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戦女神編
72話:銀月の牙 再び




「闇ギルドってのはキトを支配してる連中の総称だ。ここの裏の連中はヤバイから、あんま関わらない方がいいぞ」
「支配って事は、キトの政府ってこと?」
「さあな、キトの支配者の実体ってやつを探ろうとした奴は大抵消されるからな」

 この街では話題にするのも止めておけと忠告するブラット。

「とにかく場所を移った方がいい、ここへは真っ直ぐ来たのか?」
「うん、道訊きながら……」
「オイオイ……」

 只の村娘風の少女が闇市を探している事や、闇業者を話題にした事に違和感を感じての監視だろうと分析したブラットは、頭を掻きながら『何処の世界に探り入れる場所の道を訊ね歩く諜報員がいるんだ』と溜め息を吐いた。自分を指しながら『ここ』とは言えない朔耶であった。

「仕事する場所の下調べくらいしておけよ……」
「だぁって、こんな雰囲気の場所だとは思わなかったんだもん」

 朔耶はフエルト卿から闇市の話を聞いた時、割と普通に話すので闇市の雰囲気が独特であるという所まで考えが及ばなかった。実の所、フエルト卿はサクヤに対して『世間の裏事情にも詳しいのだろう』という思い込みで普通に話していた部分がある。

 フレグンスに居た頃から数々の裏工作を破綻させ、帝国密偵の動きを封じる策を講じたり、晩餐会では並み居る貴公子達を手玉に取る姿を目にしていたし、帝都城の前で打ち解けるまでにも、朔耶の噂は情報として入ってきていた。

 重鎮四家の陰謀を逆手にとって致命的な強撃で退けた上に四家の財産を毟り取り、その資金で精霊神殿を自身の派閥で固めて完全に傘下に治め、フレグンス国内でも急速に影響力、発言力を高めてアルサレナ王妃に警戒心を抱かせる策略家。
 サムズのエバンスでは最大規模のスラムを支配していた犯罪組織を(はかりごと)によって一日で壊滅させたとも聞いた。

 という、多分に誤解の混じっている認識で朔耶の在り方を捉えていた為である。フエルト卿にとって、朔耶は"一般人"では無い。闇市の詳しい雰囲気など『語るまでも無い事』だったのだ。


 ブラットは朔耶を連れ歩きながら闇市を出て街の南側、宿が立ち並ぶ盛り場方面に向かう。ちなみに闇市はキトの街の西側にあり、朔耶が侵入した高給住宅の並ぶ船着場は北側である。

 朔耶は自身が襲われても平気だが、監視が付いてると動き辛いし、存在がバレるのは厄介だと考え込む。ブラットは背後から適度な距離を置いて監視者が付いて来ているのを気にしていた。

「まだ付いて来てやがるな……」
「あたし怪しかったかなー」
「そりゃそうだろう、普通お前みたいな娘が闇市に行くって時点で違和感があり過ぎる」

 身売り業者となら兎も角、一人で道を訊きながら目指していれば、怪しんでくれと言っているようなモノだと頭を振るブラット。

「それじゃあ、あたしと話してるブラットさんも疑われるね?」
「……お前、俺に声掛けたのはそれが狙いか」
「べっつにぃ、偶々だよ」
「こいつは……」

 誤魔化すの協力してねとウィンクする朔耶に、どのみち誤魔化さなくては自分もヤバイので協力せざるを得ないブラットだった。

「そういえば、ブラットさんは何で闇市に居たの? まさか……」
「あん? 何を想像してるか知らんが、俺が居たのは武具店だ。偶に掘り出し物があるんだよ」

 出所の言えないキャリゴル(星三つクラス)以上の名剣や名工の作った武具が格安で売られている事があるという。また、キトにはオールグレン(星四つクラス)の工房があるので、装飾に失敗した疵物などが回ってくる事もあるらしい。

「ふーん、何か良い物あった?」
「無かった。店でたらお前に会った」
「あはは……」

 このまま話ながら歩いていても監視の尾行は外れそうに無い。ブラットは朔耶が闇市まで歩いた経路を詳しく聞き出すと、それだけ真っ直ぐに目指したのなら『自分を探しに来た村娘』で誤魔化せるかと考える。

「……そういや闇業者の事も訊ねたつったな」
「うん、ついでだったんだけど……」
「田舎から出てきた村娘が知り合いの傭兵を探しに闇市へ……ダメか、只の村娘が闇業者の事を訊く訳ないな」

 闇業者の絡む人買いや人狩りに被害を受けた村から来た、などの設定にすると、素人ながら明らかに探りに来たという図式になってしまうので誤魔化しにならない。闇市に人を探しに来て、尚且つ闇業者が居るのかをついでに訊いてもおかしくない存在。

