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戦女神編
73話:キトに棲む闇




 昼過ぎから早速、銀月の牙団は行動を開始する。本拠の見張りと伝令に団員三人を残し、三人一組のグループを中心に少し離れてもう一人付いて行くという『一部隊四人態勢』で街を回って怪しい場所の目星を付ける。

 昼組と夜組の半数ずつに別れ、昼組が日暮れまで街を回って本拠に戻ると、入れ代わり夜組が街に繰り出す。ブラットと朔耶は戻って来た部隊から怪しい場所の情報を聞いて其処に向かい、朔耶の意識の糸レーダーで周辺を探っていくのだ。

「夜組は今のうちに横になって英気を養っておいてくれ、ツヅキは俺と買い物に行くぞ」
「買い物?」
「その格好のままじゃ彼方此方連れ歩くのに都合が悪い、"らしい"格好にしないとな」
「……えっちな格好させる気じゃないでしょうね」

 片眉を上げて首を傾げたブラットは『いいから行くぞ』と大部屋から廊下に出た。しぶしぶ付き従う朔耶だった。


 昼組の二部隊八人が街の東側と西側を探っている間、朔耶はブラットに連れられて中央市場の衣類屋を回っていた。色々な街服が飾られ、小物や装飾品等と一緒に売られている。

「こんな感じでどうだ」
「ん〜、こっちの方が可愛い気がする」
「可愛くしてどうする、春売りって設定なんだからもっと扇情的な服を選べよ」
「うわ……、やっぱりエロい格好させる気だ……」

 そんなやり取りをしながら店を回り、何着か購入して酒場宿に戻る。銀月の牙団はこの酒場宿に団員用の大部屋と団長用の小部屋を借りているので、朔耶は小部屋で服を着替えて街の探索に出る下準備を整えた。

 ゆったりした白いキャミソールワンピース風の街服だが背中が結構深く開いていて、胸元も刺繍の隙間から肌が透けて見える。セットになっている刺繍入りの手袋は中指にワッカを嵌めるタイプのモノだ。

「さむい」
「コレでも羽織ってろ」

 ブラットは銀月の牙団が使う薄茶色のマントを朔耶に被せた。これはコレで結構イケるかもと、朔耶はあまり映りの良くない姿見の前で細かい身嗜みも整えると、蝶を模ったブローチでマントの前を閉じる。
 ちなみにこのブローチは露店のお姉さんに勧められてブラットが買ったモノだ。

「これからどうするの?」
「取り合えず、夕暮れになって昼組の部隊が戻ったら情報を聞く。後は虱潰しだな」
「それまでは?」
「ノンビリ過ごすさ」

 そう言ってベッドに座ったブラットはひょいっと腕を引いて朔耶を自分の膝の上に乗せると、突然の事に固まっている朔耶の顎を軽く持ち上げ、驚きで見開かれた黒い瞳を覗き込む。

「予行演習でもしとくか?」
「なんのよっ!」

 我に返り、カッと赤くなった朔耶はブラットの腕を振り払って両手で思い切り突き飛ばしながら膝から飛び降りる。突き飛ばされたブラットはそのままベッドにごろんと転がって横になった。

「昼の部隊が戻ったら起こしてくれ」
「こんにゃろ……ムカつく〜〜」

 シーツを被って手をヒラヒラさせながら眠りに付くブラット。朔耶は何か報復をしたかったが、迂闊に近付くとセクハラが待っているので、ワナワナと拳を握り締めるしかなかった。

デンゲキデモ クラワセレバ イイノデハナイカ?
『それじゃ何か負けた気分になるのよ!』

ナンギナ……




 夕刻――

 J-POPを歌って安眠妨害という、朔耶の『異世界の知識を利用したささやかな報復(いやがらせ)』が失敗に終わる頃、昼組の部隊八人が宿に戻って来た。

「あーあー、団長はツヅキの子守唄で安眠っすかー」
「…………子守唄ちがう」
「団長ー、仕事してくださいよー」
「ああ、戻ったか。ふあぁ……変わった唄だったが中々良かったぞツヅキ」

 昼組の部隊から怪しげな場所の情報を聞き、不機嫌で疲れ気味な朔耶はブラットと連れ立って夜の帳が下り始めたキトの街中へと繰り出した。夜組も少し遅れて別エリアの探索に出かける。

