朝の騒ぎの後、夕方まで中庭沿いの工房で『馬なし馬車』改め『サクヤ式自動四輪』の製作を進めていた朔耶は、バルティアに一言挨拶を入れてから帰ろうかと、城の階段を上っていた。ちなみにスクーターは『サクヤ式自動二輪』と呼ぶ事になる。
昼過ぎまで作業に参加していたバルティアは、側近服姿のアネットに『お昼までは大目に見たけどこれ以上はダメ』と言って引き摺って行かれたので、皇帝の執務室で拗ねている所だろう。
「バルー? いるー?」
「おおっ! サクヤよ、自動四輪の出来具合はどうなった?」
溜まった書類を片付ける手は休めず、バルティアは何時アレに乗れるのかとワクワクした様子を隠せないでいた。朔耶はそんなバルティアの子供っぽい所に苦笑しながらまだ車台を組んでいる段階だと返す。
「魔力石エンジン積むのはもっと先。 しっかりした造りにしないと、直ぐ壊れちゃうわよ?」
「うむ、いやはや……どうにも気が急いでしまってな」
「も〜〜昨日からずっとこの調子なのよ〜〜サクヤちゃん、陛下のお相手してあげてよ〜〜」
「ヴィヴィアンさん、どさくさに紛れて別の事狙ってるでしょ……」
バルティアに余計な事を吹き込むな〜と抗議する朔耶をほほほっと笑って躱すアネット。帝国の紋章がデカデカと壁に掲げられ、先程まで厳格な空気が支配していた皇帝の執務室はすっかり若者の雑談場と化している。サボりたくなるバルティアであった。
帝都城の三階にある士官食堂。朔耶のお気に入りでもあるこの食堂は、城に勤める官僚や士官クラスの軍人達もよく家族連れで訪れる。それなりに賑やかであり、余り堅苦しくない程度の上品さも醸し出している。
夕食を食べてから帰る事にした朔耶は、食堂の一角に見知った姿を見つけた。魔術士風貴族服の紳士とメイド服姿の少女が、テーブルの端で向かい合わせに座って食事を摂っている。
何となく『同席しようかな〜』と迷った朔耶だったが、不意にメイド服の少女と目が合った。
「あ、光の人」
「ん?」
「その通り名は新しいわね」
思わず吹き出しそうになりながら、朔耶はフエルト卿達と同席する事に決めた。少し緊張気味な様子を見せるフエルト卿の隣に座ると、メイド服少女の様子を窺う。
「リリーだっけ? 身体はもう何とも無さそうだね」
「はいー、元気一杯でお腹空いてますよ」
その返答にやっぱり吹き出しそうになる朔耶。リリーはキョトンと首を傾げ、フエルト卿は眉間の皺を指でぐりぐりしていた。
「闇市かぁ……」
「うむ。キトでは扱われる商品に制限が無い。健全な人身売買業者もあれば、犯罪組織そのモノと言える闇業者も混在している」
リリーをキトで買い取ったという話をフエルト卿から聞いた朔耶は、キトの実態について色々と訊ね、奴隷業者と闇業者について詳しく聞かせて貰っていた。健全な業者は自身を売る身売り奴隷の要望に合う主人を見つけて、そこに売り込んでくれる。
当然、奴隷となる身売り側に支払われる報酬は無いが、要望には最大限応える事で業者としての信頼を得ている。フエルト卿が使用人代わりに購入した奴隷の中にも、サムズ出身の身売り奴隷が数名いた。
ちなみに、健全な業者の奴隷は割高だが値段が安定していて、犯罪組織そのモノな闇業者は素材によって値段も乱高下する。
「商売として成り立っちゃうから、闇業者が蔓延っちゃうのよねー……」
「キトの政府は商売のルールさえ守っていれば、一切の規制を設けないようですからな」
朔耶は唸りながら腕を組んで天井を眺めた。以前、傭兵団の陣地にヨールテスが現われた時に、『銀月の牙』パーシバル傭兵団のブラット団長が言っていた言葉を思い出す。『――結構何でも有りの国だからな、あそこは』
「何でもありか〜……、キトの政府って何処にあるの?」
「それは情報屋ですら分かりかねるでしょう。一部の闇業者と繋がりがあるとも言われてますが、真偽は定かではありませんな」
「ふ〜〜む」
キトの政府を探ろうとしたモノは例外なく消される、という噂も実しやかに囁かれているらしい。
ヨールテスのような人物が関わっているのなら、そういう事もあるのかもしれないと半分は納得する朔耶。しかし、何故秘密にする必要があるのか、そこが引っ掛かる。
