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戦女神編
83話:覆う影




 昼過ぎくらいまで隠れ里の小屋でルティレイフィアと過ごしていた朔耶は、修行を終えたヴィンス達が戻ってくる前に隠れ里を発つ事にした。ササの街でミニリアカーの回収もして置かなければならない。

「それじゃあ、あの大きい人には大丈夫だからって言っとくね」
「ああ、宜しく頼む」

 ブレブラバントを表す『大きい人』発言に軽く笑いをこぼしながら、ルティレイフィアは飛び去って行く朔耶を見送った。


 夕刻前にササの街へと戻った朔耶は、訓練場で穴だらけになってしまった異形の案山子を補修しているブレブラバントに、ルティレイフィアの無事と『お前の判断を評価する』という伝言を伝えた。

「そうか……アイツは無事でしたか」
「居場所は言えないですけどね、元気にしてましたよー」

 日が暮れ切る前には各陣地で夕食の支度が始まり、皆が訓練場を後にする。朔耶も帝国の陣地に預けていたミニリアカー(資材の運搬に貸し出していた)を回収すると、一旦自分の世界へと帰還した。


「たっだいま〜」

 夕食を自宅で摂った朔耶は、着替えやお風呂セットの詰まった荷物を持って庭に出る。今日はレティレスティア達にシャンプーセットをプレゼントした後、サクヤ邸で一泊して明日からまたティルファや帝国を回る予定なのだ。

『じゃ、王都によろしく』
ウム

 王宮区画の庭園に転移した朔耶は、途端に締め付けられるような違和感を感じた。悪寒に近いそれは、悪い事が起きる前触れのようなイメージを思わせ、それを肯定するようにフレグンスの精霊が傍に現われて『悪い知らせ』を(もたら)せた。

ヤホーサクヤ
『ヤホーって、なんかすっかり挨拶の言葉になってるけど……。ねえ、この変な感じ何?』
オオキナアクイ オオキナワザワイガ コチラヲムイテイル

 フレグンスの精霊は王都に迫る災いの気配について説明すると、王族を守護する為に城の方へと消えていった。


『王都を覆うような災害級の悪意かぁ……』
コノケハイ サモンカイノトキトハ クラベモノニナラヌ

 朔耶自身に向けられた悪意が広範囲に王都を覆っているという。これはノンビリ異世界旅行をして過ごしている場合ではなさそうだと、朔耶は先ずレティレスティアに交感を繋いだ。

『レティ?』
――サクヤ! 王都に来ているのですか?――
『うん、……レティもこの気配、感じてるの?』
――はい、とても邪悪な気配が王都を狙っているような……酷く不吉な予感がします――

 聞けば、精霊神殿の神官たちも交感能力の高い者は何かしら不安な気配を感じていると報告が上がっているらしい。街ではフレグンスの遠征によってアーサリムから溢れた魔物が王都を目指しているという噂が実しやかに囁かれているとか。

『王様たちは何て言ってるの?』
――王都の民に不安を与えないよう、皆には普段通りに振舞うようにと――
『うーん、……それダメな気がする』
――えっ! だ、ダメですか!?――

 朔耶は王都に厳戒態勢を布いた方が良いと提案した。フレグンスの精霊のお墨付きで何か悪い事が起こるらしいと伝えるよう促す。アーサリムの事でまた戦乱の日々が来るのではと不安になっている王都の民に、動揺を招きたく無いという王の判断。
 それは朔耶にも理解出来るのだが、フレグンスの精霊の知らせがあった以上、何かが起きる事はほぼ確定事項なのだ。

『何か起きるって分かってるんだから、始めから備えておいた方がいいと思うのよね』
――分かりました。精霊の事もありますし、サクヤが言うならば間違いないのでしょう。そう伝えておきます――
『ん、宜しくねー。あたしもちょっと街を見回ってくるよ』
――気を付けて下さいね、サクヤ。イザとなったら元の世界へ避難して下さい――

