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戦女神編
76話:空腹と新たなる諸問題




 カカアァアン――


 正面から固まって突入を仕掛けてくる相手は朔耶の電撃で一網打尽。建物の影や屋根から奇襲を仕掛けようとする者は帝国魔術団から攻撃魔術の洗礼を浴びる。

 先行したガルブレック率いる強襲密偵部隊が予め敵の潜んでいる場所に印を付けてあるので、キトの警備兵や暗殺者による奇襲の殆どは逆に狙い撃ちを受けて撃退されていった。

 また、路地に潜むキト側の諜報員をガリウスの部隊が片っ端から打ち倒して行く事で、地下施設にあるキトの司令部まで情報が届かないようにしていた。

 精鋭騎士団と辺境騎士団が左右を固めてその内側に帝国魔術団が控え、殿(しんがり)を聖騎士団が勤める。隊の中心部に守られる形でティルファの魔術団とブラミルト、それにバルティアが一塊となり、正面には朔耶がレイス、フレイと並ぶ。

「――水よ風よ集いて凍て付く刃となり――」
「――炎よ翔けよ劫火よ猛よ――」

 取り溢しはレイスとフレイが確実に仕留めて行く。電撃で昏倒した者はそのまま捨て置き、氷や炎で怪我を負った者には応急処置を施し、無力化した上で道の端に除けて放置していく。皆、なるべく犠牲を出さない朔耶の方針を酌んでくれていた。

「にしても……フレイの攻撃魔術って威力とか派手だね」
「これでも抑えている方なんですよ?」

 本気で撃てば相手を炭化させてしまうという。これだけ控えめに抑えられるのも、それだけ状況に余裕があるからだった。




 キトの監視官は、敵の増援を確認したという報告を最後に途絶えた、地上の諜報員との連絡を急がせていた。
 竜籠数台による強硬着陸という話なので、少なく見積もっても五十人近く、二個小隊以上は投入されているかもしれないと予測をつけた。上の屋敷に集めた警備兵は約三百名、一個大隊に匹敵する。

「ふーむ……諜報員との連絡が途絶えたのは気になるが、ヨールテス様の指示を仰ぐ程の事ではないな」

 折角留守を任されているのだ。つまらない用事で何度も呼び出して無能者と思われては、今後の昇進にも響く。監視官はそう考え、屋敷に上がって直接警備兵の指揮を取る事にした。現状把握は現場で行った方が早い。

「万が一屋敷に侵入される事があっても、昇降機の穴を閉じておけば地下施設(ここ)が見つかる心配は無いだろう」

 数人の部下を連れて昇降機で屋敷に上がった監視官は、部屋の仕掛けを作動させて地下施設に通じる縦穴を閉鎖すると、屋敷の庭と正門が見渡せる二階のテラスに向かった。

 屋敷の庭や、門の前に整然と並ぶ警備兵たち。闇市通りを抜けた先にあるこの屋敷の周囲は、身を隠せる場所も無い開けた場所になっている。二階のテラスに出た監視官は屋敷前の広場を挟んだ闇市通りの出入り口に視線を向けて様子を窺った。
 通りの奥からは剣戟の音や攻撃魔術のモノらしき爆発音。大勢の雄叫びが混じる戦闘音が響いて来る。

「ふむ、雇い込んだ傭兵共は上手くやっているようだな。此方からも攻めてみるか」

 部下を伝令に使い、門前の警備兵から一個中隊を闇市通りに差し向ける。命令を受けた中隊は二十人編成の小隊三つに分かれると、其々隊列を組んで正方形の陣形を敷きながら通りの入り口へと前進を始めた。
 最前列の小隊が敵を発見したらしく、武器を構えて迎撃態勢に入るのを確認した次の瞬間――

 カカカアアアァアン――

 連続する乾いた音と共に閃光に包まれた小隊の兵達は、その場で一斉に昏倒した。後に続いていた残りの二個小隊は思わず通りの入り口から距離を取ろうと下がり始めるが、突然足元が縫い付けられたように動かなくなった。

