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女子高生、坂東蛍子

坂東蛍子、ぬいぐるみの浮気を見抜く

作者: 神西亜樹

 女子高生・坂東蛍子には大好きなものが幾つもあったが、ロレーヌという兎のぬいぐるみはその中でもとびきりの“大好き”だった。坂東蛍子がロレーヌと出会ったのは四才の頃である。蛍子の幼馴染、結城(みちる)の祖父は町で小さなアンティークショップを経営しており、よく商品の品定めのため自ら海外に赴き、そのついでに孫や孫の友人達に土産物を買ってきてはプレゼントしていた。その日も蛍子は満の家から帰る際に彼女の祖父から綺麗に梱包された箱をお土産として手渡された。蛍子は優しい目をしたお爺さんからの珍しい贈り物が日々の楽しみの一つになっていたため、出来る限りの早足で帰宅して期待で小躍りする胸をベッドに飛び込ませた。幼い少女はベッドの真ん中に箱を置き、何かが壊れてしまわないように慎重に包装を解いていった。そっと箱を開けると、中には兎のぬいぐるみが入っていた。その兎は撫でると手に馴染む上品な黒い毛で全身が包まれていて、複雑な加工が施され燃えるような赤が際立ったアンダルサイトの瞳がモノトーンの中で鮮やかに輝いており、蛍子は一目でそのぬいぐるみの虜になった。箱の中には兎の傍にタグカードが添えられていたが、どうやら随分と古い品らしく、書かれていた文字は辛うじて「Lorraine」と読める以外は擦り切れて理解することが出来なかった。

「ロレーヌ」と蛍子はその海外からの美しい訪問者に呼びかけた。

「ロレーヌ、私達は友達よ。今日からよろしくね」


 ロレーヌ・ケルアイユ・ヴィスコンティ・ジュニアは蛍子の言葉を話半分に聞き流しながら、久しぶりの蛍子の部屋の懐かしい光景を味わっていた。一週間程空けていただけにも関わらずこれ程の感慨があるものなのだなぁとロレーヌは感心した。ロレーヌは現在の姿になるまで様々な土地を転々と移動する流浪の人生を送ってきた。彼の本名はケルアイユと言い、元々はフランスで作られたぬいぐるみである(ロレーヌというのは生産された地域名であり、「ロレーヌのケルアイユ」というような意味合いで使われていた)。彼はさる貴族の一人娘のために作られた正当な爵位を持つ兎のぬいぐるみであったが、フランス革命期に持ち主の手を離れ、イタリアの子爵の手に渡り、その後マフィアに強奪される。マフィアの男はロレーヌをヴィスコンティ(子爵)と呼び、後にアメリカに移民しイタリア系マフィアの幹部となる娘へプレゼントした――、とこういった具合に、ロレーヌには数えるのも辟易としてくるぐらい故郷と呼べる地を持っていた。しかし今の自分にとっての唯一の帰るべき場所はここなのだ。ロレーヌはしみじみと目を閉じ、目の前の蛍子の存在を思い出して慌てて開いた(ぬいぐるみの意思を人間に悟られることは“国際ぬいぐるみ条例”で固く禁じられている)。蛍子は先程から随分と上機嫌で、全身を使ってロレーヌが留守にしていた間の出来事を縷々と語っていた。そのおかげでロレーヌの瞬きには気づかなかったようである。彼女の上機嫌の理由には自分の帰還も含まれているということを知っていたロレーヌは、少しの気恥ずかしさと深い感謝を持って少女の様子を見守っていた。

「ちょっと、ロレーヌ!きいてるの!?」

 突然掴みかかってきた蛍子の手の中でロレーヌは毛を逆立てて強張った。ちゃんときいてよね、と蛍子が寝間着の襟を弄りながら定位置に戻る。どうやらいつものアドリブのようだということが分かりロレーヌは嘆息した。修繕に出されている間、ロレーヌは勿論主人との生活を恋しくも思ったが、逆に喜ばしいと思えることも幾つか見出していた。一つは蛍子のアドリブ歓談で肝を冷やさずに済むこと、あるいは女物の服を着せられないこと(蛍子はロレーヌのことを名前の語感から女だと判断しているようだが、ロレーヌはれっきとした紳士である)、そして何より“青い瞳のマリー”という美しい兎のぬいぐるみと会うことが出来ることだ。青い瞳のマリー、君は今どうしているのだろうか、とロレーヌはカーテンの隙間に視線を向けた。君も今同じようにあの白い月を見上げているのだろうか。

「あのアップの顔を写真に収めておきたかった!やっぱり理一君は私の支えとなっていたわけね。あ、勿論ロレーヌもよ。二人の御蔭で今日もぴちぴち」

 坂東蛍子はぴちぴちと両手で頬を弾いた。ロレーヌがマリーを思うように蛍子にも松任谷理一という想い人がいた。出会いは人を変える。ロレーヌは蛍子のことを見ていてそう実感していた。元々一匹狼でプライドの高い蛍子だったが、恋をしてから目に見えて活動的で魅力的になっていっていた。この夜の歓談で登場する友人の名前も少しづつ増えている。ふとロレーヌは昔イタリアで過ごした時のぬいぐるみ仲間の言葉を思い出した。

「人生には沢山の出会いがある。そのせいで大切な出会いがどれだったか分かりにくくなっちまうんだ。大切な人を探してどんどん出会いを重ねて、その結果大切な人がどんどん埋もれていく。難儀な話だよな」

 結城満、望月嗚呼夜、藤谷ましろ、桐ケ谷茉莉花――蛍子はまだ人との出会いの道を歩み始めたばかりである。これから沢山の出会いを重ねる中で、願わくば大切な友人の手を放さずしっかり握っておいて欲しい、とロレーヌは目の前のまだ幼く危うげな主人を見上げて思った。

「・・・ロレーヌ、知らない匂いがするんだけど!」と蛍子が声を上げ、ロレーヌは再び体を硬直させた。

「さては浮気ね!酷い!私という友達がありながら!」

 ロレーヌは尻尾を縮こまらせた。マリーの匂いだろうか。いやそもそも私と蛍子は友人の関係なのだから、後ろめたいことではないだろう。怒られる謂われは無いぞ。

「まさか、理一くん!?」

 坂東蛍子が口に手をあて、オーバーに驚いて見せる。ロレーヌは突っ込みたくて耳をヒクヒクさせた。

「なーんて、アーロさんのお店の匂いよね。一週間も預けてたんだもん、仕方ないわ」

 蛍子は笑ってロレーヌを撫でた。ロレーヌはホッとして蛍子に撫でられた。

「そうそう、満にまたロレーヌのお洋服を色々作ってもらったの」と蛍子が手を打ち、袋からフリフリしたドレスを取り出した。

「今夜は寝かせないわよ」

 ロレーヌは「それだけは勘弁してくれ!」と赤い瞳孔を収縮させ目一杯の懇願をした。

 坂東蛍子はロレーヌの煌めく瞳を見て、相変わらず綺麗だなぁとニッコリ笑った。

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