キトが制圧されてから七日目、王都の下街である一般区に"銀月の牙"パーシバル傭兵団の馬車が到着した。
朔耶の滞在中に彼等が尋ねて来た場合は工房へ案内するよう、予め王都の衛兵達に話が通されていたので、ブラット達は衛兵に案内されて開放区にある朔耶の工房までやって来た。
「団長、ツヅキはここに住んでるんですかねー?」
「サクヤ部隊の本部とか」
「そんな訳はないだろう。 しかし、サクヤ式か……やはりサクヤ部隊とサクヤ式には、何か関連があったのか?」
工房で作業をしていた朔耶は、衛兵からパーシバル傭兵団の来訪を告げられると、作業の手を止めて彼等を迎えに外へ出た。
「やほーブラットさん、元気だった?」
「それなりにな。 ……ここは、サクヤ式の工房か?」
「うん、今ランプの部品作ってたとこ。 報酬の残りは直ぐ用意するから、中でお茶でもどうぞ〜」
朔耶は今日も朝から此方へと転移して来た後、一人で工房に籠もっていた。工房の中はゴツイのが二十人程度入っても手狭になる事は無い。二十人分のお茶を用意した朔耶は、工房でブラット達を待たせて報酬の金貨を取りに城まで飛んだ。
「おっはよーレイス。ブラットさん達が来たから、例の報酬の金貨、頂戴」
「ああ……おはよう御座います。 例の彼等ですか……ええーと、フレイ」
「はい。 どうぞサクヤ様、重いですよ?」
「うおっ 重! ……それはそうと、なんかレイス疲れてない?」
ズッシリと重い金貨の詰まった袋を、どっこらせーと気合で担いだ朔耶はレイスからお疲れ気味な雰囲気を感じ取って訊ねた。
キトの統治に派遣する人事の選定や未開地鉱山の調査に同行させる人材の調整など、ここ暫らく激務に忙殺されているようだ。心なしか頬が痩けているように見える。フレイはとても元気だったが。
「フレイはなんかテカテカしてるね」
「はいっ サクヤ様の湯浴み道具、洗髪液や湯浴み用洗剤のお陰です!」
サラサラの赤毛に艶々の肌。満ち足りた表情のフレイ。何か察しなくてはいけない気がした朔耶は、それじゃあまたねとレイスの執務室を後にした。今度、父の栄養剤でも差し入れてあげようか等と考える朔耶だった。
「おっまたせー。 残りの報酬、金貨二百枚でーす」
おおーと、団員達がテーブルの上にどすんと置かれた金貨の袋に寄って来た。朔耶は負荷の掛かった肩と首を回しながら作業台に放置してある作り掛けだった部品を一旦仕上げた。それを見たブラットが声を掛ける。
「そいつは、魔力石の加工品か?」
「そうだよー?」
「もしかして、サクヤ式ってのはお前たちが作ってたのか」
「うん? あたし達っていうか、あたしが作ったのが殆どかなー」
元々コッチの活動がメインだという朔耶に、ブラットは怪訝な表情を浮かべて考え込んだ。
ブラットの認識を新たに更新するならば、朔耶は――『フレグンスの特殊精鋭精霊術部隊サクヤのメンバーで素人のエリート学生、名はツヅキ、王室所縁の身でありながら自身の持つ特異能力故に、危険な任務を単独で任されるサクヤ式の考案者』となる。
流石に色々と無理が出て来た人物像に違和感を感じたブラットは、聞いても無駄と思いつつも朔耶に『ツヅキという一人の少女』の人物像について、自分の把握している認識を語って確かめた。一瞬の揺らぎも見逃さないよう、その黒い瞳を見詰めながら。
朔耶は爆笑した。
テーブルの端に突っ伏して自らが長く懐いてきた勘違いにヘコんでいるブラットを余所に、朔耶は団員達から未開地について話を聞きだしていた。
未開地アーサリムには魔物が多く出没する。アーサリムの入り口となる街、『ササ』の近辺で見る事は滅多に無いが、アーサリム地方の中部に広がる『ポルモーン渓谷』では野良魔獣と人狩りが放った魔物がウヨウヨしている。
ポルモーン渓谷には、クルストス規模の小さな街を中心に村や集落が点在しており、危険な地域でありながら其処に住む人々は、先祖代々暮らしてきた土地を離れようとはしないのだそうだ。
ちなみに、『魔獣』とは普通の動物が何らかの原因によって怪物に変貌したモノで、大抵は凶暴だが偶に大人しいモノも居る。『魔物』は元から怪物として在ったとしか思えないような異形の生物を指す。
