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朝はシリアルと決めている

私の純愛

 十五年前のあの日。私は一人の男の子に恋をした。
 制服の短パンから伸びる細くて長い脚、外で元気よく遊んでいることを示す日焼けした肌、くしゃっとなる笑顔。運動神経もそれなりに、勉強は少し苦手だけどいつも授業は一生懸命手を挙げていた。
 そんな彼に、一目ぼれをした。

「これすっげー! 慶が作ったのか!?」
「うん。ちょっとお父さんに手伝ってもらったけどね」
「お、俺にも見せてくれよ!」

 彼は手先も器用で、五年生の夏休みの自由工作では授業で教わった豆電球の回路を使って目が光る恐竜の模型を作ってきた。男子たちが彼を取り囲み、わあわあ言いながら彼の作品を見て、そして彼に羨望のまなざしを向けていた。
 当時の小学校ではクラスメイトはみんな、お互いがお互いを名字で呼び合っていた。しかし彼だけは特殊で、男子からは慶、女子からは慶君と呼ばれていた。
 私も勿論彼を慶君と呼んでいたけれど、他の子たちが何気なく呼んでいるのに対し、私の場合はいつも名前を言うだけでひそかに胸の高鳴りを感じていた。
 彼だけ名前で呼ばれるのは「慶」という二文字で呼びやすいということもあったのだろうけど、人望の表れでもあったのだろう。
 私は寝ても覚めてもそんな人気者の彼のことばかりを考えていたし、授業中もいつも彼の方ばかり向いていたようにも思う。
 真実の愛とは、人を愛するとはこういうことなんだと感じたのは彼が初めてだった。

「男子がいつも掃除をサボるから彩ちゃん泣いちゃったじゃない!」
「うっせーんだよ女子ぃ!」
「何よ、あんたたちが悪いんじゃない!」

 二学期の始めにそれは起きた。いつもいつも放課後の掃除を女子に押し付けて校庭に遊びに行ってしまう男子たちに、ついに女子がしびれを切らして喧嘩が勃発した。
 率先して男子と張り合っているのはクラスで一番気が強いリーダー格の女子で、負けじと言い返していたのはこれまたクラスで一番喧嘩っぱやい男子だった。
 まぁまぁと周りが宥めるのを聞かず、二人の言い合いはますますヒートアップしていき、その迫力ある言い合いに、どうすることも出来ずおろおろしながら見ていた一人の女の子が泣いてしまったのだ。

「謝んなさいよ!」
「誰が謝るか! 園田もこんなことで泣いてんなよ!」
「うぇ……ご、ごめんなさい」
「謝って済むなら警察なんていらねーんだよ!」
「そーだそーだ!」

 言い合いは思わぬ方向に逸れていき、気付けば男子たちの攻撃の矛先は、泣いてしまった園田さんに向けられていた。それを受けて次は周囲の女子が、泣いて言い返せない園田さんに代わって色々と言い返す。
 私は、そんな時でも慶君の動向をうかがっていた。
 正直なところ、男子が掃除しないことなんてどうでもいいと思っていた。やれる人がやれば良いんだし、どうせ将来結婚して家事をするのは女子のほうが圧倒的に多いだろうし。
 それに、もし私が慶君と結婚したら掃除も洗濯も料理も、完ぺきにこなすつもりだった。
 いい奥さんとして慶君を支える心の準備はいつだってできている。

「辞めろよ、俺らが悪いだろ今回のは」
「け、慶……」

 ランドセルを背負って、校庭に向かう気満々の男子たちばかりの中で、唯一箒をもって掃除をしていた慶君が一喝する。その言葉にぎくっとして振り返る男子たち。

「掃除してからでも十分遊べるだろ。それに、先生たちにも注意されるとダサいじゃん」
「……まぁ、慶がそう言うなら」

 慶君の一言で、喧嘩は一気に終結を迎える。男子たちはブーブー言いながらも箒を取り出し、ぞうきんを取り出し掃除に取りかかった。
 女子たちが口々に慶君へのお礼の言葉を述べる。慶君は手を振って大したことじゃないと謙遜する。

「慶君、ありがとう。喧嘩を止めてくれて」
「大丈夫」

 私も他の女子に遅れまいとお礼を伝えた。みんなと同じ笑顔を私にも向けてくれて嬉しい反面、その笑顔をどうやったら独り占め出来るかを考える自分がいる。
 男子にも女子にもわけ隔てなく接してくれるのが慶君のいいところであるし、そういう彼の人柄があるからこそ周りに人が集まってくるのもわかっている。
 それでも……胸が、苦しくてたまらなくなる。
 掃除に戻るかーと言いながら踵を返す慶君の後姿を見送って自分も持ち場に戻ろうと歩き始めると、すぐに信じられない光景が目に入った。

