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1章-13 フィー!
  *

「来たよ」
 アイフェが顔を上げて、森の一点を見つめる。木々を踏み分けてガイス達が出てきた。7人全員が杖の届く距離に集まって、きょろきょろと周囲を見回している。
「そうか。ガイス達からは、俺たちがどこにいるか見えていないんだ」
「幻覚の壁があるものね。それに防護魔術も張っている。だから、ガイスが最初に何をするかは見当はついているわ。耳をふさいでいてね」
 サフィリアが杖を構えて呪文を唱え始めと、ガイスも同時に杖を掲げて何かブツブツつぶやきはじめた。
 風が吹いたわけでもなく、音が聞こえるわけでもない。だが、シーグにも何か強力な力が満ちてくるのが分かった。周囲の木々から鳥たちが慌てて飛び立ってゆく。
「来たれ、天よりの災厄!」
 サフィリアは、声高に叫ぶと杖を真っ直ぐガイスに向ける。
「ヴォルド・ヴェイ・レイ・ザ・アーク!」
 杖の先端から、一抱えも黄金色の光条が飛ぶ。目が焼け付くようにまぶしく、空気を焦がす匂いが鼻をつく。まるで、雷が落ちたようだ。アイフェが耳を押さえて、目をぱちくりさせている。
 果たして、ガイスは何事もなかったように立っていた。周囲に赤い色の壁が出来て、雷を防いだのだ。
「あの速さの雷を止めたのか?」
「打つ前に気づかれただけよ。大規模な魔術合戦に不意打ちはないの。次、行くわよ」
 サフィリアは、今度は下段に杖を構えた。空気が動く気配があって、高い山に登ったときのように耳が聞こえにくくなった。
「切り裂け、風刃。ヴォルド・ヴェイ・アル・グ・ラッド!」
 呪文と共に杖を振り上げると、風が地面に三つの爪あとを残しながら、ガイスに向かって殺到する。地面をえぐる溝は深く、刃の長さは身長の倍はあった。ガイスの張り巡らせた壁に直撃すると、周囲の地面が大きくえぐれた。
 自分に向けられたときに、どれだけ手加減されていたかをシーグは知った。
「今度は向こうの魔術が来るわ。ブラストの系統、解術の属性、球状の効果範囲」
 ガイスが杖を振り下ろすと、背後にあった家が忽然と姿を消した。
「家が消えたぞ!」
「幻覚の壁と、防護魔術を全部消されたわ。家はいつでも出せるから気にしないで」
 どうやって? と思ったがシーグは口には出さなかった。魔術師同士の戦いで、いちいち驚くのは無駄だ。
「じゃあ、私は行くよ」
「お願いね、アイフェ」
 サフィリアがうなずくのを見て、アイフェはガイス達から距離をとったまま森の中に走っていった。茂みを隠れながら、背後に回りこんでくれる手はずになっている。ベクターがアイフェを指さすと、ガイスはゆるゆると前進して森から遠ざかった。見通しの悪い森から突然奇襲される事を恐れて、前進したのだ。
 ベクターが指示すると、2人の青マントが壁をすり抜けて距離をとった。サフィリアは、呪文もなしに素早く二度杖を振る。すると、青マント達は、風の刃から逃れて再び壁の中に引っ込む。
「あの赤い壁はプロテクションの系統、対物理と魔術の属性、球形の密閉空間を作っているわ。出入りができるのはガイスが認めた人だけね」
「何でも向こうの思い通りなら、お手上げじゃないか」
「違うわ。出入り自由の壁は脆くなるし、何でも止める壁だったら何をぶつけても壊せるの。着脱の簡単な防具は脆くなるし、剣だって受け流さず真正面から受け止めたら折れるでしょ」
「魔術にも万能はありえないわけか」
 赤い壁の向こう側でガイスと4人の青マントが杖を掲げて、呪文を唱え始めた。ベクターが何もせずに、懐に手を突っ込んでいるのがやけに気になる。
「さあ、来るわ。ブラスト(噴出)の系統、炎の属性、エンハンス(向上)の系統で増幅」
 サフィリアがつぶやくと、赤い壁の外に火の玉が生まれた。
「メティオスマッシャー(隕石の強撃)か」
 ガイス達の異名となり、難攻不落の城砦を一撃で破壊した魔術だ。火球はみるみるうちに、大きくなりガイスとシーグ達の間をさえぎる。陽炎ができる真夏のように景色がゆがんで、焼け付くような熱気が届く。まるで、太陽が降りてきたようだ。
「これで、十分の一だって?」
 身長の三倍ほどに膨れ上がった火球を見て、シーグは生唾を飲み込んだ。一抱えほどの大きさでも木をなぎ倒す威力を持っていたというのに。
「でも、本当に隕石が落ちてくるのに比べたら、たいした事はないわ」
 そんなものと比べるのか? と、魔術師のスケールの大きさにシーグは呆れる思いだった。
「どうするつもりだ」
「どうしようかしら」
 サフィリアは、人事のようにつぶやいて小首をかしげる。
「ただ、見ているだけのつもりか!」
「あら、あなたでも慌てる事があるのね」
 シーグが声を荒げると、サフィリアは楽しそうにくすくすと笑った。
