夜襲も無く一晩明け、早朝から野営の陣地を払った討伐大隊は予定通りアーレクラワの街を目指して出発した。見張り役を乗せた竜籠が上空から本隊と周囲を見下ろし、近付く敵影がないか警戒している。
朔耶は本隊の少し高い所を飛行しながら全軍に『風の加護』を掛けて機動力の底上げを行い、進軍速度を速めていた。
「それにしても……複数、広範囲に風の加護を使うなんて、サクヤ様の力は本当に人の領域を超えている」
部隊の後方を行く聖騎士団のフューリ団長が、青白色に輝く翼を見上げて呟いた。その言葉に頷く団員達。彼女等を守る役目を担っている為、近くを並走していた精鋭部隊のアンバッスもその呟きを耳にし、何となく上空の朔耶を見上げる。
視線に気付いたのか、朔耶は自分を見上げているアンバッス達の方をちらりと見やると、ひらひらっと手を振って微笑んだ。そんな子供っぽい仕草にアンバッスは今朝方の出発前、竜籠の竜に『ピーちゃん』などと名付けていた朔耶の姿を思い出して笑みを零す。
「ふっ……。確かに人智を超えている部分はあるがな、中身は普通の……ちょっと変わった年頃の少女に過ぎん」
過度の期待は本人の負担になると、さり気に朔耶を労わるような事を口にするアンバッス中隊長に、フューリ団長も頷いた。
「遠方にアーレクラワの街確認! 街近辺に魔物部隊多数展開中!」
「部隊数凡そ十二! 何れも小隊規模の模様!」
竜籠から見張り役が警戒を発した。砦のような外観を見せるアーレクラワの街周辺に、魔物の大部隊が展開されている。街が攻撃を受けていたり、街から魔物部隊に対して何らかの動きを見せる様子は無い。
少し高度を上げて報告の魔物部隊を確認した朔耶は、先行する遊撃隊を追ってルティレイフィアの傍へ下りていった。
「サクヤか、少し数が多いようだが……やれるか?」
「流石にいっぺんには無理だけど、光を当てながら飛び回ればなんとか」
対処し切れない時は呪い祓いを待たずに討伐するというルティレイフィアに、朔耶も味方の安全を考えれば仕方が無いと理解を示す。実際、街周辺の平地に展開している魔物部隊はここまで進軍してきた討伐大隊よりも若干数が多い。
今までは少数の魔物に対し、特別な武器を持って大人数で挑むという数の優位で何とか順調に戦いを進めて来たが、同数以上の戦力を持つ魔物部隊と戦うのは初めての経験だ。一撃で多数を粉砕出来る魔導砲の使い所が鍵となる。
「ねえルティ、街の方は大丈夫なのかな?」
「ああ、あそこなら問題ない。良くも悪くも自分達で凌げる連中ばかりだからな」
アーレクラワの街は堅牢な要塞のような造りになっていて、街に住む者も腕に覚えのある流れ者ばかりが集まっている。住人に仲間意識はあまり無く、皆が皆、其々単独行動かグループ単位での行動が常だという。
物資などは外から持ち込まれたモノ(持ち寄るのではなく持ち込む)が消費されて、無くなればまた外から持ち込むといった具合で商売も盛んとは言えない。
実力者揃いなのだが自身の力にしか興味が無く、日々過酷な環境で生き延びる事や己を鍛える事、そうして得られる力にこそ意識を向けており、金や名声にも大して興味を示さない。そんな少々偏屈した連中が集まった街なのだとルティレイフィアは話す。
「彼らの一握りにでも力を借りられれば、人狩りの被害も大分軽減出来たのだが……」
この地を駆け回っていた頃にも色々あったと、ルティレイフィアは目を細めてそう遠くない昔に思いを馳せる。
「ふーん……そんなに強い人達が居るなら、手伝ってくれないかなぁ」
「あそこの連中がか? ふーむ……」