「こーら、彩。いつまで泣いてんだよ」
「だ、だって……怖くて……」
「ったく。いつまでも子供だなあ」
「まだ十一歳だもん! 子供でしょー」
「二年後にはもう中学生なんだぞ?」
「だって……男子は怖いよ」
「俺だって男子だろ?……ほら、元気出して一緒に掃除するぞ」
「うん。ありがとう慶ちゃん……」

 慶君が、泣いている園田さんにやさしく接していた。
 しかも、お互いがお互いを名前で呼び合い、園田さんは他の女子と違って、慶君のことを『慶ちゃん』と呼んでいた。慶君が女子を下の名前で呼んでいるのも初めて聞いた。
 いつだって慶君だけは呼び捨てではなく、女子にちゃんとさん付けで呼んでいるのに。
 慶君は恥ずかしがることもなく園田さんの手を取って立たせ、持っていた塵取りを渡す。その塵取りを床にくっつけ、そこに慶君が掃いたゴミを器用に入れていく。
私が園田彩に嫉妬を覚えたのはこれが初めてだった。

 園田彩は、クラスの中でも目立たない存在だった。いつも大人しく本を読んでるか、裏庭で飼っているウサギと戯れているかして休み時間を過ごしているような子。
 完全に、盲点だった。そんな地味な園田さんが、まさかクラスで一番人気の慶君と仲がいいわけないとたかを括っていたのだ。

「彩―帰るぞ」
「あ、待って慶ちゃん」
「早くしろよなー」
「ご、ごめん」

 掃除をめぐっての男子と女子の喧嘩以来、私は慶君の言動を観察すると同時に、園田さんについても注意深く観察することにした。
 成績は優秀だけど運動神経はからっきし、ドジで気が弱くていつもおどおどしている。
 それでも、慶君は園田さんに愛想をつかすこともなく、甲斐甲斐しく世話を焼いている。

「ね、慶君と園田さんって仲良いの?」
「え?」

 放課後。私は勇気をもって集団で帰っている女子たちに声をかけた。
 びっくりしたように振り返る女子たち。
 私はそのうちの一人の腕をぐっとつかんだ。痛いと言われても力をゆるめることはなかった。答えてくれるまでは、絶対に――。

「あ、あの二人は確か幼馴染で……」
「幼馴染?」

 こくこくと女子たちが頷く。

「だから、仲良しなの」

 ふっと、私は手の力を緩めた。幼馴染? だから仲良し?
 たったそれだけで、園田さんは慶君にああやって優しくしてもらってそばにいれるの?
 それだったら私が幼馴染だったら、慶君は私にやさしくしてくれたの?

「そうなんだ。ありがとう」
「う、うん。じゃあ」

 私に掴まれていた女子が、体をひねるようにして私から離れる。
 しばらく私の顔をじっと見ていたけど、周りの「帰ろう」という声でやっと目を背ける。
 心なしか、女子たちの歩く速度が速いように感じた。
 何かこそこそ話しているようにも見えた。けれど、私にとってそんなのは何の問題でもない。
 問題なのは、幼馴染だからという理由だけで慶君と仲が良い園田さんの方だ。

「あれ? おかしいな宿題持ってきたのに」
「どうしたんだ、彩」
「宿題……持ってくるの忘れてきちゃって……」
「え、ちゃんと探したのか?」
「うん。でも見つからなくて。先生に怒られちゃう……」
「ああもう泣くなよー」

 次の日から、私は園田さんにいろんな嫌がらせを開始した。
 様々なものを隠し、怒られてもおかしくない事態を作り出した。
 そのたびに慶君が園田さんを庇うのが心底面白くなかったけれど、怒られるようなだらしなさと、しょっちゅう泣くうっとおしさで、今にきっと愛想をつかすと信じて、周囲にはばれないように園田さんを苛め抜いた。成績がいいのはカンニングしているからだとか、運動神経が悪いのは見せかけで、ぶりっ子しているだけだとか、様々なうわさをそれとなく流し、園田さんを孤立させ、みんなの前で恥をかかせ続けた。
 そんなことを、私は卒業まで続けた。誰もまさか、私がやっているなんて気付いていなかったはずだ。

