「それじゃあ、先に行ってるからね」
「おう、楽しんで来い」
昨日の夜、実穂と藍香に電話を掛けてクリスマスパーティーに出られる事を報告した朔耶は、二人との待ち合わせに街へと出掛けた。藍香の立てた遊び計画に若干修正を加え、朝から昼までは三人でウィンドウショッピングでもしながら街をぶらつく。
『ここんトコ立て込んでたから、今日はゆっくり羽伸ばそうっと』
ホントウニハネヲ ノバスワケニハ イカヌガナ
『……それ、おやじギャグ』
…………
街はクリスマスムード真っ盛りという具合に飾り立てられ、朝から電光の装飾をチカチカさせている街路樹や、ちょっと草臥れて黒ずんでいるサンタ衣装を着けたコンビニの店員さん等、毎年見られる光景が広がっている。半分正月が入っている所もあった。
「朔ちゃ〜〜ん」
既に待ち合わせ場所に来ていた藍香がぴょんぴょん跳ねながら手を振る。その隣で実穂も控えめに手を振っていた。心底楽しむ気満々な藍香を見て何となく嬉しい気分になった朔耶は、少し小走りに駆け寄りながら二人に手を振り返した。
「きゃーーっ 朔ちゃん来たーー!」
「はいはい、藍はちょっと落ち着こうね」
「今日は楽しもうねー」
三人は揃ってデパートのショウウィンドウ巡りを楽しみ、冬物の服や飾りつけを見て回った。地下街では小物売り場でアレが可愛いコレは有り得ないと様々なキャラクター商品を評し合い、太陽をモチーフにしたおっさんキャラのヌイグルミにボールをぶつけて遊んだりと、楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。
「そろそろお昼だね、店に行こっか?」
昼から夕方までは席を予約しておいた店で都築家の兄弟である重雄、孝文、それに拓朗の三人と合流して過ごす事になる。
朔耶との付き合いが長い実穂と藍香はこの三人とも多少の面識があり、うら若き少女が三人でクリスマスパーティーというのは『やっぱりさもしい』という事で、朔耶の提案した『彼らを加えた六人パーティー』を承諾した。
尤も、朔耶の兄弟だけならまだしも『幼馴染の男』という存在に藍香は少しゴネ気味だったが、夕方から実穂の家にお邪魔してお泊りするという計画で快諾した。
「あああ……朔ちゃんと一つ屋根の下でお泊り……その前にケーキ食べ放題……どっちも涎モノですなぁ」
「ケーキに涎垂らすのはいいけど、あたしに涎垂らすのはやめて」
「藍香ちゃん、お風呂では鼻血に気をつけてよー? 後、ちゃんと爪も切ってる?」
「なんの話をしてんのよ……」
何か暴走しそうで色々危ない気がする藍香や、何気に生々しい冗談を口にする実穂に軽くツッコミを入れる朔耶。地下街を通り抜け、広い車道を越えた先にある大きな駐車場が目印の店に向かって横断歩道を渡る。
『御座敷ケーキハウスむぃむぃ』とPOP書体で書かれた看板を掲げる建物が目的の店だ。ケーキハウスと御座敷レストランを合わせてみたという奇を衒ったのか一過性のブームに乗ってしまったのか良く分からないコンセプトだが、そこそこ人気の店である。
入り口脇にミニツリーや電光装飾で飾り付けられているクリスマス仕様の花壇を見ながら店内に入ると、右側にケーキのショウウィンドウがズラリと並んでカウンターと繋がっている。
左側にはテーブルと椅子が並ぶ洋風のフロアが広がり、奥が御座敷フロアとなっていて、高さ三十センチ程で二メートル四方の畳敷きの上に卓袱台のようなテーブルを乗せた御座敷自由席が九席ほど、間隔を空けて並んでいた。
その更に奥に予約制の御座敷席が三部屋、完全な個室となっている訳ではないが、衝立で仕切られていて自由席のモノより立派なテーブルが添えられている。自由席は何れも客で溢れ、通路を着物風メイド服姿のウェイトレスさんが歩き回っていた。
この店は客が自分で料理を運ぶ事も出来れば、ウェイトレスさんに注文を頼む事も出来るセミセルフ式を採用している。
「お兄さん達はまだ?」
「うん。工場からタカ君と拓ちゃん拾って来るだろうから、もう少し掛かるかも」
「先に食事済ませとく? それともケーキ食べよっか?」
食事メニューとケーキメニューを見比べながら唇の下に人差し指を当ててどれにしようかと悩んでいる実穂に、とりあえず飲み物を注文している藍香。流石にケーキを昼食にするのはどうかと思った朔耶は、実穂の横からメニューを覗き込んで軽食を選ぶ。