 何時の間にか石畳が凍り付いており、ブーツの底が張り付いてしまっている。混乱する兵達。其処へ人一人分飲み込んでしまえるような大きさの火球が、次々に飛んで来ては兵達を貫くように焼いていく。


 フレイの火球魔術は、撃ち出した火球が対象に当れば燃え移ってそこで終わりという従来のモノとは違い、凝縮されている魔力の大きさと持続時間の長さによって、単発型でありながら直線距離で長範囲に効果を及ぼせるのが特徴である。
 手加減して放たれた火球は警備兵の集団に瞬間的な火傷を負わせながら、屋敷の門前まで飛んでそこに居た兵達を慌てさせた。

 どうやらかなり強力な術者が揃っているようだと、監視官は動揺する兵達を落ち着かせるよう部下を伝令に指示を出す。やがて通りの出入り口から続々と飛び出して来る騎士の姿を見た監視官は、困惑と疑問の声を上げた。

「あれは……、帝国の精鋭騎士団ではないか! フレグンスの増援というのは帝国軍なのか」
「監視官! ティルファの魔術団らしき姿も見えます!」
「今、先行させた部隊の兵を治癒しているのは……精霊神殿の聖騎士団のようです」

 電撃で小隊丸ごと一網打尽。凍結で足止めをして、火傷で攻撃力を奪い、辺境騎士団と精鋭騎士団が叩き伏せて無力化する。それを聖騎士団が命に別状は無いと言える程度まで治療して回復させる。容赦なく、それでいて慈悲深い進撃だった。


「あの屋敷ですか」
「うん、……うわー、何かいっぱいるね」

 ブラハミルトの問いに答えた朔耶は、屋敷の門前に並ぶ大軍に息を吐いた。

「門の向こうに百、門前に二百という所ですが、先程の中隊を仕留めたので百五十前後でしょう」
「ぅわっ びっくりした!」

 イキナリ背後に現れて敵戦力の解説をするガルブレックに、驚いた朔耶は思わず飛び退いた。ちょっと嬉しそうなガルブレック。戦力の報告を聞いたアンバッスは如何攻めるべきか、精鋭騎士団長やレイス達にも意見を求める。

「流石に正面から戦えば、此方も甚大な被害は免れますまい」
「戦闘に向かないティルファ魔術団の方々を下げ、通りの出口を陣地に削ってみますか?」
「長期戦は不利でしょう。制圧に時間を掛け過ぎると、連中に情報を処分する猶予を与えてしまう」

 全面的な総力戦は避けるべきだと主張する精鋭騎士団長の言に、レイスが腰を据えた攻略法を提案するも、相手の情報を抑えるという目的を達成する為には速攻が望ましいとブラハミルトが異議を立てる。

 例え勝利出来たとしても、余り時間を掛ければ相手が敗北必至と悟った時点で屋敷や地下施設のあらゆる情報を隠蔽する工作に動く事が考えられる。施設を抑えられても、キトの支配者に関する組織の情報が手に入らなくては意味が無い。

「ふん……聖騎士団とサクヤの治癒もある事だし、少々無茶でも突っ込んでみるか」
「ちょっと待って」

 全軍突撃を考えていたアンバッスに待ったを掛けた朔耶は、神社の精霊と相談しつつ条件と前提を確かめる。

「三国連合の意義はもう達成されてるよね?」
「うむ、ここまで我が帝国の騎士団とフレグンスの騎士団を見せ付けながらの進攻だったからな」
「我々も屋敷の制圧後から動くので十分参加の意義は果たせますよ」

 バルティアとブラハミルトが肯定を返す。三国が揃って協力し合い、キトを制圧したという客観的な『見栄え』の事実も必要な条件だった。三国はあくまでも対等であり、何れの国も何れかの国に対する追従では無いという前提。
 それが達成されたのであれば、ここから先は無理に危険な道を行く事は無い。