 結局、慶君とは卒業を機に離れ離れになってしまった。六年生になった時、慶君は突然私立中学を受験すると言いだしたのだ。

「俺、将来科学者になりたいんだ」
「慶君ならきっとなれるよ」
「うん、頑張る」

 言葉通り、慶君は猛勉強の末に難関校に合格した。
 卒業式の時私は、もう慶君には会えないかもしれないと思ってボロボロ泣いた。
 私立に行くってことは、きっと地元に戻ってくるのも遅い時間だし、朝だって早いんだろう。生活リズムが合わなくなる。頑張って調査して合わそうとも考えたけれどストーカーのようで気が引けた。
周囲はきっと、卒業が辛いんだろうと思ったかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
それでも慶君が科学者になりたいという願いをかなえるためならと自分に言い聞かせ、夢をかなえた慶君を想像し、これは慶君と一時の別れだと思うことにした。





数年前までは年に数回、慶君の姿を見かけることがあった。
ぐんぐんと背が伸びていく彼は、小学生時代の面影を残しつつ私の予想通りかっこよく成長していった。私立のかっこいい制服も似合っていたし、大学生になって私服で歩いている彼もかっこよかった。
私も、彼につりあうように必死になっていた。
いつも私だけが気付いて、慶君が気付いてくれることはなかったけれど、私はそれでも満足だった。
一人で、もしくは友達で歩いている慶君を見て彼女がいないんだと安心できしたし、仮に別の市や県に彼女がいたとしても、地元が一緒の私が告白すれば、小学生時代から知っている私が言い寄ればころっと乗り換えてくれるとさえ思っていた。
園田さんも、今はアメリカに留学しているのでここにはいないという事も知っている。
慶君がまだ地元にいるというのに。園田さんは結局その程度の女だったって事だ。
とにかく、邪魔者はもういない。

「長かった……この十五年……」

 もう結婚適齢期。慶君だって結婚相手を探しているはずだ。
 私のことだって覚えているはず。私はずっと慶君を見てきた。
 この十五年、何度か他の人に言い寄られたことはもちろんある。
 でも、慶君への思いを貫くために全て遮断してきた。
 ずっとずっと純愛を守りきるんだ。
 ブランクはあるけれど、小学校時代、同じクラスで過ごした二年間にやれることはやってきた。さりげなく慶君の給食だけ多く盛られるように手回しをした。修学旅行の時には慶君の写真をたくさん撮って渡した。
 園田さんのことだってそうだ。嫉妬もあったけれど、今考えればあんな地味で冴えない子は慶君には似合っていない。似合うのは私みたいに行動的で、知的な人間のはず。
 もう、慶君のことを支える準備は十分にしてきた。家事だって完璧だ。
 給食中に観察して、慶君の好みは分かっているつもりだ。

「では、第一回××小学校八十二期生同窓会を始めます!」

 小学校を卒業して十五年後の今日。待ちに待った同窓会。知らない間に数人が計画を練っていたみたいだ。
すっかり成長したクラスメイト達が顔を合わせる。あまり変わってない子もちらほらいるが、みんな立派な大人になっていた。
 私も何人かと懐かしいねと言いながら談笑する。その間にも慶君がどこにいるかを必死に探していた。
 十五年前と変わらず、慶君はやはり輪の中心にいた。あの笑顔でみんなと話している。
 私は、また胸が高鳴るのを感じた。
 ゆっくりと、シャンパングラスを持ったまま慶君に近づいていく。
 このまま告白するつもりだった。周りだって祝福してくれるはず。
同窓会で再会して結婚だなんてロマンチックだし、私と慶君にはぴったりだ。
あと一歩。もう一歩。

「慶く「慶ちゃーん! 遅れちゃった!」

 話しかけられるのを遮られ、内心むっとしながら振り返る。
 そして声の主を瞳にとらえた瞬間、私は思わず叫びそうになった。

「彩、遅いぞ!」
「ごめんね!」

 忘れもしない。綺麗な黒い長い髪。白い肌。真ん丸で大きな瞳。華奢な身体。
 あの頃よりすこし顔がシャープになった気がするけど、面影ははっきり残っている。
 もう二十七歳になるというのに、見た目だけなら少女のようだ。
 アメリカにいるはずの、園田さんの姿がそこにはあった。
 この場にいる誰よりも、悔しいくらい圧倒的にきれいな成長を遂げていた。
 あの頃見せていたおどおどした感じも全く感じられない。
 留学のお陰だろうか、むしろ自信に満ちているようにも思える。

