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1章-12 余計な事
      *

 丸い池の縁に、サフィリアは静かに腰を下ろした。シーグも近くに座る。アイフェだけは、「シーグから離れて静かに聞いていなさい」、と言われたので、少し離れて気配も感じさせず、人形のように座っていた。
「青マント達は魔術都市でも寄りぬきのエリートばかりよ」
「不意もうたずに近づくと、返り討ちだな。しかし、なんでそんなに有能な奴らがあんな奴の下で働いているんだ?」
「彼らに拒否権はなかったからよ。いつでもガイスのやり方は金の暴力なの」
「青マント達が気の毒に思えてきたな」
「私達の方がもっと悲惨よ。ガイスを殺したら、ジュサック家がまとめて敵になる。青マントの命を奪うようなことがあれば、魔術都市にいる彼らの一族が黙っていないもの」
「簡単に言うが、生け捕りは一番難しいんだぞ」
 サフィリアが唇をかみ締めて、足を止める。シーグは失言だったと後悔した。
「ええと、ガイスの赤マント1枚か、青マント4枚破壊を破壊する。理想どおりにはいかなかったな」 
「でも、1枚は確実に破壊したもの。ナイフが刺さったマントもたぶん使えない。だから、フォース・パワー・インテグレーション(四力統合陣)ね」
 シーグは、あいた方の手で指を一本ずつ立てながら数を数える。
「……残り5枚だろ? 計算が合わないぞ」
「これを見て」
 サフィリアが手を振ると湖面に、『∴』と『∵』が並んで浮かび上がった。
「これが青マント達が陣形を作る時の立ち位置よ。これを線で結ぶと三角形が出来るわ」
 点が線で結ばれて『△』と『▽』になった。
「この三角形を二つあわせると星になるのが分かる?」
「六ぼう星だな」
 シーグが答えると、2つの三角が重なり、中央に赤い点が浮かび上がる。
「ガイスの赤いマントは、この2つの三角を繋いで安定させているの。つまり、ボタンやブローチの役割ね。無いと陣形が崩れてしまう」
「なるほど、だから赤マントが一番の目標だったわけか」
「だけど、確実に青マントを1つは破壊した。点が1つ消えたら三角形は消えてしまう」
 サフィリアの言ったとおりに湖面の三角が1つ消滅する。
「残りは三角形が1つと、ガイスの赤マント。つまり、合わせてフォース(4人)って事か」
「魔方陣は丸に近いほど安定するの。だから、もう大技は使えないわね。威力は10分の1以下。もう、天空の水盤全体を破壊する力は無いわ」
「それでも、俺たちを吹き飛ばす程度の威力はあるのか」
「かすっただけでも骨まで燃え尽きるわね。試してみる?」
「……遠慮したいな」
 突然、サフィリアが顔を近づけてきたので、シーグは身を引いた。
「だいぶ、血が止まってきたわね」
 サフィリアが薬を塗った包帯を巻こうとすると、シーグは大慌てで後ずさった。
「なんで逃げるのよ」
「自分でやる。気にするな」
 逃げ腰になったシーグにサフィリアは詰め寄る。
「痛くなんてしないわよ」
「……そうだ、俺は自分で包帯を持っていたんだった!」
「何よ、その変なしゃべり方」
 シーグは皮鎧のポケットから緑色に変色した布切れを取り出した。皮から染み出した汚れを吸い込んで、ひどい臭いを放っている。今度はサフィリアが小さく悲鳴をあげて後ずさった。
「それを……使うの?」
「…………いや悪かった。その包帯を使わせてくれ」
 サフィリアは杖の先に包帯を乗せて、離れたままシーグに差し出した。
「絶対に近寄らないで」
「そこまで嫌がらなくてもいいだろう」
 妙に潔癖だな、と思いながらシーグは包帯を受け取った。
 薬が体に触れるのが恐ろしい。覚悟を決めて傷口に当てると、毒のはずがないと分かっていても焼けるような熱さを感じ、吐き気がする。シーグはこらえながら、包帯を巻きつける。
「薬がしみるの?」
「大丈夫だ」
 アイフェは何が楽しいのか、ニコニコしながらシーグとサフィリアを見ている。
「そうには見えないけど……」
 つぶやきながら、サフィリアは杖で湖面を軽く叩く。すると、水面にガイス達の様子が浮かび上がった。ガイスはまだショックで茫然自失の状態にあった。ベクターが口を忙しく動かして、青マント達に指示を出している。
「声が聞こえないぞ」
「読唇術、唇の動きを読みあって会話しているみたいね」
「何て言っているんだ」
 サフィリアはしばらくの間、ベクター達の様子を食い入るように見ていた。会話としては奇妙で、誰かが口を開いているのに、邪魔をするように次の人間が話し始める。身振り手振りが混じっている事もあれば、指を立てたり曲げたりする事もあった。
「断片的だけど……暁の星……六ぼう星、死神、水銀、虚空の城壁」
「なんだ、そりゃ」
「魔術師の隠語よ。『暁の星』は空、六ぼう星は『魔術』、『死神』はそのままね。『水銀』は産み出す。『虚空の城壁』は空気……。いえ、この場合は風かしら」
「意味が分からんぞ」
「分からない様にしているのよ。2人同時に口を開いているのは、片方が意味のない事を言っているの。話す内容だって順番があべこべになっているかもしれないわ。本当と嘘を時間を割り当てて言っているかもしれないし、視線で会話をしている場合もある。隠語じゃなくて仲間内だけの暗号のときもありそうよ」
「頭が痛くなりそうだな。何でそんな面倒な事を?」