「あたしが出るよ」




 三国連合中隊と睨み合いを続けていた屋敷の門前を護る警備兵達がざわめいた。テラスから戦況を窺っていた監視官も身を乗り出してその光景に眼を見張る。

「あ、あれが……、フレグンスの戦女神か」

 赤い光沢のあるコートを纏った小柄な黒髪の少女の背から、その体躯の三倍はありそうな漆黒の翼が生えている。よく見れば、翼の先は陽炎のように揺らめいている事が分かる。

 噂でしか聞いた事がなかった存在の、噂通りの姿を目の当たりにした警備兵達は一様に動揺の色を見せた。監視官も内心は畏怖と動揺に揺れていたが、指揮官である自分が兵達の前でそれを表に出す訳には行かないと、平静を装う。

 その少女は、警備兵と対峙する連合軍の部隊から単身で中央の開けた場所まで歩み出ると、それ程大きな声でも無いのに一帯によく響く声で警備兵達に投降を呼びかけた。警備兵達の動揺に比例して、ざわめきも更に大きくなる。
 
「監視官……! このままでは、動揺した兵達が投降に応じてしまうのでは?」
「分かっている、此方の魔術士を出せ。例の作戦だ」

 監視官の指令を受けて、部下が屋敷内に待機させていた魔術士部隊に出動を要請した。眠りの香と風の魔術で無力化する戦法。
 混戦乱戦の状態では味方も巻き込んでしまい、睨み合いの状態で正面から使っても相手に魔術士がいた場合は逆利用されてしまう危険もあって、大規模な戦闘では中々使い所の難しい組み合わせの術だが、幸いにも今の状態であれば目標は孤立している。

「ざっと見た所、戦力差は3:1という所か。戦女神さえ封じてしまえば数で押せる」

 眠りの香が戦女神を包み込めば、全軍で一斉攻撃に出るよう指令を出して魔術士達の詠唱を見守る監視官。門の内側ギリギリの場所から目標に狙いを付けると、眠りの香から吸い上げた煙を帯状の風に纏め、空中を滑る白蛇の様に狙った獲物に差し向けた。




『何か白いのがいっぱい飛んできた!』
ワズカナドクセイ スッタモノヲ コンスイサセル ケムリノヨウダ
『ああっ あれか! って煙は防げる?』
オシカエスコトハ ゾウサモナイガ

 数が多過ぎるので下手に吹き飛ばしても残った煙に辺り一帯を覆われる可能性が高いという。広範囲に広がった煙をまた風の魔術で運ばれて再利用されればキリが無い。

 一番良いのは纏めて蒸発させる事だという精霊に『じゃあそれで宜しく』と軽食のメニューを選ぶが如く宜しくお願いする朔耶。大量の眠りの香が朔耶を包み込んだ瞬間、あらゆる攻撃から朔耶を護る魔法障壁を更に強化して漆黒の翼を消した。

 基本的にこの翼は、魔法障壁で浮かせた身体を移動させる際に必要な風を起こす為のモノなので、飛ぶ時以外は威嚇効果くらいにしか使い道がない。雷を纏わせるのも只の演出である。一応、魔力の塊りで出来ているので使い勝手が良いのだ。

「サクヤ様!」
「待て、フレイ」

 朔耶が眠りの香に包まれ、漆黒の翼が消えた事で慌てたフレイが飛び出し掛けるのをレイスが止める。
 フレイは以前、朔耶が帝国に連れ去られた時の事を強く印象に持っていたので焦っていたが、レイスはカースティアからの情報で眠っている朔耶に夜這いを掛けようとした騎士が追い返されたという話を聞いていたので、冷静に成り行きを見守った。

