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戦女神編
75話:キト制圧作戦




 週末までの間、朔耶は学校が終わるとオルドリア大陸へ転移して極秘会議の状況を確認していた。今回の事は此方の動きをキトに悟られてはいけないので、会議の事を知る者は本当に信頼できる極少数に限られる。そうして対キト政策が練り上げられて行った。


「朔耶ちゃん、最近わたし等に何か隠してない?」
「えっ!」

 学校での昼休み。何時ものように三人でお弁当を並べて突付き合っていた所、実穂からそんな言葉を投げ掛けられて朔耶は驚く。

「朔ちゃ〜ん、その反応はYESサーだよ?」
「いや、サーは無いと思うけど……」
「……やっぱり、わたし等には言えないこと?」
「え、え〜〜と……」

 珍しく口籠もる朔耶に、実穂と藍香は心配そうな表情を向けた。朔耶も向こうの世界の事なだけに、どう説明したモノかと困った表情を返す。良いモノの例えが浮かばないのだ。

「うーーん、なんて言ったら良いんだろう?」
「それって凄く言い難い事?」
「まさか……! とうとう朔ちゃんにも誰か気になる男とか出来て、でも今までそんな経験無かったからどうしたらいいかわか……もぐもぐ」

 何時もの発作を起こした藍香の口にカニカマボコを突っ込んで黙らせた実穂は、声を潜めながら確認するように一言。

「オルドリアのこと?」
「っ!」

 なんで!? という表情で固まる朔耶に、実穂はそのキーワードについては決して詳しい内容を知っている訳ではないと断りを入れる。『オルドリア』が何を指すのか、特定の場所なのか、団体や組織なのか、誰か個人を指すのか、実穂は全く知らない。
 ただ、独自に朔耶の事を調べている内に、偶々耳にした朔耶に近しい人物の会話に出てきた固有名詞だったのだ。

「ごめんね。わたし、どうしても最近の朔耶ちゃんの事が気になって」

 実穂は朔耶の周辺を嗅ぎ回るような真似をした事について謝った。そして困った顔をしている朔耶に、どうしても自分達が立ち入ってはイケナイ事なのかを問う。

「ううーん……イケナイというか何というか……。 実穂と藍とは一般人の日常を壊したくないというか」
「え、なにソレ! 朔ちゃん裏の住人になっちゃったの? マジで、それってどんな、え? でもちょっとヤバくない? イヤでも最近の朔ちゃ……もぐもぐ」

 藍香の二度目の発作を一口プチハンバーグで鎮めた実穂は、それじゃあ一つだけと人差し指を立てる。こういう可愛い系のポーズは見掛けポヤっとしている実穂がやると本当に似合うなぁ等という感想を懐きつつ、朔耶は頷いた。

「朔耶ちゃん、またわたし等の前から急に居なくなったりしない?」

 ある日突然、朔耶が消えてしまったのが半年前。約束のキャンプ場で待てど暮らせど現われず。連絡も付かず、街に降りて朔耶の家に電話を入れて、週末が過ぎ、平常通りに学校が始まっても朔耶は姿を見せなかった。

 その後、失踪者として大捜索が行われ、夏に入り、何の手掛かりも得られないまま捜索の打ち切りと捜査の規模縮小が告げられ。居なくなった時と同様、ある日突然、帰って来た。

 朔耶の失踪中、実穂と藍香は二人で居る事も多かったが、遊びに行く事は一度も無かった。特に藍香は、自分がキャンプに誘った事が原因かと一時期酷く落ち込んでいた。実質、実穂が支えになっていたのだ。

「……そっかぁ。二人にも随分心配掛けてたんだよね、ごめんね? 藍」
「えっ! いや、あたしはホラッ 朔ちゃんが無事ならモウマンタイだし!」

 ぶんぶんと両手を振って顔を赤らめる藍香は、実穂に話題の転換を図れと合図を送るも軽く流された。

「んー、確かに二人にも隠してる事はあるけど……いつか教えられる時期が来たら教えてあげる」

 最近の朔耶が時折見せる、落ち着いた深みのある笑み。やけに大人っぽい雰囲気を纏った笑みを二人に向けながら言う。

「もう勝手に居なくなったりはしないから、そこは安心して?」
「朔ちゃんっ!」
「朔耶ちゃん……」

 実穂と藍香は分かったと頷いた。昼休みの教室で机を合わせてお弁当を広げながら、何故か手を取り合い見詰め合っている朔耶達に、クラスメイトは微妙〜な視線を送っていたという。






