2章-94 ももかじり
フレイの船は船速を上げた。しかし、煙を発生させる矢が刺さったままなので、いくら逃げても無意味である。やがて、魔術で操られた船は速度を落とし動かなくなった。
「みんなよくやったわ。ひとまず、私達の勝利よ!」
「ヒャッホー」
リーザが宣言すると、ジュールが奇声を上げる。続いて、子供達は一斉に歓声を上げた。狭い船の上で飛び上がったり、お互いに抱き合ったりしたので、船が大きく揺れる。サフィリアはマストに掴まって、なんとか体勢を保っている。呆れた表情と、微笑が交じり合った表情で子供達を見ていた。
「あいつらは、あのまま放っておいていいのか」
「直撃を受けたら、2、3日はまともに言葉も出ないわよ。まっすぐ歩けるようになる頃には、決闘が終わっているわね」
「だったら、後は正面にいる奴等だけだな」
一安心すると、シーグは戦いに決着をつけた道具の数々に興味がわいてきた。
「別々に火をつけたのに、何で同時に爆発したんだ?」
リーザは箱の中からよじり合わせた紐の束を取り出す。
「導火線を使ったからよ。硝石、硫黄、炭の粉をよじり合わせた布の中に混ぜて作るのね。そうすると、小さな爆発をパチパチって起こしながら布が燃えていくの。火が消えにくいし、一定の速さで火種が進むわ。だから、長さを調節したら、爆発のタイミングも自由自在っていうわけ」
リーザやジュールが一定の間隔で数を数えていた理由がシーグには分かった。
「最初に使ったのがカラシニコス機雷。板をはずせば、投げて使う普通の爆弾になるわ。今使った矢はカラシニコス煙幕弾頭ね。矢尻に工夫がしてあって、突き刺さったら抜けにくくなっているのよ」
「この袋を紐でつなぎ合わせたやつは」
「ポーラーよ。投げつけて、相手に絡みつかせてから煙を噴き出すの。同じ発想で作ったのが、ネット(投網)ね。網を導火線にして、あちこちに小型の爆弾を仕込んでいるの。爆発も煙の噴出も小さいけど、先にネットで一網打尽にしているから効果は抜群よ」
「燃えていくなら、網が破れるんじゃないのか?」
「中に針金が入っているから、強度に問題はないはずよ」
「へえ、色々あるんだなー」
「アイデアも随時受付中。現在開発中の試作品は、親衛隊同士の乱闘騒ぎでも使われてたはずよ」
「……そりゃあ、通りがとんでもない事になったんじゃないか?」
「たぶんね。『樽爆弾』なんて、きっと大変な事になっていると思うわ」
リーザは楽しそうに笑う。それは悪戯をたくらむ子ども時代と同じ表情だった。シーグは西側からゆっくりとやってくる船群に目をやる。まだ、距離は離れていて船首に立つ人の顔もよく見えない。
「今度は風下になるから、爆弾を使うと巻き込まれるな」
「だから、クロスボウを主戦力にする予定よ」
「残りはプロテクション(防護)の一族なんだろ。さっきの威力で貫通できるのか?」
「ここを見て。クイン・クレイン(歯車式巻き上げ機)っていう仕掛けなの。このレバーをまわせば、子どもの力でも強く弦を巻き上げられるわけね。さっきので一段階。最大の三段階まで引き絞れば、完全武装の騎士鎧だって貫通できるわ」
「……子どもが射手なのにか?」
「だって、弦はもう引いてあるでしょ。狙いさえ正確なら、誰が使っても威力は変わらないわ」
シーグは背筋に寒いものが流れた。力のない子どもであっても、遠く離れた所から人を殺せる。長弓と違って射手に高い熟練度が求められることもない。重量があり連射ができないのが欠点だが、この兵器が世の中に認められれば戦争が様変わりするに違いない。
それも、より陰惨で血みどろな方向へと。
「リー姉、これって」
「うん……だけど今は勝つことだけ考えましょう」
リーザは悲しげな表情。シーグは言うべき言葉を失って黙り込んだ。リーザはパチンと両手でほほを叩くと、勢いよく顔を上げた。
「さあ、次で最後の戦いよ。シーグを決闘場まで送り届けてあげましょう。ジュール、船をまっすぐアクリアエ・スリスの方向へ向けて」
「アイアイサー」
ジュールは元の位置に戻り帆を操作する。風を受けて船が大きく左へ、南へと進路をとる。
「ももかじり、いぱーい」
アイフェが右手を突き上げて元気よく叫ぶ。
「違うわ。桃かじりじゃなくて、面舵。それにこの場合は左側だから『取り舵いっぱい』よ」
サフィリアの説明に、頭をかきながら「エヘヘー」と笑うアイフェ。
「いーや、それ以前にこの船には舵なんてないんだぜ。先生」
ジュールの更なる指摘に、船は再び爆笑に包まれた。
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