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本編
06話:魔術と技術




 薄皮に野菜と肉を挟んで串で留めた料理にパンとお茶を入れたバスケットを持ってクィスの家の前までやって来たデイジーは、僅かに緊張した面持ちで扉をノックする。

「はいは~い」

 直ぐに軽快な返事があって扉が開かれると、黒髪に黒い瞳を持った異国の少女が出迎えてくれた。先日、クィスが川で見つけた恐らくはとても身分の高い人。
 肩に刺傷と思われる怪我を負っていて、身体はすっかり冷え切っていたが彼女の纏っていた異国の衣服は水の中に浸かっていて尚、彼女の体温を維持していた。

 傷の手当てをする為クィスを部屋から追い出し、脱がした服の下に身につけていた下着も一目で高貴な人達が身につける高級品だと分かる光沢があり、凄くすべすべした手触りの生地だった。
 同性のデイジーから見ても信じられないくらい、とても綺麗な朔耶の肌には目を奪われた程だ。

「あ、あの……デイジーといいます。サクヤ様にお食事を……」
「様ぁっ!?」
「は、はいぃ!?」

 素っ頓狂な声を上げる朔耶にデイジーは何か粗相をしてしまったかと怯えたが――

「あっはっはっ 様はやめようよ様は、朔耶でいいよ。あたしは別にエライ人とかじゃないんだから、ね?」
「あ、えと……はい」

 デイジーの肩をぽんぽん叩きながら笑う朔耶に、早速呆然としていたデイジーは緊張が解けていくのを感じた。

 くうぅぅ……

「……」
「……」

 朔耶のお腹が鳴いた。


「あ、あはははは。お昼食べてなかったから……」
「クスクス……お腹空いてたんですね、直ぐ用意しますね」

 完全にデイジーの緊張にトドメをさした朔耶の空腹を癒すため、さっそくバスケットの中身を取り出そうとして、彼女はテーブルの惨状に目を瞠る。何の作業をしていたのか、小石や木片が鑿などの道具と一緒に散乱していた。

「ちょっと待ってね、こっちに寄せるから」

 と、朔耶がテーブルの端に細々した物を寄せて空けた隙間にデイジーは夕飯を並べて行った。

 一緒に食べようと誘われたものの既に家で済ませて来ていたデイジーは申し訳無さそうにその事を伝えたが、それならお茶だけでもと昼間手を付けられなかった干し肉や果物を持ち出してお茶まで用意され、恐縮しながら夕飯に同席する事を受け入れるデイジー。

 美味しい美味しいと料理を褒めながらパク付く朔耶に、デイジーは照れながら材料や作り方を教えたり、朔耶の傷の具合を尋ねて後日また薬と包帯の換えを持ってくる事を伝えたりという穏かなひとときの中、二人は自然に打ち解けていった。

「へぇ~デイジーのお父さんは大工さんなのかぁ~」
「といっても、ちゃんとした職人さんじゃないんですけどね」
「日曜大工みたいなもんか……」
「ニチヨウ?」
「ああ、えっと趣味とかの範囲で時間の空いた日にそういう作業をする人の事ね」

 デイジーとお喋りをしながら、朔耶は意味の通じる言葉と通じない言葉の関係に或る程度の推論を立てていた。概念も含めてこちらに無いもので代用の効かないモノは言葉の響きのみが伝わり、同じ様な意味を持つ事柄ならその意味がきちんと伝わる。
 先程の会話なら此方には『大工』は存在するが『日曜日』が存在しない。なので『日曜大工』というそれに似た概念はあっても、そのままには伝わらず、言葉が分割されて伝わる仕組みだ。

「ふ~~~む……」
「? どうかしました?」

 腕を組んで考え込む朔耶に小首を傾げるデイジー。その仕草が可愛かったのか、表情を崩した朔耶はデイジーのフワフワした髪を撫でながら言った。

「ね、デイジーに頼みたい事があるんだけど、いい?」
「え、あ、あたしに出来る事なら……」

 お姉さんのような雰囲気を持つ朔耶に頭を撫でられてドギマギしながら答えると、朔耶は一言礼を言って何か思案するように考え込み、それから沢山の色々な質問を重ねて来た。
 それは子供でも知っているような事から、大人に聞かなければちょっと分からないような事まで様々な内容だった。

 デイジーが不思議そうな顔を見せると、朔耶は『あたし世間知らずだから』と笑って答えた。
 それを聞いたデイジーは、やっぱりサクヤは何処かの貴族のお嬢様かもしれないと思ったが、すっかり打ち解けていたのでそれで態度を変える事はなかった。

 そうして質疑応答が繰り返される内に、質問の内容が魔術に関する事にまで至ったが、流石に魔法に関する事になるとそれを嗜んでいる人達以外の、一般の人々には理解の範疇を超える。
 朔耶はその答えからもこの世界に関する『常識』を読み取って行く。そして、その一般の人々にも認知されている魔法に関する内容もある程度は把握出来た。

 この世界の所謂『魔法』という存在は大まかに分けて二種類。
 『精霊術』と『魔術』。

 レティレスティアが使っていたような『精霊』に力を借りて諸現象を起こすのが『精霊術』で、これは精霊との交感能力という才能がなければ修得する事は不可能とされている。
 もう一つの『魔術』の方はもう少し敷居が低く、個人差による魔力の大小も関係するものの、習えば誰でも修得する事が出来る技術の一つとされている。

