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2章-114 戦闘距離10歩
 互いの距離は10歩。先手必勝とばかりにシーグは1歩踏み出した。ガリウスが手を挙げると、透き通るように淡い緑色の光を放つ盾が空中に浮かび上がり顔を目掛けて直進してきた。シーグが首を捻って避けると、ガリウスは反対の手を掲げる。今度は右側面から腹を目掛けて緑の盾がぶつかって来る。それを横に飛んで避けると、同時にシーグはナイフを投げつけた。
 だがガリウスが唇を吊り上げるだけで胸の前に緑の盾が出現し、ナイフをいとも簡単にはじき返した。ガリウスは勝ち誇った笑みでシーグを見ている。突如背後に発生する気配。シーグは慌てて身を屈めた。背後に飛んでいった緑の盾が頭を掠めて戻ってきたのだ。体勢を立て直した頃には、再び緑の盾が前から迫っている。後方に飛んでよけながらナイフを投げつける。しかし、ガリウスは首をひねるだけでかわした。
 ガリウスが鼻で笑うと3枚のリーガル・バックラーは空気に溶けるように消えた。魔術の終了する一瞬の隙。しかし、その間にシーグは新たなナイフを構える事しかできなかった。ガリウスは一歩も動いていない。
 『10歩ならばリーガル・バックラーで君の動きを封じにかかる』ジェイナスはそう言っていた。踏み込めば10歩の間合いは後方にも広がる事になるのだ。
 全身の力をこめて剣を振るには、重心を固定しなくてはならない。その瞬間だけは魔術を使う時と同様、無防備になるものだ。その時に、全方位から迫るリーガル・バックラーをかわした上で剣を振る。そんな事は、蛇のような体を持っていない限り不可能だ。
「どうした、シーグ。そう逃げていては戦いにならんぞ。剣を抜けばどうだ?」
「お先にどうぞ。俺は年長者を重んじる性格なんだよ、おっさん」
 というよりも、抜いたところで却って自分が不利になるだけだ。熟練の戦士は盾を守りだけに使わない。積極的に敵にぶつけて武器を破壊したり、体勢を崩したりする事に使う。シャープネスの細さに付け入り、リーガル・バックラーに剣を集中攻撃されればどうなるか。わざわざ試す気にはなれない。
「観客が退屈している。今度はこっちから行くぞ」
「そりゃあ御親切に」
 シーグの軽口に、ガリウスは笑みを深くした。一方的に獲物を追い詰めた時の盗賊の表情だ。これで、王国の騎士とは笑わせる。
 ガリウスは前に敵がいるとも思えないほど無防備に足を踏み出した。胸を張ったまま、肩をいからせて堂々と歩く。ふざけた行為にシーグは腹が立ったが、迎え撃つより他にない。
 だが、シーグには考えがあった。ガリウスの靴には緑の膜が見えないのだ。つまり、靴は魔術の品ではない。そして、ガリウスはほどんど足を動かしていない。そこに付け入る隙がある。
 7歩の距離まで近づいた時、背後に発生する気配。シーグは横っ飛びに避けると同時に、自ら距離を詰めた。
 更に一歩踏み出したガリウスの顔と胸を目掛けてシーグは同時にナイフを投げた。当然のように2枚のリーガル・バックラーに弾かれる。そして、シーグはガリウスの足元に矢のように突っ込んだ。攻撃のために頭上から叩きつけるように迫る3枚目のリーガル・バックラー。シーグは飛び込み前転の要領でかわして、ガリウスの側面に転がる。そして、立ち上がりざま地面に落ちたままだったナイフを拾い上げ、ガリウスの靴に向かって投げる。これは予想外であったらしく、ガリウスは慌てて足を上げて避ける。当然、一瞬だが片足立ちになって体制が崩れた。シーグはその瞬間を逃さず、地面に手をついた。そして、絶妙のタイミングで回し蹴り気味の足払いを放つ。昨日、サフィリアに受けた攻撃よりももっと低く、しかもつま先を立てて軸足のカカト上部に突き立てたのだ。
「ぐっ!」
 しかし、鈍い音と共にうめき声を上げたのはシーグのほうだった。つま先に鋭い痛みが走る。ガリウスの靴は革張りのサバドン(鉄の靴)だったのだ。ガリウスの全身は文字通り鉄壁の守りだったのである。
 ガリウスは崩れた体勢を何とか立て直し、怒りの形相で振り返る。シーグは背筋に冷たいものが流れて後方に飛び上がるようにして逃れた。しかし、ガリウスは大きく踏み出し、腕を一杯に伸ばしてシーグを追いかける。
 つかむにはガリウスの踏み込みは3歩足りない。しかし、シーグの魔術の視覚はガリウスの左手に満ちる赤色の光を捉えた。
「ロッツ!」
 短いが鋭いガリウスの声。同時にシーグは背中が張り裂けるように痛んだ。
 ウーンズ(負傷)だ。
 皮が引きつる程度ではない。体の中にナイフを突っ込まれてかき回されたような激痛。傷が開いて血が流れた様子はないが、全身に汗が浮かび体力がごっそりと奪われた。衝撃は湖で受けたものとは比べ物にならない。距離と術者の能力。その両方が違いすぎたせいだろう。
 ウーンズの射程はフィーリアから、つまりガリウスの左手から3歩なのだ。踏み出し、手を伸ばせば実際の射程は5歩に延びる。
 ウーンズでこの程度ならば、クリティカル・ウーンズ(致命傷)はどの程度の効果があるか想像もつかない。その上、射程距離はアヴェンジャー(報復者)の切っ先から5歩、踏み込みとブロードソードの刀身を考えれば実際の距離は8歩となる。
 その時、蹴り上げた足の親指に生暖かい感触を感じた。ウーンズは負傷すれば、その効果は増すという。しかも、足の傷には包帯が巻かれておらず、無防備なままだ。
神速果断のシャープネス 〜外伝〜 へのリンク
イリーガル・ブレイド 〜血色の報復者〜 へのリンク
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