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戦女神編
68話:朔耶の外交




 昼下がり――

 ティルファに到着した朔耶は貨物竜籠から積荷を降ろす作業が行われている間、ドマック達に業務引き継ぎの官僚を紹介した。今後、船の引き取りとカースティアへの運搬はこの若い官僚に行って貰い、新たな船の発注は朔耶が直接行う事になる。

「なんじゃ、お前さんも忙しい身になったもんじゃな」
「それほどでも無いんだけどね、あたしの身体は一つしかないのよ」

 朔耶は此方で活動できる期間が決まっている為、急いでやっておきたい事が重なると一人ではどうにもならないと話す。

「……増えたり出来んのか?」
「……あたしを何だと思ってんのよ」


 後の作業を若い官僚とドマック造船所の作業員達に任せた朔耶は、ブラハミルトに会うため中央研究塔に向かう事にした。中央研究塔は湖の中程に建っているので、通常は船に乗って塔と岸辺とを行き来する。

 湖岸の桟橋に船を係留している研究者や衛士達は、朔耶が中央研究塔に向かうらしいと聞いて是非、自分の船で渡って貰おうと何時でも出航できるよう船の準備を整えていた。

 しかし朔耶は、そんな彼等の『是非うちの船で!』という期待の眼差しに気付かず漆黒の翼を広げると、湖の中程まで一っ飛びに飛んで行くのだった。ソレはそれで彼等の好奇心を十分に満たす光景であったりする。


 塔の入り口前に降りようか天辺のテラスに降りようかと逡巡していた朔耶は、塔のテラスに現われたブラハミルトの手招きでテラスに降りる事にした。目的の人物に直接会える方が面倒が少なくて楽だ。

「こんにちは、ブラハミルトさん」
「やあ、精霊女神殿。今日は私に何か用事があるそうですね」

 一番高い塔のテラスに降りた朔耶は、そのまま屋内に招かれる。ここは塔の五階、中央研究塔所長の宿舎としてブラハミルトの私室になっていた。

 私室というだけあって色々な触媒の標本や何かの機械の見本等の私物が壁際に飾られ、並べられた本棚に大量の重厚そうな本が納まっている。部屋の真ん中に研究用の広い台が備え付けられている様は、何処かの工房のようにも感じられる。

 朔耶が勧められた向かい合わせのソファーに腰掛けると、ブラハミルトも正面に座って寛ぐ。そのタイミングで自然に入って来たメイドさんがお茶を出して退室していく。

「それで、私に話とは」
「まずはコレどうぞ」

 朔耶はリュックからカイゼル王の親書を出して渡す。ブラハミルトは頷いてそれを受け取った。

「で、本題なんですけど……ティルファって奴隷とかいます?」
「ふむ、奴隷ですか」

 ブラハミルトは顎に手を当てて考える。元々ティルファに住む民の殆どは何らかの職人だったり自分の研究に没頭する研究者だったり常に新しい物を作り出す発明家だったりする。

 例えば、建築に資材を運ぶならば"効率の良い運搬における魔術の使い方"だとか、"物を運べる便利な機械"だとかを使って自分の研究をアピールしたがるので、労働力としての奴隷を持つ理由が無く、其々の分野で専門の職人達が『俺が俺が』と競い会う為、(それで街の外観は凄い事になっているのだが)奴隷が居ても使い所が無い。

 嘗て人体実験の材料として奴隷を買っていたような研究グループもいたが、戦乱の時代以後、ブラハミルトの前の代からそういった"魔族化"した研究者は沙汰されてきた。その為、ティルファにはソレと分かる姿で奴隷を見掛ける事は無い。