「久々に来ました、精霊の勘に引っ掛かり」
「?」
「気にしないで、独り言よ」
朔耶は有意義な話を聞けたよと礼を言って会話を切り上げると、冷め掛けた夕食をせかせか平らげて食堂を後にした。
既に食べ終えていたリリーは、フエルト卿とサクヤの会話を聞いている内に夢の世界に旅立っていたので、フエルト卿が負ぶって帰る羽目になったという。
「ただいまー」
フエルト卿からキトの詳しい話を聞けた朔耶は、キトについての対策を考えながら自宅の庭に帰還した。
朔耶の働き掛けにより、元々奴隷制を禁じていたフレグンスに続いて、ティルファ、グラントゥルモスといった列強四国のうちの三国までが奴隷の売買を禁止した。
しかし、奴隷売買の中心的存在であり、列強国の一国に数えられているキトが変わらなければ、サムズの孤児達や未開地から攫われて来たリリー達のように、人買いや人狩りの犠牲になる者は後を絶たない。
身売りをする人達は生活に困窮し、自らの自由と引き換えに衣食住の保障を得る事を選択した人達だ。
身売り人の引き受け業者には人材派遣などのシステムで代用が利くので、真っ当? な商売をして来た者が奴隷制禁止によって被る不利益は少なく抑えられる筈。そういった変革を齎せる為には、キトの政府と話を付ける必要がある。
「これはタカ君やお兄ちゃんにも相談した方がいいよね」
お風呂から上った朔耶は兄と弟を居間に呼ぶと、キトの問題について相談した。
「それは難しいな」
「キトの政府か……、前の和平会談での事はどうなったんだ?」
和平会談にキトの代表として参加していたヨールテスの行いについては各国ともに抗議は出している。だが、キトの政府の所在が分からないので、どうにもならないらしい。
キトの政府宛てに手紙を出せば返答があるので届いてはいるようだが、誰が何時どの段階で何処に届けているのかは全くの謎。また、各国共にキトとの流通が滞って困るのは自分達なので、キトに対して何らかの制裁処置をとる事も適わない。
「ふーむ、一番影響力が無いように見えて実は、オルドリア大陸を牛耳ってるのってキトじゃないのか?」
「言えてるね、多分キトの政府って『商人国家』を隠れ蓑にしたマフィアみたいな組織だと思う」
キトに属する商人はキトの政府に保護されていて、各国を巡る行商も道中安全。キトに属しない商人、他の国のお抱え商人達は盗賊にも襲われやすい。という環境を作り上げれば、実体を持たない政府の下に商人達を牛耳る事が出来る。
大陸中の商人達を牛耳る事は、大陸の流通を牛耳る事になる。何れの国も食糧などの輸入はキトとの交易に頼っている部分が多いので、キトとの関係を拗らせて物資が滞る事は国難規模の被害を生みかねない。
「相当昔から練られてたのかもな、戦乱の時代に予め商人の囲い込みとかをやって下地を作ってさ」
平和な時代に入ると各国とも人口の増加で足りなくなる物資をキトの商人が用意するというやり方で、他国の生産量が上がらないように自給率をコントロールする。
足りないモノはキトから輸入すれば事足りる、キトはどんな時でも相手を選ばず商売をするだけの国。そういう印象を周りに与え続け、事実、そういう関係を築き上げてきた。
「で、気が付くと、どの国も首根っこ抑えられてたって訳か」
「大体、一国だけに商人が集中してるって状況事態が不自然なんだよ、そうなるように誰かが仕組んで維持しなきゃ有り得ない」
どうにも話がきな臭くなって来たので、朔耶は一旦キトの裏事情については話題を置く。
「でもそうすると、キトの支配者が諸悪の根源っぽいよね」
「ヨールテスって奴はサムズの反乱の首謀者と繋がってたり、朔姉の居た傭兵団を嗾けに来たりしたんだろ?」
「和平会談からの動きを考えると、そうなるわな」
ヨールテスがキトの支配者とどの程度の繋がりを持つのか、或いはキトの政府という組織の中でどの位置に居るのか、何れにしてもキトを支配する組織は真っ当な国家の政府とは考え難い。
「フレグンスの大使として出向いても意味がないだろうな」
「となれば、単独潜入か……」
