 サフィリアは一瞬だけ、ムッとした表情を浮かべた。
(自分の体の事は自分で分かる。まだ戦える)
(でも、戦いが終わったら、きっちりと治療をしてよ。夕食を作るから、食べてね。その後二、三日はゆっくり休むのよ)
 世話焼きおばさんみたいだな、と考えた瞬間、ゴン! と鈍い音が鳴ってシーグは目の前に火花が散るのが見えた。
(……思い切り殴らなくてもいいだろう)
(この魔術を使うには、頭に接触するのが一番です。いっそカチ割った方が更に確実という説もありますが、試してみましょうか?)
(…………)
(とにかく急いで。子ども時代のことを思い出してどうするの? 全身を順番にね。まず足、次は手、肩口をもっと正確に思い浮かべて)
 サフィリアの口調、いや思考はどんどんと速くなる。
(汚いシャツを着ているわね。もう、髪がぼさぼさじゃない。帰ったら頭を洗いなさいよ。嫌だ、ズボンも靴もボロボロなのね…………うん、終わり)
「まるで、ガミガミ婆さんだな」
 仕返しとばかりに口に出して言うと、サフィリアの眉が跳ね上がった。
 サフィリアは怖い表情のままで、杖を一回転させた。とっさに身構えたが、それはシーグを狙ったものではなかった。周囲から風が集まってきて、杖の中に吸い込まれていった。そして、シーグが持っていた剣と同じ形に変わってゆく。
「使い方は剣と同じ。振り下ろせば、衝突の瞬間に風の刃が飛びだすから。至近距離なら、ワイバーンの鱗を簡単に貫けるわ。ただし、一度だけよ。その後は、普通の剣と変わらなくなるわ」
 シーグは神妙な顔で杖を受け取った。
「魔術師が杖を手放して大丈夫なのか?」
「持っていてもできる事は少ないわ。封土に関連する魔術。つまり、水の属性はつかえる。だから幻影を使ってベクターを混乱させる事かしら」
「じゃあ、俺はどう戦えばいい?」
「ベクターがワイバーンの支配を解き放っていたら戻ってきて。もしもベクターがワイバーンを操っていたなら……」
 サフィリアは、辛そうに言葉を切った。
「勝つために必要な事を教えてくれ。隠し事はなしだぞ」
「……そのまま攻めてほしいの。でないと、勝ち目はないわ。これを使って相手の視界を奪えば有利に運べると思う」
 サフィリアはローブの裾から拳ほどの大きさの黒い球を3個取り出した。
「なんだこれ?」
「墨を溶かした水を魔術で固めたわ。1つで桶一杯分ね。ぶつければ周囲に飛び散る仕掛けになってるの」
「鳥の糞の次は墨か。全く魔術師の戦いって奴は…………」
 余計な事を言いそうになって、シーグは言葉を飲み込んだ。
「子どもの喧嘩とでもいいたいわけ?」
 シーグが再び構えるとサフィリアは厳しい表情のままで続ける。
「とにかく術者の視界を奪って集中を乱す。そうすれば、支配の魔術は解けるわ。私の思いつく事だもの、ベクターもそこまでは読んでる。幻覚の魔術も何処まで役に立つか。私の目が見えていないから、幻影は不自然な動きをするの。だから、無理はしないで」
 魔術師の戦いは、まるでスポーツかゲームのように対応策が決められているように思える。だからお互いに読みやすく、首を絞めあうように戦いが長引く。ならばベクターの裏をかくには…………?
神速果断のシャープネス 〜外伝〜 へのリンク
イリーガル・ブレイド 〜血色の報復者〜 へのリンク
長編小説ランキングに投票
ネット小説の人気投票HPです。投票していただけると励みになります。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。