 実際に追い返された経験があるバルティアや、カースティアの話にある騎士本人たち当事者は、同様の理由で大丈夫であるという確信を持って朔耶がどう出るのかを見守る。

 ブラハミルトは朔耶が煙に包まれる直前に翼が消え、魔法障壁の出力が上がった事を魔術士として魔力で感じ取っていたので、また何をやらかしてくれる気なのかと興味深そうに観察していた。


「よしっ やったぞ!」
「全軍突撃!」
 
 眠りの香が大きな煙玉となって朔耶を包み隠し、漆黒の翼が消えた事から作戦の成功を確信した監視官がテラスから叫ぶ。その声に押されるように、門前の警備兵が前進を始めようとしたその時――

 ゴオオオオオオオオオォオゥ

「うわぁ!」
「火がっ 火柱が!」

 突然、突風を巻き起こしながら轟音と共に赤い塔が出現した。それは巨大な炎の竜巻だった。尋常ではない熱量によって眠りの香は一瞬で蒸発し、辺り一帯を熱風が襲う。が、香の蒸発を終えた炎の竜巻は周囲に熱の余韻を残してすぐさま消滅した。

 危うく焼身自殺しかけたキトの警備兵達は、炎の竜巻が消えた場所に何事も無かったかの様に立つ黒髪の少女が再び漆黒の翼を広げるのを見て、恐怖から戦意喪失に陥る者が続出した。

「か、監視官……!」
「っ! も、もう一度だ! もう一度魔術士達に眠りの香を使わせろ!」
「そ、それが……」

 我に返った監視官が再攻撃の指示を出すが、魔術士達は戦闘の放棄を主張していると部下からの報告が届いた。監視官はテラスから身を乗り出して庭にいる魔術士達に叫ぶ。

「貴様等どういうつもりだ! 契約を守れ!」
「あ〜悪いがのう、わしらは人間相手の契約しかしとらんからのう」
「あんなモンとやりあうくらいなら、ポルモーンで魔物の相手でもしとるほうがマシじゃい。わしゃ降りる、報酬もいらん」

 魔術士達はそう言ってゾロゾロと帰り支度を始めた。傭兵や商人達と違い、魔術士が世間から変わり者とか扱い難いとか言われる所以でもある。彼等は自分の力を見誤らない。徹底して現実主義的であったりもする。

 だからこそ、彼らがお手上げだと評すならば、その信憑性は極めて高いのである。監視官はこんな局面での契約破棄に歯噛みしながらも、『フレグンスの戦女神』はそれだけ強大な相手だという事を再認識した。甘く見過ぎていた自分に悪態を吐く。

「……くそ、仕方がない。こうなったら、ヨールテス様に指示を仰ぐしか――」

 監視官は無能者のレッテルを貼られる覚悟でヨールテスに連絡を取ろうかと考えたその時、門の外を護る兵達が大騒ぎを始めた事でそちらに視線を引かれ、ソレを目にした事を後悔した。

 漆黒の翼に稲妻を纏った戦女神が、両手に二対の光の剣を輝かせながら真っ直ぐ門に向かって走って来る。正面に居た兵達は竦みあがり、片っ端から武器を棄てて後方に控える連合軍に投降を始め、門から距離のある位置にいた兵達は何処かへ逃げ出した。
 庭に配置していた兵達も屋敷の裏門から逃げようと一斉に退いて行く。指揮は完全に崩壊した。




「立ちはだかる者は斬ります! 死にたくなければ投降なさい、投降が嫌なら逃げなさい! 追撃はしません!」

 そんな事を叫びながら朔耶は両手のエレメントブレードを無為に構え、漆黒の翼から派手に放電現象を起こしながらズンズン門を目指して進んでいく。

 朔耶にはこの量産型エレメントブレードで人を斬りつけるつもりなど毛頭(もうとう)無かったが、向かって来られる兵達にとっては堪ったモノではない。只でさえ威圧感のある放電付き漆黒の翼に加えて先程の炎の竜巻、さらには光で出来た剣である。