 フレグンスが政策として採る奴隷制禁止令の導入をし、禁止令を公式に発令して欲しいと要請する朔耶に、ブラハミルトは政務者の顔になって訊ねる。

「その要請を受け入れたとして、我々にどんなメリットがありますか?」
「んー、人権意識の進んだ国として認識されるとか?」

「それは魅力的ですねぇ。 しかし、今現在でもティルファは思想的にも技術的にも一歩先を行く国と見られていますが」

 ブラハミルトは軽く笑みを返しながら言外にそれだけでは政策の一つとして公布するに至らない事を告げる。朔耶はティルファという国の在り方、ティルファに纏わる話を思い出し、効果的な取り引きを思い描く。

「ティルファの人達って研究成果とか秘匿せずに、何か見つけたら直ぐ発表するんですよね」
「ええ、発見解明し、創り伝えるのがティルファの在り方ですから」
「ブラハミルトさんもそう?」
「当然ですよ。尤も私は最近、此れといって研究を進められる物が無いのですが」

 魔術の研究は既に何年も前から飽和状態。新たな研究対象であるサクヤ式や魔力石の研究も盛んだが、ブラハミルトを含めて皆行き詰まっている感があるという。朔耶は頷くとリュックから数点、道具と削った魔力石を取り出した。

「まず、これは前々からあげようと思ってたライターです」
「ほぅ……、これが例の」

 手渡されたライターを興味深そうにしげしげ眺めるブラハミルト。やはり触媒型魔術士として仕組みや構造が気になる。朔耶はそんなブラハミルトに手応えを感じながら、テーブルの上にもう一つライターを置いた。

「こっちは研究用のライター」

 中の構造が分かるよう半分に開かれたライターには、木枠の中に細かく削り出された魔力石の部品が精密に組み込まれている。
 どの部分がどういう形に削り出され、それがどんな効果を生むのかを朔耶が簡単に説明すると、ブラハミルトは直ぐにそれを理解した。

「これは中々に興味深い……。しかし、宜しいのですか? これはフレグンスで信頼の証として使われている筈ですが」
「大丈夫です、どうせあたしにしか作れませんから」

 量産されれば悪用される可能性もある事を指摘するブラハミルトに、朔耶は笑って答える。

「……ふむ」
「って言えば皆奮起しますかね?」

 ニヤリと、朔耶に悪戯っぽい笑みを向けられたブラハミルトは一瞬目を丸くすると、面白そうに微笑み返した。

「成る程。中々に面白い方ですね、貴女は」
「どうも」

 朔耶は更に加工した魔力石の塊りと、特定の形に削り出された石を並べる。ブラハミルトは加工された魔力石の塊りを手にとって観察した。

「これは?」
「その塊りは反発力ユニットです」
「!っ これが……」
「んで、このバラバラなのがユニットの部品ですね」

 つまり、この形に加工したものを作る事が出来れば、サクヤ式機械船の推進器のような機械を作ることが出来る。サクヤ式の中核とも言えるモノが二つも提示された事に驚きを隠せないブラハミルト。

 ティルファの研究者にこれを教えるという事は、世界中にサクヤ式の構造を公表する事になるのだ。ブラハミルトは朔耶がそこまでして奴隷制禁止令の公式発令を要請する事の意義を問う。

「目先の我侭です」
「…………クックック。 成る程、分かりました」

 ひょいっと肩を竦めて答えた朔耶に、ブラハミルトは思わずポカンとなった後、笑いを堪えながら頷いた。
 『この少女は自分達と同類だ』ブラハミルトはそんな事を思いながら、ティルファの最高指導者である中央研究塔所長としての威厳を保てるよう何とか姿勢を正すと、政務者の顔に戻って答える。

「私の一存では決められませんので、議会で審議した上で答えを出しましょう。まあ、既に答えは出ているようなモノですが」
「宜しくお願いします」

 朔耶もフレグンスの大使としてそれっぽく真面目な表情を作りながら頭を下げた。
 

 実の所、ブラハミルトは最近エバンスで起きた朔耶絡みの出来事の一端を知っていた。
 敢えて話題にせず朔耶の出方を窺っていたのは、研究者としての好奇心や空想家な部分とは別に、政務者としてリアリストな一面も持つブラハミルトの朔耶に対する"試し"であった。