ビールとチューハイも注文できるという事で藍香がチューハイを注文しようとしたが、朔耶に素気無く禁止令を出された。藍香の『第一次酔わせてごにょごにょ計画』は発動前に封じられたのだった。 第二次計画は用意されていない。
「そういえば朔ちゃん、冬休み中ずっと用事あるの?」
「うん、まあ。一応ね」
「藍香ちゃんはねぇ、朔耶ちゃんを知りたくて仕方ないんだってぇ」
「だから、言い方がエロいってば」
ケーキは皆が揃ってから食べようと後回しにして、軽い食事を昼食にしつつ朔耶達は楽しい一時を過ごしていた。そんな折、店内が俄かに騒がしくなる。
「んだよコラァ! 喋っただけだろうがっ ああ?」
「あの、他のお客様の迷惑になりますので……」
「あ、私達もう出る所でしたから」
御座敷自由席の一席で酒盛りをしていたグループが隣の席の客にちょっかいを掛けたらしい。大学生風の若者四人組が隣の席でケーキを食べていた二人連れの女性に『一緒しないか』と声を掛けたが、無視された事で腹を立てた一人が絡んでいる。
と、パパラッチ実穂が素早く店員さんや客の話声から情報を集めて、騒ぎの原因や経緯を説明した。
「みっちゃん、相変わらずそういう行動ダケは素早いね」
「えへへぇ〜」
「いや、今のは褒めてないような気がするのはあたしだけ?」
クリスマスからカリカリしてやぁねぇと、軽く噂しつつ自分達の雑談に戻っていく野次馬をしていた客達。憤慨する男に同意したり宥めたりしている彼の仲間の声も共々、店内の喧騒に紛れて人々の注目から逸れていった。
そうして朔耶達も一時の騒ぎから身内の話へと話題を戻すと、冬休み中の予定について朔耶にアプローチを仕掛ける藍香。
「ねぇねぇ朔ちゃあん、今度あたしの部屋にも泊まりにおいでよ〜」
「藍がもうちょっと自重出来ればね」
落ち着きと女の色香を纏い始めたここ最近の朔耶の変化に何か危機感を覚えた藍香は、以前にも増して積極的なスキンシップを試みるようになっている。本人に自覚がなくとも気になる男が出来たのでは? と勘繰っているらしい。
実際の所は、此方の世界の日常では中々経験する事の出来ない異世界での色々な出来事によって精神的に磨かれ、それが精霊との結びつきを強めて朔耶から放たれる気配が深まったお陰で、朔耶の纏う雰囲気に深みが増しているのだ。
自信に満ち溢れて心身ともに健康で穏かな状態にある事は、それだけでその人間の魅力を底上げする。仄かな憂いや迷いの表情を浮かべた場合も、人に与える印象は違ってくるものだ。
「ああ……卒業しても朔ちゃんの側に居たい」
「卒業かぁ……」
朔耶は一時期、高校を卒業したらフレグンスに就職しようかと考えていた頃もあったが、今は様々な事情からもっとしっかり将来を見据えて考えたほうが良いと、選択を保留している。
アーサリム遠征で滞るフレグンス領内の活性化事業や魔族組織の問題を考え、王都の襲撃事件を思い出して僅かに表情を曇らせる朔耶。それを敏感に感じ取った藍香が擦り寄って来た。
「朔ちゃん、今何考えてたの?」
「ん? ちょっとね」
「ちょっと何かな〜? 聞きたいなぁ」
さらっと流した朔耶だったが、藍香がズズイと顔を寄せてくる。そこでふと、違和感を感じた朔耶は藍香の顔をがっしと掴んで両手で顎を掬い上げるように頬を挟むと、徐に顔を近づけた。藍香は一瞬目を見開いて固まったが、やがてそっと目を閉じる。
とりあえず、そんな藍香に軽く頭突きを喰らわせてテーブル周りを調べた朔耶は、ジュースに混じってチューハイの缶が藍香の座布団の脇に置いてあるのを見つけた。半分程空けている缶を没収する。
「やっぱり! なんかお酒の匂いしたと思ったらっ」
「あらら、藍香ちゃん何時の間に」
「朔ちゃん……オデコ痛い」
朔耶が涙目の藍香を弄って遊び、それを実穂が携帯で写真に撮るなど、女の子三人できゃいきゃいとじゃれている所に声を掛けて来る無粋者がいた。ビールの缶を片手にぶら下げ、褐色肌が目立つ如何にも『遊んでます!』といった風体の大学生っぽい男。
「君たち高校生? 俺ら○○大学なんだけど、一緒に遊ぼうぜ」
「お酒あるよ、ビール飲めるっしょ?」