 ちなみに、一階に広がる酔っ払いの海を朔耶は一人で突破した。最初に通った時と同じように、抱き寄せて進もうとしたブラットの腕をヒラリと躱すと、出入り口に向かってズンズン突き進み、手を出して来る酔っ払いは容赦なく蹴飛ばしていった。

 それが返って『男に腹を立てて宿を出て行く春売りの娘』と周りの眼には映り、ブラットは『お気に入りの春売り娘を怒らせて慌てて尻を追いかけて行く男』という、よくある自然な人物像を浮かび上がらせ、其々の関係を当て嵌められた。
 奇しくもそれは、酔っ払いの中に混じっている監視者の眼を完全に欺く結果となった。

「ツヅキ! 待てって、一人で行くな」
「ふんだ」

 朔耶を捕まえたブラットは隣に並ぶと、先ずは最初のポイントへと向かう。

「まったく、お前といるとヤバイ仕事してるって事も忘れちまうよ」
「あ……ごめん」

 危険な仕事をしている自覚が無いと叱られた事を思い出して小さくなる朔耶。精霊の力を割りと自由に扱えるようになってから、自身の危険に対する認識が甘くなっている事を反省する。自分は平気でも、回りの人間にとってはかなり危険な仕事なのだ。

「はははっ そういう所も本当に面白いな」
「むう」

 からかわれているのか励まされてるのか判断が付かないと、朔耶は唸ってみせた。

 人通りの少ない路地や、建物の形状の関係で通りから死角になっている場所等、昼組がチェックした場所を回って意識の糸で周辺を探る朔耶。比較的狭い範囲なら歩きながらでも調べられる朔耶だったが、広範囲を調べる時は多少集中する必要がある。

 そういう場合は、壁に凭れて集中している朔耶の正面にブラットが立つ事で周囲の視線を遮り、傍目には愛を囁いている恋人同士のように見せ掛けられる。

 何箇所か回って幾つか地下室を見付けたが、何れもキトを支配する組織とは関係がなさそうだった。只の地下倉庫だったり、個人が所有する地下カジノだったり、埋められた古い地下牢跡だったりといった具合だ。
 結局この日は収穫無しで終わり、後は夜組の探索に任せて明日の朝まで就寝である。

「だいぶ眠そうだな」
「んー……流石にちょっと疲れたかも」

 意識の糸を使った探索はそれなりに精神力を消耗する。朔耶は朝から一日中飛び回ったり歌ったり歩き回ったりと活発に動いたので、精神的にも肉体的にも疲れが溜まっていた。

 酒場宿に戻って来ると昼下がりから入り浸っていた酔っ払いがヒューヒューと口笛を鳴らす。『逃げた女をちゃんと捕まえて帰って来た色男』を囃し立てているのだ。ブラットは都合が良いので適当に応えながら朔耶を連れて二階へ上がった。

「あ〜眠い」
「飯はどうする?」
「家で食べる」
「……家?」

 小部屋に入った朔耶は、何か目印になるモノは無いかと部屋の中を物色し始めた。
 セクハラ魔人のブラットと一つ屋根の下で眠る気にはなれないので、一旦帰還して明日また此方に来るという方針をとる。その為には、この部屋に転移できるように目印を付ける必要があった。

サクヤヨ ブラットドノガ サクヤノイチブヲ モッテイルゾ ソレヲツカウトヨイ
『へ? あたしの一部?』

 扉の横に凭れて朔耶の様子を見守っていたブラットは、不意に自分の方へと向き直る朔耶に、肩眉を上げて『どうした?』という表情を向けた。

「ねえ、何かあたしの一部持ってない?」
「ツヅキの一部……?」

 ブラットは一体何の事かと首を傾げたが、ふと胸元に仕舞ってある御守りの事を思い出した。徐にシャツの内ポケットから取り出して見せる。

「これの事か?」
「何これ?」
「お前の髪の毛」
「……なんで持ってんのよ、そんなモン」

 御守りだというブラットに、朔耶は気恥ずかしく思いながらも髪の一本くらいなら良いかと、その御守りを目印にする事にした。
 布に巻かれた一本の黒髪に魔力を込める。朔耶は傭兵団陣地に居た時にでも抜け落ちたモノだろうと思っていたが、正確な入手法を知ればまた対応が変わっていたかもしれない。