 サムズの国境を越えて川を二つ渡り、クリューゲルの南部をさらに南下しながら未開地アーサリムを目指す大型装甲車両の車列。その内の一台の車室で魔力の摂取ついでにキルトと戯れるヨールテスは、ここ最近の計画遂行率を分析していた。

 ヨールテスの所属する勢力とエイディアス帝の勢力は裏の二大勢力として(しのぎ)を削り合いながらも、同じ魔族という点において同胞と認め、協力関係にあった。

 エイディアス帝が討たれた事によって裏の勢力に対抗馬が居なくなり、表の勢力でも中枢の人材を失った帝国勢に脅威は無く、フレグンスも貴族間の疑心で内政に不安があり、ティルファは最高指導者が居なければ纏まらない国だ。

 帝国の時間稼ぎと生き残り策と見られる和平会談を利用して表舞台に上がったヨールテスは、この機にオルドリア大陸の覇権奪取を一気に進めようと考えた。奇しくも皇帝と最高指導者と王妃、王女を手中に収める事が出来、万に一つの失敗もあり得ない筈だった。

「やはり、鍵はあの異世界の娘」

 当初の予定ではサムズの反乱でクリューゲル全域を戦場にし、クリューゲルの独立派も煽り立てて一帯を紛争地域と化す。
 フレグンス領の半分以上、オルドリア大陸の三分の一の地域を紛争地帯に設定し、キトは戦火の及ばない安全な位置からサムズ、クリューゲル、フレグンスに其々物資の売り込みを掛ける。

 ティルファに武器を開発させて帝国の資金で竜籠を使い、キトの武器商人や物資を運ばせる。彼方此方で奴隷の需要も増えるし、その時の為のノウハウは闇業者を中心に食い詰めた商人を教育していた。

 帝国、ティルファにキトの兵を置き、フレグンスの貴族と契約を結んで王都以外はキトの兵で防衛。
 各紛争地帯に傭兵を送り込んで邪魔になる紛争は平定。最終的にはサムズとクリューゲルの間で適度に紛争を起こしながら武器や食糧を輸出。そうして支配域を安定させつつ儲けた資金は未開地の本拠地に送る。

 魔力の補給無しで体内呪文の効果を維持できる、完璧な魔族となる研究を完成させる。筈であった。

「全て、あの娘に潰されたわけか……」
「ひ……っ あ……っ ヨールテスさまぁ……!」

 何時か捕獲して実験に使ってやろう等と考えながら、ヨールテスは力を入れ過ぎて失神させたキルトをベッドに横たえた。






 週末――

「気ぃつけてな、後悔の無いようにすりゃあいい」
「朔姉はあくまでも一般人だって事、忘れるなよ?」
「必要ないだろうけど、一応持ってけよ」

 今回、大事になりそうだと大体の事情を聞いている兄と弟、それに拓朗が早朝の見送りに集まった。拓朗は孝文(おとうと)と作ったエレメントブレードの量産型を二本差し出す。頷いて受け取った朔耶はそれを腰に装着しながら庭の印の中に入る。

「じゃ、行って来ます」

 何時もより少しだけ緊張感を纏った気持ちで、朔耶はオルドリア大陸へと転移した。




「……もうみんな、準備出来てるっぽいね」

 サムズのエバンス、精霊神殿の前に降り立った朔耶は、まだ早朝の暗闇に包まれている街の辺境騎士団本部付近が、篝火によって明るく照らし出されているのを見て呟いた。

 
 三国会議で決まった対キト政策、極秘 計画(プロジェクト)。まず三国其々からキトに対して、奴隷制禁止令の発令を促す親書を同時に送る。
 それと並行して、和平会談でのヨールテスの行いに対するキト政府への抗議と、ヨールテスの身柄引き渡しを求める。その裏で、三国が足並みを揃えて少数精鋭の兵を送り込み、合図を持ってキトの地下施設を制圧する計画だ。

 朔耶が辺境騎士団本部にやって来ると、本部前には二頭立ての竜籠が準備されており、甲冑にマント姿という正装の装備で整えた騎士達が整列していた。今回、朔耶はフレグンス大使として此処にいる騎士達を護衛にキトの街へと乗り込む事になる。

 整列する騎士達の隣に、同じ様に並んでいる二頭の竜が、朔耶に気付いて顔を摺り寄せて来る。朔耶は竜達の鼻頭を撫でてやりながら、この護衛騎士団を率いるアンバッスに声を掛けた。

「やっぱり正装するとオジサマっぽい貫禄でるね、アンバッスさん」
「オジサマは余計だ。何時ぞやの晩餐会でも似た様な事を言っていたな」

 二人の会話で出発前の緊張した空気が少し和んだ。今日、計画通りキトを支配する組織、実質キトの政府と思われる組織を制圧する事が出来れば、このオルドリア大陸で列強四国の支配を受けている地域全域に大きな影響を及ぼす事になる。