 奴隷制禁止令の要請理由に奴隷として売られた孤児達の事を挙げて情に訴えるやり方を執ったならば、禁止令の発令によって不利益を被る側の立場を訴え、路頭に迷う事にもなる奴隷達の様々な諸問題を投げ掛けて反応を見るつもりだった。

 だが朔耶は、それらの話題を一切挙げず自身の行動理由を『そうしたいと思ったからそうする』という"目先の我侭"だと言ってのけた。ブラハミルトは其処に深く共感した。

 
 会談が終わった頃にはすっかり日も暮れており、今夜は泊まっていくようにと朔耶に部屋を用意したブラハミルトは、朔耶が退室した私室で反発力ユニットを構成する部品を観察する。

 非常に細かく削り出された溝や線状の突起部分が重なって一つの形に納まるよう作られている。これを一つ作るのにどれ程の手間と時間を要するだろうかと考え、正確且つ繊細に石を削りだす技術を思い描く。ライターの部品は更に細かい。

「なるほど……、(あなが)ち奮起させる為だけの意味でも無いわけか」

 ブラハミルトは朔耶の言った『どうせあたしにしか作れない』は、実質本当の事らしいと実感するのだった。




 用意して貰った部屋で一息ついた朔耶は、一旦荷物を置いて塔を出ると、釣り船運搬作業の様子を見にドマック造船所へと飛ぶ。既に二号艇、三号艇の航行実験は完了しており、後は随時カースティアへ運ぶだけとなっていた。

「おう、エライさんとの話は済んだのか?」
「一応ね」

 竜籠への二号艇積み込みを指揮するドマックは、横で作業を見守る朔耶に声を掛けた。短くそれに返答する朔耶。
 作業は一号艇を運んだ時と同様にクレーンで持ち上げて積み込むのだが、クレーンは一ヶ月前に見たモノより大型で、大勢の人が引いていたロープはドラムに巻きつけて少人数で引き上げられるよう改良された新型だった。

「運んで下ろして、また戻ってきて……五日くらい掛かりそう?」
「そうじゃな、急いでも四日は掛かるじゃろう」

 篝火が焚かれている湖の畔で、竜籠に積み込まれた釣り船二号艇をしっかり固定していく。今夜晩くに出発する予定なので、若い官僚は遠距離飛行に備えてドマック造船所の客間で睡眠中なのだそうだ。
 後の事は任せておけと頼もしく笑うドマックに、朔耶は『宜しくね』と頷いて塔の部屋と戻って行った。




『ふう、裏技が使えたら楽なんだけどねー』
イズレハ ソレモ カノウトナルガ……アマリススメラレヌ

 塔の食堂で夕食を頂いて部屋に戻った朔耶は、薄着になってリラックスしながらベッドに転がると、軽く愚痴をこぼした。朔耶の言葉の意味を理解している神社の精霊は、便利だからと力に頼って横着するモノではないとそれを諌める。

 『世界移動による荷物運び』朔耶の言う裏技とは、カースティアで釣り船一号艇を進水させる際、照明係として此方に喚んだ兄と車の事を指す。

 元の世界で何処か人目に付かない開けた場所へ移動し、そこから此方の世界に渡る。そうして運びたいモノと一緒に元の世界に帰還、そこからまた此方に転移。これで時間と距離を大いに短縮できるのだ。

 但し、人や動物など生命体として生きた存在を運ぶ事は出来ない。肉体、精神、魂からなる生命体の密度は非常に濃く複雑であり、『個としての存在』の状態を完全維持出来なくては、転移によって肉体から離れた精神が迷子になる危険が高い。

 元の世界から神社の精霊が身体に入った状態で、此方の世界の遍在(神社の精霊の)に転移するだけならば、精霊が肉体と精神を包み込む事で『個としての存在』の状態を保護しつつ世界を移動させる事が出来る。