「これどうすんだ?」
「普通に持ってていいよ、目印にするダケだから」

 仄かに発光する御守りをしげしげと見つめながら訊ねるブラットに、朔耶は端的に答えて帰還の準備を整える。

「それじゃ、また明日」
「あん? そりゃどういう――」

 言い終える前に朔耶の姿が忽然と消え失せた。思わず身を引くブラット。

「転移術かよ! 危ねえなっ」

 精霊術の中でも高等な術である転移術の危険性はよく知られている。朔耶の帰還転移には周囲を巻き込むような危険は無いのだが、朔耶の事情を正確に認識していないブラットには知る由もない。

 『ツヅキの転移術に巻き込まれてバラバラにされてはタマラン』と、ブラットは恐々としながら転移の目印にするという御守りをベッドから離れたテーブルの上に置いた。






「ただーいまー」

 夜遅く自宅の庭に帰還した朔耶は、お風呂を沸かしながら食事の準備を始める。
 ご飯を炊きつつ冷蔵庫を開けるとサンドイッチがあったので、コレで済ませてしまえとフルーツジュースのパックと共にテーブルで平らげた。そこへ、水を飲みに降りて来た兄が朔耶の姿を見つける。

「ありゃ? 帰ってたのか朔耶……って、俺のサンドウィーーッチ!」
「あ、これお兄ちゃんのだったの? ご馳走様〜」
「ヒドイ……。ところで、随分エキサイティングな格好してるな、背中の開き具合がなんとも……」
「……それ、言葉の用法違ってると思う」

 指で四角形を作って覗き込みながらエキサイティングしている兄にジト目を返す朔耶。兄の明日のお弁当を食べてしまったので、後でオニギリでも作ってあげようと思いつつ、お風呂に向かうのだった。




「ふわわわぁ」
「オニギリ〜オニギリ〜、俺の弁当はレボリューション〜。眠いなら無理せず寝ろよ?」
「んー、これ作ったら寝るー」

 風呂から上がった朔耶にキトでの話を聞きながらコーヒーを飲んでいる兄。やはり事前情報は大事だなと相槌を打ちつつ以前、朔耶から聞いた事のある夢内異世界旅行で探れないのかと問う。

「ん〜、見ようと思って見られるならその手もあるんだけどね〜」

 必ずしも意図的に狙って見られる訳ではないので、それほど便利には使えないと朔耶は説明した。そんな話をしている内に、具は無いが塩と海苔で作ったオニギリが米五合分程出来上がる。

「……ちょっと、作り過ぎちゃったかな?」
「流石にこの量は食えんぞ」

 テニスボール大のオニギリを六つほど弁当用に包みながら、大皿に山盛り積まれたオニギリを眺める兄。朔耶は眠気を堪えて話しながら作る内に、炊飯器のご飯が有るだけ作ってしまったのだ。

「もう! ちゃんと止めてよ」
「俺か! 俺のせいなのか!」

 結局、作り過ぎた分は明日の朝、傭兵団の皆さんにでも持って行ってあげようという事になった。




 翌朝――

 食卓に家族分のオニギリを残し、軽い荷物を持って庭に出た朔耶は昨日魔力を籠めておいた自分の髪の毛を目印に、オルドリア大陸のキトの街へと転移した。景色が切り替わり、酒場宿の小部屋の中に降り立つ。

『よしよし、普通に出られたわね』
ソウソウ ナンドモ シッパイハ セヌ

 サムズに転移してアンバッスの胸の上に落ちた時のように、ブラットの胸の上に落ちるような事があれば膝を立ててやろう等と考えていた朔耶は、一先ず胸を撫で下ろす。

 就寝中に訳も無くダイビングニードロップを喰らうという理不尽から危うく難を逃れたブラットは、突然部屋に出現した人の気配で目が覚めた。直ぐにそれが朔耶(ツヅキ)だと分かり、半分起こし掛けた身体をベッドに横たえる。

「湯浴みまで済ませて来たのか? 相変わらず美味そうな匂いさせてるな」
「寝起きからセクハラ発言かいっ!」

 朔耶はオニギリを三つ程出して一緒に持ってきた紙皿に乗せると、テーブルに置いて扉に向かった。

「なんだそれ?」
「オニギリ、穀物を煮て固めたモノよ」

 団員達にも分けてあげる為、小部屋から廊下に出て隣の大部屋へと向かう朔耶。背後で閉じる扉の向こうから『うめぇ!』と響くブラットの声に、朔耶はクスリと笑みをこぼした。