「ここが天空の水盤だから、私に常に監視されても分からないようにしてきたのよ。さっきの内容も10数える時間のホンの一部の内容。それだけ解読するのに、何倍も時間をつかったわ。でも、嘘の情報かもしれない」
「真面目に調べても、かえって混乱させられるだけか」
 奇術師の芸のようにすごい速さでやり取りしているベクター達。魔術師っていうのは多芸だな、とシーグは思った。
「攻撃は相手が体制が整う前に。それが戦いの常道なんだが、どう思う?」
「この場合は逆ね。ガイスが立ち直るのを待って、陣形をまとめてもらった方がこちらに有利よ。ベクターが指揮を取ったら絶対に勝ち目はないわ。ううん、あの人が本気になっていたら、すでに私たちは負けているわね。メティオスマッシャー(隕石の強撃)だって城砦を落とす程度じゃ済まなくて、今頃、国の1つも奪っているかも」
 敵を褒める暇があるなら、対策を考えるんじゃなかったのか? と、シーグは心の中でつぶやく。
「で、次に奴らはどう動くんだ」
「陣形に加わるのが4人になって、魔術の威力は落ちたわ。でも、3人は自由に動けるようになったの。つまり、大技と小技の組み合わせになるわけ」
 ベクターが自由に動く。ひょっとして、余計に手ごわくなったのでは? とシーグは思った。
「この家の周囲は、封土の中でも一番私の力が強くなる場所なの。あらかじめ、張り巡らせたプロテクション(防護)魔術もあるしね。手加減なしで、私が一番得意な雷の魔術を使えば、互角の戦いが出来ると思う」
「勝てるのか?」
「威力では私の方がずっと劣るわね。でも、ガイスたちは4人の魔術を統合する、つまり息を合わせる必要があるの。だから、私の方が速く魔術を展開できるわ。系統と属性を見越した上での対抗魔術を使う。威力の差は手数で押し切るの」
「手加減は出来るのか?」
「威力をうまく調整すれば、それに向こうも守りはするはずだし……」
 サフィリアの流れるような口調は、最後にはどんどんと遅く、小さくなっていった。
「とにかく、勢いを緩めずにたたみ掛けて、小技を出す暇を与えないのか」
 だが、魔術は人間を一撃必殺できる威力がある代わりに、手加減が難しいようだ。だとすると、最後にガイスを捕らえるのは、自分かアイフェがいい。そのためには、接近する必要がある。だけど、アイフェは森の中からともかく、見晴らしのいいひらけた場所で戦えるだろうか?
 そんな事を考えて込んでいると、サフィリアが何か言いたげにじっと見つめている事に気づいた。
「どうした」
「えっ? ううん……何でもないわ」
 サフィリアは慌てて、両手を左右に振った。
「瞬発力で勝負するなら、距離を詰めておいた方がいいのかな」
「その通りだけど。具体的にはどうするつもり?」
「アイフェに協力してもらえば簡単だ」
 突然、自分の名前を出されてアイフェはピクリと反応した。しかし、「静かに聞いていなさい」と言われたため、一言も漏らさない。
「どうするつもり?」
「森の中に隠れてもらうんだ。いい作戦だろ?」
 サフィリアは軽くうなずき、探るような視線でシーグをじっと見つめる。
「あなたって本当に魔術の素人? 急に物わかりが良くなる時があるけど」
「教え方がいいからだろ。きっと、あんたはいい先生になれるぞ」
「えっ……」
 サフィリアは言葉に詰まり、口元を押さえて眼をきょろきょろさせている。
「やっぱり、言いたいことがあるんじゃないか?」
「な、何もないわよ!」
 サフィリアは、大声で怒鳴ると肩を怒らせてそっぽを向いた。
 また、何か怒らせることを言ってしまったのだろうか。シーグはわけが分からなくて、頭をかいた。
「あいつら、生かしておかん!!」
 突然、空気を震わせるようなガイスの大音声。
 シーグは横倒しになり、アイフェは正座したまま跳ね上がった。サフィリアも体勢を崩して、地面に片手を突いている。
「許さん、許さんぞ。奴らは絶対に皆殺しにしてくれる」
 ベクターがうなずきかけると、青マント達はガイスからは見えないように、手のひらを上下させた。その後は、全員口を閉ざして動きを止めた。
 サフィリアが杖で水面をなでると、やかましく怒鳴り散らすガイスの声は消えた。だが、顔中の肉がぶらぶら揺れていたし、口を開くたびに飛び出す唾が水盤の向こうから届きそうな気がして、シーグとサフィリアは後ずさった。
「……まあ、この様子だと戦うに違いないだろうが、逃げられたら厄介だな。魔術師ってのはいつでも煙のように消えられるんだろ?」
「そんな事はないわ。空間に関係する魔術は、簡単に妨害できるもの」
 おどけるシーグに対して、サフィリアは皮肉な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「逃げても逃げても必ず追いつめられる。魔術師同士の戦いは悲惨だわ。例えるなら、お互いに首を絞めあってどっちが先に根を上げるか、競い合うようなものね。一度戦いを始めたら最後、負けた方はもちろん、勝った方でさえ無事では済まないわ」
「……なるほどね」
 また、余計な事を言ってしまった。と、シーグは後悔した。
 水盤では、ガイスが怒鳴り散らしながら青マントを右から順番に杖で殴っている。ベクターだけは3度叩かれたのを見て、サフィリアは目つきを険しくしていた。
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