「これは……なんというか」
「サクヤ様……」
「くく……相変わらず面白いモノを見せてくれる」
「なるほど……これ程だったとは……」

 朔耶が真っ直ぐ進むだけで、進路上の兵達は蜘蛛の子を散らすが如く次々と道を開けていく。まるで誇張と賛辞の麗句に飾り立てられた英雄譚の一幕でも観ているような光景だった。

 皆、改めてこの世界における朔耶という存在の異常さを思い知らされる気分になる。それは、朔耶に対する親しみで忘れていた畏怖の念すら呼び起こしてしまいそうな程に。
 連合軍の騎士達は投降兵を無力化する作業を行いつつ、屋敷の門に向かって突き進む朔耶の姿を目で追う。

 遂に門の前に辿り着いた朔耶は、ガッチリ閉じられている重厚な門に向かって駆け込みながら両手のエレメントブレードを高く構えると、身体を回転させるようにして一閃。二対の光の刃で斬りつけた。


 厚い門の表面に火花が飛び散り、閃光が明滅する。緊張の一瞬と静けさ。門には変化は見られない。誰かがゴクリと喉を鳴らす。全軍が見守る中、光の剣を収めた朔耶が振り返り、苦笑しながら一言。

「あはっ やっぱ斬れなかったよー」

 耐性のない者が一斉にズッコケた。

「という訳で、とりゃーー!」

 照れ隠しで気合一閃、漆黒の翼から放たれた無数の雷撃が屋敷の門を吹き飛ばす。

「初めからそうしろよ……」
「いや〜、シリアスに耐えられなかったというか、ノリでやっちゃったって感じ? てへっ」

 そんなアンバッスとの掛け合いに、朔耶に近しい者達の心の中に湧き上がり掛けていた畏怖は、何処かにすっ飛んで行った。




「さて、ここからは我々の出番ですね」

 ティルファ魔術団を率いるブラハミルトが屋敷内の仕掛けや罠を探知、解除する為に扉の前に集まって来た。既に密偵部隊が二階の窓から屋内に侵入、ガリウス小隊が扉から先行して屋敷の制圧に動いている。

「屋敷の制圧は帝国密偵部隊とガリウス小隊に任せる。サクヤ、地下施設への案内を頼む」
「はーい」

 屋敷の周囲を辺境騎士団と精鋭騎士団、帝国魔術団で固めて捕虜の監視も行い、聖騎士団は負傷者の治癒と並行して捕虜の尋問も担当する。屋敷の制圧は順調に進み、地下施設に逃げ込もうとしていた監視官と部下は密偵部隊に拘束されていた。

 昇降機の部屋の仕掛けはブラハミルト達が解析して閉じた縦穴を開き、密偵部隊やガリウス小隊と共にティルファ魔術団をギュウギュウ詰めにして地下へと降りていった。定員オーバーになる事は無いようだ。


「あ〜、何かお腹空いてきた」
「サクヤ、まだ気を抜くな」

 アンバッスはそう言いつつも、この場にはもう危険は無いと感じていた。この現場で最大の脅威は『お腹空いた』とか言いながら今ココに居てお腹を擦っている少女なのだから。

「ちょっと厨房見てくるね」
「……炙り肉があったら持ってきてくれ」

 朔耶はニコーと笑って屋敷の厨房へと向かった。




「おや、此処にいましたか」
「サクヤ様……、どうかしましたか?」

 アンバッスから朔耶は厨房に向かったと聞いてやって来たレイスとフレイは、調理台に向かって何やら難しい顔をしている朔耶を見つけて声を掛けた。

「レイス、フレイ……。 これ、何に見える?」

 そう言って朔耶が指したのは、調理台の上に乗る調理器。こういう屋敷の厨房になら魔術式の調理器があっても珍しくない。しかし、そこにあったのはサクヤ式魔力石コンロだった。レイスの目が細められる。