 朔耶が大部屋にやって来ると、既に昼組が食事も兼ねて街の探索に出発していた。夜通し歩き回っていた夜組が報告と就寝までに食事を済ませようとしていたので、丁度良かったとオニギリを差し入れる。

「うおおっ こりゃうめぇ!」
「昼組の奴等、運が無かったなっ」

 団員達は何時かのカレーのように、物凄い勢いで平らげていった。あの時と違うのは、皆が朔耶に対して警戒心ではなく仲間意識を持っている事だった。


 夜組の彼等から怪しげな場所を聞き、朔耶とブラットは昨日と同じ様に連れ立って街へ繰り出す。一階の酔っ払い達は流石に朝っぱらから騒いでる者は無く、酔い潰れた客は酒場の掃除を始めた主人に店の隅へとうっちゃられていた。

「うーん、なんか彼方此方から美味しそうな匂いが……」
「料理の仕込みだろう、朝まで働いてる連中はこれから飯食って寝る訳だ。その後、朝から働く奴が仕事前に飯を食う」

 朝の陽射しが差し込む少し肌寒い空気の中、朔耶はブラットと暫しノンビリした雰囲気でキトの街を歩く。
 夜組の部隊が目星を付けたのは、夜間に近付くと監視者が現われ易い場所。主に西側の闇市付近にそういう場所が何箇所かあるようだ。昼間でもそういった場所へあからさまに近付く事は憚れられるので、少し離れた所からの探索になる。

「この辺でいいかな」
「少し距離があるが……こんな所からでも探れるのか?」
「うん、でもちょっと集中が必要だけど」
「そうか……じゃあ、始めるとするか」

 ブラットは壁際で俯いて集中を始める朔耶の正面に立ち、両手を壁に付いて『語り合い』を演出する。昨日も何度か監視者らしき者の気配が近くを通る事があったが、特に此方へ関心を向ける様子は無かった。

 今日もこの調子で上手く行くだろうと、気楽に構えるブラット。不自然にならないよう、時折、偽の金髪を撫でたりする。何時もいい匂いがする朔耶の綺麗な肌に見惚れるブラットは、偽の金髪を撫でながら『黒髪が見たいな』等と思うのだった。

「……(いかんな)」

 相手は国家機密レベルの特殊部隊員、あまり入れ込むのは良くないと、ブラットは朔耶の白い肌から目を逸らした。




「中々見つからないね〜」
「そう簡単に探り出せるなら、帝国辺りでとっくに知れ渡ってるさ」

 太陽が真上に来る頃、朔耶とブラットは通りに面した飲食店で昼食を摂っていた。この後は一旦酒場宿に引き上げ、昼組が戻って来る夕暮れまで休憩に入る。

 そろそろ出ようかと席を立ったその時、辺りが俄かに騒がしくなった。闇業者の馬車隊。人々の噂。黒塗りの金属板で補強された大型武装車両。物々しい車列が、西側に向かって通りを通過する。闇市が賑わいそうだと話す声が其処彼処(そこかしこ)から囁かれる。

「あれって……」
「闇業者の馬車隊だ」

 朔耶が意識の糸で探ると、閉じた馬車の中に何人か押し込められている事を確認できた。その人達からは恐怖や絶望、不安の感情が強く感じ取れる。何処からか奴隷として、攫われて来た人達だと分かった。

「チャンスだな」

 静かに囁いたブラットは闇市に向かう事を朔耶に告げようとして、ふと気付く。微かに揺れる黒い瞳が、射抜くような視線で闇業者の車列に向けられている。その様子に焦りの色を見たブラットは、朔耶の手を握りながら忠告した。

「全てを救おうなんて考えるな」
「……お兄ちゃんと、同じ事いうのね」

 朔耶はそう言って微笑を返した。
 



 闇市での奴隷売買は夕暮れから始まるので、朔耶とブラットはそれまでに闇業者の動きを追う事にした。攫われてきた人々と闇業者、どちらかに意識の糸を向けて動きを監視する。

「闇業者がキトの政府と通じてるなら誰か一人とっ捕まえて吐かせるって手もあるんだがな」
「うーん……、そういえば何で闇業者はキトの政府と繋がってるって言われてるの?」