先ほど女性客に絡んでいた四人組の内の三人だった。ちなみに一番酔っ払っているらしい男は、自分達の席でお摘みを齧りながらビールを呷りつつ、一人くだを巻いている。
「連れが来るので、結構です」
「わたし達、お酒飲みませんから……」
ニヤニヤに近いニコニコした表情を向けながら朔耶達の御座敷に上がり込もうとしている遊び人風の男三人を、やんわり押し返してお誘いの申し出を断った。だが三人も簡単には引き下がらず、強引に御座敷の縁に腰を下ろして食い下がる。
「ちょっと、困るんですけどっ」
「……」
「朔ちゃん……」
朔耶はキッパリとお断りを突き付けて若干語調を強めているが、実穂も藍香も怯えてしまっている。二人を庇って彼らの前に立ちはだかろうとする朔耶だったが、男三人が狭い縁に並んで座っているので間に立つ隙間が無かった。
「連れなんか居ないジャン」
「まあまあ、そう邪険にしなくても」
「折角のクリスマスなんだから、楽しく過ごそうよ、ね?」
遊び人風の男達は、一番気が強そうな朔耶を躱して後の二人を落とせば、その二人を庇って朔耶も落とせると考えた。そうして一番酔っていそうで狙い目と見たらしい藍香の肩に腕を回す。
「君可愛いね〜、おでこ大丈夫?」
「っ! いやっ」
いきなり見ず知らずの男に肩を抱かれた藍香は、驚きと恐怖で思わずその男を突き飛ばしていた。無理な体勢で狭い縁の端に腰を下ろしていたせいもあってか、バランスを崩した男はもんどり打つように背中から転げ落ちる。一瞬にして静まり返る店内。
「あ……」
「…………てーな」
「ナニしてくれてんだ、お前」
「突き落とすこたぁねーんじゃね?」
怒気を孕ませた声で言いながら睨みつけて来る三人に、蒼白になって身を竦ませる藍香。
「ご、ごめんなさ―― 痛っ!」
「今のはごめんじゃ済まんだろ、ぁあ?」
突き落とされた男は怒鳴りはしないものの激晃した様子で藍香の髪の毛を掴んで引っぱった。
店内に客の悲鳴とざわめきが広がり、警察を呼んだ方がという声が囁かれる。先程の騒ぎに引き続いて駆けつけた店員は男の仲間二人に阻まれているうちに、一人くだを巻いていた酔っ払い男に絡まれ始めた。
ブスリ
「いってええええええ!」
藍香の髪の毛を掴み上げていた男が悲鳴をあげながらその手を離すと、激痛の走った手を押さえる。彼の手の甲には小さな点のような傷が三つ並び、ぷっくりと血の雫が浮き上がっていた。
「コイツ、刺しやがった!」
彼がそう叫んで信じられないモノを見るような目を向けた先では、朔耶が切っ先に血の付いたフォークをテーブルの端に置いて、店員さんに『これ、汚れたので取り換えてください』等と声を掛けていた。
「おい! ざけてんじゃ―― べぶぶっ」
怒鳴りつけて朔耶に掴み掛かろうとした男は、鼻の下と上唇の間に裏拳を叩き込まれて妙な呻き声を残しながら鼻を押さえた。
「朔……ちゃん?」
「さ、朔耶ちゃん……(キレてる?)」
「……人がせっかく、友達と楽しんでる時に……」
ゆらりと立ち上がる朔耶。御座敷の上と下から睨み合いになる。
「調子こいてっと強姦すぞコラ」
「やっちゃおうか?」
「いいじゃん、コイツやっちゃおうぜ」
そんな下卑た脅し文句にも全く怯んだ様子を見せず、朔耶は三人組みを睨みつけている。実の所、朔耶自身は幾ら少しばかり鍛えているからと言っても、大の男を三人も相手に素手でどうこう出来るとは思っていなかった。
しかし、藍香を助ける為にフォークを突き刺したり、激昂する相手の人中に裏拳を叩き込んで出鼻を挫く等の過激な行動に出たのは、勝算があっての事である。 朔耶は大きく息を吸い込むと、店の出入り口に向かって叫んだ。
「お兄ちゃん! タカ君! 拓ちゃん! 助けてぇーーーー!」
なんだ? と振り返ろうとした三人の内の一人が唐突に体勢を崩して倒れ、一人が身体をくの字に曲げて膝を付き、一人が横倒しになりながら派手に吹っ飛んだ。
「うおらあああ! マイ・シィスゥタァーになんばしよっとかあぁ!」
「ありゃ、お兄ちゃん一人で片付いたか。 つーか、なんで訛ってんのよ……」
何処の方言だとツッコミつつも、兄に感謝する朔耶。実はフォーク攻撃を繰り出す前に兄の車が店の駐車場に入って来るのを見つけて、タイミングを図っていたのだ。 ちなみに、先程の兄のターンでの動きは次の通り。