「見てるんじゃなくて、待っているの。うーん、この位でいいかな?」
 料理の火加減でも確かめるような気楽な口調で言いながら、片手でクルクルと杖を回している。
「魔術の真髄は純粋な威力じゃないわ。系統と属性を組み合わせ、起きる現象に適切な対応をする事よ」
 サフィリアはよく通る声で言うと、杖を地面に突き立てた。
「水天の交わり。ウェスト・ヴァル・ナ・フェルナミア」
 池の水がゴボリと音を立てて持ち上がり、水の幕が火球の前に展開された。ガイスがバカにするような笑みを浮かべている。ただ、一人ベクターだけは眉をしかめると、真上を見て顔色を変えた。シーグが不思議に思っていると、サフィリアが杖で空を指す。火球のせいで景色がゆがんでよく分からなかったが、ガイス達の真上に透明な何かが浮かんでいる。
 それは池の水に数倍する量だった。湖から水がどんどんと集まって更に大きくなってきている。
「さあて、一雨くるわよ。また、耳をふさいでね」
 なぜ、雨で耳を? シーグが疑問に思っていると、サフィリアは大上段から杖を振り下ろした。
 すると、水の固まりは滝の瀑布のようになだれ落ちた。ガイスの表情が恐怖に引きつる。そして、水が叩きつけられると同時に、火球が爆発した。耳を両手で押さえていても轟音が耳に刺さる。爆発した熱湯と衝撃波が、張り巡らせた水の壁をも貫いてシーグとサフィリアをも巻き込んだ。
 豪雨さながらに温かい水が降って来て、周囲が深い霧に包まれている。
「一体何なんだ?」
 つぶやく自分の声も遠くから聞こえる気がする。周囲を見渡すと、サフィリアが片膝をついている。
「フィー!」
 シーグは慌てて駆け寄ると、サフィリアは頭を抑えながら体を起こした。
「今、何か言った?」
「……なんでもない。それよりも何が起こったんだ」
「水蒸気爆発。火山でよく起こる現象ね」
「知らん。それよりも、あんたに怪我はないのか?」
「耳の中に水が入っただけよ」
 サフィリアは頭を振って、水を被って乱れた髪を押さえつけた。
「分かりやすく言うとね、熱した鉄に水をまくと水蒸気が噴き出すでしょ。煮立った油に水をたくさん注いだら、一度に水蒸気が噴出して爆発するわ。それを、さっきの規模で行うとこうなるわけ。どれも危ないから真似しちゃ駄目よ」
 最後のは真似できるわけないだろう、とシーグは思った。そして、サフィリアが立ち上がるために、手を取って引っ張る。
「これからは、火の取り扱いに気をつけるよ」
「水の取り扱いにもね」
 サフィリアは、人差し指を立てながら付け足した。
「自分で爆発を起こして巻き込まれるなんて、あんたは問題だらけの先生になれるぞ」
「悪かったわね」
 周囲には湯気がもうもうと立ち込めていて、蒸気風呂のようになっている。
「ガイスは蒸し焼きにでもなったのかな?」
 想像するんじゃなかったと後悔しながら、サフィリアに目をやってシーグは息を呑んだ。湯を浴びてローブがぴったりと体に張り付いていたからだ。細い肩のラインが肌色に浮き上がって、下着のレースの模様まで透けて見える。うなじには濡れた髪が絡みついていた。サフィリアが無造作に首もとの髪を払い、真っ白なうなじがあらわになる。シーグはあわてて視線をそらした。
「場所は特定できないけど、全員生きているわ。水圧と水蒸気爆発の二段攻撃だもの。赤い壁は完全に破壊できているわ――」
 サフィリアはピタリと口を閉ざして、霧の向こうを睨みつけた。
「エンチャント(付与)の系統、変化の属性。ベクターの一番得意な魔術よ」
 何でもありの系統で、しかもベクター。シーグは蒸し暑さも忘れて、背筋に冷や汗が流れるのを感じた。
 サフィリアは緊張した面持ちで杖を強く握り締めて杖を構えている。
「何をするつもりか知らないけど、先制攻撃を仕掛けるわ」
 気合と共に杖を横なぎに振って、風の刃を飛ばす。シーグに放たれたのと同じ、手加減された風が霧を裂いて飛んでいった。風が何かを裂く音がして、サフィリアは青ざめた。
「どうなったんだ」
「うそ、当たった……」
 呆然とつぶやいた後に、サフィリアは霧の向こうに向かってフラフラと歩き出し、すぐに走り出した。
「ベクター、無事なの?」
 敵に向かって言うにはふさわしくない悲痛な声。その返事は風を叩くようなくぐもった音だった。巨大な旗が風を受けたときにこんな音が鳴る。
 しかし、何故?
 シーグは正体は分からなくとも、背筋に走る戦慄から死の匂いを感じ取った。
「戻れ。罠だ!」
「え?」
 目に涙をためて、不思議そうに振り向くサフィリア。
 シーグがサフィリアに飛びついた瞬間、黒い巨大な爪が霧の向こうから迫る。爪が横なぎに振り払われると、霧のかかった空に金色の髪と赤い血しぶきが舞う。
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