中には魔術を使う魔物も確認されており、知性を持つ分、魔獣より厄介な存在だ。魔物や魔獣を討伐すると稀に『魔力の結晶』が拾えるので、腕に覚えのある者が一攫千金を狙って討伐に赴いたりする事もあるらしい。
「魔力の結晶?」
「ああ、希少性なら精霊石とどっこいの高値で売れる石さ」
どのような過程で魔物の体内に精製されるのかは知られていないが、純粋な魔力の塊りなので魔術の触媒に使っても魔力石のように力の方向性が乱れる事も無く、触媒として非常に相性が良いので、かなりの高値で直ぐに買い手が付く。
ただし、魔物の討伐には相当な危険を伴う上に、苦労して討伐を成し遂げた所で必ずしも結晶が手に入る訳でも無く、安全を考慮して大所帯で行けば確実に赤字。少数精鋭でも儲かるかどうか微妙なので、アーサリム地方は傭兵団にもあまり人気が無い。
「ふーん。それじゃあ、結晶狙いで魔物の討伐とかやってる人達って……」
「ああいう連中はそれこそ化け物みたいな奴等だよ」
「まあ、ツヅキ程じゃないけどな」
「ちょっ! なにソレ、失敬な!」
工房内に笑い声が響く。団員達とそんな話を続けながら、朔耶は少し突っ込んだ質問を投げ掛けてみた。近く、三国から未開地へ出兵する動きがある事を話し、ポルモーン渓谷より更に奥には何があるのかを問う。
「ポルモーンより奥になると、スンカ山の麓にアーレクラワって街があるな」
「あの辺りはやべぇ、特にスンカ山は魔物と魔獣の巣窟だからな」
「ああ、あの街もよく持ち堪えてるもんだよ」
ポルモーン渓谷を抜けた先には『スンカ山』という大きな山があり、その麓に『アーレクラワ』という街があるが、その一帯はスンカ山から湧いてくる魔物や魔獣が跋扈しており、危険度はポルモーン渓谷の比ではないそうだ。
スンカ山は、キトの地下施設の書類に記されていた精霊石鉱山である。朔耶は鉱山の事は伏せつつ、アーレクラワの街とスンカ山についてもう少し詳しく聞き出そうと試みたが、復活したブラットが話の輪に入って来て待ったを掛ける。
「情報は俺達にとっても商売道具だからな、これ以上はタダで教える訳にはいかないぞ?」
「ぶー、ブラットさんのケチー」
「団長のケチー」
「おいコラっ お前ら懐柔されてんじゃない! むざむざ飯の種を棄てる奴があるか」
どうやら団員達は破格の報酬を得た事で随分と口が軽くなっているようだった。
「ったく……、これもツヅキの能力なのか?」
「なによそれ?」
結局、それ以上の目ぼしい情報は引き出せなかったが、朔耶もキト制圧の話を聞かせたりして適当な時間を過ごした。その後、パーシバル傭兵団は一般区で宿を取ると言って朔耶の工房を後にした。
ブラット達を見送った朔耶は、彼等から得た情報を昼食がてら知らせておこうと城に向かう。今日の昼食はレティレスティアに御呼ばれしているのだ。
「あ、アルサレナさん」
「まあサクヤ。 窓から出入りするなんて……クスッ」
何時ものようにテラスの窓から廊下に入った所でアルサレナと鉢合わせてしまい、てっきり『はしたない』等と言って叱られるかと身構えていた朔耶は『クスッ……ってなにー!』と逆にうろたえた。
「私も昔よくやっていたのですよ。尤も、一階か二階の窓からですが」
「さいですか……」
丁度いいやと朔耶はアルサレナに未開地アーサリムについて得た情報を報告する。アルサレナも帰国したルティレイフィアからよく話を聞いていたので、ポルモーン渓谷やその奥の危険地帯の事は知っていた。
「精霊石の鉱山であるスンカ山の攻略には、アーレクラワに兵を敷ける事が前提になりますね」
「でも魔物の巣窟って言ってましたよ? 採掘なんて出来るのかなぁ」
アルサレナは魔族組織の本拠地がスンカ山付近だという事が分かっているので、何か魔物除けのような手段があるのだろうと推測していた。彼等の資金源はキトの収益だけでなく、鉱山から採れる精霊石だと見ている。
「人狩りの組織が魔物を使っているという事は、魔物を使役するような方法があるのでしょう」