「難しい?」
「修行馬鹿の究極のような連中ばかりだからなぁ」
魔物との戦闘で連中の興味を引ければ勝手に出て来る事もありうるが、あまり期待はしない方が良いとルティレイフィアは肩を竦めた。そんなやり取りをしている間に、討伐大隊は魔物部隊が展開するアーレクラワの街周辺に広がる平地へと差し掛かった。
「全軍停止! 降車して隊列を整えよ!」
魔物部隊とはまだ十分に距離がある地点で先行していたルティレイフィアの遊撃隊やパーシバル傭兵団、部族戦士部隊も本隊と合流し、移動用の馬車を後方に下げて臨戦態勢を整えて行く。朔耶も光の翼を広げて再び空に上がった。
『これって、やっぱり混戦になったら元に戻った人とか運べないよね……』
ウム ウマク タチマワラナクテハ ミカタニモコンランヲ マネクデアロウ
一つの魔物部隊に呪い祓いを掛けている最中に他の部隊がそこへ雪崩れ込めば、被害者の回収どころではない。かといって、呪い祓いをしている間その場所を防衛するような動きをすれば包囲されてしまう。
こちらには非戦闘員も随行しているのだから、本隊が包囲されるような事になれば彼らが危険に曝される。
『あああジレンマ……』
ノロイバライト アシヲ ユウコウニ ツカエバヨイ
機動力と呪い祓いの効果で魔物部隊全軍の動きを鈍らせて味方を有利に導いて行けば良いと、神社の精霊はアドバイスを出した。事ここに至って朔耶は、兄やブラットの言う『全てを救おうなんて考えるな』という言葉の意味を、心に重く感じていた。
「敵の配置と動きは?」
「前衛の正面に三部隊、左右に二部隊を確認。残りは後方に控えているようです」
特に動く様子は無いという密偵部隊からの報告に、ルティレイフィアを始め各隊の指揮官は敵の狙いと攻略法を話し合う。魔族側にはアーサリム解放軍の勢力がアーレクラワの街に入る事を阻止しようとする狙いがあるのでは? という意見に皆が同意した。
「とすれば、ここを奴等の防衛線と捉えるべきか」
「アーレクラワに我々の拠点を築けば、連中をスンカ山に封じ込める事が出来る」
山岳地帯の多いアーサリムにおいて、アーレクラワの開けた平地は地形的にも大部隊を配置するのに向いている。此処を攻略すれば、後々魔族組織の本拠地を攻撃する為に本国から更なる増援を呼ぶという選択肢もあり得る。
先ずは眼前で待ち構えている魔物の大部隊を如何に攻めようかと考えている所に、緊急の報告が入った。
「敵軍に動きあり! 前衛七部隊が前進中!」
「……向こうから動くのか?」
「何か狙いがあるのかも知れん、慎重に対処しよう」
討伐大隊は魔物部隊の動きに注意しつつ、非戦闘員を乗せた移動用の馬車を更に後方へ下げ、聖騎士団と護衛の精鋭部隊をこの場に残してゆっくりと前進を始める。
帝国魔術団と魔導砲分隊を囲むように陣形を組んだ帝国騎士団を中心に、左右をフレグンス騎士団とルティレイフィア遊撃隊、パーシバル傭兵団と部族戦士部隊で固めて、本隊上空には朔耶が青白色の翼を広げていた。
『ねえ、あれって』
ウム テキガタモ タイサクヲ ネッタヨウダ
魔物の輪郭がはっきり視認出来る距離まで近付いた時、前衛の魔物が頭に兜のようなモノを被っているのが分かった。不揃いで不恰好な兜からは歪な棘々が放射状に伸びており、明らかに衝撃の篭手T2から頭部を守る為の処置だと分かる。
見た目は爆発コントのようなユーモラスな頭だが、その歪な棘が邪魔になり、対象に先端を当てて押し込む事で発動する篭手の機構が使えない。
「ブラットさん! あれじゃあ篭手使えないよっ!」