 朔耶の疑問に、ブラットは闇業者の馬車隊を指して説明する。彼等の馬車は傭兵団でも資金の豊富な大手が使うような大型武装車両だ。一台で金貨数百枚はくだらないと謂われている。

 馬車隊を護衛する者も装備はオールグレン(星四つクラス)で纏められており、しかも雇われ兵ではなく専属である。私設軍とも呼べる程の護衛部隊と超高級大型武装車両を所有する、正体不明の奴隷商人。

「まあ、商人一個人が持つにはちょっとでか過ぎるな。奴隷の売買だけで賄えるような規模じゃない」
「そっか……、それで背後にそれなりの組織がいるって考えると……」

 馬車隊の車列は闇市の一角にある大きな屋敷の裏で停まり、そこで奴隷たちが降ろされて屋敷の中へと消えて行く。その後、馬車隊は屋敷の私有地らしい広場に建つ厩舎前に停車。乗っていた護衛や使用人達が降りて行った。

「あのお屋敷、調べてみようかな」
「かなり距離があるぞ? あれだけ開けた場所だと下手に近付けないし……怪しいっちゃあ怪しいが」
「大丈夫、建物の影からでも調べられるし」

 屋敷からは死角となる路地に入り、其処から意識の糸を伸ばして屋敷を探る事にした朔耶は、おいでおいでーとカモフラージュ役のブラットに手招きする。

 傍から見ると男を路地に誘う春売り娘そのものな姿に、『本人は分かってやってるのだろうか』と苦笑しながら、ブラットは朔耶の後に続いて路地に入った。

「さあ、やるわよー」
「……分かってないんだろうなぁ」
「うん?」
「何でもない」



 屋敷全体を輪切りにするように意識の糸で一閃。帝都城で幽閉されていたシーファを捜索した時や、エバンスで売られそうになった孤児のチューリーを探した時に比べれば規模も容易い。

 奴隷たちは地下ではなく一階の奥の部屋に集められているようだった。同じく一階の幾つかの部屋に護衛隊らしき存在を確認し、二階には数人の商人。三階から一階までを使用人が行き来している様子も把握出来た。

 屋敷の地下に向けて意識の糸を伸ばしてみたが、倉庫や地下牢っぽい施設は在るモノの、居住空間を感じられるような地下空間は見つからなかった。

『うーん、別に地下にあるって訳じゃないのかなぁ』
ソシキヲ トウカツスル チュウスウトイウモノハ ジョウホウノデンタツガ ジンソクデナクテハ ナラナイ
『つまり一箇所に集中してなきゃダメなのよね?』

 人が近付くと監視者が現われ易い場所にあり、国の中枢機関として使えるだけの規模を持つ施設。
 この屋敷の大きさは、それだけの人員が働くに十分な広さがある。しかし、屋敷内に確認出来る人間は決して多くない。今日入った奴隷たちと護衛隊と商人が居なければ、ガラガラだ。

『むう〜、ここじゃ無いのかなぁ』
シヨウニンノ シコウヲ ヨンデミヨ
『使用人の?』
ヤシキニ セイツウスル シヨウニンデアレバ ナニカ ジュウヨウナバショヲ イシキスルカモ シレヌ

 神社の精霊のアドバイスに成る程と頷いた朔耶は、屋敷の中を行き来する使用人に意識の糸を絡めて、表面意識から情報を読み取ろうと試みた。

――……て、次は売り物の餌用意しなきゃ――
――料は美味しいけど、やってらんないわぁ――
――うも地下に降りる時の浮遊感には慣れないな――
――貨二百と銀貨六枚……もうすぐ自由になれるかな――

 仕事の段取りや愚痴やらの思考を幾つか読み取れた中に一つ、奇妙なキーワードが含まれていた。『地下に降りる時の浮遊感』という思考を持った使用人を意識の糸で追って見る。

 三階から一階に下り、厨房で台車に食事を積んで廊下を移動。向かう先は護衛隊の部屋がある方向だったが、どの部屋にも寄らず真っ直ぐ進み、廊下の突き当たりにある空き部屋に入った。

『あ……』

 そこで何か操作をしたかと思うと、床が地面に向かって移動を始めた。最初に屋敷の地下を探った時は気付かなかったが、その部屋の床下にはエレベーターシャフトの様な縦穴が地下深くまで続いていたのだ。