「ツヅキの見掛けなら絶賛売出し中の新人春売りって所でなんとかなるか」
「春?」

 春売り同士でも縄張り意識はあるようだが、春売りに街の境界線というモノは殆ど存在しない。彼女等は裏にも表にも客を求め、求められる存在なのだ。

 多額の報酬を得る闇業者の関係者ともなれば、相応に金払いも良い。街に来ているのなら一丁稼ぐかと気合の入る春売りが居ても、何らおかしくはない。

 ブラットはその趣で誤魔化す事を伝えると、戸惑う朔耶をキトの春売り通りまで連れて来て路地の影で抱き寄せた。朔耶の耳元に口を寄せながら上衣の首袖を掴んで少し乱暴に広げると、朔耶の細い肩口が露わになる。

「ひえっ」
「し……っ 感じてる振りでもしろ」
「無理!」

 真っ赤になりながら服の胸元を押さえて、これ以上ずり落ちないように抵抗する朔耶。

「ち、まだ居やがるな」

 ブラットの髪の隙間から見える通りの向こうに眼を凝らしながら、朔耶は神社の精霊に問い掛ける。

『どう?』
ウム タシカニ コチラヲウカガッテイルヨウダ モウヒトリ トオリノハンタイガワニモ イルゾ

「もう一人、反対側にいるっぽい?」
「……ああ、いるな」

 ブラットは自分よりも先に監視の気配を察知した朔耶に、流石は"サクヤ"だと感心を見せる。しかし、二人に増えたという事はそれだけ相手に警戒されているという事だ。新しく増えた監視者が、ごく普通の通行人を装って距離を詰めて来た。
 
 『まずいな』と舌打ちするブラット。ただのイチャ付いている春売りと客に見せかけて、情報交換等をしている何処かの組織ないし国家の密偵である可能性を探りに動いたのだろうとブラットは推察した。 

「仕方ない…… いいかツヅキ、これは振りだからな? 電撃は勘弁しろよ?」
「え? なにするの?」

 ブラットは予め断りを入れると、オドオドしている朔耶の両手を頭上で交差させて壁に押し付け、上衣のブラウスを捲り上げて手を差し入れる。脇腹の辺りを擦られてゾクリと身を震わせる朔耶。

「ちょっとーっ 何処までやる気よ!」
「安心しろ、子供に手ぇ出すつもりはない」
「子供て、あたし十八だっつーのに」

 朔耶はいくら信頼できる相手に『振り』だと言われても、実際に男の無骨な手に身体を弄られて平気で居られる程肝は据わっていないし、心も冷めていない。身を捩りながら照れ隠しでうっかり自爆発言をしてしまう。

「……手、出していいのか?」
「ダメ! 絶対!」

 ヒソヒソ声でギャーギャー言い(主に朔耶が)合っている間にも、更に距離を詰めてくる監視者。ブラットは耳元でしか聞えない声で警告を発する。

「これ以上の会話は不味い」
「!」
「安心しろ、本気で手ぇ出したりはしない。お前はただじっとしていればいい」

 そっと背中を撫でられてビクンッと身体を反らせた朔耶は、思わず声を漏らす。

「ひゃうっ」

 触れ方が先程までのような、ただ乱暴に撫で回すだけの手捌きとはまるで違う。優しく掬い上げるように撫でる繊細な指先での愛撫。そのまま首筋や鎖骨にキスを落とされ、その都度ピクリピクリと朔耶の身体が反応する。

「ひ……あっ やぁ……」

 嬌声を聞いてようやく警戒を解いたらしい監視者は、ごく普通の通行人のように自然な動作で姿を消した。只の待ち合わせか、男を捜していたダケだったかと判断したようだ。通りの向こうにいた監視者もそれに合わせて姿を消す。


「やれやれ、やっといったか」

 監視者の気配が消えて一息つくブラット。腕の拘束を解かれた朔耶の方は息も絶え絶えに、真っ赤になった顔を伏せて眼に涙を浮かべながらモソモソと乱れた服を整える。鼻を啜る音がブラットの胸をチクッと刺した。

「ううー 穢されたー」
「んな大袈裟さな……」

 ひんひんと泣き真似をする朔耶に、『よしよし、よく頑張ったな』等と苦笑しつつ頭を撫でてやりながらも、少し罪悪感が湧いたブラットは、とりあえずキトを探りたいなら手当たり次第に聞いて回るのは危険だと、アドバイスを出した。
 ようやく落ち着いた朔耶は、目尻の涙を指で拭き取りながらブラットを頼る。