 だが此方の世界にいる間、神社の精霊は元の世界の『個としての存在』の中に入った状態で此方の世界の遍在と重なっているので、此方の世界の生命体の肉体と精神を包み込んで『個としての存在』の状態を保護する事が出来ない。

 結果、肉体はそのまま運べるが、肉体から開放された精神が何処かへ行ってしまう場合がある。以前、フレグンスの精霊が示した方法は、レティレスティアの精神を交感で朔耶としっかり繋ぎ合わせて置く事で、転移中の剥離を防ぐという方法だった。
 しかしこの方法だとレティレスティアの精神が肉体から開放された一瞬、深く繋がっている朔耶の精神と混ざってしまうのだ。

『もう一体、こっちで黒ちゃんクラスの精霊を使役すれば、人も運べるかな?』
フカノウデハナイガ ゼッタイハナイ ジコガオキテカラデハ トリカエシガツカヌ
『うーん、それもそうだね』
ナニゴトモ ケンジツガ イチバンデアル

 お説教されてしまった朔耶は『はーい、ごめんなさーい』と子供っぽく謝ると、明日に備えてシーツに潜り込んだ。
 
 この日の深夜、釣り船二号艇を載せた貨物竜籠がカースティアに向けて飛び立った。




 翌朝――

「おはよー」
「おう、よく眠れたか?」

 朝からドマック造船所を訪ねた朔耶は、作業着姿のドマックに迎えられた。造船所の脇には幌を被せた三号艇がカースティアに運ばれるのを待っており、作業場では次の船の準備に取り掛かっている。所謂、屋形船である。

「屋形船はどれくらいで出来そう?」
「そうじゃのう……。こっちはこっちで内装に時間が掛かりそうじゃしなぁ」

 王女と近衛騎士、もしくはお姫様と不良騎士の"二人の夜を演出する"屋形船。内装の妥協は許されないのだ。
 船の型自体は釣り船のような特殊な造りでは無い為、それほど掛からないだろうと三十日程が目安と示された。

「さーて、それじゃあ あたし行くね」
「帝国か? 山もそろそろ寒くなって来とるじゃろうから、身体に気ぃつけてな」
「はーい」

 子供っぽい返事にうむうむと目尻を下げるドマック。朔耶もこうすれば喜ぶと分かっててやっているようである。
 とととっと湖の近くまで移動した朔耶は、振り返って手を振ると漆黒の翼を広げて空へ舞い上がった。





 約三時間程で帝都クラティシカ上空に到着した朔耶は、城の裏手に回って竜籠発着場に降り立った。その際、城の下層外壁に以前朔耶が設置した小さな風車が回っているのを確認出来たが、他の場所にも幾つか新しい風車が増えていた。

 朔耶が降りて来るのを見た発着場に詰めている衛兵が数人、慌てて駆け寄ると整列して出迎える。演奏が始まりそうだったので恥ずかしくなった朔耶は、そそくさと城内に駆け込み『お構いなく~』と発着場を立ち去るのだった。

 久し振りの帝都城内。一つ上の階に上がった朔耶は皇帝の執務室に向かう。
 途中、廊下で擦れ違う騎士や衛兵、帝国官僚達が敬礼とお辞儀で朔耶に道を開けていく。どうにも帝国内での朔耶の立場は、フレグンス内でのソレよりも優遇されているようだ。


「おっはよーバル」
「うむ。 ……! さ、サクヤ!?」
「あら、サクヤちゃん」 
「ヴィヴィアンさんも一緒だったんだね」

 執務室ではバルティアが大量の書類と格闘中だった。以前のように決められた書類にサインだけしていくという退屈な作業ではなく、キチンと内容を吟味した上で判断しなくてはならない為、朔耶が執務室に現われた事に一瞬反応が遅れたらしい。
 朔耶が親書を取り出して差し出すと、アネットがそれを受け取り、中を確認してからバルティアへと渡す。