 使用人を地下へと運ぶ昇降機は徐々に速度を上げながら、かなりの勢いで降りていく。相当に深い所まで降りた辺りで速度が緩やかになり、やがて終点に到着する。

『うう……これ以上は無理かも……』
シコウヲ ヨメ

 意識の糸が外れる直前に使用人の思考を読み取り、地下施設の概要を極一部だが掴む事が出来た。彼が運んでいた食事は、地上では監視者の指揮を取っている人物で、地下施設では三番目くらいの偉い人に用意されたモノだった。
 使用人が廊下の先に地下施設で一番偉い人と二番目に偉い人を見つけて緊張した所で、意識の糸が外れた。




「うむ?」
「どうかされましたか?」

 廊下の奥、地上と繋がる地下施設唯一の出入り口(一般兵には)から此方に向かって台車を押してくる使用人を見て、ヨールテスは首を傾げる。キルトは一応、警戒態勢を取りながらその使用人を見たが、特に変わった様子は見られない。

「君は、何時もの食事係かね?」
「は、はい。そうですが」
「……ふむ」
「あの、何か……?」

 施設で『一番偉い人』にじぃーっと観察されるような視線を向けられ、内心生きた心地のしない使用人はオドオドしながら、目の前に立つ奇抜な髭を蓄えた人物を見上げた。ヨールテス・デリガン・ブローフリ伯爵。

 彼は二百年以上も昔から存在し、約五十年程前に当時キトの街を支配していた旧闇ギルドを壊滅させ、現闇ギルドの支配者として君臨したと謂われる『魔族』である。

「ふむ、気のせいだったようだ。行きたまへ」
「は、はい」

 カラコロと台車を押して行く使用人を見送り、ヨールテスは髭を弄る。精霊術の糸が見えた気がしたのだが、どうも神経質になっているようだと弄った髭を伸ばしながら自嘲した。

 それと言うのも、『フレグンスの戦女神』がフレグンス領の貧しい街々を片っ端から援助して発展に導いたり、列強国に働き掛けては次々と奴隷制禁止令を発令させるという、近頃活発な動きを見せている事にある。

 列強四国のうち三国まで奴隷制禁止令が導入されたとなれば、次はキトに狙いを定めて来るであろう事は容易に予想できる。
 この世界の摂理を丸っきり無視したような力を振るう異界の魔術士が、あの出鱈目な伸長(しんちょう)距離を誇る精霊術の意識の糸でこの街を探りに来ているかもしれないのだ。

「まあ、ここが割れる事は無いだろうが……そろそろ一度本拠に戻った方が良いかもしれんな」
「向こうに帰るのは久し振りですね」
「うむ、長旅になる。しっかり魔力を蓄えておくように」
「畏まりました」

 一般人が目にすれば背中と腰にゾクリと来るような妖艶な笑みを浮かべたキルトは、使用人が乗って来た昇降機で地上の屋敷へと向かう。キルトを護衛隊(えさ)の所へ向かわせたヨールテスは、もう一度昇降機脇の天井を見上げてから自室に戻るのだった。




「ツヅキ、おいツヅキ! 大丈夫か」
「ん……あれ?」

 朔耶は路地でぐんにゃりした身体をブラットに抱きかかえられていた。限界まで意識の糸による追跡と表面意識の読み取りを行った為、糸が外れると同時に反動で軽く失神してしまったのだ。

「あ〜くらくらする、けど大丈夫」
「本当に大丈夫か? 急に倒れるから焦ったぞ」

 しっかり自分の足で立った朔耶はニ、三度頭を振ると深呼吸をして体調を整えた。昔齧った武術の呼吸法だ。それを見たブラットが『ほぅ?』と声を漏らす。

「よしっ 頭スッキリ」
「体術もやるのか……。それで、何か分かったか?」
「ヨールテスが居た」
「……何?」

 屋敷のかなり地下深くに結構大きな施設があり、キトの街を見張る監視者を指揮している者が居る。その指揮者は地下施設で三番目に偉い人。一番目と二番目に偉い人がヨールテスとキルトである。という所までは掴めたという朔耶。

「……おい、それって」
「うん、見つけたかも。キトの政府の所在と、支配者」



蝶を象ったブローチを売ってたお姉さんは、以前クルストスで露店してました^^。




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