 精霊術が精霊との交感という、諸現象を起こす為の工程が一つに絞られている事に対し、魔術の方は使い手其々が独自のやり方を持ってそれらを具現化する。
 十人術士がいれば十通りのやり方があるというわけだ。ぶっちゃけた話、統一されていない。

 そして、基本的に独自のやり方を持って一つの術を創り上げる事の出来た使い手は開祖として『魔術師』と呼ばれる。
 『魔術師』として認められた者は自分の流派の魔術道場を開いたり、弟子を取る権限を申請した国や領主から与えられ、その流派が流行れば『魔術師』としての高名が上がり、優れた流派の魔術師は王宮に召抱えられる場合もある。
 一つの流派の魔術士が一人前となり、各地にその流派を伝える為に『魔導師』となって諸国を旅する事も珍しく無い。

 魔術の行使には主に詠唱型と触媒型があり、詠唱型は特定の言葉に魔力を篭めた『力或る言葉』の組み合わせで様々な現象を具現化させる。集中力とイメージの力が重要な要素となり、個人の才能がはっきり現れる方法だ。

 触媒型は『力或る言葉』を文字に置き換えたモノで、木簡や羊皮紙、武具などに刻んで効果を得る方法。詠唱型と比べると予め用意しておいたモノを使って長くその効果を得られるという使い勝手が良い一方、それ以外は詠唱型に効力の高さでも柔軟性でも劣る。

 詠唱型は攻撃魔法等の戦闘用に優れた魔術で、触媒型は主にランプや暖炉や(かまど)の火に使う等、生活密着型の魔術と言える。ただし、魔術式のランプや暖炉、(かまど)などは相応の高い身分の人々や、お金持ちの豪商でもなければ手にする事も出来ない。

「あたし達一般の庶民が知ってるのはこのくらいです」
「なるほど~よく分かったわ、ありがとねデイジー」

 他にもまだまだ聞きたい事は山程あったのだが、外もすっかり暗くなっていて随分遅くまで引き止めてしまっている。今の所、特に聞きたかった部分を思いの他しっかりした情報で聞けたので概ね満足出来る収穫だった。
 夕飯の後片付けを始めたデイジーを手伝いながら情報を反芻しつつ、頭の中でそれらを纏めて行く。

「そうすると……魔力石を使った道具は触媒型の魔術って事になるのかな?」
「え? 魔力石ですか? それは無いですよ」

 朔耶が呟くと、キョトンとしたデイジーがそれを否定した。あれは只の石の性質による自然な反応を利用しただけの道具で『魔力石の現象を魔術だなんてとんでも無い』と言う。

「魔術ってもっと凄いんですよ~? 街で見た事ありますけど、こ~んな小さなランプに油も火打ちも使わずに火が付くんですよ」

 そう言ってデイジーは両手でその時見たランプの大きさを形作り、魔術式の道具の凄さを説明した。

「う~ん、でも魔力石でもお鍋掛けて料理作ったりは出来るじゃない?」
「そりゃあ沢山集めればお湯を沸かしたりは出来ますけど、魔力石だと熱は起こせても火は起こせないですからね」
「え? ……そうなの?」
「はい、そうですよ? あ、でも……」

 僅かに神妙な顔付きになった朔耶に気付かず、デイジーは思い出し笑いをしながら、以前街で見た面白い見世物の事を話して聞かせた。

「お金の持ちの好事家の人とかが魔力石で魔術と同じ効果を得られる発明とか言って、大きな馬車の荷台に鉄の箱を載せて、そこに一杯に詰め込んだ魔力石から細い鉄の芯を何本も伸ばして、その先を束ねてそこに小さな火を灯すって仕掛けでした」

 赤く焼けた鉄芯が焼き切れる直前に、ちらっと火が灯って歓声と笑いが巻き起こったのだと言う。

「魔力石で火を起こそうと思ったらそれこそ小屋一杯に火属性の石を集めないと無理ですし、そんなに沢山の石を集めたら火を起こす前に熱で小屋が燃えちゃいますしね」
 
 ただ単に大量に集めても石寄せで調整しないと熱の集まりが分散してしまうし、石寄せで調整出来るのも石竈の中のような狭い範囲内が精々なので、最も温度が高くなる塊りを組んで、それを幾つも並べて近くに燃え易い物があれば火が付く事もあるという具合。

 つまり火は起こせなくは無いが、それは火を起こすというより起きてしまうのであって、魔術式のように任意で火を灯せるような繊細なコントロールが出来る訳ではないという事だった。

 そこまでを説明で理解した朔耶はじっと黙って考えた後、徐に口を開く。

「……デイジー、ちょっとコレを見てもらえる?」
「なんですか?」

 朔耶は先程の試作魔力石ライターを取り出し、火を灯した。

「え、えええええ! これって魔術式のランプですか! 凄い……こんな小さいの初めて見ました」
「ううん、これは魔力石を使った道具だよ。昼間あたしが作ったんだけど……」
「……へ? サクヤさんが、作ったんですか?」
「うん」

 デイジーは信じられないという表情で朔耶の顔と小さな火を灯すライターを交互に見詰めると、朔耶が半ば予想していた通りの言葉を呟いた。

「サクヤさんは、魔術士さんだったんですか……?」







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