 交感を終えた朔耶は、取り合えずサクヤ邸に荷物を置きに行こうとして、庭園の向こうに見えている王宮神殿の前に聖騎士団が揃っている姿を見つけた。フューリ聖騎士団長からメイスの回収もやって置こうと、朔耶は王宮神殿へと向かう。

「フューリ〜」
「あ、サクヤ様」

 フューリ達も王都に漂う悪意の気配を感じているらしく、神殿側としてはどう対処しようかと模索している最中だという。

「何かあった時の為に街民の避難とか誘導の訓練ってのは?」
「なるほど……。明確に対応すべき悪意の正体が分からない時は、何らかの被害を被る恐れのある対象を保護すると」

 見えざる災厄の正体をアレコレ推測して無駄に過ごすよりも、来るべき災厄から人々を護る準備を怠るなという朔耶の指摘(フューリの解釈)に感嘆する聖騎士団長。フューリは精霊神殿側にその方向で動くよう薦めると朔耶に告げた。




 フューリから回転ヘッドメイスを回収した朔耶は、一気に重くなった荷物を魔法障壁で浮かしながら自分の屋敷であるサクヤ邸へと向かう途中、自分の工房の前を通り掛かって足を止めた。

『これって……』
ウム ドウヤラココニ アクイヲ ムケラレテイルヨウダ

 締め付けられるような悪意の圧力をこの一帯に感じる。工房前に立つ警備の衛兵は普段通りで、特に変わった様子は見られ無い。一応声を掛けて何か変わった事は無かったと訊ねてみるも、衛兵からは異常無しの返答が返ってきた。
 朔耶は工房の警備を増やして貰うか、或いは外して貰うかしようと考えながら王都の自宅へと向かった。


「お帰りなさいませ、サクヤ様」
「ただいまー」

 サクヤ邸に着いた時も一帯に工房と同じ様な圧迫感を感じとった朔耶は、手早く荷物を部屋に置き、回転ヘッドメイスを持って元の世界の自宅庭へと帰還した。精霊とも相談して何か具体的な対処をしなくてはと、弟達にも相談する為に帰還したのだ。

「お兄ちゃん! 工場まで車出して!」
「どうした、そんなに慌てて。 つーか、そのメイス持ったまま迫ってくるな! マジ怖いからっ!」

 『撲殺か!』と戸惑う兄を急かして車を走らせる間、朔耶は王都での出来事を大まかに説明した。何か良くない事が起きるのは確実である以上、此方の世界に戻っている間に向こうで何か起きやしないかと、朔耶は気持ちを焦らせる。




「ふーむ、朔姉に向けられてる悪意か」
「どうしたらいいと思う?」
「まあ、そう焦るなって。先ずは一つずつ片付けていこう」

 回転ヘッドメイスの改修を行いながら、朔耶が持ってきた情報を分析する兄弟と幼馴染、それに父。特徴的な点を幾つかピックアップして議論する。

「朔耶の工房や屋敷が特に狙われてるって部分は、対処する方としては分かり易い」
「街の噂ってのも時期的に考えて不自然だよな」
「まあ、十中八九、意図的に流された噂だろう」
「しかもコレ、内容がヒントだらけじゃないか?」

 アーサリムの部族との関係は拗れていない事。不安定ながらも建国されていたらしき部族国家との国交樹立。それにより、帝国やティルファとの鉱山の採掘権、領有権についても揉める理由が無くなった事。
 魔物や魔獣は、アーサリムの入り口付近では殆ど見掛けない事。鉱山付近にあるという魔族組織の本拠地。

「……なんか、無茶苦茶分かり易いなオイ」
「え? じゃあ、悪意の正体って……アーサリムの魔族組織?」
「それしか考えられないだろ?」
「穿った見方というか『そう思わせておいて実は……』って考えようと思ってもな〜」

