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2章-104 重力反転
「さらにそくどをあげろ。りょうよくはさゆうにてんかい。ほういしてとりこめ。しょうめんはとっこうしてうごきをとめろ!」
 並列する船群は、陣形を変えた。やや後方に控えるエリスの船。まっしぐらに直進してくるのが1艘。
「た、体当たりですの?」
「考える事は同じだな、今だシンシア!」
 我に返ったシンシアがパチンと指を鳴らすと、小船は瞬く間に火を吹き上げる。シーグがシャープネスで、もやい綱を切ると同時に、サフィリアが杖で小船を指し示す。すると、水面を飛ぶようにして船が疾走を開始した。
 放たれた火矢のように水面をかける船は、最後には船底が見えるほどに浮上していた。特攻してくる船は、操船する魔術師の心理を物語るように右に左にと揺れたが間に合わない。
 爆発するような音を立てて粉みじんになったのは、燃え上がる小船だけであった。周囲に張り巡らされたプロクテション(防護)の魔術はその程度ではビクリともしなかったのである。しかし、船に張っていたオリーブ油が防護壁に飛び散って燃え上がる。
「ジュール、今よ。二連射!」
 リーザの指示どおりに、ジュールは立て続けに2つのクロスボウから矢を打ち出した。プレートメイルも貫通する威力があっても、矢はいとも簡単に防護壁にはじかれてしまう。船同士の正面衝突でもビクともしなかった鉄壁の守りだ。その程度では貫けるはずがない。
 しかし、どういうわけか。たっぷり一呼吸の時間を置いて、燃え上がっていた炎が船の中に落ちる。防護壁が解除されたのだ。船上の三人は、悲鳴を上げながら湖の中に飛び込んだ。
 その間に、クロスボウに取り付いた子ども達はクインクレインを巻き上げ、次の矢を込めると船の中に引っ込んでいった
 残るは3艘。等間隔に3方向に散って、どんどんと距離を詰めてくる。もはや逃げ道はない。戦い、勝利するか、敗北するかだ。
「けっかいじんをてんかい。りばーす・ぐらびてぃー」
 それを聞いたリーザが血の気の引いた表情になった。
「みんな、船にしっかりと捕まって。絶対に手を離したらダメよ」
 一方、サフィリアはかざした手を下ろす。とたんに帆がしぼんで船の動きが遅くなる。
「おい。何が起こるんだ?」
「重力を逆転させて、私たちを船ごと空に投げ上げるつもりよ」
 それを聞き、子ども達はヒッと息を飲み込んで緊張する。
「大丈夫よ。怖いかもしれないけど、何があってもみんなを守るから」
 サフィリアがパチリと指を鳴らすと、4つの燭台に再び火が灯る。すると、シーグの目にも緑色に輝く防護壁が見えるようになった。一方、サフィリアは服の隠しからガラス瓶を取り出した。中は鏡のように輝く銀色の液体で満たされている。
 水銀だ。
「いまだ、きょりをつめろ!」
 アイフェが言うと同時に、包囲が一斉に縮まってきた。
「水天の交わり。ウェスト・ヴァル・ナ・フェルナミア」
 空中で渦を巻きながら、円状に形作られてゆく。瓶の中の水銀が流れ出し水の中に混じる。もはや、水ではなく溶けた金属が輝きを放っているように見えた。最後に両手を広げてゆくと、一抱えもある巨大な鏡が生まれたのである。シーグが今まで見たどんな鏡よりも美しく澄み切っていて、写りこんだ虚像がガラス越しにみえる風景といわれても納得しただろう。
 最後に水鏡を胸に抱きしめると鏡が歪曲し、写った風景が押しつぶされたように小さくなった。
 一方、エリス達の船は10歩の距離まで詰めてきている。
「プロテクションの系統、アンチ・コンタクト・シェルの陣形より、リヴァース・グラビティー(重力反転)」
 船の周囲でボコボコと湖面があわ立ち始め、散った水滴が空に向かって飛んでゆく。髪の毛が逆立ち始め、全身が空に向かって引っ張られてゆく感覚は強くなっていく一方だ。最終的には三角に囲まれた一帯すべてのものが上に向かって落下してゆくに違いない。
「ね、姉様。船が!」
 シンシアがおびえた声をもらした。
「なるほどね、そういう作戦か」
「そうよ。これでいいの」
 シーグとサフィリアの自信に満ちた声に、子ども達は目をつぶって船にしっかりとつかまっている。ジワジワと船が持ち上がっていくと、恐慌状態になった子ども達の悲鳴が大きくなる。
 例外は、シンシアとジュール、アイフェの3人だ。シーグがうなずきかけるとシンシアとジュールは震えながらうなずいた。アイフェだけは小さく飛び跳ねながら、楽しそうに下を覗き込んでいる。船が二階の高さまで上昇した瞬間。
「今よ、攻撃開始!」
 サフィリアは手に持った鏡をかざした。南東からの日光を反射した鏡は強烈な光線を放つ。それを受けたエリスは体中を引きつらせ、顔を覆って船の上に倒れ伏した。
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