 大多数の国や街々はキトの商人によって物流を抑えられているので、キトを支配する事はそのまま自国の国力増強に繋がり、他国の命綱を握る事をも意味する。

 但しそれは、コレまでのキトと同様に商人達を完全に掌握する事が前提となるのだが、今回の計画で三国が連合を組むのは、その辺りの問題が関係していた。抜け駆け防止の意味もある。

「よし、では出撃するぞ! 全員籠に乗り込めー!」

 アンバッスの号令に従って正装の辺境騎士団総勢十名が竜籠に乗り込み、朔耶もアンバッスの隣に乗り込んだ。二頭の竜と繋がれた竜籠は、風を巻き起こして羽ばたく竜と共にゆっくり上昇を始める。

「今日は宜しくね」
「キュー!」
「キョー!」

 この後に待ち受ける戦いの気配を感じ取ってか普段よりも力強く朔耶の声に応えた竜達は、朝陽の射し始めた空に舞い上がると、一路キトを目指して飛び立った。






「ヨールテス様? キトから連絡が入っています」

 キルトの胸元から取り出された発掘品の伝送具を受け取り、内容を確認するヨールテスは浮かび上がった文字を見て鼻を鳴らす。
 フレグンス、ティルファ、グラントゥルモスの三国から出されたキトの政府に対する要求。ヨールテスは、いつも通り適当にあしらっておけと、メッセージを返送した。

「たとえ武力を持って街を制圧したとしても、キトの体制は何も変わらん。 無駄な事だ」

 街を支配する中枢を抑えない限り、キトの商人はキトの組織が操れるのだ。それなりの戦力も置いてあるし、各国の上層にはキトの息が掛かっている者もいる。直ぐに撤退する事になるだろう。

 ヨールテスはそう判断すると、伝送具をキルトに返してベッドで横になった。未開地までの道程は長い。ノンビリ身体を休めながら、次の計画を練る事に集中した。




 普段は監視者達の指揮をしているキトの監視官は、三国への対応を任され、三国代表のフレグンス大使としてキトの街を訪れた朔耶と騎士団について情報を集めていた。部下の報告によれば、エバンスから差し向けられた辺境騎士団の精鋭であるらしい。

 フレグンス王室特別査察官である"サクヤ大使"は、キト政府の施設にて関係者への会見を求めているという。要求が受け入れられない場合は強硬突入も辞さない構えのようだ。

「敵の規模は」
「ハッ フレグンス大使を含め騎士十名であります」
「ふむ、騎士は兎も角として……アレは『フレグンスの戦女神』だな?」
「そのようであります。商人達に確認を取らせました」

 監視官はキトの私設軍でもある警備兵部隊の隊長から話を聞き、フレグンスの戦女神が居るからこその少数部隊かと考えた。それも王都の騎士団からではなく、辺境騎士団を使っている辺り、最初から戦女神の力をアテにしているのだろうと判断する。

 失っても惜しくない人選で送り込み、一応正装させる事で大使一行である事を取り繕っている。戦闘になれば騎士団は無視するか、捕虜にして盾に使うかと考えを巡らせる。

「いや……、下手に取り込む必要は無いな」

 上の屋敷には何らキトの政府を示す手掛かりとなるようなモノは置いていない。闇業者繋がりの噂に当りを付けて屋敷の制圧に乗り出してきた場合を想定し、街中の警備兵を屋敷に集結させて迎え撃つ。

「屋敷に繋がる通りに暗殺者を配置しておけ、上手くすればここで戦女神を討ち取れるぞ。街に居る傭兵も片っ端から雇い込め」

 屋敷の周囲はキトの警備兵で固め、其処へ至るまでの通りには暗殺部隊と日雇いの傭兵を配置する。チンピラ風情から傭兵、暗殺者と、ピンきりの敵質で攻め続ければ、相手を心理的にも揺さぶる事が出来る。

 屋敷に辿り着く頃には戦女神一人になっているであろうが、これは最初から『前提』として折込済み。後は如何に戦女神を退けるかに懸かる。戦女神自身は死者を出さないという話なので、此方の戦力は時間と共に回復する。

「延々と攻撃を続けていれば、何れは限界が来るだろう。ヨールテス様の話では、眠りの香等の搦め手が通用するらしいからな」

 寧ろ闇市通りに配置した暗殺部隊が討ち取るかもしれないと、監視官は口の端を持ち上げた。フレグンス大使一行が闇市通りへ移動を始めたとの知らせが入ったのは、警備兵部隊の配置が完了して直ぐの事だった。