「そういうのに詳しいなら、手伝ってくれない?」
「それは仕事の依頼か?」

 こういう仕事も受けるのかを問う朔耶に、内容次第だと答えるブラット。報酬の金額については、ブラットもかなり危険な仕事だと分かるのでちょっと吹っ掛けた。

 大きい組織を探るようなヤバそうな仕事なら相場はパル金貨百枚前後という所だが、キトが相手なら三百は欲しい所だと提示する。『銀月の牙』は二十余人で構成されているので、一人頭金貨約十五枚程の計算になる。中々に法外な値段だ。

「じゃ、三百で宜しく」
「マジか!」

 ブラットは思わず声を上げた。正直な気持ち、あまり請け負いたく無い仕事だったのだが、只断ったのでは尻込みしたと思われる。それでは癪なので法外な金額を吹っ掛けて躱すつもりだったのだ。

 まさかの即決に唖然としていたブラットは、朔耶から二千枚くらいまでなら出せてたと聞いて愕然とした。朔耶の工房資金は常時金貨五千枚以上はあるのだ。事業の成功で今も増え続けている。




 請けちまったモノは仕方ないと思考を切り替えたブラットは、まずは仲間と合流すると言って銀月の牙団の宿泊する酒場宿に向かった。そうしてやって来たのは南通りに建ち並ぶ宿群の中の一軒。

 出入り口まで酔っ払いがはみ出している酒場宿では、一階が酒場で二階が宿となっている。一般の街客や商人達はもっと静かな普通の宿や酒場を利用するので、こういう場所にいるのは専ら傭兵達や賞金稼ぎが殆どだ。偶に盗賊団等も混じっている。

 昼間からこの有り様かと、荒くれ飲んだくれの有象無象達を呆れた様子で呆然と見つめていた朔耶は、ブラットに腕を引かれて顔を見上げた。酔っ払い達の間を抜けるので、ちゃんとくっ付いておかないと引っぱって行かれるぞと抱き寄せられる。

「ちょ、ちょっとっ」
「離れるなよ」

 まるで戦場に赴く兵士のような勢いで、酔っ払いの群れに突入するブラットと朔耶。目指すは店の奥、カウンターの隣にある二階へと繋がる階段だ。移動中、朔耶の腕を取ろうとする酔っ払いが多数。その都度、ブラットが振り払う。

「これは俺んだ」
「だーれが"俺"のよ」
「いいから合わせてろって、こいつらの中にも客を見張ってる連中が混じってるからな」

 朔耶は不本意だったが、これでスムーズに進むならと黙っておく。キトは一見して自由奔放な混沌とした街に見えるが、混沌としている中にキトを支配している者の眼が常に光っている。

 だからこそ、コレほど混沌としていながら、商人達は統制の取れた商売をし、取り引きが行われる。ひとたび政府から公布があれば、一日で全てのキト商人にそれが伝わり、直ちに実行に移される。

 自由な見かけに反して、常時監視統制された国。見えない支配者による独裁国なのだ。


「ふぃ〜、酔っ払いの相手は疲れるな」
「……まあ、確かにね」

 酔っ払いの海を抜け、やっとの思いで階段に辿り着いて二階に上がって来たブラットはウンザリしたように言った。
 朔耶はバーリッカムの春売り通りで出会った『酔っ払いブラット』の事を思い出して、疲れたように返す。何故だかブラットからはセクハラを受け捲っているような気がした。

「あれ? 団長〜、剣買いに行ったのに女買って来たんすかー?」
「依頼人だ、全員集めろ」

 冗談めかしてからかうように声を掛けてきた団員にブラットが言い放つと、姿勢を正した団員によって直ちに招集が掛けられた。奥の部屋に集まった銀月の牙団は、部屋の周囲に見張りも立てて仕事の内容を話し合う。


「キトを探るだって?」
「何だってまた、んなヤバイ仕事を……」
「団長〜、仕事は選びましょうよ」

 ブラットから大まかな内容を聞いた団員達の反応は、やはり危険な仕事に対して否定的であった。

「ああ、ヤバイ仕事だってのは分かってる。だから今回は志願制だ、得手不得手もあるからな」

 参加する者だけで行い、しない者は一旦キトの街からは退避させておく。
 もし参加組みが失敗した場合、銀月の牙は解散となり、残った団員は其々何処かの団に入るか、新たに団を立ち上げるかする事になる。団の存続をも賭けたブラットの説明に、団員達は元より朔耶も驚いた。

「ね、ねえ……そこまで覚悟決めないと出来ない事なら、無理には依頼しないよ?」
「一度請けると言った以上撤回する気はない。……つーかお前、自分がどんだけヤバイ仕事してるか自覚なかったのか?」

 う……と言葉に詰まる朔耶に、ブラットは溜め息を吐きながら額に手を当てた。一体どんな命令を受けて任務に就いたんだと、ブラットは"サクヤ"がそれに答える筈もないと思いつつも訊ねる。

