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1章-15 雷の矛先
「え?」
 呪文は中断された。すると、光条となって飛ぶはずの雷撃が、杖の先で球状に膨らんでゆく。危険を感じたシーグは立ち上がって、サフィリアに駆け寄ろうとした。
「来ちゃ駄目。離れて!」
 サフィリアは苦しそうな声の後に雷撃を放つ。魔術の狙いはベクターからはずれて、ワイバーンの尻尾をかすめただけだった。更に雷撃は霧に放電して、バリバリと音を立てながら蜘蛛の巣のように周囲に広がる。ワイバーンも巻き込まれて雄たけびを上げたが、体勢を立て直すとベクターと共に霧の向こう、ガイス達のいる方向へと姿を消した。
 サフィリアは人形のようにぐったりとして膝を突いた。そのまま後ろに倒れこみそうになったのを、シーグが駆け寄って抱きとめる。パチリと小さな火花が散った。
 ベクターは雷撃を止めようがないのを知っていた。だから、外させたのだ。サフィリアが誰も殺すわけにはいかないと知った上で。 
 考えてみれば、何処までベクターは先を読んで戦っているのだろう。
 炎と水の魔術がぶつかり合って、霧が発生した事も。見通しの悪い場所で、風の魔術に当たったと思い込ませる事も。ワイバーンに矢弾を仕掛けて、奇襲する事も、すべて一つに繋がった作戦に思える。
 ガイスを狙って投げたナイフを、杖でも魔術でもなくマントを投げて止めたのも陣形から自由になるための行動だったのだろうか?
 しかも、勝利のためにサフィリアの弱みに付け込み、自分自身さえも盾とすることが出来る。そんな男に一体どうすれば勝てるというのか……。
「シー……グ?」
 サフィリアは震える声で問いかけるように言った。視線はシーグのずっと後ろに向けられている。
「まさか、目が見えていないのか?」
「ぼんやりとは分かるわ。自分の魔術に巻き込まれただけ。一時的なものよ」
 だが、戦いの中では十分致命的だ。サフィリアの魔術での攻撃は期待できそうにもない。
「ごめんなさい、失敗してしまったわ。あなたが命がけで私を守ってくれたのに……」
「次からは雷の扱いも気をつけるこったな」
「うん」
 嫌味をこめて言ったのにサフィリアは反発もしない。シーグは嫌な予感を覚えた。
「もう、降伏しましょう」
「何?」
「あなたは傷だらけじゃない。だから、もうこれ以上戦わないで」
 サフィリアは力を失って、シーグの腕に顔をうずめた。
「あなたとアイフェの事はガイスに交渉してみます。天空の水盤と私の魔術師としての力をすべて引き渡せば――」
「ふざけるな。ガイスなんかにあんたを渡せるか! 俺はまだ戦うぞ」
 最後まで聞かずに、シーグは怒鳴りつけた。
「でも、私は目が見えないの。戦力にはならないわ」
「だったら、俺が代わりに戦うだけだ。どうすればいい?」
 すると、サフィリアは下を向いて何かをブツブツと言っている。
「――して」
「なんだって? そんなに小さい声だと聞こえないぞ」
「いい加減にしてって言ったの!」
 突然、顔を振り上げての悲痛な叫び声にシーグは絶句した。
「よく聞いて。この状態だと、向こうは防護壁の中で閉じこもって身を守っているだけでいいの。そうすれば、ベクターが直接操らなくても、ワイバーンは勝手に私たちを襲うわ。その上、ガイス以外は全員4系統の魔術を同時に使える熟練の魔術師で、びっくりするくらい高性能な魔術の道具を持っているの。だいたい、あなたは剣を溶かされて丸腰当然じゃない。それなのに戦うなんて笑わせないで」
「な! ――」
 言い返そうとしたシーグの言葉をさえぎって、サフィリアはすごい剣幕で更にまくしたてた。