「今日はフレグンスの大使として来たと?」
「うん、一応そういう事になってるんだけどね」

 朔耶との会談を優先したバルティアは執務室のソファーで朔耶と向き合い、そこへリーファがお茶を持ってくる。リーファとシーファの姉妹は、今や皇帝付きの給仕として侍女をやっている。

「久し振り~リーファ」
「お久しぶりです、サクヤ様」

 リーファが退室すると、朔耶は早速本題に入った。


「奴隷制禁止令の公式発令か」
「うん、どうかな? ……ダメ?」

 朔耶の上目遣いでおねだり攻撃。

「無論、余は構わ――」
「陛下陛下っ」

 速攻で許可を出しかけたバルティアの脇を突付き、ズルズルとソファーから執務室の壁際に引っぱって行くアネット。こういう所で地が出てしまうのがアネットらしさでもあり、それを許すバルティアにも懐の深さが窺い知れる。

「そこでアッサリ許可しちゃダメじゃないですか」(ひそひそ)
「なぜだ、特に問題はあるまい」(ひそひそ)

 帝国には数多くの道場が開かれ、連日力を求める戦士や魔術士達が修練に明け暮れる。
 力ある者は認められ、認められた者は大手の傭兵団にスカウトされたり、自ら団を立ち上げたり、何処かの用心棒として雇われたりと、兎角戦いと鍛錬の場を求めて自分の力で活躍出来る事を誇りとする者達で賑わっている。

 帝国軍に属する者もまた修行の虫だったりする者が多い傾向にあり、ティルファの研究者達とはまた別の方向で『俺が俺が』な性質の人間が集まっているのだ。そんな彼等にとって労働力に奴隷を使うなど、折角の鍛錬の場を放棄するも同然の行為である。
 態々奴隷を使って荷物を運ばせるより、自分で運んだ方が身体も鍛えられて効率も良いじゃないか、という考えなのだ。

 エイディアス帝による人体実験の材料として多く買われていた事もあるようだが、例の発掘品の研究で、発掘品との融合まで進んだ時期からそれも無くなっている。

 帝国内に存在すると思われる奴隷の数は、多くて五百人にも満たないだろうとバルティアは予測していた。
 サムズの動乱以後、無駄な兵力や地下での研究と装置の維持に資金を喰われなくなって帝国内の財政も負担が軽くなり、バルティアが帝国を掌握して数ヶ月、僅かながら発展の兆しも見えている。奴隷制禁止令を出した所で、特に問題は無い。

「そうじゃなくて、こういう時こそ取り引きと駆引きを使ってサクヤちゃんをモノにするチャンスでしょうに」(ひそひそひそ)
「!っ そうか、その手があった」(ひそひそ)

 要請を受け入れる事に問題は無くとも、公式な発令によって多少の混乱はどうしても起きてしまう。それならば、相応の見返りとして朔耶に色々と要求すれば……と囁くアネットに、バルティアの眼が妖しく光る。

 密談を終えてソファーに戻って来た二人を訝しそうに見上げる朔耶。アネットは『何でもないわよーほほほほほー』てなノリでニヤニヤしているし、バルティアはバルティアで纏っている空気がなんだか妖しい。

 アネットは以前、朔耶がバルティアにスクーターをプレゼントした時の、朔耶の反応に突破口を見出していた。あの時のような状態を作り出せば、後は逃げ出せない内に一気に畳み掛ける事で落とせるタイプだと朔耶の事を分析している。

 今までアネットが観察してきた限りでは、バルティアに対する情も少なからず持っている事を垣間見られたので、とにかく勢いで押す速攻性が大事だとアドバイスを出しておく。"朔耶は行動する男に惹かれる傾向がある"と読んでいた。

「うむ、まあその要請は受けられない事もない」
「ほんと? それじゃあ」
「だがしかし、帝国内にも少なからず奴隷を所有している者は居る。その者達はこれまで正当な権利として所有して来たのだ」