「ああっ 向こうも考えたようだな! まあ、何とかするさっ」
他の部位にも効かない訳では無いので動きを止める事くらいは出来ると返すブラット。その時、神社の精霊が警告を発して魔法障壁の出力を上げた。
チュウイセヨ ツブテガ ヒライシテオル
『つぶて?』
朔耶が復唱すると同時に障壁に当たって砕ける石の塊り。無数の石飛礫が前衛魔物部隊の後方から飛んで来るのが見えた。後方に配置された魔物部隊が投石による攻撃を始めたのだ。
材料はその辺りの岩を砕いて出来るので、ほぼ無限に精製される。魔物の強靭な腕力によって絶え間なく飛来する石飛礫は、その大きさも子供の頭程もあり、直撃すれば甲冑を着ていても只では済まない。
騎士達は盾を掲げて魔術士や甲冑を持たない部族戦士達を守ろうとするが、腕や脚に飛礫を受けて骨折する者も出た。
「!っ」
「これは……サクヤ殿」
突然、石飛礫の雨が止み、騎士達が空を見上げると、巨大な翼を覆うように広げて皆を護る朔耶の姿。魔法障壁を本隊上空に展開して石飛礫を防いでいるのだが、これにより朔耶は自由に動けなくなった。魔物部隊の前衛は一定の距離を置いて待機している。
「サクヤの動きを封じる策か……、ここからでは魔術も届かないな」
「今、魔導砲を準備させている。分隊っ 前へ!」
負傷者が後方の聖騎士団の所へ運ばれて行く中、帝国の魔導砲分隊が本隊正面に出て魔物部隊前衛の中央に銃口を向ける。
「テェーーっ!」
ガアアアアァン
轟音と共に魔導砲から撃ち出された弾丸は魔物部隊前衛の最前列に立つ魔物に直撃し、その巨体を後方に吹き飛ばした。だが、魔物達は間隔を空けて疎らに立っている為、巻き込めたのはその一体だけで、吹き飛ばされた魔物は暫らく経つと何事も無かったかのように起き上がり隊列に戻る。
異常な耐久性と生命力を持つ魔物は、少々身体に穴をあけた程度では仕留められない。
「駄目か……、此処からでは距離が有り過ぎる」
「その武器は密集した相手を吹き飛ばす使い方をするモノなのだろう?」
仮に、魔物の弱点でもある頭部に命中させて遠距離から仕留める事が出来たとしても、現時点で魔導砲の弾丸は二十四発しか残っていないので、戦況には殆ど影響を与えられない。此処に展開している魔物部隊の総数は約百八十体前後と見られている。
統率種のみを狙い撃ち出来ればその限りでは無いが、そんな芸当は非現実的で想定するだけ無意味だ。
魔導砲の効果を期待できる距離まで詰める事も考えられたが、石飛礫の脅威から身を守りながらの接近となれば朔耶の魔法障壁による守護の範囲内に納まるよう密集陣形で動く事になる。しかし、それでは魔物部隊の前衛に包囲されてしまうのだ。
魔物はこの石飛礫の雨の中でも平気で動き回る事が出来る。その為、接近戦になっても石飛礫の飛来が止む事は無く、朔耶は味方を石飛礫から護る為に魔法障壁を張り続けなくてはならないので、呪い祓いや癒しの光による援護も出来ない。
衝撃の篭手T2による一撃必殺攻撃は魔物が棘兜を装備した事によって封じられ、一体倒すのも容易では無くなった。そんな状況で一斉に攻撃を仕掛けられれば、魔導砲で一部隊を吹き飛ばしている間に味方が壊滅してしまい兼ねないのだ。
「いかんな、これは……。 一度退いて作戦を練った方がいいか」
「しかし、ここで退いては士気に関わりますぞ」
一時撤退を視野に入れるルティレイフィアに、帝国の指揮官はどうにか踏み止まって現状を打開する策を求めた。
魔導砲を賜った事でようやく帝国勢にも手柄を立てられるという期待感があった分、ここで退いては折角持ち直した士気がまた下がってしまうという危惧もある。