 南通りの正門前でキト側からの『要求には応じられない』という回答を聞き、キト制圧部隊となったフレグンス大使一行は西通りにある闇市通りと、その先にある屋敷を目指して進軍を開始した。

 中央通り周辺では露店や簡易店舗の商人達が、戦闘に巻き込まれないよう街からの退避を始めている。その人込みの間から襲い掛かってくる傭兵や街のゴロツキ達。

 キトの地下施設から発せられた命令は街中に散らばった監視者や工作員によって実行され、街の彼方此方でフリーの傭兵やゴロツキが雇われては、仕事を遂行しにやって来るのだ。


 朔耶達が果たして置かなくてはならない建て前の行動は、三国代表のフレグンス大使としてキトの政府との交渉を試みる事。三国の代表としてキト側から要求を拒否される事。キト側からの敵対行為を確認する事、である。

「あっさり条件が揃ったな」
「だね……、それじゃあ合図だすね?」
「ああ、派手に頼む……と、――つぇあっ!」

 ギイィンという金属音を立てて、安物の剣が弾き飛ばされる。呑気に背中を見せて話していた朔耶に斬りかかった傭兵は、剣を弾き上げられて体勢を崩した所にアンバッスの一撃を貰って派手に転倒した。

「ふん……騎士に挑むなら、もう少し腕を上げて良い武器を持て」 

 斬るには値しないとして、拳で応じたアンバッスは、ぶっ倒れている若い傭兵にそう諭す。辛うじて意識のあった傭兵はそこで気絶した。朔耶は肩を竦めながら漆黒の翼を広げると、空へ舞い上がって光を放つ。

『眩しいくらいにヨロシク』
マカセテオケ

 朔耶を見上げていた人々が思わず眼を瞑るほどの眩しい閃光が辺り一帯を照らし出す。その光は街から遠く離れた場所で空中待機していた仲間への合図となった。

 帝国の紋章を付けた竜籠が北方面から、ティルファの紋章を付けた竜籠が北東方面から、フレグンスの紋章を付けた竜籠が東方面から其々キトの街に向けて降下を開始する。


 黒塗りに金のラインが走る帝国の竜籠が三台、バルティア皇帝自ら率いる精鋭騎士団十二名、ガルブレック側近代理兼密偵隊長率いる強襲密偵部隊九名、帝国魔術団十二名。

 白と緑のセパレートなティルファの竜籠が一台、ブラハミルト研究塔所長率いるティルファ魔術団十四名。

 白地に青いラインが入ったフレグンスの竜籠が二台、王都からは宮廷魔術士長のレイスと魔術士長補佐のフレイ、それにフューリ団長率いる精霊神殿の聖騎士団十二名、クリューゲルからはガリウス率いる派遣騎士団十名。


 三国連合精鋭中隊の竜籠六台が、中央通りの開けた空間に強硬着陸した。離れた場所で大使一行の騒ぎを見物をしていた街の野次馬達が、只の乱闘騒ぎでは済まない規模になった事で慌てて避難を始める。

「待たせたなサクヤ! 余の精鋭部隊、好きに使うが良い」
「我々は一足先に屋敷の偵察に行ってまいります。では後ほど」

 バルティアが精鋭部隊と帝国魔術団を連れて朔耶の傍にやって来た。ガルブレックは挨拶もそこそこに、闇市通りへ部下と共に消えて行く。

「ウチは主に仕掛けを弄る触媒型で構成してきました。使い所は例の屋敷に突入してからが出番ですよ」

 ブラハミルトは戦闘の前面には出ず、屋敷に仕掛けられている罠の解除や、地下施設に降りてからの行動を示唆した。

「フレイがどうしてもと言うので、連れて来てしまいましたよ」
「お手伝いに来ました、サクヤ様」

 事務仕事で実戦から遠退き、戦いの勘が鈍らないようにと今回の作戦に志願したレイスは、苦笑いを浮かべながらフレイの連合中隊参加を告げ、フレイは今度こそ朔耶の力になるのだと力強く宣言する。

「怪我人の治癒は我々に任せて下さい、サクヤ様の御手を煩わせる事は無いでしょう」

 フューリは特に精霊術の腕に覚えのある部下を選んでの参加だ。朔耶に貰った回転ヘッドメイスもしっかり装備している。

「俺達は街の制圧に動くから先に行くぜ、上手くやれよ」

 ガリウスは何時もの口調で、何時もより鋭い気配を発しながら、部下を連れて闇市通りの路地へと散らばっていった。


 朔耶を入れて総勢八十名の三国連合精鋭中隊は、地上に降りて来た朔耶を中心に闇市通りへと進攻を開始した。







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