 向こうの世界で朔耶個人に恨みを持っている可能性のある存在。それでいて王都全域に災厄を持たせられそうな存在。更にアーサリムとも関係のありそうな存在。

 アーサリムに関わる以前から朔耶に対して敵意を懐いていた場合は、もっと前から朔耶はそれを感じ取っていた筈。今の時期に突然それ程に強い悪意を感じ取るという事は、極最近向けられた悪意であると考えられる。

 最近、朔耶が関わった出来事で、王都に災厄を齎せられる程の大きな力を持つ相手から恨みを買いそうな出来事といえば、キトの制圧とアーサリム遠征くらいしかない。その何れにも、主に損害を被る側として魔族組織が関わっているのだ。

「あ、ホントだ……無茶苦茶分かり易いわコレ」
「帝国の前皇帝絡みの線も考えてみたんだけどな、王都にそれだけの影響与えられるなら先ず帝都を何とかしてるだろうし」
「そのヨールテスって奴の事を考えると、どう考えても魔族組織の仕業って結論に行き着くよなぁ」
「まあ、悪意の正体は兎も角として、問題は何が起きて、それにどう対処するかだが……」

 街に広まった不自然な噂の内容から考えれば自ずと答えは出る。

「魔獣とか魔物とかに街を襲撃させるかもってこと?」
「概ね、そんなトコだろうなぁ」

 果たしてそんな事が可能なのかという疑問については、キトの制圧に活躍した竜籠の存在や、城の上階にテラスから易々と出入りする朔耶の行動が、可能である事を示していた。
 空を飛ぶ行為自体にまだ馴染みが薄い世界。街の構造そのものに対空防御という概念が殆ど無いのだ。

「確か、サムズの首都を電撃作戦で制圧したのも、帝国の竜籠を使った空挺部隊だったんだろ?」
「そっか……魔物の空輸かぁ」

 籠で運べるのは人や荷物だけにあらず。魔族組織のような力のある規模の大きな組織なら、竜籠の一つや二つ持っていてもおかしくはない。空からの襲撃が予想されるとして対策を考える朔耶達だったが、対空砲火のような迎撃システムが有る訳も無く――

「結局その辺りは王都の警備を厳しくして敵の早期発見と、降下した所を狙うしかないだろうな」
「そういう意味じゃあ、朔姉の提案した厳戒態勢を布かせるのは適切な処置だったと思うよ」

 とりあえず、朔耶が此方から出来る事として対魔物用武器である衝撃の篭手T2の生産予定数残り二十個を、王都を護る衛兵にも配布しようという事になり、今日出来上がっている分の十個を持って行く事にした。

「俺ら今日は徹夜で作業する事にするから、いいよな父ちゃん」
「……まあ、そういう事なら仕方ない。朔耶、危ないと思ったら絶対無茶せず還って来いよ?」
「うん、あたしは大丈夫」

 徹夜で残りの衝撃の篭手T2と回転ヘッドメイスの改修を仕上げて、翌朝にでも朔耶に持って行かせる予定で作業を進める孝文(おとうと)拓朗(おさななじみ)。父、重孝(しげたか)も娘の異世界の友人達の為に、息子達に混じって作業を手伝う。
 朔耶からデジカメを受け取った重雄(あに)は、一旦帰宅して朔耶が撮影して来たアーサリム地方の航空写真をPCで纏める事にした。

 工場の一角に朔耶の転移用スペースが用意され、今夜と明日はここから転移する。サクヤ邸に置いてある荷物を目標に、衝撃の篭手T2十個を工場の台車に乗せて、朔耶は王都のサクヤ邸の部屋へと転移した。