ルティレイフィアは彼等の言い分も理解出来たが、現状では朔耶に負担を掛けるばかりで有効な打つ手が無いと説得する。
「戦いはこの一戦で終わりではないのだ。功を焦って部下を危険に曝す事は無い」
ブラットや部族戦士達もルティレイフィアに同調し、討伐大隊は一時撤退の方針で動こうとしたその時、彼等は声を掛けようと見上げた上空にいる朔耶の、更に上空を飛び越えていく影を見た。
「竜籠……だと? まずいっ!」
魔物を乗せた竜籠が後方の聖騎士団や非戦闘員の部隊を狙っている事に気付いたルティレイフィアは、急いで本隊を下げつつ傭兵部隊を援護に向かわせるよう指示を出す。
部族戦士から身体強化の術を受けたブラット達パーシバル傭兵団は、後方部隊の援護に向かうべく本隊から緊急離脱して行く。その動きに呼応するように、魔物部隊の前衛から左右の部隊が前進を始めた。
「く、まずいな……。このまま止まれば包囲されるし、奴等を引き連れて下がれば後方部隊を巻き込んでしまうぞ」
「突出してくる部隊を魔術団と魔導砲で牽制しつつ下がりましょう、飛礫の範囲から出られればサクヤ殿の御力で……」
「相手が投石器のような設置物ならその方法も取れたのだがな」
見れば後方から石飛礫を投げてくる魔物部隊も前進しながら投石を行っている。魔物の持つ力を有効に使った、統制された魔物ならではの攻撃法という戦術に対人戦の常識は通用しない。
ゆっくりと距離を詰めてくる魔物部隊を前に、ルティレイフィアは全力で撤退すれば何とか凌げるかと算段する。
その場合は全軍の壊走も招きかねないので慎重に判断を行わなくてはならないが、それ以前に、傭兵団が援護に向かった後方の部隊に被害が出ていた場合、その損傷如何によっては撤退もままならなくなる。単純に魔物の方が足が速い。
「機動力、防御力、攻撃力、それに攻撃範囲。統率と戦術を得た魔物の脅威を甘く見ていたな。慢心していたか……」
石飛礫を防ぎながら地上の様子を見守っていた朔耶は、素人ながらに戦況が芳しくない事を感じていた。
『ねえ、なんかやばくない?』
ショウブハ トキノウンデモ アルカラナ
これでは魔物化の被害者救済どころか、この戦いに勝利出来るのかすら怪しい。実際の状況は無事に脱出できるか否かという瀬戸際まで来ているのだが、上空から味方の様子を窺っている朔耶には戦況が膠着しているように見えた。
『この投石がなんとかなればなぁ』
コウモ タエマナイノデハ イッシュンタリトモ ショウヘキヲトクコトハ デキヌ
何か攻撃を行う為に障壁を解けば、途端に豪雨のような投石に曝される。朔耶は無事でも味方が甚大な被害を被る事は必至だ。少しづつ前進を始めている魔物部隊の動きや、先程の竜籠も気になる。
朔耶はどうすれば良いかと考えているうちに、ふと兄の『如何なれば良いか、から考える』を思い出し、どうなれば良いのかを考えた。先ず投石が止む事、そして魔物部隊の動きを呪い祓いで止められる事。そうなる為に必要なポイントを探る。
『やっぱ投石が問題か……突風で押し返せないかな?』
タイショウガ チイサク ハンイガ ヒロスギル
『じゃあ障壁で蓋するみたいに後ろの部隊の上まで行って防ぐとか』
ソノバカラ ウゴカヌアイテデアレバ ユウコウダッタヤモ シレヌ
次々と思いつくままアイデアを挙げるが、何れも効果に疑問があったり、方法に問題があって却下されてしまう。唸りながら前方に視線を向けた時、砦のようなアーレクラワの街が朔耶の目に止まった。
『そうだ! 街の人が手伝ってくれれば』