「はーい、主役がそろったところで」
「しゅ、主役?」

 あっけとられている私におかまいなしに司会役が続ける。

「ここで朗報です! なんと! 佐山慶君と園田彩さんですが、このたび結婚されることになりましたー! 拍手!!」
「おめでとー!!」

 事前に知っているという顔をしている人と、私のように今知ったという顔をした人。半々と言ったところだろうか。私以外はみんなおめでとう! と笑顔で拍手を送っていた。
 慶君と園田さんが照れたような顔をしてありがとうとお辞儀をしている。

「さぁ、いろいろ聞いていきましょう、まずは、慶! 園田さんのどこか好きなの?」
「おいおいいきなりかよー」

 酔っぱらっているのが豪快な笑い声があちこちであがる。
 司会役からマイクを受け取って慶君が嬉しそうな顔をして答える。

「そうですね。やっぱり可愛いところ……かな? 昔は世話が焼ける同じ年だけど、妹って感じがしていたんだけど、だんだん年齢を重ねるごとに綺麗になって、そんで通訳の仕事がしたいって頑張りだしたのを見てすごいなあって」
「なるほどなるほどー。で、園田さんは慶のどんなところが?」
「うーん、一番は優しいところかな? みんな知っていると思うけど、小学生時代の私って泣き虫で気が弱くてずっと慶ちゃんに面倒見てもらっていて。迷惑かけちゃダメだって思っていたのがいつしか慶ちゃんに釣り合いたいって思うようになって。それでこの気持ちって? って思ったら好きになっていました」
「おお!」

 幸せいっぱいの二人が、私の瞳に映る。
 みるみるうちに涙で滲みそうになるのを必死にこらえる。
 私の気持ちなんてお構いなしに二人への質問は続き、そのたびに二人が本当にお互いを愛し合っていることを見せつけられる。
 あの頃、必死で園田さんにいやがらせしていた私の努力も、慶君に純愛を貫いてきた今までの思いも、すべてが無駄になっていく。

「では最後に! 何か言いたいことありますか?」
「俺たちは小学校のころからずっと一緒で、でもこれからも死ぬまで一緒にいるつもりです。みなさん温かい目で見守ってください」
「慶ちゃんと結婚できるなんてほんと夢みたいです。うう……」
「あー園田さん泣いちゃった!」
「頑張って!」
「変わんないなー」

 あの時。泣いていた園田さんに攻撃をした男子の姿もういない。
 今目の前でなく園田さんの涙は。悔し涙でも悲し涙でもない。
 慶君と結婚できることに対するうれし涙。
 それは誰が見てもわかること。楽しそうにみんなが茶々を入れる。
 私以外、完全に祝福モードだ。

「あ、あと誕生日の人がいまーす!」

 その声に、私ははっと我に返った。
 慶君と園田さんがこちらを見ている。みんなもじっとこちらを見ている。
 ああ、そうか。

「ハッピーバースデー!!」

 二人に笑顔を向けていたみんなが次は私に笑顔を向ける。
 それでも、私は一向に笑えそうになかった。
 むしろ、あざ笑っているのではないかとすら思った。
 みんな、私の気持ちを知っていてわざと今日を同窓会に設定したのではないか。
 疑心暗鬼に陥ってしまう。

 悲しい気持ちを押し殺してケーキのローソクを消す。
ぱちぱちと拍手をされるが全く嬉しくなかった。
切り分けられたケーキを受け取って、夢中でむさぼる。

「あ、あの」

すっかり元気をなくした私に、園田さんが話しかけてくる。
一番話したくない、できれば顔も見たくない相手だ。
それでも、十五年前のいやがらせが私だったとは彼女本人だって気付いていないはずだ。
なのに、どうして、そんな笑顔なの。
さっきとは違う。どうして、そんな意地悪そうな、勝ち誇ったような笑顔を私に向けるの。
やがて、園田さんが笑顔を崩さないままでこう言った。

「昔、必死で慶ちゃんから遠ざけようとした少女に、慶ちゃんを取られるのはどんな気分ですか?―― 田中先生」



 十五年前のあの日。私は、当時担任を持っていた五年生の児童に恋をした。
 そして今日。五十歳の誕生日を迎えると同時に、最悪の結末をもって恋が終わった。
ショタコンの先生のお話。

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