「……それって、人狩り組織も闇業者と同じで魔族組織と繋がりがあるって事ですよね?」
「そう考えた方が自然ですね」
何れにしても、アーサリムに兵を送るならば、魔物対策として相応の装備や慣れない土地故に案内人が必要になるとアルサレナは溜め息を吐いた。優秀な騎士や必要な装備は直ぐに揃える事も出来るが、土地に詳しい案内人の確保は難しい。
ルティレイフィアを呼び戻して案内人も兼ねながら、派遣する騎士団の指揮を執らせようかという案も挙がっているという。しかし、娘はそれに応じないだろうとアルサレナは読んでいた。
「もしかして、ルティって頑固者?」
「ええ、頑固ですとも。そもそもあの子が未開地を飛び回っているのは、私やゼルへの当て付けのようなモノですからね」
『父上母上が王国を維持する為に動けぬと言うなら、わたしが王族たる在り方を知らしめるべく民の為に剣を振るいましょう』
そう言って王都を飛び出したルティレイフィアは、お忍びで領内各地を旅しては彼方此方で盗賊団などの犯罪組織を潰して回ったりしている内に未開地へ踏み入り、その地に住む人々の窮状を見て少しでも彼等に安全な暮らしをと奮闘を始めて今に至っている。
何度かルティレイフィアからアーサリムをフレグンス領に組み入れる提案がなされた事もあったが、得るモノも無く、出資が増えるだけだという理由から聞き入れられる事は無かった。
ルティレイフィアも其処には理解を示していたが、納得はしていない様子だったという。今更、鉱山が見つかったから領土に組み入れるので指揮を執れと言われて素直に頷く娘ではないと、母親は語った。
「他にも理由はあるのですけどね。まったく、あの子の身勝手さはジャバールの次男に唆されたモノと思っていますよ」
「あはははー……」
アルサレナの愚痴に付き合いつつ、朔耶はポムッと思いついた。腕のいい案内役に心当たりがある。それも今、物凄く身近な場所に居る。朔耶はアルサレナに、彼等の事を話した。
「精鋭の傭兵団、ですか」
「うん、信頼出来る人達ですよ。 団長はエロイ人だけど」
本人が聞けば両手と膝を付いて項垂れそうな紹介をする朔耶だった。
「まずは、お前たちの装備からどうにかしなくてはならんな」
「申し訳ありません……」
ササの街の露天商が集まる広場にて、頭の後ろで結んだ赤み掛かった金髪を揺らして颯爽と歩く『紅獅子』の異名で知られる美貌の傭兵剣士の後ろを、若干覇気の無い様子で俯き加減にゾロゾロと付いて歩く体格の良い男達が八人。
ルティレイフィアの配下となったヴィンス達だったが、装備の貧弱さも含む諸問題でポルモーン渓谷方面まではとても連れて行けないと、武具を整える為にやって来たのだ。
ここ数日、ササの街周辺を回って魔獣との戦闘を経験したヴィンス達は、その苛烈な戦いに疲弊しており、装備も既にボロボロで破棄寸前という有り様である。仕えるべき主に面倒を掛けてばかりという醜態に、ちょっと落ち込み気味なヴィンス達だった。
馬車を改造した簡易店舗の武具屋で、キャリゴル以下だがそれなりに良いモノを一人当たり数点揃えさせる。剣にせよ鎧にせよ、この地でキャリゴル以下を使うなら良い物でも予備を含めて最低三セットは必要になる。
装備一式を三セット八人分ともなれば、在庫も開けての大放出で武具屋にとっては大売り上げになるのだが、この辺境も辺境である未開地の街でそれ程の資金を持ち歩けるような者が居るのかと、武具屋の店主は懐疑的な視線をこの客人集団に向けた。
「うん? 代金の心配をしているのか? それなら心配するな」
ルティレイフィアは商人のこういった対応にも慣れたモノで、懐の袋から一粒の鉱石を取り出して店主に見せる。
「それは…… !っ 魔力の結晶!」
「此れを代金として渡そう、換金は其方でやって貰えるか? 十分な値段になると思うが」
「も、勿論でさぁ! ウチの一番マシな武具を全部出してもお釣りが来るってモンですぜっ」