 彼等からそれらを取り上げる事になる分、混乱も起きると説明するバルティアに、朔耶もそれには納得して頷く。

「従ってだな、禁止令の発令を行うには相応の理由が必要となるのだ」
「理由って、同盟の強化とかじゃ駄目なの?」
「いや、それでは帝国が一方的にフレグンスの政策を受け入れる事になるからな、強国としての帝国の威信にも関わるのだ」
「あ~……メンツってやつね」

 成る程ねと理解を示す朔耶に、バルティアは上手く話が進んでいる事を内心でほくそ笑む。
 後はこのまま無理の無い理屈で此方の要求を付き付け、イニシアティブを掴めば一気に勢いで押す。ここは皇帝の執務室、周囲の警備と人払いは完璧だ。アネットは空気を読んで事に至れば気付かない内に退室するだろう。

「そこでだ、要請を受け入れる条件として、サクヤには暫らく余の元に仕えて貰おうと思う」
「……ほへ?」
「余に仕える者の願いを聞き入れた、とするならば、フレグンスの政策を取り入れたとしても帝国の威信に傷は付かぬ」
「なにそれ、あたしに人身御供になれっての?」

 バルティアはニヤリと笑みを浮かべると、するりとソファーを移動して朔耶の隣に腰を下ろす。思わず距離を取ろうとした朔耶の肩に手を回して逃亡を防ぎながら耳元に囁いた。ビクリと朔耶の肩が反応する。

「言ったであろう、余は必ずお前を手に入れると。別に無理難題を要求するつもりはない、ただ何時も傍に居てくれれば良い」
「……」

 アネットは大人しく座ったまま俯いている朔耶の様子をみて、これはイケそうかなと退室のタイミングを計っていた。朔耶のようなウブっぽい少女の弱みに付け込むやり方には少々気が引けるモノの、心身共にやたらとガードの固い相手だ。

『多少の強引さは必要なのよね』

 心の中でごめんねーと平謝りしていたアネットは、朔耶の様子を窺いながら返答を待つ。そうして待つこと暫らく、顔を上げた朔耶が口を開いた。

「他に方法はないのでしょうか? 私にはフレグンスでやらなくてはならない事が沢山あるのです」
「……え?」
「どうかなさいましたか? 皇帝陛下」
「いや、あの……さ、サクヤ?」

 一瞬『何事?』とアネットは朔耶の豹変に驚いたが、直ぐにその意図する事に気付いてバルティアの様子を窺った。うろたえている。

「な、なんだ、急にどうしたというのだ?」
「皇帝陛下こそお顔の色が優れませんわ」
「皇帝陛下はよせっ」
「では、バルティア陛下とお呼びしましょうか?」

 バルティアは『話が違う!』という表情をアネットに向ける。向けられたアネットは朔耶に視線を移し、ニヤッと笑われて天を仰ぎたくなった。この反撃は予想していなかった。

 しかもバルティアにはかなり効果的だ。元々傀儡として皇帝の座に祭り上げられ、何年もの間、暗殺の恐怖と偽りの敬意に晒されて来たのだ。バルティアは親しかった人物が急に自分を皇帝として敬う姿勢になる事への忌避感も持っていた。

「待てサクヤ、悪かったから、ソレを止めろ」
「まあ、何をおっしゃいますやら……バルティア陛下に何ら落ち度などありはしませんのに」
「いやもう、本当にソレは止めてくれ」
「私が陛下にお仕えするという事は、こういう事ですわ。バルティア皇帝陛下?」

 とうとう泣きが入ってしまったバルティアに、アネットは駄目だこりゃと頭を抱えた。アネットには予測の範囲外の事だが、バルティアにアネットという心強い味方が付いているのと同様に、朔耶には神社の精霊という心強い味方が付いているのだ。


「それじゃあ発令の事、宜しくね? バル」
「おお……余をバルと呼んでくれるか」

 バルティアが精神的ダメージから回復するまで、暫しの時間が必要なのであった。







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