「いや〜皆には内緒で、ほぼ個人的に……?」
「独断専行かよ!」

 ブラットは思わずツッコミながらも、そういえば自分達の陣地に降って来た時も独自に動いていたようだったなと思い出す。

「お前の力が半端無いのは分かるが、相手は他の列強国を出し抜くような組織だぞ? それこそ強力な術者だっている」
「あ〜、その辺りはあたし無敵なんで大丈夫なんだけどー……」

 自分の行動による危険に巻き込まない為に、なるべく一般人には関わらないように気をつけていると答える朔耶。ブラットは朔耶の頬っぺたを掴んで左右に引っぱった。

「そーじゃないだろ」
「ひゃひひゅんのよ」

 ブラットの手から逃れた朔耶は両頬を押さえながら涙目で睨み上げる。

「国の支援も受けずに国に挑むなと言っているんだ。お前一人の力でどうにかなるような相手じゃないのは分かるだろう」
「キトの政府の実体が分かれば他の国も動けるじゃない、最初から国ぐるみで動いたらバレちゃうし」
「それを一人で暴こうって考えが無茶なんだ、素人でもそのくらいは理解しろ」
「だから、手伝って? って言ったじゃん……」

 唇を尖がらせて拗ねて見せる朔耶に、ブラットは『情報無しで単独潜入後、協力者と戦力の現地調達』という或る意味"超エリート諜報員"のような働きに『これがツヅキの能力なのか?』と、カースティアでの出来事も踏まえて朔耶の特異性を考えた。

 単身で渦中に放り込めば、忽ち事態を解決に導く。それを見越して"ツヅキ"の祖国も"他のサクヤ"達もツヅキを自由に行動させる。精霊術の才に長ける学生の素人だが、こういった特異能力の為に危険な任務に使われる。

 『個人的な独断専行』の言も、任務の極秘性、重要性を考えれば、そう答えて誤魔化すのは理解出来る。つまりはそういう事だ。と、ブラットの中の『間違いだらけの朔耶像』が更に補強されていった。

「……たく、さっきは愛撫されて泣いてた癖に」
「そ、それは関係ないでしょ!」

 急に真剣な表情で何か考え始めたかと思えば、行き成り先程の痴態を口走るブラットに、朔耶は顔を赤らめながら抗議する。

「とまあ、依頼人はこんな感じだが……報酬金額は金貨三百枚だ」
「三百だって!」
「そいつは凄え!」

 色めき立つ団員達。腕を組んで考え込む者や、何か思案顔で頷いている者、反応は様々だが破格の報酬は魅力的だったらしい。
 仕事の詳しい内容を促す声が聞かれ、それに反対する者は居なかった。話を始める前に参加する者と棄権する者を募ったが、全員が参加の意思を表明する。

「よし、じゃあツヅキ」
「へ?」
「へ、じゃないだろ。必要な情報や期限を説明してくれ」
「あ、そっか」

 朔耶はキトの政府の所在、即ちキトを支配する組織のアジト発見を第一に、期限は今日を入れて三日と伝えた。早速、活動方針について相談を始める銀月の牙団員達。

「確かに、だらだら長引かせると感づかれる危険が高いな」
「となると、監視者の尾行とか隠し通路を見つけ出す探索が中心になるか」
「闇市周辺を張って人の出入りを監視するか?」

 団員達の話を聞きながら、朔耶は自身の探査能力について少し説明を加えた。怪しい場所を見つければ其処に行って隠し通路や隠し部屋が無いか、周辺を探ることが出来る事を話す。

 もし、アジトに通じる地下通路などがあれば、地上に居ながらにしてそれを辿って行く事が出来る。大まかな位置が分かれば意識の糸レーダーで探り出す事が出来る為、危険な潜入までは必要ない。

「ほほー、流石エリート精霊術士だな」
「それなら活動範囲も広げられる、予めそれらしい場所に目星を付けて、昼間の内に回れる所は回って貰おう」

 そうして、キトの政府を探る仕事は主に施設の特定を中心とし、怪しい人物がいても遠くからの尾行に止めておく事、会話の盗聴やソレらしい場所への潜入はしない事で方針が纏まった。

「あ、それともう一つ。 一番大事なこと」

 朔耶の言葉に、皆が注目する。

「みんな絶対死なない事」

 人差し指を立てて『いいわね?』と念を押す朔耶。団員達は顔を見合わせると、大らかな気持ちで笑ってみせた。何故か皆から頭を撫でられて困惑する朔耶なのであった。

「あたし変なこと言った?」
「いいや、そんな事はないぞ」

 ブラットも笑いを堪えながら朔耶の頭をナデナデした。







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