「私がやっていてなんだけど、霧の中、視界が通らない場所で探知の魔術は役立たずになるわ。その上目が見えていないから、大規模な魔術に狙いを付けられない。大技で逆転するのは不可能になったの。そうなると人数の差で圧倒的に不利になる。そして、本格的に戦いが始めると、逃げ出すだけでも難しい。今じゃアイフェと連絡も取れないの。だから降伏するなら今以外にないわ、全員が生き延びるためにはね! こんな最悪の状況なのにあなたはどうやって戦うつもり?」
 叩きつけるような勢いと、論理的な回答の波状攻撃にシーグは口をパクパクさせながら圧倒されていた。
「黙っていたら分からないでしょ。ハッキリと言いなさい!」
「これから考える……つもりだった」
 教師に説教されている気分で、シーグはボソボソと言った。
「勝ち目もなしで猪突して、犬死するのが格好いいとか思っているわけ? そんな事をされても迷惑よ。バカなことを言うのもたいがいにしてよね!」
 目の焦点はまだ合っていない。それでも息を乱し涙をこぼしながら、サフィリアは切り付けるような勢いで叫ぶ。全くの正論なので、シーグは返す言葉もなかった。ので、妙に冷静な気持ちになったままで沈黙した。
「何とか……いいなさいよ」
 すると、今度は小さな子どものように地面にへたり込んで泣きだした。
 ワイバーンよりも、魔術の雷撃よりもこっちの方が厄介だな。と、考えているとシーグの脳裏に閃くものがあった。雷撃が放たれるシーンを思い返し、それが間違いではないことに気づく。
「ちょっと確認したいんだが」
「何……よ」
「ワイバーンもベクターも雷撃に巻き込まれたよな」
「ええ」
「それに、狙いは外れたけど雷撃が飛んでいったのはガイス達がいる方向だ。霧に放電していたから相当広い範囲に届く。そして、ガイスの張った赤い壁は破壊されていた」
 サフィリアはハッと顔を上げて、ローブの裾で涙をぬぐった。
「続けて」
「ベクターがたった一人で攻撃してきた時、他の青マントは何もしなかった。俺はボロボロで、あんたは目が見えない。そんな状態なのに追撃がない」
「どう思うの?」
 サフィリアは声に張りが戻ってきている。シーグは自分の考えの正しさを確信した。
「ハッタリを仕掛けられたと思う。軍勢が退却や建て直しをする時に、無茶でも攻撃を仕掛けて相手の攻勢を殺ぐんだ。だから、青マント達は攻撃できる状態じゃなかった。今はベクターとワイバーンもだ。そして、あんたの目が見えていない事さえ向こうは知らないと思う。もっとも、さっきの大声は聞かれただろうけど」
「あ……」
 サフィリアは唇をかみ締めてうなだれた。満ちつつあった戦意が衰えてゆく。
 また余計な言葉を言ってしまった、とシーグは舌打ちをした。
「つまり、あと一押しで俺達が勝てるわけだ」
 シーグは殊更に気をつけて明るい声を出した。だが、サフィリアの表情はまだ暗い。
「でも、動けるの? 体中傷だらけじゃない」
「鎧が守ってくれたおかげで、傷はどれも浅い」
 シーグは穴だらけになった皮鎧を脱いでシャツ一枚になった。遠くから打ち込まれたので、矢弾はどれも鎧で止まっている。1番厄介なのは、ベクターに二度蹴られた腕が少し動かしづらい事だ。サフィリアはまだ本調子ではないらしく上目遣いでシーグを見ている。
「あえて言うなら、泣かれて、叫ばれて、説教されたからな。頭や耳の方が重症だ」
「バカ……」
 サフィリアは力なくつぶやいたあと、力強く顔を上げた。
「まずはあなたに武器が必要ね。……そうだわ、ここは天空の水盤。そして、霧の中でこそ効果を期待できる魔術がある」
 話すごとに、サフィリアの声はいつもの調子を取り戻してゆく。もう余計な事を言わないように、シーグは口を閉じて霧の向こうに目を凝らした。その先にはベクターたちがいるだろう。
 そして、自分たちと同じように作戦を練っているのだろうか?
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