キトの支配者がどんな組織であろうと、その存在と所在が明らかになれば各国にも動きようがある。実体が掴めないモノには手の出しようも無いが、目標が定まれば対応策も編み出せるというモノだ。
「潜入て…… 朔姉、大丈夫なのか?」
「そんな危ない事までしなくてもいいんじゃないか?」
「大丈夫、あたし向こうじゃ無敵だから」
兄も弟も、流石にそんな危険を冒してまで向こうの世界の改革に関わらなくてもいいのではないかと、キトの政府暴きには難色を示したが、朔耶は『それじゃあティルファと帝国に奴隷制禁止令を出して貰った意味が無い』と言って譲らなかった。
「自分で始めた事なのに、ここでやめたら途中で放り出す事になるでしょ? それは無責任だよ」
結局、説得された兄と弟は朔耶の無敵っぷりを確認した上で、キトへの潜入捜査を許可した。そうと決まったならば、兄弟として朔耶に危険が及ばないよう全力で協力し、色々と作戦を考える。
「フレグンス高官という立場に問題は無いか?」
「政府の所在を探りに行くだけだから問題なし」
「向こうの親しい人間にも知らせない方がいい」
そうして先ず、正体は隠して行く事が前提となる。朔耶の黒髪はカツラで金髪に、服はアマガ村のデイジーに貰った服を着て現地人に成り済ます。
平日の夕方に一度世界を渡り、魔力石の補充と共に資金の調達もしておく事で、向こうの人間に朔耶の行動を気取られないよう工作する。商人の街に行くのだから資金は多い方が良いとの判断だ。
「うおっ なんだソレ」
「あ、拓ちゃん」
朔耶が変装のチェックをしている所に、新しい道具のアイデアを持って訪ねて来た拓朗は、金髪で村娘なコスプレの朔耶に驚いて声を上げた。『どう?』とその場でクルッと回って見せる朔耶。
「んー…… んん? それは不味いんじゃないか?」
「え、なに? どれ?」
「それ、指輪」
「あ」
レティレスティアに貰った精霊石の指輪。かなり高価なモノであり、誰が見てもソレと見分けられる事はアマガ村でクィスやデイジーとの会話から理解出来た。
一介の村娘が持っていては不自然なモノである。しかし言葉の問題がある為、今はまだこれを外す事は出来ない。拓朗のアドバイスにより、指貫の手袋をして指輪を隠す事にした。ちなみに手袋は使い古しの軍手だ。
「おおぅ、なんかそれっぽい」
「しっかし……朔耶がスパイねぇ」
事情を聞いた拓朗が心配そうに呟いた。
そして週末――
「くれぐれも気をつけてな」
「本当に無理はすんなよ?」
「うん、大丈夫だから。 そんじゃ行って来ます」
今回はやはり心配だったらしい兄と弟が、態々庭まで見送りに来た。朔耶はそんな二人を安心させるように軽く笑って印の円に入り、オルドリア大陸へと転移した。
『サムズのエバンスに――』
ウム
景色が切り替わり、朔耶はエバンスの神殿近くに立っていた。街灯の無い街の夜は本当に真っ暗だ。通りの交差点にポツポツと篝火が焚かれているが、少し建物の影に入れば忽ち闇に包まれる。
しかし今はこの暗闇は都合が良い。人目に付かないうちに街を出てキトに向かう為、朔耶は漆黒の翼を広げると建物の影から一気に空へ舞い上がった。
エバンスからキトまでが一番距離が近いとされている。それでも飛ばしに飛ばして三時間近く掛かる程の距離があった。
途中、そこそこ大きな中継地点となる街道沿いの街を見下ろしながら、朔耶はキトの街の近くまで飛ぶと、街から少し離れた雑木林に着陸した。この辺りは平野のようだ。
街の入り口では商人達が通行書のようなモノを門番に提示している。正面から入る事を諦めた朔耶は、何処か別の入り口は無いかと遠回りに街の周囲を移動し始めた。
『もっと暗い内に来とくんだった』
ジョウホウガ フソクデアッタガ オンミツコウドウユエ シカタアルマイ
ぐるりと街の反対側に回りこむと、しっかり整備された川沿いの人気の無い船着場から階段が伸びているのを見つけた。街を中心に川の上流と下流には、其々水門(といっても水を塞き止めるわけではない)が設置されてあり、船の往来を管理しているようだ。
川幅は十メートル程で流れはそこそこといった具合。朔耶は意識の糸を伸ばして近くに人が居ない事を確認すると、一気に川を飛び越えた。船着場の階段を上って周囲の様子を確かめる。特に見張りも居なかったので足早にこの場を離れた。
