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2章-84 宝石と魔方陣
 助けを求めて廊下のほうに目をやるが、当然そこにはリーザはいない。気まずくなったシーグはサフィリアに背中を向けてしまった。
「と、とにかく頼むよ。ほら、時間がないんだろ」
 サフィリアはシーグの胴に包帯を巻き始めた。しかし、重苦しい沈黙がそのままだったので余計に気まずくて仕方がない。
「リー姉は……」
 いつ帰ってくるんだろう。と、言いかけたのをシーグは飲み込んだ。
「この2年間どうしていたんだ?」
「私が出会ったときは、工房にいたわ。鍛冶や細工や織物の仕事のお手伝いをしていたわね」
「一家そろって手に職を持っているんだよな」
「その上、全員が王宮の御用達なの」
 サフィリアの声がようやく普段の調子を取り戻し始めた。
「魔術師の品物について知りたいからって、魔術の勉強も始めたがっていたわ。だけど、メティスじゃ6歳から教育機関に入らないと魔術師の講座を受けられないの。だから、私が個人的に教授する程度だったんだけど。飲み込みが早くて、たった2年で8年分の勉強を終わらせたの」
「……のんびりしている様に見えて、妙に頭が切れる人だったからなあ」
「本当にね。たとえば、エンチャント(付与)に必要な魔方陣の術式と物体の結晶構造の理解なんて、そこだけで2年は――」
「ええと。とにかく今は、プルーフ・アゲインスト(積層の鑑定士)って呼ばれているんだよな」
「そうよ、メティスの魔術理論を覆す逸材として知らない人はいないわ」
 途中で言葉をさえぎった事で気を悪くした風もなく、サフィリアの軽やかな弁舌も、体に包帯を巻く手もどんどんと早くなってきている。腕を上げ下げするシーグのほうが遅れがちになっているほどだ。
「たとえばこの包帯もそうね。メティスの従来の術式よりもずっと効果が高いわ。同じ程度の性能を持つ術式を作るために、ダイヤモンドとサファイアとルビーが必要なんだけど」
「……何だって?」
「理想を言えば親指大の宝石。金糸とかエレクトラム(琥珀金)なんかも、使い方しだいでは有効ね。軽く見積もっても、小さな館が建つかしら」
 シーグは包帯の巻かれた両肩に、金貨の山がのしかかってくるような重圧感を感じた。
「宝石や金属の結晶構造が魔方陣とよく似ているの。魔術の品物に、宝石や貴金属が使われるのはそのためね。だけど、リーザは糸と針だけで同じ事が出来るわ。つまり、階層構造、並列循環の魔方陣を作れるの。これってメティスの魔術理論の理想通りの技術なのよ」
「ええと、分かるように説明してくれるか?」
「たとえば、昨日のセブン・パワー・インテグレーション(七力統合陣)。それを実現させた青マントと赤マントはリーザの作品なの」
 シーグは肩越しにサフィリアを見る。表情にも声にも賞賛しかうかがえない。
「今まではマントの縫い方や、魔術具の配置でしか魔方陣を作れなかった。だけど、リーザはマントの素材の中にも魔方陣を込められる。つまり、通常の魔方陣よりも一階層分だけ多い三層構造になる。これが、階層構造ね。更に、二層構造で魔方陣を作ると不安定になるけど、三層構造にすると急に安定する。これが並列循環」
「言葉の意味はさっぱり分からんが、小手先で剣を振るのと腰を入れて剣を振り切るくらいの違いがあるのかな?」
「そうね。言い得て妙だわ。実際にリーザに比べれば、私たちの技術なんて小手先に過ぎないものね」
 少し深刻さを帯びる声色。またやってしまったと、シーグは手で両目を覆った。
「最も布だから、構造がすぐに崩れてしまうのが欠点なのよ。治療用の包帯も探知用のリストバンドも今日一日が限界ね」
「まあ、俺の場合はそれで十分だが。作り直すのが面倒そうだな」
「いいえ、代わりに再注文が殺到するから利潤が安定するそうよ。『薄利多売が商売の秘訣』。これが、オーメント商会の座右の銘らしいわ」
「商才もあるんだな」
「ええ、本当にとんでもない人よ。それなのにピンクのマントに真っ赤なリボンの服なんだもの」
「今は、治療士の格好だそうだ」
「次はどんな格好でくるのかしらね?」
 サフィリアは楽しそうに笑っている。包帯はすでに巻き終えて、今はペンで魔方陣を書いている。薄い包帯越しのペン先の感触がむずむずとする。
「完成よ。どうかしら」
 シーグは腕を回したり、腰をひねったりした。
「うん、窮屈なところはないぞ」
「術式は薄くなっているけど、止血の効果とウーンズに対して防護結界を張っておいたわ」
「そんなことが出来るのか?」
「でも、あくまで少しだけ。過信しちゃだめよ」
 サフィリアは説明しながら、あまった包帯やハサミを箱の中に直してゆく。シーグはシャツの袖に手を通す。
「湖を船で横切って、アクリアエ・スリスまで行く予定よ。校長は遊覧船に乗った気分で。そう言っていたけど、シーグにも子ども達を守る手伝いをしてほしいわ」
「だな。リー姉は切れるけど、たまに抜けているところがあるからな」
「だから、そこを補助するのが私たちの役目ってわけ」
 教員室の窓からは、湖に向かって移動する子ども達の姿が見えた。そして、廊下からはシンシアとアイフェが走りこんできた。
「サフィリア先生、シーグさん。出発の時間ですよ」
「ですおー」
 サフィリアとシーグはお互いにうなずきあって立ち上がった。
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