「う……」

 転移直後、朔耶はぐらりと身体が傾ぐのを台車に捉まって辛うじて踏ん張った。

『転移酔い……?』
ソノヨウダ キョウハモウ ヤスンダホウガ ヨイ
『……これ、配ってからね』

 深呼吸をして気分を落ち着けた朔耶はゴロゴロと台車を押して部屋を出ると、衛兵を呼んで篭手の配布を手伝って貰う事にした。
 特に悪意の気配が強い『サクヤ邸』と『サクヤ式工房』を護る衛兵に二つずつ、貴族街と開放区を繋ぐ門の門番、開放区と一般区を繋ぐ門の門番、一般区の門番に其々二つずつの配布。
 精霊の補佐を受けながらレティレスティアと交感を繋ぎ、家族と相談して導き出した悪意の正体に関する推論も伝えて置く。

――サクヤ? とても具合が悪そうですが……大丈夫ですか?――
『うん……あんまり大丈夫じゃないけど……大丈夫、一応皆に……伝えておいてね?』
――分かりました、ちゃんと伝えておきますから、無理せず休んで下さい、サクヤ――
『ん……おやすみ』

 サクヤ邸の自室のベッドで横になりながら交感を繋いでいた朔耶は、交感を解くと同時に気を失うように眠りにつくのだった。




 翌朝――

 朝の陽射しがカーテンの隙間から差し込む。部分日焼けしそうだーなどと惚けた思考を巡らせつつ、朔耶の意識は浮上する。

「ふぁ〜……」

メザメタカ サクヤヨ
『ん、おはよ』
サクバンノヨウナ ムリハ アマリカンシンセヌ
『はーい、以後気をつけまーす』

 一晩休んですっかり回復した朔耶は神社の精霊の御小言に子供っぽく返しながら活動を開始した。


「おはよー!」

 早速、父の工場へと帰還した朔耶は徹夜明けの家族達に元気な挨拶を向ける。父はソファーで仮眠を取っていたが、孝文(おとうと)拓朗(おさななじみ)は徹夜でナチュラルハイ状態になっているらしく、改修した回転ヘッドメイスに色々装飾をつけて遊んでいた。

「って、なにやってんのよソレ」
「おー朔姉、お帰りー」
「見た目も性能もゴージャスあーんどびゅーてぃふるメイスだぜー」

 これぞ回転ヘッド等と言いながら頭をぐりんぐりんさせている拓朗に、朔耶はアイアンクローをプレゼントしながらやたら豪華に飾り付けられたメイスを受け取った。真鍮を加工した装飾が柄の部分に施されてあり、しっかり磨かれているので金色に輝いている。

「もー、こんな派手派手にしちゃって……」

 持って還ってきた台車にメイスを乗せると、徹夜で組上げられた分の衝撃の篭手T2も積み込んでいく。
 『俺たちも手伝いに行こうか?』等と持ちかける未だテンションの高い二人に、朔耶は『今回は遊び気分で行く訳にはいかない』と、クールダウンさせる為に一つ体験談を語って聞かせた。サムズ動乱の日、クルストスの街で見た光景。

「剣で顔の鼻から下をゴッソリ抉り取られて、大量の血をゴボゴボ言わせながら横たわってる人とか、頭が半分無くなって倒れた拍子に中身が散らばってる死体とか、首が折れ曲がってて横から骨が出てる人とか、向こうの戦場ってそんな光景が一杯で――」

「……すまん、悪かった。作った武器が成功してちょっと浮かれてた」
「ごめん朔姉……」

 十分頭を冷やさせる効果があったようなので、朔耶は『分かればよろしい』と体験談を止めて転移のスペースに入った。生々しい話だっただけに、今度は余計に心配させてしまったらしく、二人の不安そうな眼差しがチクチク刺さる。

「もう! あたしは大丈夫だってば。ただ、拓ちゃん達が作った武器を使う向こうの人達は、普通の人間なのよ」

 お腹が空けばご飯も食べるし、眠くなればベッドで休むし、普通に怪我もするし、死んでしまえば魔法で生き返ったりする事も無い。文化の違い以外は此方と殆ど変わらない、普通の人々が普通に暮らす世界なのだ。それは忘れないで欲しいと朔耶は告げた。