「潜入成功〜」
建物の影から影へ、路地から路地へと意識の糸レーダーで人目を避けつつ街の中心部を目指し、沢山の人で賑わう通りに出られた朔耶は、大勢の人込みの流れに紛れ込む。
朔耶が侵入した船着場は高級住宅の並ぶ一角だったらしく、王都の貴族街のような静けさに包まれていたが、市街地の中心部はまるでお祭りのように賑やかだった。
人でごった返すキトの街を見て回る。キチンとした一戸建ての店もあれば馬車とテントを積み重ねたような店もある。朔耶はとりあえずフエルト卿に聞いた闇市にいってみる事にした。
闇市の場所を露店の商人や街角でボーっと立っている人に訊ねながら入り組んだキトの街を歩いて行く。
一戸建ての店は建つにも消えるにも長い日数を掛けて街の一部となるが、馬車やテントを組み合わせた簡易店舗は直ぐに建ったり消えたりするので街の形、店舗の配置や通りの道筋が頻繁に変わってしまうらしい。
その為、キトの街の中心部は正確な地図が無いのだ。案内板にも大まかなエリアの説明しか示されていない。自由に店を出して良い所、金持ちが豪邸を建てている所、店を出すのに許可が必要な所と、本当にアバウトである。
道を尋ねながら闇市を目指す朔耶はついでに闇業者もいるのかを訊ねてみたが、何れも『さてねぇ』という反応だった。
やがて目的の場所に辿り着いた。朔耶が想像していたような暗いイメージの場所ではなく、他の露店が並ぶ通りと見た目はそれほど変わりない。ただ、賑やかさは無く、人々の会話もボソボソと小声でやり取りをしている。
他の通りで見るような商品を広げている露店の姿は無い。殆どの店が簡易店舗か一戸建ての店で、どの店も外からは中の様子が分からない造りになっている。屋敷のような大きな店もあるが、小さな窓のカーテンは全て閉じられていた。
暗いイメージでは無いが、何処か陰鬱とした怪しげなイメージ。妙な緊迫感というか、通りを行く人々が皆、油断なく気を張って居るような緊張感を感じさせる。闇市はそんな雰囲気を漂わせる通りだった。
『なーんか肩こりそうな感じ』
ミナガ ミナニ ケイカイシテイルナ
『うん、それに……』
朔耶は自分の格好を気にする。村娘の変装は完璧だが、それが返って場違いな空気を感じさせる。
もっとデンジャラスな格好にすれば良かったかと、ヘビメタ系の衣装でシャウトしている自分の姿を想像して神社の精霊から『なんじゃそれは』という念を受け取っていた朔耶は、正面の店から出て来た傭兵らしき男に目を丸くした。
「ブラットさん?」
「あん?」
不意に名前を呼ばれたブラットは、目の前でポカンとした顔を向ける村娘に怪訝な表情を見せた。何処から迷い込んだのか、こんな場所で買い物をするような少女には見えない。
「何処かで会ったか?」
「え、えと……」
ブラットは顔をよく見ようと近付き、一瞬鼻をひくっとさせて目を瞠る。そうしてじっくり朔耶の瞳を覗き込むと、小さく囁くような声で訊ねた。
「……ツヅキか?」
「う、うん」
朔耶も小さく囁くように答える。ブラットは朔耶に近付いた時、その身体から香るシャンプーや石鹸の匂いでこの村娘が朔耶だと気付き、黒い瞳を見て確信したのだ。
ブラットの認識では、朔耶は『フレグンスの特殊精鋭精霊術部隊サクヤのメンバーで素人のエリート学生、名はツヅキ』となっている。そんな"ツヅキ"が変装してキトの闇市を歩いている。しかも変装が場違いだ。
何かの任務で訪れているのだろうが、"力"はあってもやはり素人。以前、傭兵団のテントに降ってきた時のように、今回は現在進行形でドジっているのだろうとブラットは判断した。
「何を探りに来たのか知らんが、その変装は不味いだろう」
「あ、やっぱり? あたしもそう感じてたトコ」
てへへ……と苦笑気味に笑って舌を出す朔耶に、ブラットはほんの一瞬だけ視線を周囲に向けて回りの気配を感じ取る。そして、やっぱりなと顔には出さずに内心で舌打ちした。
「お前、闇ギルドの監視者に眼付けられてんぞ」
「闇ギルド?」
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