「……フレグンスにキトとの内通者がいる、という所でしょうか」
「まあ、帝国の事があったんだから居てもおかしくは無いと思うけどね」

 魔力石コンロは一部の者にしか売っていない。ここにあるのは貴族向け且つ安い方の魔力石コンロだった。特定の目処は付く。

「奴隷とかも見つかったりして」
「あり得ますね。しかし、ようやく内政も落ち着いて来たと思っていた矢先ですから……」
「多分、内密に処理する事になると思います」
「……そっか」




 生肉を適当に炙ってアンバッスに届けた朔耶は、地下施設に降りてみる事にした。結構な勢いで降りていく為、あの使用人が思っていた浮遊感に下腹部がきゅーとなる。昇降機を降りると、通路にガリウスが居た。

「よう」
「ガリウス……血だらけじゃないの、ちゃんと拭かないと」
「ああ、俺のじゃねえから心配すんな」
「怖いから拭けつってんのよっ」

 地下施設の通路は狭くて細くて薄暗い。幽霊の類が苦手な朔耶としては、血の臭気を漂わせながら歩き回られるのはちょっと怖いのだ。地下を粗方調べ終えたガリウスは、そんな朔耶に肩を震わせて笑いを堪えながら上の屋敷へと上がって行く。
 あからさまにからかえば電撃が来る事は学習したらしい。朔耶は顔を赤らめて唇を尖らせながらそれを見送るのだった。

「くそー、ガリウスめー」

 朔耶はぶちぶち言いながら廊下を進み、一番エライ人の部屋にやって来た。ブラット達とキトを探ったあの時、此処にはヨールテスが居たようだが、捕虜になった監視官の話では、今は街を離れているらしい。
 何処に行ったのかまでは口を割るつもりは無いそうだが、地下施設を調べれば何か掴めるだろうとブラハミルトが言っていた。

「あ、ブラハミルトさん見っけ」
「ああ、サクヤ殿か……」
「何してるの?」

 ブラハミルトは平らで厚みのある箱を調べているようだった。聞けばこの中に何か重要な書類が入っているらしい事が分かったのだが、中々に厳重な鍵で、開錠出来なくて困っているらしい。

「ふーむ、どれどれ……」

 朔耶は箱に触れると、意識の糸を差込みながらお願いしてみた。

『開いて?』
 
 ――ガチャ

「…………」
「開いたよ?」
「……え、ええ……助かりましたよ」

 複雑な表情になったブラハミルトは、『開錠には結構自信があったのだが……』とか『いや、そもそも比べる事が間違いなのだ』など、自問自答らしき呟きを発しながら箱の中の書類を取り出して目を通す。

「……ふっ ははは」

 そしてピタリとある一点を見つめて誰かの名前らしき言葉を呟くと、俄かに笑い始める。それは自嘲のような失笑のような笑い方だった。簡素な椅子にドサリと腰を下ろすと、テーブルの上にその書類を置いた。

「ブラハミルトさん……?」

 心配そうに声を掛けた朔耶に、ブラハミルトは書類の一点を指差す。其処には先程彼が呟いた名前が記されている。

「私の側近だ。和平会談にも参加していたし、あの時竜籠にも乗っていた」




 屋敷に戻って来た朔耶は、二階のテラスに立つバルティアを見つけた。キトの街並みに目を向けてはいるが、視線はずっと遠くを見ていた。何か考え事をしているようだ。

「バル」
「サクヤか」
「何か難しい顔してるね」
「うむ……キトの問題は思っていたより根が深い」

 帝国にもキトと内通していた者が居た事が分かっている。元々優秀な密偵部隊を持つ帝国は、そんな事態も想定していたので特に問題はないらしい。バルティアが考えていたのは先程の重要書類で明らかになった情報。

 先ず、ヨールテス達魔族の本拠地が未開地にある事が分かった。そして、其処には精霊石の鉱山がある事も記されていたのだ。希少石の中でも最も価値の高い精霊石の鉱山があるとなれば、その土地を領土にする事は莫大な利益を得る事になる。

「これは揉める事になるぞ」







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