「朔姉……」
「朔耶……」
「そ、それじゃ、行って来ます!」

 朝っぱらから神妙な空気になってしまった事を誤魔化すように、朔耶はオルドリア大陸の王都へと転移した。

「はぁ……お説教とか、あたしの柄じゃない」
イヤ ナカナカ リッパデアッタ

 精霊に褒められてちょっと頬を赤らめた朔耶は、昨日に引き続いて篭手を満載した台車を押しながら部屋を出た。その刹那、お腹が食糧を要求するサインを鳴らしたので食事を先に済ませる事と相成るのであった。

「なによ、このオチは……」
ハラガ ヘッテハ イクサハ デキヌモノダ




 王都には昨日の朔耶の提案により、厳戒態勢が布かれている。食事を済ませた朔耶は、残りの篭手を何処から配ろうかと思案しながら、先ずはフューリにメイスを渡しに行こうと王宮区の神殿に向かった。

「フューリ〜」
「あ、サクヤ様」

 街民の避難誘導について訓練場で打ち合わせをしている聖騎士団と神官戦士達の所にやって来た朔耶は、昨日と同じような挨拶を交わしながら、豪華に改修された回転ヘッドメイスをフューリに返す。

 質素で無骨なデザインだったメイスが、オールグレンの様な豪華な装飾を施されて返ってきた事に、目を丸くするフューリ。だが、以前のデザインが無骨過ぎた事もあり、装飾されたメイスはそれなりに豪華な聖騎士団の甲冑ともよく似合っていた。

「ああ、意外に違和感なかったね」
「あ、有難う御座います」

 性能と使い方に関して、スイッチは以前と同じだが、魔力石の補給が無用になった事でより扱い易くなっている。武器としての面ばかり強調されていた旧デザインに比べると、式典のような席に装備しても祭儀用としてなんら過不足の無い出来栄えだった。 


 訓練場を後にした朔耶は、篭手の配布先を巡回の騎士達にしようと思いついて王宮区の兵舎に向かう。厳戒態勢が布かれた現状では、普段の警備兵に加えて王国騎士団も街の巡回を担っている。

 一般区と開放区を其々三個小隊ずつで警備兵達と巡回し、貴族街と上流区は四個小隊ずつ。王宮区は近衛が護る事になっている。悪意の気配は開放区から上の区画に入ると急速に薄まっていたので、朔耶は主に開放区と一般区を回る騎士達に篭手の配布を決めた。

 そうして朔耶は王都中を飛び回り、悪意の気配の強い場所が他にもないかと歩き回るうちに、王都大学院にも工房やサクヤ邸と同規模の圧迫感を感じた事で、残った篭手を学院の衛兵に預けてレティレスティアに交感を繋いだ。

――それでは、学院も狙われていると?――
『うん、多分』
――分かりました、其方にも兵を回すよう伝えておきます――
『よろしくねー』

 暫らく休校にした方が良いのでは? との提案を挙げた朔耶だったが、大学院側の面子と子供を通わせている家や寮住まいをする生徒達の家々との関係もあり、現時点で簡単に休校を実施する訳にはいかないのだそうだ。

 今の時点ではまだ朔耶達が推論した通りの事件が起きるという確証は無い。朔耶が伝えたフレグンスの精霊の知らせも具体的では無かった為、王都全域に厳戒態勢を布く事までは出来るが、それ以上の処置は王室の威厳にも関わってくる。
 不安な気配を感じ取れているのは一部の者だけに、まだ何も起きていない現状、警戒も過ぎれば臆病と取られてしまうのだ。

(しがらみ)シガラミかぁ」
ヒトノヨニアリテ キッテモキレヌ モノデモアル
 
 昼食を一般区で済ませて夕方頃にサクヤ邸へ帰宅した朔耶は、使用人達を避難させておこうかと考えたが、彼等は『お屋敷を放り出して逃げる訳には参りません』と屋敷に残る事を主張したので、朔耶も条件付きでそれを了承した。