魔力の結晶に目の色を変えた武具屋の店主は、馬車の奥に仕舞ってあった商品を片っ端からカウンターに並べ、ヴィンス達はそれを受け取って装備を整えていく。予備はオマケで付けてくれたベルト付きの旅袋に入れて担ぐ事になる。
「しかし、宜しかったのですか? あのような高価な物を」
「魔力の結晶の事か? アレならまだ幾つか手元にあるからな、気にするな」
ルティレイフィアの返答に驚くヴィンス。魔力の結晶が魔物や魔獣の討伐によって採取される事は多少なりとも知っている。一つ手に入れるだけでも相当数の討伐をこなさなくてはならないと謂われる魔力の結晶を、彼女はまだ幾つも持っているという。
ヴィンス達の表情から彼等の心情を読み取ったルティレイフィアは、少し笑みをこぼしながら呆れてみせた。
「お前たち、わたしを侮っているな? これでも単独でアーサリムを旅して来た身だぞ?」
ルティレイフィアが兵を募るのは主にアーレクラワまで遠征する場合や、ポルモーン渓谷に点在する村々の警備を依頼する場合等で、普段は大抵一人で行動している。
それだけの実力を備えており、ルティレイフィア自身、一人の方が動き易いと思っていた。
「わたしの剣になりたいのなら、その程度の実力は身につけて貰うぞ」
「ハッ 精進致します!」
ヴィンス達を引き連れて今夜の宿を取りに街の中心部に来たルティレイフィアは、そこでブレブラバントの率いる街の巡回兵と鉢合わせた。あからさまに嫌な顔をするブレブラバントをヴィンスが睨み付けた事で、双方の間に不穏な空気が漂う。
「意外に血の気の多い奴だな、わたし達の敵は彼等ではないぞ?」
「ハッ ……申し訳ありません」
苦笑しながら諭すルティレイフィアに、恐縮するヴィンス。そのやり取りを見たブレブラバントが鼻で笑った。
「ふっ 随分と青いのを連れているな、紅獅子の国は人手不足なのか?」
「お前も族長の自覚があるなら、無闇に挑発を向けるモノではないぞ? ブラ」
「名を略すな! オレはブレブラバントだっ つか、ブラってなんだ! 変な略し方するな!」
彼等の部族では名がその者を現すとし、バランス良く長く、難しい名前ほど立派であるとされている。長くて難しい名前を呼ばれる事は、それがそのまま尊称となり、名前が略されるのは半人前扱いに当るのだ。
ちなみにルティレイフィアはその事を分かっていて略している。ブレブラバントの実父であった今は亡き前族長の、凄まじい蛮族戦士ぶりを知っているので、彼に比べれば息子のブレブラバントは図体は兎も角、まだまだ未熟と捉えていた。
肩を怒らせてノシノシ巡回路を歩いて行くブレブラバントの後を、カラフルな部族衣装である戦衣を纏った巡回兵が笑いを堪えて肩を震わせながら付いて行く。それを見送ったルティレイフィアは、ヴィンス達に向き直ると、真面目な表情になって忠告した。
「いいか、ここは彼等の『国』だ。それを忘れるな」
ササは規模からして小さな街だが、ここは旅人の拠点として街になったに過ぎない。街周辺の土地には、特定の部族だけが集まった集落が幾つも存在する。それら多くの部族を一つに纏め上げているのが、ブレブラバントが族長をしている部族である。
「わたし達の祖国から見れば蛮族でも、彼等はこの土地を治める謂わば王族のような立場にある。それなりの敬意は持て」
未開地を知らないヴィンス達に少しずつ此方の常識を教育していくルティレイフィア。彼女はササのような安定した街をポルモーンやその先のアーレクラワにも築かせ、アーサリム地方に祖国のような列強国と同規模の国を建たせようと目論んでいた。
嘗てはフレグンスの領土に組み込む事で、この地域の安定を図ろうと父王達に提案をした事もあったが、アーサリムに住む人々の事を知ってゆくに従い『ここは彼等の土地である』との認識を深め、彼らが力を合わせて国家を営む事を望むようになった。
そんなルティレイフィアの元に、王都からアーサリムへ向けての出兵の報が届いたのは、この日から五日後の事だった。
ゼルはアルサレナがプライベートでカイゼルを呼ぶ時の愛称です。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。