ルティレイフィアの話によれば、アーレクラワの街には相当に実力ある者が多く集まっているらしい。
偏屈者ばかりとの事だが、それならばこそ、危険を顧みず手伝ってくれる物好きも居る筈だと推測する。色々と実例が身近に居るだけに、偏屈者に理解がある朔耶だった。
「思いついたら即実行!」
精霊に声を飛ばして貰うよう補佐を受け、朔耶はアーレクラワの街に向けて助けを求めた。捻りも含みも無い純粋な救援要請が、アーレクラワの街中に響く。
『外で魔物の大軍と戦ってます、危ないので助けて下さい』
その声はアーレクラワの街から辺り一帯に響き渡り、じりじりと後退中だった討伐大隊本隊にまで届いた。今正に全軍撤退の指示を出そうかとタイミングを計っていたルティレイフィアは、思わず上空の朔耶を見上げる。
「サクヤ! なんだ今のは!」
「あ、聞こえた? ちょっと街の人に助けを求めてみました、てへっ」
「いや……、てへっじゃないだろう」
確かにアーレクラワに居る戦士達が参戦してくれれば心強い所ではあるものの、交渉もへったくれも無い直球な救援要請はどうかと思うと呆れ半分、今ので撤退指示が出し難くなったと焦り半分のルティレイフィアだったが、街の門が開くのを見て目を瞠った。
武装した乗用犬に跨るアーレクラワの戦士達十数人が開かれた門から飛び出し、投石を行っていた魔物の後方部隊を急襲したのだ。魔物の間を走り回って翻弄しながら鎖で編まれた丈夫な網を打ち、搦めて動きを封じ込める。
「彼等が、動いた?」
「ルティ! あたしちょっと行ってくるからっ!」
投石が止んだ事で自由に動けるようになった朔耶は、急いで味方後方部隊の救援に向かう事にした。
フューリ達聖騎士団にも魔物との戦闘経験はあるし、ブラットの傭兵団やアンバッス率いる精鋭部隊がいるとはいえ、先程の竜籠には少なくとも六体近くの魔物が乗っていた。
王都の襲撃事件では完全武装の騎士達が包囲していてさえ、二体の魔物に連係されると突破されてしまう事があった。統率された魔物が六体、篭手も封じられている状態ではかなり厳しい。非戦闘員の乗る馬車が襲われれば、それこそ一溜まりも無い。
非戦闘員の乗る馬車の周囲では、従軍使用人と聖騎士団が前線から運ばれて来た怪我人の治癒に当たっており、彼女等を守る精鋭部隊と援護に駆けつけて来たパーシバル傭兵団が、其々臨戦態勢を維持した状態で上空の攻防を見上げていた。
魔物を乗せた魔族側の竜籠は、フレグンス側の竜籠を引く竜の妨害にあって着陸出来ないでいた。口元の少し欠けた鱗が特徴的な若い竜が、魔物を運んで来た竜達の進路を塞ぐように飛び回り、竜籠の降下を防いでいる。
「竜の空中戦なんて初めて見たぜ」
「まあ、昔のような竜騎兵も前大戦以降は見なくなったからな」
只でさえ育成に時間が掛かる上に数も少ない竜は、更に調教や訓練が難しくなる騎兵として使うよりも、運搬用の足として使う方が有益であるとされてからは、戦闘に使われる事は殆ど無い。
そうして或る意味、飼いならされた竜籠の竜達にも野生の獰猛さは無く、後方部隊の上空で繰り広げられる竜同士の戦闘も、鋭い牙や爪を使って噛み付いたり引っ掻いたりというような肉弾戦は見られず、体当たりしたり、相手の揚力を乱して飛行を阻害する程度のものだった。それでも巨大な体躯の竜が咆哮を上げながら激突する姿は凄まじい迫力があった。
「ギュオオオオオオ!」(翻訳:どけ小僧っ 邪魔すんな!)
「グォオオオオッ!」(翻訳:降りらんねーだろーが!)
「シャアアアアアア!」(翻訳:こっちくんなっ 持って帰れ!)