「みんな、イザとなったらお屋敷より自分の身を第一に考える事、いいわね?」

「サクヤ様……なんとお優しい」
「まこと慈悲深きお言葉……」
「こうなっては命に代えてもサクヤ様の屋敷を御守りせねば!」

 逆効果だった。


 夕食をサクヤ邸で済ませた朔耶は、この騒動が三日後に迫るクリスマスまでに終わらない可能性を考え、藍香と実穂の二人に話を通して置こうと一旦帰還する事にした。工場まで兄に迎えに来て貰い、自宅に着いてから二人に電話を入れる。
 
『はいはーい! 朔ちゃんの藍香でーーす!』
「テンション高いわね藍……。 あのね、実は――」

 そうして二人に『もしかしたら予定が入るかもしれない』と詫びを入れ、その後お風呂に入り、自宅の庭から兄が作ったアーサリム地方の航空写真な地図を持ってサクヤ邸に転移したのは、夜も更けようかという頃だった。

「あら? サクヤ様……? てっきりお還りになられたのかと」
「うん、ちょっと用事が長引いちゃってね」

 暫らくはこっちに居る事を伝えると、使用人の少女は困ったようにオロオロとし始めた。

「ああ、どうしましょう。先程サクヤ様の御在宅を訪ねて来られた方に、サクヤ様はお還りになられましたと伝えてしまって……」
「ありゃま。まあ、いいんじゃない? 明日も街中ウロウロする予定だから、用事があれば会った時にでも声かけてくるっしょ」

 『誰だか知らないけど』と、朔耶は手をヒラヒラさせて気にしないようにと促した。






「フレグンスからの報告では、王都全域に厳戒態勢が布かれているそうです」
「ふむ……、流石に侮れぬは精霊の知らせか。して、首尾は?」
「はい。手筈通り、地下の遺跡跡(いせきあと)から開放区に潜入させてあります。竜と竜籠は先程帰還いたしました」
「よし、其方は取りあえずそれで良い、後は現場の判断に任せる。ポルモーンに侵攻中の部隊はどうなっている」

 『王都襲撃作戦』は成功を確信出来る段階まで漕ぎ付けたので一旦思考から外し、ヨールテスは次の問題に取り掛かった。フレグンス、グラントゥルモス、アーサリム地元部族の連合部隊がササの街に拠点を置いてポルモーン方面まで侵出して来ているのだ。

 ポルモーンに拠点を置かれると、渓谷一帯を封鎖されてしまうので色々と動き難くなってしまう。アーレクラワの街は生かさず殺さず維持させる事で、良い素材を拾える人材発掘場でもあったのだが、ポルモーン渓谷は主に狩場であり、実験場でもある。
 完璧な魔族の身体を得る為の研究材料は、常に確保されなければならない。

「うーむ……少々ポルモーンの街には人が集まり過ぎておるな。一度散らかしておくか」
「では、指揮特性を埋め込んだ統率種を投入しますか?」
「そうだな、良い機会だ。後の会戦に備えて実験を済ませておこう」
「分かりました」

 キルトは礼をして執務室から出て行った。新種の魔物である統率種は、今まで魔物や魔獣を操っていた人狩り達に変わって、魔物自身が他の魔物や魔獣を従えて一個の部隊のように行動する事が出来る。文字通り魔物軍団の構築を可能とする種だ。

「育成に時間が掛かる人狩り共もそろそろ御祓箱だな」

 椅子の背凭れに体重を預けながら一息付いたヨールテスはそんな独り言を呟きながら、先程思考から外した王都襲撃作戦の成否に思いを馳せた。ついさっき届いた報告では、戦女神は予定通り今日の夕刻に元の世界へと帰還したらしい。
 作戦の決行は恐らく明日の朝になる。

「ふっふ……良い知らせというモノは幾つになっても待ち遠しいモノだ」







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