朔耶達と合流する為に入店するも、店内の様子がおかしい事に気付いた兄、弟、拓朗は、奥の御座敷に仁王立ちしている朔耶と、対峙している三人組の男の姿を見つける。周囲の状況と客達の噂話から大まかなトラブルの内容を把握。
朔耶から救援要請。兄、Bダッシュ。
一人目、右のローキックを左足に叩き込む。
二人目、左の肘打ちを水月に刺し込む。
三人目、右の回し蹴りを左側頭部に浴びせる。
以上で兄のターン終了。兄の後ろでは何かマーシャルアーツっぽい構えを取っている弟と、三段式特殊警棒を伸ばした拓朗が控えていたが、出番はなかった。
その後、駆けつけた警官と少し事情を話し、その場で和解する事となった。四人組みがゴネなかった事と、店内の目撃者も多数で誰もが四人組に原因があると証言した事が速やかな和解の成立に繋がった。
重雄に伸された三人が反抗意欲諸共叩き潰されていたからでもある。
「さあ、それじゃあ皆揃った事だし、ケーキ食べようケーキ」
「わ〜〜〜〜」
「異議なーーし」
それからは六人でテーブルを囲って大きいケーキを切り分けたり、ショートケーキの味比べをするなどして楽しんだ。
特に都築兄弟と拓朗からは朔耶の昔の話を聞き出せるとあって、当初ゴネ気味だった藍香もすっかり打ち解けており、実穂は実穂で、拓朗達が時折ポロッと零してしまうオルドリア関連の単語をしっかり回収していたりする。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「そろそろ三時か、予約時間分いっぱいだ」
「えっ もう?」
「早かったね〜」
「朔耶は川岸さんトコに泊まるんだったな」
店を出た朔耶達は全員で兄の車に乗り込むと、一路実穂の実家である川岸家に向かった。朔耶達を川岸家に送り届けた後、都築兄弟と拓朗はそのまま帰宅する。
「何時来てもみっちゃんの家は大きいなぁ」
「慣れるとどうって事無いよー?」
「このセレブめっ」
実穂の家は結構広い敷地を持つ大邸宅である。地味にお金持ちの令嬢だったりするのだ。門から五十メートルほど進んだ先にある玄関前で停車し、朔耶達を降ろした兄は『ゆっくり楽しんで来い』と手を振ると、車をUターンさせて帰って行った。
「お兄さんも弟さんも鳥越くんも、みんな結構いい人だったね」
「まあね、何時も助けて貰ってるよ」
「ほうほう」
今日のお相手男性陣だった三人を評しながら邸宅に招かれる朔耶と藍香。全開にすれば軽自動車くらいは通れそうな程の巨大な扉をくぐって中に入ると、実穂付きの御手伝いさんが出迎える。
「お帰りなさいませ、実穂お嬢様」
「ただいま、早苗。 昨日言ってたお友達を連れてきたから、お部屋の用意お願いねー」
「畏まりました」
ホテルのロビー並に広い玄関というだけでも萎縮してしまいそうな雰囲気に、専属の御手伝いさんとのやり取り。
庶民にとっては殆ど別世界の出来事である。普段見慣れた親友が別人の様に見えて、藍香は少々居心地悪そうにしていたが、朔耶は割と平然としていた。実穂は朔耶の以前とは違うそんな変化にもしっかり観察の目を向けていた。
『本当に、朔耶ちゃんに何があったんだろう……?』
その後は、広い浴場での洗いっこで朔耶に洗って貰う藍香がやたら緊張していたり、夕食は昼のケーキでお腹一杯だったのでコンソメスープを一皿だけ頂くつもりが、あまりの美味しさに三皿ほど御代わりして体重を気にする羽目になったりする三人。
そうして夜遅くまでテレビを見たりゲームをしたりと充実した時間を過ごした朔耶達は、お泊り用の大部屋に並べられた四床ものダブルベッドの上をゴロゴロと転がって遊び疲れた後、そのまま川の字になって眠るのだった。
「今日は、楽しかったね……」
「うん」
「朔ちゃあん……むにゃ」
「……藍はもう寝てるし」
お酒も入ってたからねーと笑い合う。
「朔耶ちゃん」
「うん?」
「……おやすみ」
「ん、オヤスミ」
実穂は当面の間、朔耶の色々な変化については観察のみに止めて置こうと決心した。
『いつか、わたし達にも話してくれるよね』
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