「ピーちゃん!」
「シャアア……ピ?」
そこへ飛び込んで来る青白色の翼を広げた『精霊と重なる者』。魔族側の竜達は先程『なんだか途轍もない力を持った存在』の頭上を飛び越える時に感じた畏怖に鱗を逆立てる。激しく揺れ捲っている籠の中で、統率されている魔物達は大人しく座っていた。
魔族側の竜籠を足止めをした竜にいい子いい子と鼻の上を擦ってやりながら、朔耶は竜籠の魔物に呪い祓いを掛けた。大人しく座っていた魔物達は呪い祓いの光にもがき始めると、やがて籠の中で重なり合うように倒れた。
「……全然元に戻らない」
ジョウタイノ アンテイシタモノバカリ アツメラレタノカモ シレヌ
今回、色々と対策が施されていた事を考えれば、それもあり得るかと頷く朔耶。取り合えず、籠を地上に下ろしてブラット達に魔物の処理をお願いした。朔耶の心情を考慮するブラット達は、淡々と処理を進めていく。
魔族側の竜達は籠が空になると、仕事は終わったとばかりに飛び去ろうとしたが、今後の事も考えれば鹵獲して置いた方が良いという事で、朔耶はその竜達に意識の糸を絡めて足止めする。
「ギュオーギュオー」
「グゥルルルル」
『ここに居て』
「ギュ……」
「グゥ……」
本能で逆らってはイケナイと悟らせる程の魔力を放出しながら威嚇する朔耶に、竜達は快く留まる事を受け入れた。以前、カンタクルとカースティア間の上空でサムズの竜籠を分捕った時と同じ方法だが、此方の対策は練られていなかったようだ。
「よしっ じゃあ次は急いで本隊の援護に回らなきゃ」
前線ではアーレクラワからの援軍に対応すべく二手に別れた魔物部隊が攻撃態勢に入った事で、討伐大隊も迎撃態勢に移行した。パーシバル傭兵団が抜けた穴はルティレイフィア遊撃隊と部族戦士の部隊が帝国騎士団の一部にも身体強化の術を施す事で補う。
魔物部隊は前衛中央の三部隊をそのままに、後方アーレクラワの部隊に右翼の二部隊を、前方の討伐大隊へ左翼の二部隊を差し向けて攻撃を開始。アーレクラワの部隊は乗用犬の機動力で縦横無尽に走り回って魔物部隊を翻弄し続けた。
「敵中央部隊の動きに注意せよ! サクヤが戻り次第、我々も打って出る!」
約三十体の魔物部隊を迎え撃つべく、身体強化の術を受けた帝国騎士団を壁役に、魔術団も足止めの氷結魔術を準備する。そこへ、後方部隊の救援に向かっていた朔耶が戻って来た。
「ルティ!」
「戻ったかサクヤ。今、魔物部隊が此方に向かっている所だ」
魔導砲を警戒してか、疎らに間隔を空けて隊列を崩した状態で突撃してくる魔物部隊。統率種を倒さなくては、魔術で牽制して一所に誘導、密集させる事は難しいだろう。
「やれるか?」
「大丈夫、行って来る!」
取り囲むように広がって押し寄せる魔物の群に、低空飛行で翼を輝かせて突進していく朔耶。その後を追走する討伐大隊。先頭の魔物が呪い祓いの届く範囲内に入るタイミングで光を投射する。途端、体勢を崩してバタバタと倒れる魔物達。
二十体程が呪い祓いの光に倒れた所で、魔物部隊の中央本隊はスンカ山方面へと撤退を始めた。アーレクラワの部隊に翻弄されていた部隊も、本隊に合流してゾロゾロと移動を始める。
鎖の網に搦め捕られた魔物は暫らくジタバタしていたが、飛んで来た朔耶の呪い祓いで鎮められた。その魔物達の中にも人間の姿に戻った者は居ない。
『……やっぱり戻らないね。もう皆、一定期間過ぎちゃったのかな……?』
カモ シレヌ イタシカタ アルマイ
こうして、アーレクラワでの戦闘は魔物部隊の撤退によって昼過ぎに終了した。アーレクラワの街から救援に駆けつけてくれた戦士達は、撤退していく魔物部隊に勝ち鬨をあげると、さっさと街へ戻ってしまった。
「まったく、連中は相変わらずだな。礼を言う間さえ与えんとは」
「あはは……。取り合えず、あたしからお礼言っとくよ」
朔耶は精霊の補佐でアーレクラワの街中に声を飛ばして貰い、顔も名前も分からない戦士達にお礼の言葉を送った。
『ありがとー、助かったよ』
「……救援要請の時もそうだが、その趣も潤色も無い対し方はどうかと思うのだが……」
「そう? ああいう人達には下手に気取ったり飾ったりしない方がいいと思うよ?」
「そ、そうなのか?」
『誘い方が間違っていたのだろうか……?』等と呟いて昔の事で悩み始めるルティレイフィアを本隊に追いついて来た馬車に乗せ、アーサリム解放軍、魔族討伐大隊はアーレクラワの街へと入った。
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